18話『ここはお二人の味方をします!』
以前は家事を全部丸投げしてきたましろだけど、少しずつ手伝ってくれるようになってきた。
「ましろ、お皿割らないように気をつけてね」
「わかってるわよ。子供扱いすんなっての」
夕飯の後、二人で一緒に食器を洗う。
蒼太が食器を洗剤で洗い、ましろがその泡を流していく。
作業は二人で黙々と。
口数は少なめで、カチャカチャと食器が触れあう音が部屋に響く。
けれどその沈黙は最初の頃の重苦しくて気まずい感じとは全然違う。
暖かいというか、こうやって隣に立っているだけで癒やされていくというか、ふわふわした気持ちになってしまう。
チラリとましろの様子を伺う。
口では『めんどくさい』なんてよく言ってるけれど、その口元はほんのり緩んでいる。
作業も意外と真面目で丁寧で、なんだかんだ蒼太とも息が合っていた。
(ましろも、この時間が幸せだと思ってくれてたら嬉しいな……)
そんなことを思いつつ作業を終えた、ちょうどその時だった。
――プルルルル。プルルルル。
テーブルに置いてあったましろのスマホが震え始めた。
ましろが急いで手を拭いてスマホを取る。だが画面を見ると、ましろは「うえー……」と露骨に嫌そうな声を漏らした。
「出ないの?」
「……出るわよ」
ましろは渋々画面をタップして耳に当てる。
「……もしもし、何? ……うん……うん。……だから大丈夫だってば。……はぁ?」
最初は淡々と話していたましろだが、だんだん眉間にシワが寄っていき声のトーンも荒くなっていく。
「だから! ほっといてって言ってるじゃん! ……学校は……確かに行ってないけど……。は!? ……そんな言い方しなくてもいいじゃない!」
完全にけんか腰になったましろに蒼太も思わずギョッとする。
「もういい!!」
最後は完全に喧嘩別れという感じでましろは通話を切ってしまった。
スマホを叩きつけるようにソファに投げつけて、ドスンと乱暴にソファに腰を下ろす。
「ま、ましろ……大丈夫? えっと、誰から?」
「……お父さん」
短く答えた声は明らかに不機嫌だった。
「『学校はどうするんだ』 とか『絵なんて描いて遊んでる場合じゃない』とか……。考え方が古いのようちの親」
呟くように口に出した言葉は、『怒っている』というよりも『諦めている』という感じだった。
ましろは膝を抱え、顔を埋める。
「普通に学校に通って、普通の人生を送れって……。普通に馴染めなかったから学校行けなくなったんじゃない」
その声色は明らかに強がっていたけど、どこか寂しげだった。
「…………」
蒼太は何も言えず、ただ何かはしてあげたくて、ましろの隣に座る。
そしてそっと、ましろの背中に手を添えた。
するとましろはちょっとだけ顔を上げて蒼太の方を見る。
「なに? 慰めてくれようとしてんの?」
「え、う、うん。だ、ダメだったかな……?」
「……別に」
ましろは言葉少なく、けれど蒼太の手を拒みもしない。
そうしてしばらくすると、ましろはおもむろに横になって蒼太の膝に頭を乗せてきた。
「わわわ!? ま、ましろ!?」
「……なによ。仮とはいえ私はあんたのお嫁さんなんだから。お嫁さんが落ち込んでる時は慰めなさいよ」
「え、あ、う……うん。えと……頭とか、撫でていいの?」
「……好きにすれば」
蒼太はおずおずとましろの頭を撫で始める。手のひらにサラサラとした絹糸のような感触が伝わってくる。
そうして蒼太はしばらくの間、ましろの頭を撫でながら一緒に時間を過ごすのだった。
†
動きがあったのは翌日のこと。
学校を出てすぐのところで、蒼太は声をかけられた。
「あの、鳴上蒼太くん?」
校門の脇に、初老の夫婦らしき二人が立っていた。
男性の方は六十代ほどで、落ち着きながらもどこか厳格な雰囲気。
女性の方は五十代くらいで、どこか緊張したように手を組んでいる。
突然声をかけられて一瞬戸惑ったが、すぐに二人が誰か思い至った。
(ましろのご両親だ)
もう二カ月近く前になるが、仮婚への同意の署名を書くときに一度顔を合わせていた。それによくよく見れば、目元とかがましろに似てる気がする。
「えっと、ご無沙汰してます」
「少しお時間もらえないかしら。お話したいことがあるの」
「はい、大丈夫です」
そうして三人で近くの喫茶店に入った。
席に着くと、まずお母さんの方が申し訳なさそうに切り出す。
「……あの子、最近どうしていますか?」
「どう……と、言いますと?」
「あの子……気難しくてマイペースで意地っ張りで、家でもずっと引きこもっていましたしいろいろとご迷惑をかけてるんじゃないかと……」
申し訳なさそうなお母さんの言葉に、蒼太も最初の頃のましろを思い出してつい苦笑いする。
こうしてわざわざ出向いてくれた相手に変に誤魔化すのは失礼だと、蒼太も正直な感想を伝えることにした。
「最初は正直……マイペースすぎてどう接すればいいのかわかりませんでした。些細なことで怒るし、仮婚にも全然協力的じゃないし。でも……」
そこで蒼太は一度言葉を切って笑顔を浮かべる。
「でも最近は仲良くなれてきて、一緒に遊んだり家事をしたり……すごく楽しくて、大切な友達だと思ってます」
蒼太の言葉に、お母さんは「まあ!」と嬉しそうな声を上げてお父さんの方を見た。
お父さんはずっと腕を組んだままどこか不機嫌そうにしている。しかし先ほどの蒼太の返答を聞いてうっそりと口を開いた。
「……まず鳴上くん、娘と仲良くしてくれていることにお礼を言おう」
「あ、はい。ど、どうも」
口ではそう言いつつも、お父さんからはなんだか怒りのオーラのようなものを感じる。
「しかしましろの親として聞いておきたい。……あの子と、どこまで進んでいる?」
「進んでって……い、いえ僕たちはまだ何も……」
「本当に? ……私は仮婚に関しては反対だったんだ。ネットで調べた知識ではあるがかなりいかがわしい制度だと言うし……」
「そ、そんないかがわしい制度なんかじゃな……いこともないかもしれませんけど……」
「ちょっと待ちなさいなんでそこで言葉を濁す!?」
――だって薄いネグリジェで添い寝させたり避妊具買わせたりラブホテルに入るのを推奨される制度なんてどう考えたっていかがわしい。
蒼太が答えに窮していたその時だ。ポケットの中に入れていたスマホが震えた。
『蒼太さん蒼太さん、ここは私にお任せ願えますか?』
「あ、うん」
蒼太がスマホを取り出すと、画面にはアイが表示されていた。ましろの両親が不思議そうに画面を覗き込む。
「なんだいこれは」
『初めまして。仮婚サポートAIのアイと申します。ましろさんのご両親、お二人の懸念はよく理解しております』
アイは丁寧にお辞儀すると淡々と続ける。
『まず前提として――本制度はお二人の『恋愛関係への発展』を目的の一つに掲げています。そのためお二人の恋愛感情を促進するため、そういったミッションを提案する場合があります。いわゆる……いかがわしい類のものも、状況によっては』
ビキリ、とお父さんの眉間に血管が浮く。
『ですが! もちろんミッションは提案であって強制ではありませんし、同意を得ない行為があった場合は私どもが厳正に対処します。そしてさらに言えば……』
そこでアイは肩をすくめ、小さくため息をついた。
『お二人の関係……というかましろさん、どうやら蒼太さんのことペットみたいな認識で扱ってるみたいで、ここからどうやって恋愛関係にしようか悩んでるところなんですよねぇ』
「…………?」
『まあ、ひとまずこちらをご覧ください』
アイがそう言って画面に映し出したのは、蒼太とましろの日常生活の様子だった。
二人で一緒にゲームしたり、じゃれ合うように喧嘩したり、家事をしたり。ましろはどれも自然体な、柔らかい表情をしている。
お母さんが「あの子のこんな顔久しぶりに見たわ」と小さく呟いているのが聞こえた。
『最初は正直いろいろと苦慮しましたが、ご覧の通りお二人はとても良好な友人関係を築いています。……ましろさんが蒼太さんのこと異性として全然意識してない点がちょっと問題ですがそれはそれ、少なくとも毎日楽しそうですよ。ね、蒼太さん』
「う、うん!」
こうして映像で自分たちの暮らしを客観的に見せられるとなんだか恥ずかしい。
けど、端から見ても自分たちは仲のいい友達に見えるんだと思うとちょっぴり嬉しかった。
『ですのでご安心を。蒼太さんはましろさんに対し、不適切な行動は一切行っておりません』
「……わかった。疑うようなことを言って済まなかったね」
「い、いえ」
そこでお父さんは引き下がる。そして再びお母さんの方が口を開いた。
「それでね、鳴上くんにお願いがあるの」
「はい?」
「どうにか、あの子を学校へ行くように説得してもらえないかしら」
「それは……」
「難しいお願いだとはわかってるわ。でもあの子とあんなに仲が良さそうな鳴上くんならって……どうか、お願いします」
深々と頭を下げるご両親。
これをきっかけに、蒼太とましろの関係もまた少し変わるのだけど、それはもう少し先のお話。




