『なんで訂正しちゃうんですか!?』
そうして看板作りも無事に終わり、その日の夕食も済んだ後。
リビングで二人はソファに腰掛けのんびりとした時間を過ごしていた。
……いや、より正確に言うなら蒼太はのんびりとテレビを眺めていたのだが、ましろはそんな蒼太の横顔をチラチラと見ていた。
「……あのさ」
意を決したようにましろが口を開く。
「ん?」
「えっとね、その……千尋から聞いたんだけど……私が練習してる間、みんなを説得してくれてたって」
「ああ……まあ、うん」
蒼太はちょっぴり視線を泳がせる。
ましろが看板作りのために教室を空けている間、クラスでは何度も「もう他の人がやった方がいいんじゃないか」という意見が出ていた。
けれどそのたびに、蒼太が「もう少し待って」と言って抑えていたのだ。
「……ありがと」
ましろは蚊の鳴くような声で言う。
「そんな、大したことじゃ……」
「大したことなの。……少なくとも、私にとっては」
そこでしばらく沈黙が落ちた。
蒼太は何故だか胸がドキドキしてしまって、ましろも口をモゴモゴ、指をモジモジさせていたがしばらくしてまた口を開く。
「なんで、そこまでしてくれるの? 私のお父さんに怒ってくれた時も、今回も……」
「それは……」
また言葉に詰まってしまう。
なんでそこまでしてしまうのか。
自問自答して、頭の中がぐるぐるしている。
ましろが返事を待っている。口の中がカラカラに乾いていく。
早く返事をしないといけない。そう思って、蒼太は頭に浮かんだ言葉をポロリと漏らしてしまった。
「ましろのことが、好きだから」
時間が止まったような気がした。
ましろもこっちを見たまま、完全に固まっている。
絡まり合う視線。高鳴る鼓動。
そうして蒼太は――へたれた。
「あ……いや、その……今のは友達として! 決して変な意味じゃなくて友達として好きだからってことだからね!?」
「そ、そうよね!? あーびっくりした! 紛らわしいのよあんたは!」
『いやなんで余計な訂正しちゃうんですかあああああ!?』
間髪入れず、姿を現したアイはぶち切れていた。
『せっかく、蒼太さんが告白した! よっしゃあああああ! って喜んでたのになんでそこで日和っちゃうんですか! へたれ! 唐変木!』
「だ、だから別に僕はそういうのじゃなくて……」
『そういうのじゃなかったとしても今のは押すところでしょう!? あの流れならましろさんだって…………おっと?』
「……ん? アイ、どうかした?」
アイはチラリとましろの方に視線をやる。
……ましろは、胸に手を当てて深呼吸していた。顔は真っ赤で、目が潤んでいる。
何とか蒼太に対しては平静を装っていたようだが、突然の告白(未遂)に、もう蒼太以上にいっぱいいっぱいという感じだった。
『コホン。失礼しました。そうですよね。お二人のペースというものがありますしね』
「え? う、うん。わかってくれればいいんだけど……」
『さてさて、それでは気分を切り替えまして、本日のラブラブミッションを発令します!』
あっさり話題を変えたアイに蒼太は苦笑する。
とはいえ、気まずい感じになるのは嫌だったしここでアイの方から空気を変えてくれるのは蒼太にとってはありがたかった。
……ましろが、ドキドキしてしまっているところに追撃のように発令されるラブラブミッションに顔を引きつらせていることには残念ながら気付いていない。
『本日のミッションは――添い寝です!』
「添い寝って……また?」
思い出すのは仮婚初日。
あの時はましろがちょっとエッチな格好に涙目になりながら怒っていて、対して蒼太が目隠し猿ぐつわ両手足拘束して……と、何はともあれなかなかの大騒ぎになっていた。
『はい。ただし今回は普通にパジャマで寝るだけで結構です。私は方からは特にこれといった条件はつけません』
「あれ? 前より簡単になるの?」
『はい。なのにポイントは前と同じ。これはなかなかお得なミッションですよ?』
実際初日の、会ったばかりの男女でエッチな格好で添い寝と比べれば遙かに簡単なミッションだ。
二ヶ月以上一緒に暮らしてきて、手を繋いだり、くっついてゲームしたり、ある程度の触れ合いには慣れてきている。
そう考えれば、パジャマで添い寝くらいならそこまでハードルは高くない。
「だってさ。どうするましろ?」
「…………鬼か」
「……ましろ?」
ましろは両手で顔を覆って俯いたまま答えない。
だが少しして「わかったわよぉ……やるわよぉ……」というか細い声が聞こえてきた。
そうして、今夜は二人で添い寝することが決まった。
その後はお風呂に入って、パジャマに着替えて、ましろは蒼太の後をついてとてとて寝室に向かっていた。
……さっきの『好きだから』という言葉が、まだ耳に残っている。
あれは友達としてだからと自分に言い聞かせてるのに、お風呂に入ってる間も、着替えてる間も、そして今も心臓が落ち着いてくれない。
そんな状態で添い寝だなんてと、傍らに浮いているアイを睨む。
一方のアイはどこ吹く風といった感じで、実に愉しそうにニコニコしていた。
「えっと、ましろ?」
「な、なによ」
「いや、添い寝なんだけどさ。どっちの部屋でする?」
「え? あ、そっか、いっしょに寝るんだからどっちかの部屋よね……うん」
ましろはチラリと視線を巡らせる。
今はどうも落ち着かない気分だし、自分の部屋の方が落ち着けるだろうか?
一瞬そう思ったが、やっぱり駄目だと頭を振る。
だって自分のベッドを使わせるということは、匂いとか、そういうのを蒼太に嗅がれるわけで……それは何だか、今は猛烈に恥ずかしい。
「私の部屋は……だめ。あんたの部屋がいい……」
「う、うんわかった。じゃあ、僕の部屋で」
そうして蒼太の部屋に二人で入る。
パタン、と扉を閉じると、蒼太と密室で二人きりなんだとより強く感じてしまう。
……胸に手を当てなくてもわかる。ますます心臓の音が強くなっている。
「久しぶりの添い寝だけど……前回みたいに目隠しとかした方がいい?」
「……別にいいわよ。……二人でお風呂入ったことすらあるんだし」
言って、自分で恥ずかしくなった。
そうだ。タオルで隠してたとはいえ、蒼太は自分の裸を見たことがあるんだ。
……いやそれ以前に、同棲開始した直後に一回お風呂上がりのところをもろに見られたことがある。
(~~~~~っっっ)
何故だか、見られた直後のあの時よりも、思い出した今の方が恥ずかしい。
あの時は蒼太のことなんかほとんど興味が無くて、仮婚も仕事みたいな感覚だった。
だけど今は……。
「ましろ?」
蒼太の声にハッとする。
見れば蒼太はもう布団に入っていて、ましろが入るのを待っているという状態だった。
「なんでもない」と短く言ってましろも布団に入る。布団の中で蒼太と向かい合う。
「ねえ、ましろ」
「……なによ」
「今、幸せ?」
「な、なに? 藪から棒にそんなくさい台詞吐いて」
「ご、ごめん。でもましろは、この仮婚生活のことどう思っているのかなって」
――どう思っているか。
……思えば、自分は仮婚が始まった時は怒ってばかりだった。
何もかも上手くいかない。親と喧嘩して、学校にも行けてなくて、ずっとイライラしていた。
けど今は……。
「…………まあ、幸せで、いいんじゃない」
「そっか、よかった」
「そ、そんなことよりさっさと寝るわよ。明日も学校で朝早いんだから」
そう言って目を閉じて寝るふりをする。
「うん、おやすみ」
蒼太もそう言って本格的に寝入る気配がした。
それから十数分。蒼太の方からのんきな寝息が聞こえ始める。
ましろは薄く目を開けてその様子を確認した。
(蒼太のくせに、のんきに寝ちゃって……)
ちょびっとだけ恨めしい。
最初の頃はいかにも女慣れしてない感じで、自分とちょっと触れあっただけで顔をまっ赤にしていたのに今では自分より早くすやすや眠っている。
(こっちは……全然寝られそうにないのに……)
胸に手を当てる。まだドキドキしている。
それに蒼太の部屋を選んだのは失敗だったかもしれない。
だって、寝具から蒼太の匂いがするのだ。
それに包まれていると、どうしても落ち着かなくて、はたして日付が変わる前に眠れるか心配になってくる。
(蒼太の枕……)
……いい匂いが、する。
(……なによ私、男子の匂いがいい匂いとか、鼻がおかしくなったんじゃないの?)
けれど実際、いい匂いだと感じている。
ほのかな汗の匂い、男子の匂い。何がどういい匂いなのかわからないけど、なんだか好きな匂い。安心する匂い。
蒼太の顔をチラリと伺う。
のんきにすやすや眠っている。起きる気配はない。
「…………」
ちょっとだけ、少しだけ、枕に顔を埋めてみる。
こうしていると、何だか蒼太に抱きしめられているような気分になる。
不思議だった。ドキドキしているのに、不思議と安心する。
そうしているとだんだん眠くなってきて……。
ましろはそのまま、眠りに落ちていく。
――。
――――。
そうして日付をまたいだ頃。
ましろはふと目を覚ました。
「……ん……」
まだ意識は半分くらい夢の中。けれどもなんだか、いつもと違う温かい感触に気付いてのろのろと自分の状態を確認する。。
「……えぅ?」
つい、小さく声が漏れた。
ましろはいつの間にか、蒼太に抱きついていたのだ。
しかも、かなりしっかりと。蒼太の身体に腕を回して、胸元に顔を埋めるような格好になっている。
(離れないと……)
頭ではそう思った。けれど身体がまったくついてこない。
例えるなら、冬の朝に布団から出なきゃいけないと思っているのになかなか出られないあの感覚。
……だって、蒼太の身体がすごくあったかくて心地いいのだ。
それに、こうしていると不思議と落ち着く。
顔を上げて、チラリと蒼太の様子を伺う。
暗くてよく見えないけれど、すぅすぅ寝息が聞こえる。
腕の中でもぞもぞ動いても起きる気配がない辺り、相当深く眠っているんだろう。
……そこで、ちょっぴり魔が差した。
(……蒼太って、私に抱きつき癖があるの知ってるわよね……)
仮婚初日、寝ぼけて蒼太に抱きついてしまった。
このまま、抱きついたまま眠っても、あの時と同じで抱きつき癖が出たんだと思ってくれるんじゃないだろうか?
「ま、まあ最近ちょっと肌寒いしね……」
そうやって自分に言い訳して、ほんの少しだけ蒼太を抱きしめる力を強くする。
蒼太の胸に顔を埋め、軽く額を擦りつける。
「ん……」
思わず、喉の奥から小さな声が漏れる。
自分でもびっくりするくらい、こうやって蒼太にくっついてるのが心地いい。
……蒼太の匂いがする。
枕からしたのと同じ、落ち着く匂い。
それに包まれていると、またまぶたが重くなってくる。
そうしてましろは、再び夢の世界へと旅立っていった。
†
……そして、その同時刻。
つまりましろが甘えるように蒼太の胸に額をスリスリして寝入った頃。
(……どうしよう)
蒼太は、実は起きていた。
ましろが自分の腕の中でもぞもぞしだした段階で実はもう目を覚ましていたのだ。
まず最初にましろが自分に抱きついているのに気付いて、すぐにまた前回のように抱きつき癖が発動したのだろうと思い至る。
そしてましろが目を覚ます気配がしたと同時に、蒼太は狸寝入りを決めた。
寝惚けて抱きついたことに気付かれたとなれば、ましろがまた恥ずかしい想いをしてしまう。
だから自分は眠っていて何も気付かなかったことにしてあげよう。そんな優しさからでた狸寝入りだったのだが……。
…………。
……………………。
ましろが全然離れない。
それどころかますます抱きつく力を強くして「ま、まあ最近ちょっと肌寒いしね……」なんて言い訳みたいなことまで呟いてそのまま寝入ってしまった。
(え? ちょ、え?)
薄く目を開けてましろの様子を確認。やはり暗くてよく見えないが、もうすやすや寝息を立てている。
寝ぼけていた……というのでは断じてないはずだ。明らかにましろは目を覚ましていた。
その上で、自分に抱きつく力を強くしてきた。……自分からくっついて、甘えるようにスリスリしてくれた。
(~~~~~~っ)
そう思うともうましろのことが可愛すぎて、悶えるのを我慢するのが大変だった。
嬉しい。
嬉しいけれど、それ以上に困る。
可愛くて、愛しくて……この子を誰にも渡したくない。自分のものにしたい。なんて欲求まで湧いてくる。
しばらく迷った末に、蒼太はそっと腕を動かした。
ましろを起こさないように腕を回し、ほんの少しだけ自分の方へ引き寄せる。
ましろの身体は、抵抗することなく蒼太の腕の中に収まった。
「……」
蒼太は小さく息をつく。これが今の自分にできる最大限。それでも、どうしようもないぐらい胸がどきどきして幸せな気持ちになってしまう。
「……おやすみ、ましろ」
耳元でそう囁いて、蒼太も再び眠りに落ちるのであった。




