21話『もう付き合っちゃいましょうよ!』
ましろが学校に通い始めてから初めての金曜日の夕方。
「つっかれた~……」
学校から帰ったましろは荷物を投げ出し、ドカッとリビングのソファに座り込んだ。
本当に疲れているみたいでぐったり背もたれに体重を預け、天井を仰いでいる。
そんなましろの荷物を拾い集めながら、蒼太は微笑ましそうにましろを見ていた。
「お疲れさま。どうだった? この一週間」
「どうだったも何も……めちゃくちゃ疲れたんだけど」
「久しぶりの学校だったもんね。やっぱり気疲れするだろうし」
蒼太は労るようにそう言った。何かと文句は言っていたものの、ましろは無事に最初の一週間、無遅刻無欠席でちゃんと学校に通えたのだ。
蒼太の方も嬉しい気持ちでいっぱい……なのだけど、当のましろは微妙に不満そうだった。
「気疲れもあるけどなんというか、あの扱いなんなの?」
「扱い? みんなよくしてくれてると思うけど……」
「……なんか、小っちゃい子扱いされてる気がする」
学校での様子を思い出し、吹き出しそうになるのを蒼太は必死で堪えた。
「なんか話しかけてくる連中の声、やたら優しいし。『緊張してない?』『無理してない?』って何回も聞かれたし。……あとお菓子。めっちゃくれたし」
「ま、まあうちのクラスは優しい人が多いんだよ」
――言えない。みんなの認識ではましろはすでに小動物系マスコット枠なんて言えない。
ただ、ぶつぶつ文句を言いながらもましろが本気で言ってるわけではないのが明らかだ。表情は穏やかだし、口元はちょっと笑ってさえいる。
「楽しかった?」
蒼太が聞くと、ましろはバツが悪そうに顔をしかめた。
意味もなくソファの表面を指でなぞりながら口をもごもごさせる。
「……嫌じゃなかった」
「そっか。よかった」
と、そんな時だ。二人の間にアイが現れた。
アイは嬉しそうなニコニコ顔でましろに微笑みかける。
『一週間お疲れさまでした。私もましろさんが社会復帰できそうで嬉しいです』
「はいはい。そりゃあんたは私が学校通うようになったら仮婚での社会復帰のモデルケース? ってのになるから嬉しいでしょうね~」
『それもあるのは否定しませんが、今回の件は間違いなくましろさんの人生にとってプラスです。この調子で学校生活を継続できれば、ご両親がましろさんの夢を認めてくれるかもしれませんしね?』
「……別に、そんなのどうでもいいし」
ましろはぷいっとそっぽを向く。
ただ言葉に反してその口元は少し緩んでいた。……もしかしたらましろも、ご両親と和解できる展開を期待しているのかもしれない。
……と、そんな時だ
『さて、それではそろそろ本日のラブラブミッションといきましょうか』
「ちょっと、私いま疲れてるんだけど?」
『大丈夫ですよ~。今回のミッションはシンプルかつ癒やし系ですから』
そうウインクして、アイは今日のミッションを発表する。
『内容は簡単です。お二人で、十分間ハグしてください』
「……それのどこが癒やし系なのよ」
『親しい人とのスキンシップは、オキシトシンというホルモンの分泌を促します。これは安心感を高め、ストレスや精神的な疲労を和らげる効果が確認されています。お疲れのましろさんにはぴったりかと』
――その説明を聞いた時、蒼太は『そんな説明でましろが納得してくれるかなぁ』などと思っていた。
ましろのことだから『こいつとのハグなんて余計ストレス溜まる』とか『変なとこ触ったら引っぱたくから』とか散々文句を言われるんだろうなと。
しかし……。
「はぁ、わかったわよ。変なとこ触らないでよ」
ましろはため息をつきつつも、特に抵抗する様子もなく立ち上がる。
そしてあっさりと、蒼太の方にハグを求めて両手を伸ばしてきた。
「ん」
「……え」
「? どうしたの? ハグするんでしょ?」
「え、あ、いやえっと……う、うん」
ぎこちなく距離を詰める。ましろは特に嫌がる様子もなく蒼太に抱きしめられるのを待っている。
心臓がいつも以上にバクバク鳴っている。身体の動きがぎこちなくなる。
けれどどうにか腕を動かして、ましろの背中に手を回した。するとましろからも蒼太の背中に腕を回してくる。抱き寄せられて二人の身体が密着する。
(~~~~っ!)
ぽふり、と自分の腕の中にましろが収まる感触に、蒼太は息をするのまでぎこちなくなってしまう。
こうやって抱き合うとやっぱり華奢で、でも柔らかくて、いい匂いまでしてくる。
バクバクと鳴っている心臓の音がましろに伝わらないかと心配になるほどだ。
一方のましろは特に動揺した様子も嫌そうな様子もなく、蒼太の腕の中に収まっている。
その姿がなんだかたまらなく愛おしくて、蒼太はもう感情の行き場をなくして視線をウロウロさせていた。
そしてそんな蒼太に、アイはさらなる追い打ちをかけてくる。
『いいですね、いいですね。それではここで追加ミッションを発令します。達成すれば大きめにボーナスを差し上げますよ~』
「つ、追加?」
『はい! 内容は、前半五分間。蒼太さんがましろさんをたくさん褒めて、可愛がってあげること。後半五分間は、ましろさんが日頃のお礼を伝えてください』
「可愛がるって……」
蒼太は腕の中のましろを見下ろす。ましろも上目遣いにこちらを見上げていて、目が合った。
……逃げない。嫌がる様子もない。ただ無言で『やってもいいよ』とだけ伝えてくる。
「じゃ、じゃあ……」
意を決して、蒼太はそっとましろの頭に手を置いた。
「えと……一週間、お疲れさま」
言葉を探しながら、ゆっくり撫でる。
「久しぶりの学校で不安だったろうに……すごく頑張ったね」
ましろは何も言わない。ただ目を閉じて、蒼太が頭を撫でるのに身を任せている。
……気のせいだろうか? ほんの少し目元が緩んでいて、気持ち良さそうに見える。
………………。
あのましろが、自分の腕の中で、頭を撫でられるのを受け入れてくれている。
しかも嫌そうな気配は微塵もなくて、むしろ気持ち良さそうで、蒼太が手を止めると『やめちゃうの?』と言いたげに薄く目を開ける。
(かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい)
それから五分間があっという間に過ぎた。
途中から褒めるのを忘れて、夢中でましろを撫でていた気がするけれどアイは満足そうにうんうん頷いているので問題はないようだ。
『さてさてそれでは今度はましろさんの番ですよ。この機会に普段は素直に言えないような、日頃の感謝を伝えてみましょう』
「…………ん」
ましろはぎゅっと蒼太の服を掴んだ。
蒼太の腕の中で俯いたまま、口をもごもごさせている。
「……その、さ」
蚊の鳴くような小さな声。けれどはっきり言葉にする
「私……あんまり性格よくないって自覚あるし。文句ばっか言うし、面倒くさいし……」
「ま、ましろ?」
「それでも……毎日、ちゃんと、世話焼いてくれて……」
ましろがおそるおそるといった感じで視線を上げる。緊張と恥ずかしさのせいか顔がまっ赤で、ちょっと涙目だった。
「……ありがと。感謝してる」
そこで限界だったようで、ましろはすぐに顔を伏せてしまった。
……心臓がバクバクと高鳴っている。
蒼太は元々、ましろのことが気になっていた。出会った瞬間に一目惚れして、もっと仲良くなりたいと思っていた。
けれど今、あらためて恋に落ちてしまった。
この子のことを護ってあげたい。幸せにしてあげたい。そんな気持ちが後から後からわいてきて、知らず知らずのうちにましろを抱きしめる腕に力がこもる。
ましろの方も、そうやって強く抱きしめられるのを嫌がらなかった。
そうしてさらに五分が過ぎた。
どちらともなく身体を離す。
アイはいつの間にかいなくなっていて、リビングはすっかりシンと静まりかえっていた。
目を合わせるのが気恥ずかしくて、二人同時に視線を逸らす。
「……えっと……そ、そろそろ夕食の準備でもしよっかな。ましろ、手伝ってくれる?」
「……ん。わかった」
それ以上何も言わないまま、二人は並んで夕食の準備に取りかかるのだった。
第一部クライマックスということで、今日と明日は十二時と五時の二回投稿します!




