14話『また一歩前進しましたかね……?』
蒼太と交代すると、ましろは椅子に座って頭からシャワーを浴びて温まっていた。
自分で思っていたより身体が冷えていたようで、温かいお湯が気持ちいい。
ふと棚を見ると、流石はスイートルームというべきか、いかにも高級そうなシャンプーやボディーソープなどが並んでいる。
せっかくなのだし使い倒してやろうと、頭や身体を洗い始める。
(……あいつ、ちゃんと温まったのかしら)
泡を流しながら、ふとそんなことを考えた。
あんなにびしょ濡れだったのに、蒼太はものの数分で出てきた。おおかた『ましろも濡れてるんだし早めに代わってあげよう』なんて考えたんだろう。
(まったく、それで風邪引いたら誰が看病すると思ってるのかしら。余計迷惑かけるかもとか考えてよね)
心の中で文句を言う。それに予想よりだいぶ早く出てきたものだから、下着姿を見られて――。
と、そこでようやく蒼太に下着姿を見られたことに思い至った。やっぱり同い年の男子にそんな姿を見られたというのは少し恥ずかしい。
……でも、逆に言えば少し恥ずかしいだけで、前回感じたような怒りとか嫌悪感は感じていないことに気付いた。
(ま、まああいつは大っきなぬいぐるみみたいなもんだし……なんだかんだ一カ月も一緒に暮らしてるからね)
もう一カ月も見てきたのだ、蒼太がどういう人間なのかはそれなりに理解している。
へたれで、ナヨナヨして、男らしくない甲斐性なし。
……まあ、料理は上手いし優しいところは認めてあげなくもないけれど。
(ああいうのを草食系っていうのよね。性欲とかあるのかしらあいつ)
せせら笑いながらふと壁に視線を向けると、大型テレビが目に入った。
天気予報でもやってないかなとリモコンで電源を入れる。
電源を入れると、ドラマらしきものがやっていた。
通り雨に降られた高校生カップル(成人済み)が、雨宿りのためにとホテルに駆け込む。
ましろは『なんか今の私たちみたいねー』とぼんやり考えながらなんとなく見ていたのだが……。
――なんか、テレビの中の二人が、おっぱじめた。
「――これ思いっきりアダルト番組じゃない!?」
テレビの中では、ヒロインがシャワーを浴びていると我慢できなくなった主人公が入ってきて……。
ましろはつい脱衣所の方を振り返る。息を殺して慎重に気配を探る。
テレビの中では、主人公に襲われたヒロインが『だめぇ……』なんて言いつつも何だかんだ受け入れて、甘い声を上げて、ついには『ベッド……行こ……?』なんて言いだして。
ましろはつい考えてしまう。男子と一緒にゴム買って、ホテル入って、今はこうして裸でシャワーを浴びている。
――もしかして今、自分は乙女としてものすごくピンチな状況なのでは? カモがネギしょってる状態なのでは?
蒼太だって男なのだ。男は狼というし、いきなり豹変して襲いかかってくることもないとは言えない。
仮に襲われても、ゴム買ってホテルに入ってる時点で同意があったと言われたら反論できないのでは?
心臓がバクバク高鳴り出す。このまま部屋に戻ったら、自分はもしかしたら……。
テレビの中で主人公とヒロインが、ベッドの上でそれはもう濃密なあれこれをしている。
生唾を飲み込みつつ、ましろは結局最後までその一連のあれこれを見届けてしまうのであった。
†
(ましろ、ずいぶんお風呂長いな……)
女の子のお風呂は長いなんていうけど、普段ましろはそんなに長風呂する方じゃない。絵を描くのに熱中してる時はなんなら数日入らない時すらある。
なのに今はもう三十分以上経っている。
もしかしてお風呂場で倒れてるんじゃ……。声かけた方がいいのかな……? などと考え始めた時、ようやくましろが戻ってきた。
「あ、おかえり。ずいぶん長風呂だったね」
「…………うん」
? どうしたのだろう? なんとなくいつもよりしおらしい。
それにのぼせてしまったのか肌がほんのり火照っていて、目も潤んでいるように見える。
(なんか、いつもより色っぽい、かも……)
心の片隅でついそんなことを考えてしまい、慌てて目を逸らす。
濡れ髪にバスローブ姿のましろは、どこか借りてきた猫のような雰囲気で近づいてきて蒼太の隣に腰を下ろした。
外ではますます雨脚が強くなったようで、雨粒が窓を叩く音が聞こえる。
「なんか、変な感じだね。ホテルで雨宿りって……」
「そ、そうね」
ましろの返事はどこか上の空。
湯上がりでぽーっとしているのか、それとも……もしかして、ホテルで自分と二人きりということを意識しているのか。
(い、いや違うから! 絶対違うから! あのましろがそんな……)
自分にそう言い聞かせる。けれどどう見てもましろの横顔は真っ赤で、緊張しているのかモジモジしていて、自分のことを意識してるようにしか見えなくて……。
そんなましろを見ていると、蒼太もどんどんラブホテルでましろと二人きりという今の状況を意識してしまって……。
……と、そんな時だった。
部屋の外が白く光る。そして数秒の間を置いてドゴォンッ! と大きな雷の音がした。
「みゃあっ!?」
……ましろが何とも可愛い悲鳴を上げた。
「……みゃあ?」
「な、何よその顔は! きゅ、急に大きな音が鳴ったからびっくりしただけ――ぴゃあっ!?」
先ほどよりも大きな雷鳴にましろはビクッと肩をすくまして可愛らしい悲鳴を上げる。
「……もしかして雷の音、苦手?」
「な、何か文句あるわけ!? 人間苦手なものの一つや二つあってもいいじゃない!」
ましろはそう怒りつつも、本当に苦手なようで窓の外を見ながらビクビクしている。
「…………」
そんなましろに、蒼太は黙って距離を詰めた。
「ましろ、手、握るね?」
「へ?」
ましろの手を握る。と、ましろが顔を真っ赤にしてオロオロし始めた。
「えっと……どう、かな?」
「ど、どうって、ま、待ちなさいよ、待って、いくら夫婦だからって私たちはあくまで仮婚で……だ、だめぇ」
怯えたように小さくなってしまうましろ。何故か目が潤んでいて、首をフルフル横に振っている。
そんなましろの様子に、蒼太はキョトンとしていた。
「あの、ましろ? こうやって手を握ってたら雷怖いのマシになるかなって思ったんだけど……」
言った瞬間、枕を顔面に叩きつけられた。
「あ、あんたねぇ! ホントもうクソボケっていうかトーヘンボクっていうか……」
「え? え?」
蒼太は何で怒られているのかわからず相変わらずキョトンとしていた。そんな蒼太にましろは口をもごもごさせつつ目を逸らす。
「……ここ、ラブホなんだし、その、男子からそうやって距離詰めてきたら、なんていうか、あれよ……そういうこと、するつもりなんじゃって……」
それで蒼太も、ましろが何に怯えていたのか気付いてパッと手を離した。
「ごごごごめん!? そ、そんなつもりじゃなくて!?」
「わ、わかってるわよ! というかそんなつもりだったら張り倒して――ひゃあっ!?」
また雷が鳴って、ましろはまた悲鳴を上げる。
「うー……」
恥ずかしそうに睨んで来るのが可愛くて、蒼太は思わず目を逸らした。
「……手、貸しなさいよ」
「え」
「怖いから手ぇ握ってって言ってんの! 男なんだからこういう時は黙って手を貸しなさい!」
「う、うん」
蒼太が差し出した手を、今度はましろの方から握る。
雷が遠のくまでそれから二十分ほど。それまでずっと、二人は手を握り合っていたのだった。




