20話『もうすぐ定例会です』
そうしてましろが学校に通うようになって、これまで自堕落に過ごしていたましろの一日は一気に慌ただしくなった。
「ましろ起きて。そろそろ準備しないと学校遅刻しちゃうよ?」
「あと五分寝かせて~……」
「それさっきも言ったよ? ほら、ちゃんと着替えて朝ご飯食べないと」
「う~……わかったわよ~……」
「わ!? ちょ!? 待って着替えるの待って僕まだ出ていってないから!?」
蒼太が慌てて出て行くのを見送って、ましろはもぞもぞ着替え始める。
眠い、もうこのまま布団に突っ伏して二度寝したい。
元々朝が弱いのもあって早起きは一苦労だったし、制服に着替えて準備して……というのはめんどくさくて仕方ない。
それに学校自体、どっちかと言うと苦手だ。
大勢の人に注目されるのは苦手なのに、なぜだかみんながやたらチヤホヤしてくると言うかなんというか。
あとめっちゃお菓子とかくれる。もしかしてペットか何かと思われているんだろうか?
(……まあ、いじめられてた時と比べたら雲泥の差だし、苦手なだけで嫌というわけじゃないけど)
嫌なのは勉強の方。正直まったくついて行けなかった。
元々不登校だったのは先生の方でも認識しているので『無理はしなくていい』と言われてるけど、バカだと思われるのは嫌だから授業は真面目に聞いてる。
でも授業は正直わからないところの方が多い。国語とかはまだどうにかなるけど数学とかは完全にちんぷんかんぷん。
黒板に書くスピードにもついていけないし、わけわからない数式とか記号とかあんまり出さないでほしい。
ただ、そこで意外にも役に立ったのがアイだ。
流石は最新のAIというか、授業の間アイの入ったスマホをオンにしておくと後でわからなかった部分を自動で分析して丁寧に教えてくれる。
それに蒼太も、けっこう勉強できる方みたいで意外に教え方もうまかった。
蒼太に先生役をやってもらうというのはちょっぴり屈辱だけど、仲のいい友達と勉強するっていうのは……案外、楽しかった。
「あーもう、めんどくさいなぁ」
ぶつぶつ文句を言いながら、準備の方はしっかりする。
やることが増えて大変になったのは間違いない。絵を描く時間も以前より減ってしまったし休みが待ち遠しい。
けれど充実しているなっていうのは感じる。……少なくとも、お父さんお母さんと喧嘩して部屋にこもってる時よりずっと。。
朝食のトーストをかじりながらチラリと蒼太の方を見る。
(何だかんだでいろいろ良くなってきてるの、こいつのおかげなのよね)
自分の性格に難があるのは理解してるし、いろいろわがままを言った自覚もある。
特に最初の方は親とのことでイライラしてたし、だいぶ傲慢だったかもと今なら思える。
けれど蒼太はそれを全部受け止めてくれた。
恥ずかしくてなかなか表には出せないけど……感謝してるって、今なら認めてもいい。
(相性抜群の相手……か)
ふと仮婚のうたい文句を思い出す。
最初は鼻で笑ってたけど、確かに蒼太は自分にとって相性抜群の男子だったと思う。
「? ましろ、どうかした?」
「別に、なんでもない」
ぶっきらぼうにそう答える。
まあ相性抜群の相手とは言っても、アイが望んでるみたいなラブラブな恋人とか夫婦とか、そういうのは想像できない。
ぶっちゃけ蒼太のことはあんまり男子と思ってないし、たぶん蒼太が女の子だったとしても今の関係はあまり変わらなかったんじゃないかなと思う。
(ただ、まあ……大事な友達っていうとこまでは、認めてあげなくもないけど……)
ついそんなことを考えて、頬が熱くなるのを感じた。誤魔化すようにコーヒーをゆっくりすする。
と、そんな時だ。
『何はともあれ、早いものでもうすぐ一度目の定例会ですね。いや~最初はどうなるかと思いましたが良い報告ができそうで感無量です!』
「……定例会?」
キョトンと首を傾げるましろに、アイはそのまま説明を続ける。
『はい。二カ月に一度、双方の保護者を交えての近況報告や生活状況の確認、そして仮婚継続の意思確認を行います』
「え、そんなのあるの?」
『あります。……これも最初にお渡しした資料に書いてたんですが、やっぱり読んでませんでしたね?』
「う……」
ましろはスッと目を逸らす。
『とはいえ特に大したことをするわけではないので気楽に構えててください。どちらかと言えば親御さんに安心してもらうためのプレゼンテーションみたいなものですね』
「……親も参加するの?」
『はい』
心臓がきゅっと縮むような感じがした。
大喧嘩して以来、ろくに口も聞いていなかった両親との二ヶ月ぶりの再会。やっぱりどうしても緊張してしまう。
そんなましろを心配げに見ながら、蒼太は少し考えて口を開いた。
「せっかくだしさ……夢のこと、あらためて話してみたら?」
「……え?」
「元々、学校に行ってないのに絵ばっかり描いてるのを怒られて喧嘩になったんでしょ? でも今は頑張ってるんだし、ご両親も認めてくれるんじゃないかな?」
「……そう、かな?」
『はい! 確かに初期のましろさんは自堕落で親御さんが心配するのも仕方ない状況でしたが、今はちゃんと頑張ってますし話してみる価値はあると思いますよ』
「……あんた一言多いのよ」
そう文句を言いつつも、ましろの口元は少し緩んでしまっていた。
思い出すのは絵のことで両親と大喧嘩して、衝動的に仮婚に応募した時のこと。
あの時はつい感情的に売り言葉に買い言葉で喧嘩してしまったけど、一応両親の言い分も頭ではわかっているのだ。
学校にも行かずに引きこもって絵ばっかり描いてる娘。そりゃあ心配だし文句の一つも出てくるだろう。
けれど、今なら……頑張って学校に行き始めた今なら、プロのイラストレーターとして生きていきたいという自分の夢も、認めてもらえるかも……。
……親と仲直りできるって言うなら、そりゃしたい。何だかんだで血の繋がった家族なんだから。
そしてこんな風に思えるのも、やっぱり蒼太のおかげなわけで……。
(……私、こいつに借り作りすぎじゃない?)
普段あんまりそういうのを気にする方じゃないんだけど、流石にここまでされたら感謝の一つや二つはするというか、お返しの一つぐらいしたいというか……。
とはいえ、あらためてお礼を言ったりするのも気恥ずかしくてなかなか言えない。全てわかってるような笑顔でニコニコしているアイが微妙に気に入らない。
ちょっぴり悶々とした気持ちのまま、ましろは今日も学校に行く準備を整えるのであった。




