24話『初めての体験はいかがでしたか?』
一方その頃、蒼太はお風呂に浸かって小さく息を吐いていた。
……もう一時間も経つのにまだ胸がドキドキしている自分につい苦笑いしてしまう。
さっき、アイが提示してきたミッションの選択肢。それがどうしても頭から離れない。
キス。
一緒にお風呂。
エッチ。
そしてアイは、実行する可能性があるものしか提案しないと言った。
「……いやいやいやいや!」
ザブンと頭をお湯に沈める。どうにか気持ちを落ち着けようとする。
そりゃあ、まあ、蒼太だって男なのだ。それも思春期真っ盛りの男子高校生。
ましろとのそういう展開にちょっとでも期待しないのか? と聞かれたら、そりゃあ、するに決まってる。
けれどましろとは、仮婚相手とはいえそういう関係じゃないし、それ以前に大事な友達だ。
友達にそういう目で見られるとか嫌だろうし、ましろだって女の子なんだから怖いだろう。
だから決してそういう目で見ないように、明日になったらいつも通りにおはようと言って……。
などと考えていたその時だった。
――きぃ。
背後で、躊躇いがちに戸が開く音がした。
(……え?)
背後に、人の気配がする。
この家にいるのは自分以外にましろとアイの二人だけ。
でもアイはホログラムだから戸を開けたりはできないわけで……つまり戸を開けたのはましろなわけで……。
バクンバクンと心臓の音が高鳴るのを感じる。
そーっと後ろを振り向いて……蒼太は、言葉を失った。
そこに立っていたのは、タオルを胸の前でぎゅっと押さえたましろだった。
一瞬、時間が止まったように感じた。
つい、ましろをまじまじと見つめてしまう。
顔は耳までまっ赤で、目なんてちょっと涙目。タオルを両手でギュッと押さえてるのがなんだかとてもいじらしく思えた。
ましろと目が合う。
「あ……えと……ましろ……? その……」
「違うから!!」
何か言おうとした蒼太に対し、ましろが顔を真っ赤にしながら先に叫んだ。
「これはその……アイがポイントいっぱいくれるって言うからで! へ、変な勘違いとかしないでよね!」
「だ、だからって……」
「そ、それに!」
ましろの声が急速に小さくなっていく。
「何か……お礼、したいって気持ちは……あったし……」
「お礼なんてそんな……」
「な、なによ。私との混浴じゃお礼にならないって言うの?」
「いや、そりゃ……嬉しいけど……」
「嬉しいって何よこの変態!!」
「どう答えればいいのさ!?」
言葉では強がっていながらも、ましろはおっかなびっくりな足取りで入ってくる。
それをジッと見ているのはなんだか凄い罪悪感と背徳感を感じてしまって、蒼太は慌てて後ろを向いた。
……後ろで、ましろが掛かり湯をしてる音がする。
さらに少しすると、ましろの細い足がそっと湯船に入ってきた。
ましろはタオルを胸元で押さえたまま隣に座る。それだけでもう、蒼太の心臓はうるさいくらいに高鳴ってしまっていた。
あまり見ないようにと意識しつつも、つい視界の端でましろの様子を伺ってしまう。
濡れた肌。髪はまとめられて普段あまり見れないうなじが見える。
細い肩に、柔らかな肌。細い腰回りに、タオルの下からのぞくスラリとした足。
お湯の中で、ふと指先同士が触れた。
「っ……!」
二人は同時にびくっとして、反射的に手を引っ込める。
ましろはまるで熱いものにでも触ったように手をにぎにぎしながら、口をもごもごさせていた。
「……何か話しなさいよ」
「な、何かって何を?」
「何でもいいから! このままだと、その……変な空気になるじゃない」
「そ、そんなこと言われても……」
蒼太は困ったように眉を下げ、少し考えてから口を開く。
「そういえばさ……一応、ご両親もましろの夢を応援してくれるってなったよね?」
「まあ、そうね」
「仮婚、これからも続けるの?」
「え?」
ましろがきょとんとした顔でこちらを見る。
「だって、もともとは家を出るためにお金を貯めるのが目的だったんだよね? でも夢のことも認めてもらえし、急いで貯める必要もなくなったのかなって……」
一瞬、ましろの表情が揺れた。
けれどすぐにぷいっと視線を逸らし、ぶっきらぼうな口調で答える。
「……どっちにしろお金はいるし。仮婚続けた方が効率いいでしょ」
「そっか。よかった」
「よかったって何よ。そんなに私と仮婚続けたかったの?」
「え。あ……いや、その、ほら、せっかく仲良くなれてきたし学校のこともあるから、だから、その……うん」
「……うんじゃないわよ、バカ」
ましろはそう言って、自分の膝に顔を埋めてしまった。
結局、また二人の間に沈黙が落ちる。天井から落ちてくる水の音が、いやに大きく響き渡った。
†
ましろは膝に顔を埋めながら、さっきの会話を何度も頭の中で反芻していた。
(……私、今……)
仮婚を、やめたくないって思った。蒼太が仮婚を続けたいと言ってくれて嬉しいと思ってしまった。
それを自覚した瞬間から、胸の奥がそわそわして落ち着かない。
(べ、別に変じゃないでしょ。どっちにしろお金はあるにこしたことないんだし、学校とかのこともあるし)
心の中で言い訳する。
そうだ。実際、仮婚を始めたおかげで自分のおかれている状況は劇的によくなった。
両親は応援すると言ってくれたし、学校にも通えるようになった。この仮婚でお金も貯められる。
万が一全部うまくいかなかったとしても――。
(その時は、蒼太のお嫁さんになって養ってもらえばいいだけだし……)
我ながら順風満帆。いろいろ大変なこともあるだろうけどしっかり頑張ればこれからも……。
そこまで考えて、はっとする。
(……へ?)
今、自分は何を考えた?
蒼太のお嫁さん。
そんな選択肢をナチュラルに考えていた自分に気付いて、たちまち顔が熱くなった。
「ましろ? どうかした?」
「な、なんでもない! ちょっとのぼせただけだから!」
「え? でもまだ入って五分くらい……」
「のぼせた! だけだから!」
大きな声でそう言って、ましろは逃げるように湯船を出た。
ろくに身体も拭かず、タオルを巻いただけという格好で部屋に戻る。そしてそのままベッドに突っ伏した。
「~~~~っ! ~~~~っ!!」
枕に顔を埋めて、足をばたばたさせる。
(何考えてんの私! 蒼太のお嫁さんって! ないないない絶対ないから!)
『おやおやずいぶん激しいですね。せめて髪はちゃんと乾かさないと綺麗な黒髪が傷んじゃいますよ?』
「うっさい!」
ウキウキで茶化しに来たアイに一喝するが相変わらず顔まっ赤。どう見ても照れ隠しで、そんなましろをアイはニコニコしながら見つめている。
『どうでしたか蒼太さんとの初めてのお風呂は。ドキドキしちゃいました?』
「だ、だからうっさい! ……別に、ドキドキなんてしてないし。そもそもあいつのこと男として見てないし」
『その割には顔まっ赤ですけど』
「~~~~っ」
枕に顔を半分埋めつつ睨んでくるましろに、アイはふっと優しい笑みを浮かべた。
『ねえましろさん。単刀直入に聞きますね』
「……なによ?」
『ぶっちゃけ――蒼太さんのこと、男性として好きですか?』
「は、はぁ!? そんなのないない! あいつとそういうのは絶対ないから!」
『なるほどなるほど。では次の質問です』
アイは楽しそうに追撃する。
『蒼太さんと結婚するの、嫌ですか?』
「……っ」
その問いにましろは言葉を詰まらせた。
『嫌ですか』と聞かれてさっきみたいに即答できなかったことに、ましろ自身気付いてしまった。
そんなましろに対し、アイは実に満足げな笑顔を浮かべる。
『わっかりましたありがとうございます! お二人の仮婚が順調なようで私もとっても嬉しいです! では本日はそろそろお暇しますね、お疲れさまでした!』
「あ!? ちょ、まちなさい違うから! 今のは絶対違うから勝手にお暇すんな! ちょっとアイ戻ってきなさい!?」
いくら叫んでもアイは戻ってこない
そして一人になると、ますます恥ずかしさがこみ上げてくる。
(だ、だから違うから~~~!!)
そうしてましろは、再び枕に顔を埋めてじたばたと暴れつづけるのであった。
第一部はこれにて完結となります。ちょっと際どい設定でしたが楽しんでいただけたでしょうか……?
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