『いろんな意味で腕の見せ所ですよ……!』
突然自分の名前が出たことにましろはきょとんとしていた。
一斉に視線を向けられて、オロオロと視線を彷徨わせる。
ましろは根っからの内弁慶というか、こういう状況に非常に弱いのだ。
と、千尋がパンっと手を打った。
「はいはいみんな、ましろちゃんを怖がらせないの。私のましろちゃんを泣かせたら後でお仕置きだからね」
そう言って、安心させるようにましろに柔らかい笑顔を向ける。
「で、ましろちゃん実際のとこどう? 絵とか描ける?」
「え、あ、まあ……描けるには、描けるけど」
急に話を振られて軽くテンパっていたましろはついうっかり絵を描けると認めてしまった。
たちまちクラスは色めき立つ。
「えっ、ほんとに?」
「じゃあ看板お願いできたり?」
「ましろちゃん絵、うまいの?」
次々に飛んでくる言葉に、ましろは明らかに居心地悪そうに眉を寄せた。
「む、無理! 普段私が描くのデジタルだし、アナログでしかも看板作れとかまったくやったことないし……」
「うーんそっかー」
「でもそうなるとどうすっかな~。お前できる?」
「もうシンプルに『メイド喫茶』ってでっかく描いとけばいんじゃね?」
「えー、せっかくなんだし凝ったやつ作りたいよ~」
……クラスメイト達は優しかった。
ましろが嫌がるとそれ以上無理強いしたりせず、すぐに他の案はないかと話し合う。
だが……。
「あ……」
その反応に、ましろがほんの少しだけ寂しそうにしたことに蒼太は気付いた。
「……もしかして、やってみたかった?」
「べ、別にそんなことないわよ。実際やったことないし、失敗するの嫌だし……」
「失敗したって誰も気にしないと思うよ? 無理そうならみんなが言ってる通り無難な感じにしとけばいいわけだし」
「それはそう……かもしれないけど」
「じゃあ一緒にやってみない? 僕も手伝うから」
「え~……なんでそんな熱心に誘うのよ」
面倒そうな顔。
けれど、完全に拒絶しているという感じではない。
……蒼太もましろと二ヶ月以上一緒に暮らして、その性格は把握してきている
だから蒼太は、思い切って自分の気持ちを言葉にする。
「ましろと、いろんな楽しい思い出、作りたいなって」
「え?」
「そ、それに……ましろのすごいところ、みんなにも見てもらいたいというか……ほ、ほら、『僕の大事な友達のましろはこんなに凄いんだぞ』って自慢したいというか……」
「えぅ……?」
ましろが顔をまっ赤にしていてなんだか変な顔をしていた。
蒼太も、自分で何を言ってるんだと顔を覆いたい気分になっていた。だがここまで来たら毒を喰らわば皿までだ。
「よ、要するに僕はましろと一緒にいろいろやってみたくて! それでましろがそんなに嫌じゃないならって! だ、だから……一緒に看板作り……しない?」
「……あんたは、ほんとにもう……こっちまで恥ずかしくなるようなこと言わないでよ……」
「ご、ごめん」
「あ~も~わかったわよ」
そう言って大きなため息をつく。でも、その顔はほんの少しだけ嬉しそうだった。
「……さっきも言ったけど私、普段アナログで描くこと全然ないから。うまくできるかわかんないわよ。……うまくいかなかったら、あんたも一緒に謝ってよね」
「じゃ、じゃあ!」
蒼太がぱっと顔を明るくすると、ましろはぷいっとそっぽを向いてしまう。
「二人分の立候補、あんたがやっといて」
「う、うん!」
そうして、蒼太は勢いよく手を挙げた。
†
その日の放課後から、さっそく文化祭の準備が始まった。
机をくっつけてどんなメニューにするか話し合う人達やメイド服のデザインを考える人達。それに接客のローテーションを組んだり装飾を作り始める班などなど。
そんな中で、看板作りを任されたましろと蒼太は教室の後ろの方で作業の準備をしていた。
「美術室から一通り持ってきたよ」
「ん……」
床には新聞紙を敷いて、その上に看板に使う大きな木の板やら絵の具やらを蒼太が準備していく。
一方のましろは椅子に座ってスケッチブックに下書きを書いていた。
「どんな感じの絵にするの?」
ひょいと蒼太はましろのスケッチブックを覗き込む。
そこにはクラシカルなメイド服を着た女の子がウインクしつつお客様を歓迎するような感じの絵が描かれていた。
「おお~、本格的だね。というかましろ、アナログでもちゃんと描けてるように見えるけど?」
「そりゃあ、普段もペンタブ使ってるもん。紙と鉛筆使って描く分にはできるわよ。問題はそっち」
ましろが蒼太の持ってきた木の板と絵の具を顎でしゃくる。
「絵の具なんてほとんど使ったことないし、あんな大きい木の板に描くのも初めてだし」
「いけそう?」
「私だってわかんないわよ。こんなの初めてなんだから」
ぶつぶつ言いながらも、ましろは蒼太が持ってきたエプロン代わりの古いジャージを制服の上から羽織る。髪も邪魔にならないよう軽く後ろでまとめた。
いつもとは違うましろのそんな姿に、蒼太は少しだけ見惚れてしまった。
「……なによ」
「えっ? あ、いや、いつもと雰囲気変わるなって……」
「あんましジロジロ見ないで。気が散るから」
そう言いつつもましろは画材の前に立つ。
……普段は可愛いとか綺麗とかの印象が先に来るましろだが、絵を描く時だけは真っ先にかっこいいという感想を抱く。
クラスメイト達も同じようで、多くの人が手や話を止めてましろの方に視線をやっていた。
そしてましろはその視線に気付いてすらいない。すごい集中力だ。
だが木の板に鉛筆で下書きを始めた直後、ましろは顔を歪ませた。
「……っ」
……一応蒼太も、ゲームを通してましろに絵の描き方を習ったことがある。
だからましろが苦しそうに顔を歪ませた原因もすぐに思い至った。
まずはサイズ差。普段デジタルでペンタブを使って描くのなら手首を使うように描く。大きな絵を描くにしても拡大して描けばいい。
だが今回描くのは大きな木の板だ。線を引くにしても腕全体を使うようにして引かなければならない。
それに木目だ。伸びやかな線を描こうとしても、途中でガッと引っかかることが何度もあった。そのせいで線がよれてしまって思うように描けなくなっている。
「あ~も~……」
小さく毒づきながらも、ましろはなんとか下書きを続ける。
ようやく完成させた下書きは、高校生のものとしては十分うまい。
だが本来のプロ級の腕前を知ってる蒼太からすると、それはずいぶんぎこちないものに見えた。
ましろも明らかに不満そうで、苛ついたように目を細くしている。
「……まあ、いいわ。とにかく一回最後まで続けてみましょ」
自分に言い聞かせるように呟き、ましろはぶすっとした顔でパレットに絵の具を出していく。
そうしてさっそく、看板に色を塗っていこうとしたのだが……。
「…………」
何度か筆を走らせると、ぶっすーとましろは完全に不貞腐れた顔になってしまっていた。
「ま、ましろ?」
「……塗りにくい。何これ、絵の具ってこんな塗りにくいの?」
鉛筆で線を引いている段階では元の技量もあって誤魔化しが効いたが、絵の具で色を塗っていく段階となると……流石にちょっと擁護しづらいレベルになってしまった。
絵の具が綺麗に塗れない。滲んだり、かすれたり、むらができたり。
そもそも狙った色ができない。さっき描いたとこと混ざる。絵の具を混ぜ合わせてみるとどんどん毒々しい色になっていく。
そしてそうやって上手くいかない作業を続けていくほど、ましろは明らかに不機嫌になっていっていた。
「えっと……だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
不満そうな声でそう言いつつも作業を進め、一応最後まで塗りきる。
ましろは筆を置いて、一歩下がって全体を見た。
下書きの時にはそれなりに見えたのに、色を塗った途端に一気に……下手と言うほどではないが、まったく上手くもない、何とも微妙な仕上がりになってしまった。
周りの生徒も様子を見に来る。
「お、もうできたの? 早いじゃん」
「これってメイドさんだよね? へー」
「ま、高校の文化祭なんだしこんなもんでいいんじゃない?」
ビキリ、とましろの眉間に血管が浮いた。
「……こんなもん?」
「ま、ましろ? 落ち着いて、悪気があったわけじゃないと思うから……!」
「別に、落ち着いてるし」
ましろはそう言いつつ筆に黒い絵の具を塗りたくると、ツカツカ先ほど描いた絵の前まで行った。
何をするのかと思っていると……ビッ、ビッと何の躊躇いもなく先ほど描いた絵に大きな×印をつけてしまった。
「ま、ましろ?」
「これは練習だから。次が本番だから」
そう言うと、そのままましろは教室を出て行ってしまう。
「ちょ、ちょっとましろどこ行くの?」
「……しばらく、ほっといて」
低い声でそう言って、ましろは足早に去って行ってしまう。
教室に、何とも言えない気まずい沈黙が落ちた。
「ど、どうしたんだろ……」
「プレッシャーかけすぎた?」
「私、余計なこと言っちゃったかも……」
「ましろちゃん、大丈夫かな……?」
急に教室を出て行ってしまったましろに、千尋も不安そうに蒼太に尋ねる。
蒼太は黙ったまま、チラリと先ほど×印をつけられた看板を見た。
「…………」
――他のことだったら、心配して追いかけていたと思う。
でも絵だけは……あのましろが、親と大喧嘩して家を出てでも続けようとした絵に関することだけは信じてあげなきゃいけないと思った。
だから一度息を吐いて、蒼太は安心させるように千尋に笑いかける。
「大丈夫だよ」
「え?」
「ましろは……まあいろんなこと投げ出しがちで面倒くさがりなんだけど」
そう言って苦笑いした。
「絵のことだけは、いつだって真剣だから」




