15話『思ってたのとは違いますがこういうのもいいですね』
「……ましろ、雷、止んだみたいだよ」
「……ん」
蒼太が声をかけると、どちらともなく手を離す。
けれど空気は気まずいまま。ざあざあと雨の音だけが聞こえる。
――思えば凄い状況だと思う。
ましろは性格とか内面はまあ、いろいろと問題があるけど黙っていれば文句なしの美少女だ。
そんな美少女と今、自分はラブホテルのベッドでこうして並んで座っている。
意識しないなんて無理だし、たぶん、ましろも少しぐらいは意識してくれている。
そう思うと心臓がバクバクして、喉が渇いて、上手く会話ができない。
けれど決して不快な時間じゃなくて……むしろ、特別な関係に一歩近づけたような……。
と、蒼太がチラチラましろの様子を伺っていたその時だ。
「……あーもうこの空気耐えられない!」
唐突にましろがベッドから立ち上がった。
「ましろ?」
「せっかくラブホテルに入ったんだから、やることやるわよ!」
「え」
蒼太が目をぱちくりさせる。その頬が一気に真っ赤に染まった。
「え、え……えぇぇぇ!? や、やることって……ま、ましろ!?」
「……あんた、まさかエロいこと考えたんじゃないでしょうね」
ましろがじろりと蒼太を睨むと、蒼太は静かに目を逸らした。
「やることってのは、イラストや漫画の取材のことよ」
「……取材?」
「うん。いやもう散々アイが言っちゃってるから開き直ってカミングアウトするけど、私って成人向けイラストも描いてるし、最近はエロ同人も描き始めたのよね」
その言葉に蒼太は恥ずかしそうに視線をウロウロさせるが、ましろは完全に開き直っているのかさらに続ける。
「でよ、やっぱラブホテルってそういうのの舞台になりやすいから一度実際に見て取材したかったのよね。でも流石に普段入るのはハードル高いから、この機会に徹底的に見て回ってやるわ」
さっきまで小動物みたいにおどおどビクビクしていたのに、絵のことになると急に元気になってしまった。
そんなましろに蒼太もちょっと笑ってしまう。
「というわけでほら、一緒にやるわよ」
「え、僕もやるの?」
「当たり前でしょ。私が部屋を物色してる間、あんたにずっと見られてるのとか嫌だし。……流石に一人でやるの、何が出てくるかわからないからちょっと怖いし」
そうして言われるがままに、蒼太も一緒に室内を探索することになった。ついでにアイにも声をかける。
「アイー、起きてー」
そう声をかけるとスマホが再起動し、画面にアイの姿が表示される。
『はーい♪ どうでしたお二人方、私が見てない間にしっぽり……という雰囲気ではないですね』
「実はかくかくしかじかで……」
蒼太が部屋の中を探索することになったことを説明すると、アイは「ですよねー」と苦笑いしていた。
何はともあれそうして三人で部屋の探索を開始する。
「にしても……実際めちゃくちゃ良い部屋よね、ここ。ホテルのスイートルームってみんなこうなの?」
『ホテル次第というのももちろんありますが、ラブホテルの方が一般のビジネスホテルよりもアメニティやサービスが充実している場合は多いですね。一人での出張や旅行の際、あえてラブホテルを利用する方もいるぐらいです』
「え、ビジネスホテルよりラブホテルの方がサービスいいの?」
『その傾向がありますね。そもそもラブホテルは短時間利用が多いのでお客の回転が早い分利益率が良いですし、都心部では競合も多いので自然とサービスで勝負する環境に――あ、ましろさんそういう戸棚を不用意に開けると……』
「え? 何よただの戸棚……げ」
戸棚を開けた体勢でましろが固まる。蒼太もおそるおそる覗いてみると……何というか、いわゆる大人向けの玩具を売っている小さな自販機が隠れていた。
「な、なんで戸棚の中にこんなのあるのよ!?」
『そりゃあ、こういう自販機が堂々とドン! と置いてあったら雰囲気台無しでしょう』
「そ、それはそうだけど……」
『なんなら買っていきます? 一つぐらいなら経費で買ってあげますよ?』
「買うわけないでしょ! 何子供におもちゃ買ってあげるみたいなノリで言ってんのよ!?」
「あ、ましろこれ見て。スイートルームの特典でルームサービス全部無料なんだって。何か頼んでみる?」
「ふーん……ってメニュー分厚っ!? どんだけ品揃え豊富なのよ!?」
『ふむふむ、先ほどこのホテルのレビューを確認しましたがどうやら料理にかなり力を入れてるみたいですね。口コミもかなり良いです』
「へー、あ、このパフェ美味しそうね。二人で頼んでみる?」
そんなこんなで二人で注文、運ばれてきたパフェを部屋にあったテレビでバラエティ番組を見ながら二人で食べる。
――楽しい。
普段の生活じゃ絶対できないような非日常体験に気持ちが高揚しているのがわかる。
何よりましろも楽しそうで、自分と過ごす時間を楽しんでくれているんだということが凄く嬉しい。
今も追加で何か注文しようかと、機嫌良さそうにメニューを開いて――なんか、いたずらっ子のような笑みを浮かべてニヤニヤしながらこっちを見ている。
「えっと、ましろ? どうかした?」
「これ注文するから、あんた着なさい」
ましろがそう言って指さしたのは……コスプレ衣装レンタルサービスの、フリフリのメイド服だった。
「いやなんで!?」
「さっきも言ったけどこれは取材なんだから。せっかくなんだからこういうのもやってみないと」
「そ、それならましろが着ればいいでしょ!?」
「嫌よ。恥ずかしいし」
「だったら僕にさせないでよ!?」
「まあまあいいじゃない。案外似合うかもしれないわよ? それに他人が着てるのを見た方が絵の資料にもしやすいしね」
「だからって……」
「あ~さっき私の下着姿見たの誰だったかな~? 男として責任の一つや二つとってほしいな~?」
「うぐぅっ!」
その件を持ち出されたらもう蒼太に勝ち目はない。結局蒼太は、観念して届けられたコスプレ衣装を着ることになった。
†
それから数分後、メイド服とウイッグが部屋に届いて。
その衣装が思ったより可愛かったし部屋に化粧品もあったので「せっかくだしめいいっぱい可愛くしましょ」と、ましろが悪ノリ。
それにアイも便乗してメイクのやり方を指導して、ましろもイラストレーターとして培った手先の器用さを遺憾なく発揮して、ばっちりメイクして……。
「…………」
『…………』
「いや何か言ってよ!? というか僕今どうなってんの!? 鏡ないから自分がどうなってるかわかんないんだけど!?」
できあがった蒼太を前に、ましろもアイも沈黙していた。
ましろなんて最初はニヤニヤしていたのに、メイクを進めるたびにだんだん真顔になってきて、今では目をぱちくりさせている。
「一応確認したいんだけど……」
「な、何を?」
「あんたって蒼太よね?」
「今自分でメイクしてたでしょ!?」
『いやぁ、これは想像以上と言いますか……とりあえず百聞は一見にしかずと言いますし、鏡の前に移動しましょう』
そうして、部屋にあった大きな姿見の前に移動させられる。そこに映った姿を見た蒼太は――。
「……誰これ?」
鏡に映ったのは、恥ずかしそうに頬を染めたふわふわブロンドヘアーの美少女メイドだった。
試しに軽く手を振ってみる。鏡の中の美少女も同じように手を振る。どうやら鏡の中の美少女は自分らしい。
……あれ? 僕って女の子だったっけ? 一瞬真剣にそんなことを考えてしまうぐらい、鏡に映った姿は美少女だった。
「男の娘……存在は知ってたけどまさかこんな身近にいるなんて……」
『先ほど試算しましたが男の娘インフルエンサーとして売り出せばSNSでフォロワー五万人は固いです。この機会に挑戦しませんか?』
「やめてね!? 絶対やめてね!?」
「ていうか声以外完全に女の子よね……。ねえ蒼太、ちょっと喋らないでスカート摘まんでお辞儀してみて」
「え、こ、こう?」
「あ、駄目だ。完全に可愛い。そのまま動かないでね~今写真撮るから~」
「ちょっ!? 待って写真撮るの!?」
「当たり前でしょ資料集めなんだから。はい、次はベッドに寝そべって~ちょっとエッチなポーズもしてもらうからね~」
「流石にやだよ!?」
「ふーん嫌なんだ? あんたは私の下着姿見たのに?」
「だからそれを持ち出すのは卑怯だよぉ!?」
結局それからいろんな写真を撮られた。
……下着姿を見たことは水に流してもらえたけど、男として何か大切なものを失った気がする。
「あ~楽しかった~♪」
外に出ると雨はすっかり上がっていた。
「僕は……いろいろ疲れたよ……」
「まあまあいいじゃない。可愛かったわよあんた」
「そう言われても全然嬉しくないからね!?」
ましろは声を上げて笑っている。蒼太はため息をつきつつ、チラリとスマホを見た。
一枚だけ、蒼太も写真をもらった。
メイド姿の自分と、ましろのツーショット写真。
肩を寄せ合いつつ写真を撮るましろは本当に楽しそうで、恋愛とかはまだまだだけど、友達としては確かに近づいているという実感があって。
なんだかんだ言いつつ、一緒にお出かけして良かったなと思ってしまう蒼太なのであった。




