23話『キス +100ポイント。一緒にお風呂 +150ポイント。エッチ +300ポイントです』
一触即発の空気も今はすっかり落ち着いて、そこからは穏やかな空気のまま定例会はお開きとなった。
「本当にすみませんでした。さっきの、その……水をかけた件……」
ましろのことで怒ったこと自体は何一つ後悔はしていないけど、だからといってコップの水をぶっかけたのはいくら何でもやり過ぎだ。
蒼太の両親も一緒に頭を下げてくれた。それがますます申し訳なくて罪悪感が増していく。
けど幸い、ましろのお父さんはあっさりと許してくれた。
「それだけましろのことを大事に思ってくれているのでしょう。驚きはしましたが、そう考えれば悪い気はしません」
その声と表情は思いのほか優しかった。むしろ最初より穏やかなぐらいだ。
ましろのお父さんは何とも複雑そうな笑みを浮かべながら続ける。
「正直なところ……仮婚制度など、いくら国が定めたものとはいえ胡散臭いと思っていました。初対面の異性と同棲するというのもそうだし、娘がそんなものに参加すると聞いた時は不安で仕方がなかった」
だが、と言葉を区切り蒼太の方を見る。
「君のような相手と出会える機会と考えるなら、案外悪いものではないのかもしれない」
「あ……ありがとうございます!」
「いやこちらこそ、いろいろ手のかかる娘だがこれからも良くしてやってほしい。あの子の夢のことも……よろしく頼むよ」
「はい……!」
そんなやり取りを見守っていたましろのお母さんもましろに笑いかける。
「まあそんなわけだからしっかり頑張りなさい。これからはちゃんと応援するから」
「う、うん!」
ましろも嬉しそうに顔を綻ばせる。ようやく両親から応援してると言ってもらえたのだ、喜びもひとしおなのだろう。
そんなましろを見ながら、お母さんはちょっとだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「でもまあ、あんまり気負い過ぎないようにね。ダメでも蒼太くんが責任取ってくれるらしいし」
「ぶっ!?」
「ちょ、ちょっとお母さん!? 変な冗談やめてよ!?」
「あら、冗談じゃなったんだけど。うふふふふ」
†
そうやって歓談している声を、パソコンの中のアイは黙って聞いていた。
(いい雰囲気ですね……)
高度なAIを搭載したアイは、人々の言動や声の調子から感情の機微を読み取る能力まで備えている。
今回の一件で、ましろの両親からの蒼太に対する評価は大きく高まったようだ。仮婚制度では双方の家族が本当の結婚への障害になることも珍しくないため、これはアイにとってとてもいい流れだ。
(よしよし、いい感じですね。あとは……おや?)
アイはましろの声に耳を傾ける。
(……ほほう。これはこれは)
アイは内心でほくそ笑みながら、帰ってからの計画を立て始めるのだった。
†
家に帰ると、二人はぐったりとソファに身体を沈めた。
「つ……疲れた……」
「ほんっとそれ……。もう何もしたくない……」
張り詰めていた緊張がようやく解けて、二人ともぐで~っとソファに体重を預けている。ちょっと気を抜いたらこのまま寝落ちしてしまいそうだ。
「……にしてもさ」
ましろがソファにもたれて天井を仰ぎながら、呟くように言った。蒼太は「ん?」と先を促す。
「蒼太でも、あんな風に怒ることあるのね」
「あ~……その、なんかごめんね?」
「なんで謝んのよ。私のために怒ってくれたんでしょ?」
「いやそれはそうなんだけど、流石にお父さんに水かけたのはどうかなって」
「いいのよ。正直スカッとしたし」
ましろはクスクス笑いながら、あの時のことを思い出すように遠い目をする。
「でもま、正直びっくりした。蒼太って何しても怒らないやつってイメージだったし」
ましろの言葉に、蒼太はちょっぴり気恥ずかしそうに頬を掻く。
「……自分でもちょっと驚いた。ああいう風に怒ったの、初めてだったし」
「……そうなの?」
「うん。ただ……ましろが頑張ってたのとか、絵を描くのがどれだけ好きかは見てきたからさ。それをあんな風に言われて、ついカッとなっちゃったっていうか……」
「ふ、ふーん」
ましろはそう言うと、何故かそっぽを向いてしまった。
「……ありがと」
「え?」
「私のために怒ってくれたの……嬉しかった」
「い、いや……そんなたいしたことじゃ……」
「たいしたことなの」
即座に返されて、蒼太は言葉に詰まった。
再び沈黙。時計のチクタクという音だけが妙に大きく聞こえる。
言葉は続かなかったけど、不思議と気まずさはなかった。
むしろなんだか暖かいものが胸にじわじわ広がっていく。こうして一緒にいると安心できて、幸せな気持ちになっていく。
また少し、ましろと仲良くなることができた。そんな実感を噛みしめていたその時だった。
『はい! それでは本日のラブラブミッションを発表します』
いきなりアイのホログラムが現れて、明るい声でそんなことを言ってきたのだ。
蒼太とましろは同時にアイを見る。ましろは露骨に嫌そうだ。
「ちょっとアイ~、私達今めちゃくちゃ疲れてるんだけど?」
『まあまあそう言わず、今日のミッションはどれも超高ポイントですよ?』
「はぁ……まあいいわ。で、今日のミッションって?」
『はい! 本日の候補はこちらです!』
空中に三つの候補が表示される。
『キス +100ポイント』
『一緒にお風呂 +150ポイント』
『エッチ +300ポイント』
――瞬間、ましろがソファに置いてあったクッションをぶん投げた。当然ホログラムのアイの身体を素通りしていく。
「――なっんで今日に限ってそんなのばっかなのよついにバグったの!? いやもうバグったのね修理依頼だしてやるから!」
『いやー、今日は色々ありましたからね。今ならいけるかなーって』
「いけるわけないでしょ! 全部論外だから!」
『おや、そうなのですか?』
「……何よその反応は」
ましろの言葉に、アイはにっこりと笑顔を浮かべる。
『いえ、私が提示するミッションの選択肢はすべて、私の高度なAIで『この選択肢ならば選ばれる可能性が僅かなりともある』と判断されたもののみ提示しているはずなので』
「な、ななななな……」
ましろが動揺のあまり顔をまっ赤にする。
アイの言葉に、蒼太もつい考えてしまう。
――それってつまり……ましろが……
そう考えかけた瞬間、ましろがクッションで蒼太の顔面をフルスイングしてきた。
「わぷっ!?」
「蒼太! あんた今一瞬変なこと考えたでしょ!?」
「か、考えてない! 考えてないから!」
『それではましろさん? 今日はミッションを実行しないということですか?』
「するわけないでしょばっかじゃないの!?」
『そうですか、かしこまりました。ただ今日中であれば再エントリー可能ですので、気が変わりましたらまた声をかけてくださいね』
そう言って、アイは姿を消してしまった。
リビングに残された蒼太とましろ、さっきまでの穏やかな空気はどこえやら。何とも気まずい沈黙が二人の間に落ちていた。
「えっと……ましろ?」
「な、なによ! 言っとくけど絶対やらないわよ!?」
「わ、わかってるよ」
「……とりあえず、部屋、戻ってるから……」
「う、うん」
そうしてましろは、さっさと自分の部屋に引き上げてしまった。
†
それから一時間。
部屋に戻ったましろはベッドに仰向けになって、ぼんやり天井を見ながら何か考えていた。
「…………」
その頬はほんのり赤い。どこか恥ずかしそうに目を潤ませ、口をもごもごしている。
「………………アイ」
『はいはーい♪ 何かご用ですか~』
小さな声で名前を呼ぶと、アイが待ってましたとばかりに姿を現す。
そんなアイに辟易としつつも、ましろは身体を起こしてアイに何かを言った。
するとアイの目がパッと輝く。
『かしこまりました! グッドラックです!』
そう言って、アイは実に愉しそうに親指を立てて部屋を出て行くましろを見送るのだった。




