19話 『更生開始です!』
「おかえり~」
「た、ただいま」
家に帰ると、リビングでましろがソファにもたれながらスマホをいじっていた。
蒼太は軽く息を整え、ましろの隣に座る。
いつになく真剣な様子の蒼太に、ましろは「どうしたの?」とキョトンとした顔をしていた。
「今日、学校の帰りにましろのご両親に会ったんだ」
「……」
ましろの眉間にしわが寄る。
「その……ましろのこと、すごく心配してた。それでましろを学校に行くように説得してくれないかって、相談されて……」
「ふーん……で?」
言葉は平坦だったけど、ましろの声がどんどん冷たくなっていくのを感じる。
こちらに向けられる目は『あんたはどっちの味方なの?』と警戒してるみたいで、ここで答えを間違えてしまったら今までの関係が一気に崩れてしまう予感があった。
それに対して蒼太は――真っ先に頭に浮かんだ言葉をそのまま口走った。
「ま、ましろの制服姿が見たいなって!」
「………………はい?」
「い、いやあのその、ましろって可愛いから制服姿もきっと似合うだろうなって。それで、そんなましろと一緒に登下校したり、学校生活できたら、楽しいだろうなって……その、なんか、ごめん」
途中で自分でも何を言ってるのかわからなくなってきて目を逸らす蒼太。ましろの方もあまりにも予想外の答えにポカンとしてしまっていた。
「あ……あんたねぇ。言うに事欠いて制服姿の私と学校行きたいからって……」
「ごめんホントにごめん! 真っ先に頭に浮かんだのがそれでつい……」
『まあまあ、蒼太さんも男の子ですし。ましろさんも中身はともかく見た目だけなら黒髪清楚系美少女ですからね』
「アイあんたちょっと黙ってなさい」
茶々を入れてきたアイを黙らせつつましろはため息をつく。
ぶち切れて部屋にこもる心の準備までしていたのに完全な肩透かしを受けてしまって、ましろはもう苦笑いすら浮かべていた。
……これで『ましろの将来のため』とか言ってくるなら怒ることもできた。
けれど蒼太が『ましろと一緒に学校行ってみたい』と言うのなら怒るに怒れない。
「そ、それで……どう、かな?」
「やだ。めんどくさい」
『まあまあましろさん。ここは冷静に中立的な判断をしてみましょう』
「なによ中立的って……」
『まず客観的に考えて、将来イラストレーターを目指すにしても何にしても、最低限の学歴や社会経験、両親の理解があった方が有利。ここまでは認めていただけますか?』
いつになく真面目なアイの言葉に、ましろも「それは……まあ、うん」と小さく頷く。
『であれば! 仮婚生活中の今はお試しで学校に行ってみる千載一遇の大チャンスです!』
「な、なによチャンスって……」
『いいですか? 仮婚生活中の今は政府公認のスーパーAIである私の全面支援が受けられますし、仮婚制度の試験運用としても『不登校の女子が仮婚生活を通して再び学校に行けるようになった』という実績は大歓迎! 全力で支援しますしなんなら報奨金を出すように申請させていただきます』
報奨金という言葉にましろがうっと言葉を詰まらせる。
『さらに! 蒼太さんが通っている高校では不登校生徒の支援制度がありまして、中途半端な時期の転入や短期間の就学なども柔軟に受け入れています。そして何より……!』
アイは蒼太の肩をポンと叩くような仕草をする。
『今はここに、ましろさんの夫(仮)である蒼太さんがいます! ましろさんに何かあった時は全面サポート! それはもう騎士やボディーガードのように身を粉にして働いてくれるでしょう。ね、蒼太さん?』
「う、うん!」
「……」
ましろはジッと黙り込む。
頭では、アイの言うとおりこれはいい機会なのかもしれないとわかってる。報奨金もほしい。
けれど……怖いと思ってしまう。
もう長いこと行ってなかったし、今さらだと思うし……また、嫌な目にあったら……。
そんな時、チラリと蒼太の顔を見た。
不安そうな、それでいてどこか期待のこもった目。
(まあ、何だかんだお世話になってるし……こいつなら、何かあったら全力で何とかしてくれるだろうし……一回ぐらい、いっか)
ついそんなことを考えて、ましろは首を縦にふってしまった。
†
翌週の月曜日の朝。
蒼太はリビングで落ち着きなくウロウロしていた。
『蒼太さんがそんな挙動不審でどうするんですか。もっとリラックスして待ちましょう』
「そ、それはそうなんだけど……」
そんな時、トントンと二階から階段を下りてくる気配がした。
直立不動になる蒼太と苦笑いするアイ。少し間を置いて、ガチャリとリビングの扉が開いた。
リビングに入ってきたましろは、学校のセーラー服姿だった。
おろしたての真っ白なセーラー服とましろの黒髪が見事なコントラストを描いている。
いつもの部屋着姿とはまるで雰囲気が違う。緊張しているのか頬を赤くして目を伏せていることもあって、今のましろからは初々しさと小動物のような可愛らしさが感じられた。
「ど、どう? 変じゃない?」
「す、凄く似合ってる! なんというか……凄く似合ってる!」
「……語彙力死んでるじゃない、ばか」
ましろはくすりと笑うと、とてとて蒼太に近づいてくる。蒼太の服の袖を摘まみ、軽く引っ張る。
「……ほら、行くんでしょ。……あんたが言いだしたんだから、何かあったらちゃんと護りなさいよ」
「うん。困ったことがあったら何でも言ってね」
「……ふん」
そうして二人で家を出る。
強がってはいるものの、やはり久しぶりの学校ということで不安なのかいつもより大人しい。
そんなましろを見て蒼太はというと――。
(か、かわいい……!)
実は顔が緩んでしまわないように必死だった。
だってましろが可愛いのだ。いつもは横暴なのに今は小動物のようにおどおどしていて、しかも自分を頼るような目でチラチラとこっちを見てくる。
おまけに距離も近くて、肩と肩が触れあうほど近い。しかもそこから離れようとしなくて、ほとんどぴっとり肩をくっつけたまま歩いている。
何も知らない人から見たらもう恋人同士にしか見えないだろう。
……まあ夫婦(仮)ではあるのだが。
そうしてバスに乗り学校前で下りる。当然周りには生徒も多くなってくる。
この時にはもうましろの緊張は最高潮でもうガッチガチだった。
「……無理無理無理無理。もう帰る」
「待って!? またバスに乗り込もうとしないで!?」
「だってあんなに人いっぱいいるのよ!? というか何かチラチラ視線感じるし!」
「そりゃあましろが騒いでるから……」
ただ理由はそれだけではない。ましろは普段の行いや性格を知らなければ文句なしの黒髪清楚系美少女なのである。
そんな女の子が小動物みたいにおどおどビクビクして、軽く涙目で明らかに緊張している。
それはもう人目を引くし、なんなら蒼太も羨望と嫉妬が入り交じったような視線を感じるほどだ。
ひとまずあまり騒いでいると余計に人目を引くと蒼太に説得され、ましろはとぼとぼついてくる。
直接昇降口に向かう蒼太に対して、転入生扱いのましろは正面玄関から。不安そうに玄関に消えていくましろを見送り、蒼太も足早に教室へと向かった。
†
教室には朝のざわざわした空気が満ちている。
生徒達の笑い声、椅子を動かす音、友人同士の挨拶。
その中で、蒼太はひとり落ち着かず席に座っていた。
(ましろ大丈夫かな。ちゃんと来れるかな……)
玄関で別れたときのましろの様子を思い出す。……最悪、あのままこっそり帰ったりしてないかと不安になってしまう。
そんな不安を抱えたまましばらくするとチャイムが鳴り、担任が入ってきた。
「席につけー。今日はお前らにいい報せがあるぞ~」
ざわついていた教室が少し静まり、担任はさらに続ける。
「今日からこのクラスに転入生が入る」
「せんせー。それって女の子ですか~?」
「女子だ。それも……まあなんだ、期待していいぞ」
先生はニヤリと笑うと、廊下に顔を出して「入ってきなさい」と声をかける。
そうして少し間を置いて入ってきたのは――まっさらなセーラー服に身を包み、黒髪を揺らしながらおそるおそる入ってくる女の子。
ましろが入ってきた瞬間、クラスの空気がガラッと変わる。
見惚れてしまう者。ガッツポーズする者。女子ですら「かわいー」と声に出している人さえいる。
ただましろの方は緊張のあまりまったくそんな好意的な視線に気付いていないようだ。ガッチガチに緊張して黒板の前に立つ。
「ゆ、雪代……ましろ、です……。よ、よろしく……おねがい……しまひゅっ……!」
噛んだ。
顔を真っ赤にして俯いてしまい、もう帰りたいとでも言いたげなましろ。
一方、そのあざといまでの可愛らしさに教室はざわついていた。
「えっ可愛くない?」
「やば……黒髪清楚小動物系美少女とか属性もりすぎじゃん」
「緊張してるの可愛い……」
そんな小声があちこちで聞こえるのだが、残念ながらましろの耳には届いていないようだ。
むしろみんながざわついているのを笑われてると思い込んでいるのか、ますます目を泳がせている。
「じゃあ、雪代はそこの空いてる席だ」
「は、はいぃ……」
……ラブコメ漫画とかならここで蒼太の隣になるのだろうけど、残念ながら蒼太は前の方の席でましろは一番後ろ。かなり遠い。
そして朝のホームルームが終わると同時に、ましろの周りにわっとクラスメイト達が押し寄せた。
「どこら辺に住んでるの?」
「なんで途中転入なの?」
「ていうか雪代さんめっちゃ可愛くない?」
「ねえねえ、SNSやってる?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、ましろはあっという間に目をぐるぐるさせていた。
――人垣の間からましろと目が合った。
少し様子を見ようかと思っていたがもうましろはいっぱいいっぱいのようで、口パクで『たすけて』と訴えかけてくる。
そんなましろに苦笑いしつつ、蒼太はましろを助けに向かった。
「ちょっとみんな、落ち着いて。ましろが困ってるから」
人垣を割って、蒼太がましろの隣に到着。
蒼太が来てくれたことに、ましろは安心したように目元を緩める。そんな表情の変化に胸がキューッとなったが、ひとまずそのままクラスメイト達に向き直る。
「あれ? 鳴上くんって雪代さんの知り合いなの?」
「しかも名前呼び……あやしい」
「いやそれはその、ましろとは遠い親戚みたいなもので以前から仲良くしてて……ね? ましろ」
蒼太が尋ねるとましろもコクコク頷く。
……まあ、ましろとは仮婚中なのだし親戚みたいなものというのも嘘じゃないだろう。
「ましろは人見知りだし、大勢の人とか苦手だから。もうちょっとゆっくりやってあげて? ね?」
蒼太も普段、クラスの中心になるようなタイプではないのでこういうことは苦手なのだけど、そこはましろのために頑張った。
そうすると他の女子も、蒼太の交通整理に協力してくれる。
「ちょっと男子~、ましろちゃんを怖がらせんなっての~」
「はいはい質問は順番にね~」
そうして気付けば、自然と秩序ができていた。
ましろは椅子に座ったまま、おずおずと返事をし続ける。
「んじゃあ、好きな食べ物は?」
「えっと……ラーメン……?」
「趣味は?」
「……絵……とか……」
「へ~、絵とか描くんだ~」
「お嬢さまってかんじ~」
……感心したように頷く女子達はたぶん油絵とか、せいぜい可愛いイラストとかそういうのを想像してると思うんだけど、実際は成人向けのエッチなイラストや漫画まで描いてることを蒼太はそっと心の中にしまっておく。
そんなやり取りが続くうちに、ましろの表情も少しずつ緩んでいった。
(そろそろ一人でも大丈夫かな)
もうすぐチャイムも鳴るし、蒼太は自分の席に戻ろうとした。その時だ。
――ちょん、と。袖を引っ張られた。
「?」
振り向くと、ましろが不安げに蒼太を見上げていた。
その瞳はまるで『行っちゃやだ』と言うように潤んでいて、例えるなら小さな子供が親や年長者と離れるのを不安がってるようにも見えて……。
(((なんだこの可愛い生き物……)))
――雪代ましろ。転入初日。
クラスのみんなからの認識が、小動物系マスコット枠に収まった瞬間であった。




