12話『新婚さんなんだから必要ですよね』
――ちょっと、早まったかもしれない。
二人でスーパーに入る。まだ昼前だが、休日ということもあってそれなりに人は多い。そして……。
(なんか、めっちゃ視線を感じるんだけど……!?)
元々ましろを安心させたくて手を繋いだのだが、女の子と手を繋いで出歩くというのは想像以上に恥ずかしかった。
顔を赤くして俯く蒼太。ましろもさっきから何も言ってくれない。
というか、少し離れた所にいるお姉さん二人組の方からなにやら「エモい」とか「尊い」とか聞こえてくるのだけど?
『いやー、美男美女カップルでたちまち注目の的ですねお二人さん♪』
スマホの中のアイもニマニマと愉しそうな笑みを隠そうとしない。
「か、からかわないでよ」
『いえいえあながち冗談でもないですよ? ましろさんは見た目だけなら美少女ですし、蒼太さんも可愛い系で年上受けが良さそうですし。何よりそんな二人が恥ずかしそうに手を繋いでる姿とか、もう百点満点ですよ~』
「いいから、さっさと買う物買って、帰るわよ」
ましろが家にいるときよりずいぶん小さな、蚊の鳴くような声で言った。
「じゃ、じゃあまずは食材からかな」
「ん……」
そうして特に言葉を掛け合うでもなく蒼太がカゴを持ち、ましろがリストを片手に商品を見て回る。
何だかんだで一カ月一緒に暮らしたたまものというか、こういう役割分担は自然とできるようになっていた。
「ましろ、ドレッシングはどれがいい?」
「んー……ゴマのやつ」
「ん、了解」
そんな小さなやり取りがまるで本当の夫婦みたいだなと思ってしまって、蒼太はちょっとだけ照れくさくなった。
そうしてスーパーを二十分ほど歩き回り、リストにあるものも一通り買うことができた。
「ふぅ……これで全部揃ったかな?」
蒼太がカゴを確認していると、アイが軽快な声で応じる。
『いえいえ蒼太さん、まだ重要なものを買ってません』
「重要なもの? でもリストにあるのはこれで一通り揃ったともうけど……」
『リストの二ページ目が残ってます♪』
「……二ページ目?」
二人してスマホを覗き込む。よく見ると買い物リストの一番下、隅っこの目立たない所に小さく次のページへ進む矢印が書かれている。
「なんでこんなわかりにくいところに書いてあるのよ」
ましろが文句を言いつつその矢印をタップする。
表示された一行に、同時に目が止まった。
「…………」
「…………」
沈黙。
買い物リストの次のページに書いてあった商品はたった一つ。三文字だけ。
蒼太もましろも、それを見たまま数秒固まっていた。
……なんか、『避妊具』とか、書いてある。
「アイイイイイ!? ちょっと待ちなさい何よこれ!?」
ましろは周りのことも忘れて噛みつくように大きな声を上げた。蒼太はというと恥ずかしさに固まってしまっており、アイは実に愉しそうにニコニコしていた。
『あ、この書き方だとわかりにくかったですか? 避妊具にもいろいろありますが一般的にはコンドームなどが……』
「そうじゃなくて! なんでこんなもん買わせようとしてるのかって聞いてんの!」
『そりゃあそのうち必要になると思いますし♪』
「ならないわよ何言ってんのあんた!?」
『いやいやわからないですよ? 最近のお二人はとっても仲良しですし、いざと言う時のために持っておいた方が安心でしょう?』
「いざと言う時なんて一生来ないわよ馬鹿!」
ましろは真っ赤になって叫ぶ。
「私は絶対、避妊具なんて使わないから!!」
「ちょちょちょ、ちょっとましろ!?」
「何よ!? というか蒼太あんたも何か言いな……あ」
ましろが固まる。周りからヒソヒソ声が聞こえる。
「今、避妊具なんて使わないって言った?」「まあ、最近の子ってやっぱり大胆ねぇ」
自分が言ったことの意味に気付いた瞬間、ましろの顔がボッと真っ赤に染まった。
『いやはや、今のはいろいろ誤解を招く発言でしたねましろさん』
「あ、あんたのせいでしょうがもうバカ~~!!」
†
結局『リストにあるもの全部買わないとミッション達成と判断できません』というアイの言葉が決め手となって例の物……避妊具を買うことになった。
「こ、これはあくまでポイントのためだから! 変な想像とかしないでよね!」
顔を真っ赤にしながら念を押すましろに、蒼太も「う、うん……もちろん……」と同じくらい顔を赤くして頷いた。
そうして二人はスーパーに併設されたドラッグストアに入り、そういうのが置いてあるコーナーに行った。
棚いっぱいに整然と並ぶ箱の数々。二人にとってまるで未知の世界だ。
「……なんか、種類、多くない?」
ましろが呟く。パッケージには英語や数字、謎のキャッチコピーがいろいろ。
恥ずかしさのあまりまともに棚を見ることもできない初心な蒼太に対し、ましろはまだ棚を見る位の余裕はあった。
『ましろさん、これは取材のいい機会かもしれませんよ?』
「しゅ、取材って何よ」
『ましろさんは元々成人向けのイラストを描いてましたし、最近は成人向けの漫画も描き始めたでしょう? その資料集めでアダルトサイトに潜ったりもしてるじゃないですか。この機会に本物を手に取ってみるのも……』
「あんたちょっと黙っててぇぇぇ!!」
ましろがじろりと蒼太を睨む。蒼太は『何も聞いてません』と言うようにスッと視線を逸らした。
「と、とにかくさっさと買ってさっさと帰るわよ!」
そう言ってましろは買い物カゴに適当にとった小さな小箱を放り込む。
だが試練はそこで終わらない。むしろここからが本番だ。
――会計。
二人で一緒に、レジテーブルに小さな小箱を置く(なお二人一緒にというのもミッションの一部である)
レジの若い女性店員は事務的にバーコードを読み取る。だがそんな時、チラリと視線が蒼太達のほうに向いた。
顔が真っ赤で、目も合わせられなくて、ガチガチに緊張した若い男女。
「ありがとうございました~」
女性店員の口元に、明らかに営業スマイルではない笑みが浮かんでいたことに二人は気付いてしまった。
下を向いたまま無言でレジを離れる。足早に店を出る。
『あの店員さん、絶対『これから初体験なんだな』って思ってましたね~♪』
「アイ黙ってホントに黙って今余裕ない」
「僕も……心折れそう……」
『ダメですよ~? 帰るまでがミッションです。ほらお二人とも、手を繋いで仲良く帰りましょ~』
「鬼か……」
羞恥心で悶絶したいくらいなのに、アイはさらに手を繋がせようとする。
もう早く帰りたい一心なのか、ましろはやけくそのように蒼太の手を握ってきた。
「ほ、ほら、さっさと帰るわよ」
「う、うん」
二人で並んで再び歩き出す。ましろの手も、なんだかじっとり汗ばんでいて少し熱くなっていた。
チラリと横を見ると、ましろは真っ直ぐ前を見たまま歩いている。
ただ、その耳が真っ赤に染まっていることに気付いた。
ましろも恥ずかしがっているんだと思うと何故かもっとドキドキしてしまい、蒼太も結局何も言えないまま歩いて行く。
そんな時だった。
ぽつ、ぽつ、と頬に冷たい感触。
空を見上げると、灰色の雲が低く垂れ込めている。
「……雨?」
蒼太が言った瞬間、まるで合図をしたかのようにいきなり激しい雨が降り始めた。
「うわっ、ちょ、ちょっと急に降りすぎでしょっ!」
二人は慌てて走り出す。
「アイ! どこか雨宿りできる場所ない!?」
『あります! すぐ近くにちょうどいい場所が!』
「ホント? どこにあるの?」
『五十メートル先を右に曲がってください! そこです!』
二人は言われた方向に走る。
雨を浴びながら、角を曲がったその先にその建物はあった。
何やらお城のような外観に、『ご休憩・ご宿泊』と書かれた看板。
その建物の名前は『ホテル ラブカップル』。……誰がどう見てもラブホテルである。
「…………アイ、あんたまさか、ここって言うつもり?」
『はいっ! お二人が雨宿りするのに最適な場所です!』
「ふーん、それじゃ二人ではい……るわけないでしょうがこのポンコツAIがああああ!!」
ましろは蒼太の手からアイが入ったスマホをひったくると画面に向かってぶち切れた。
「あんっったねぇマジでどっかバグってんじゃないのセクハラばっかじゃないこのポンコツAI!!」
『いえいえ、私はお二人の仲を進展させるのが目的のAIです。こうするのがお二人の仲を進展させるのに最適だという判断をしたまでです』
「こんなので仲良くなるわけないでしょばっかじゃないの!? 一回アンインストールしてインストールし直してやるんだから!!」
『おー、アプリに問題がある時の模範的な対応。なんだかんだましろさんリテラシー高いですよね~』
ましろがアイにギャーギャー言ってたその時だ。
道路の向こうからトラックが走ってくるのが見えた。そしてましろの足元には大きな水たまり。「げ」と蒼太は小さく声を上げる。
「ましろ!」
「ん? 蒼太どうし……わきゃ!?」
バシャァァンッ!!
トラックが通過し、大きな水たまりを思いっきりはねた。
咄嗟に蒼太はましろの腕を引っ張り自分の身体で庇う。次の瞬間、蒼太の背中に冷たい水しぶきが降り注いだ。
全身びしょ濡れ。髪から水滴がぽたぽた滴る。突然のことにましろも口をあんぐりしていた。
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
「う、うん……うわぁ、これはひどいね……」
想像以上の被害に蒼太もつい苦笑いしてしまう。さながらバケツで水をぶっかけられたような有様だ。
「へっくし!」
くしゃみして思わず身震いする。今日はわりと気温も低いし、早く帰って着替えないと風邪を引いてしまうかもしれない。
蒼太がそんなことを考えていたその時だ。ましろが口をもごもごさせつつ、何かを考え込んでいた。
そして……観念したように深くため息をつく。
「……言っとくけど、変なことしたら絶交だから」
「へ? 変なことって……」
「それを女子に説明させようとしてる時点でセクハラだから! あ~もうバカ!」
恥ずかしいのをごまかすようにそう言って、ましろは目を逸らしつつも蒼太の腕を掴む。
「中、入るわよ。風邪引かれたら寝覚め悪いし、家事してくれる人いなくなるし、看病するのやだし……」
「え、ちょ、ちょっとましろ!?」
そうして蒼太は、ましろにホテルに引っ張り込まれてしまうのだった。




