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第24話  怖いものは怖い



 ギルドの応接室。窓から差し込む朝日は皮肉なほど爽やかだったが、室内の空気は澱んでいた。


 俺はすべてを話した。シェリーが依頼書を燃やしたこと、不法侵入したこと、そして……俺が撒いた「塩」が巡り巡って、あの老夫婦を絶望へ追い込んだかもしれないということまで、全部だ。


 レナは黙って聞いていた。


 いつの間にか隣にはグリムが座っていて、机に突っ伏した俺を見下ろしながら、子供のように足をブラブラさせていた。その無機質な瞳が、俺の罪悪感を見透かしているようで居心地が悪い。


「……以上だ。悪魔は倒したけど、事態は最悪だ。俺は、どうすればいい?」


 沈黙が流れる。


 レナは椅子に深く腰掛け、トレードマークの三つ編みを指先でイジイジと弄びながら、天井の一点を見つめていた。やがて彼女はぶっきらぼうに言葉を吐き出した。


「えっ!? いや、これ流石にそこにいるシェリーちゃんの上司、シノブ君の責任でしょ? むしろ、なんで頭抱えてるの?」


「え……?」


 俺が顔を上げると、レナは心底「面倒くさい」と言いたげな表情で俺を指差した。


「いい? ジェイ君。キミが塩を撒いたのは事実だけど、それは商業ギルド、もしくは個人の依頼でしょ? わたしだって塩投げて冒険者ギルドだけ狙い撃ちの塩害をかましたなんて信じないそもそも証拠がない」


「いや、証拠はないけど……俺もう一度同じことを出来るぜ?」


 俺の精一杯の反抗にもレナやれやれと肩をすくめる


「そこで護衛が足りなくなったなら、補充するのは冒険者ギルド全体の仕事。そもそもFランクのうちには依頼来てない。はいジェイ君の心配はこれで終わり」



 レナはパンパンと手を叩いて傷だらけのシェリーに詰め寄った。


「あのさぁ、はっきり聞くけどシノブ君に隠し事できる自信あるの?」



「……うっ。それは、それはですー」


 シェリーはレナが怖いのか想像のマスター・シノブが怖いのかしどろもどろな返答しか出来ないでいた。



「別に揉み消したり、書類を捏造して『立派な魔王崇拝者退治でした』って報告することもできるけどさ……。わたし、そんなの嫌だよ。だってそれやったら、シノブ君に絶対バレて**『貸しを作られた。恩返しで候』**って粘着されて、毎晩のように枕元で暗殺未遂の嫌がらせをされるんだよ? 寝不足で肌が荒れたら、シェリーちゃんが責任取ってくれるわけぇ?」



 レナの視線が、ナイフのように俺を刺す。


「正直わたしはねぇ、シノブ君はこの件を知ってると思ってるからねぇ」


「そ、そそんなわけ……ない……あり得そうでーす」


 彼女達が恐れているのは「法」ではなく、シノブという男だった。ランクDの皮を被った、ランクS支部の主。その男を敵に回す面倒くささを、シェリーと同じで彼女も理解しているらしい。


 俺とシェリーが黙っているとレナが知性派眼鏡のグリムに問いかけた。



「グリム、キミはどう思う?」


 レナが隣の少年に水を向けると、グリムは足を止めて、マジマジと俺とシェリーを見つめた


「マスター・レナは貴方達の覚悟を問うているんですよ。魔王の……運命の被害者である夫人を慮るのなら多少の毒ぐらい食って見せろと。安心して下さい。マスターレナは見捨てませんから」


 レナの「あーもう」という声が聞こえた気がした。


「レナ……俺、あの人をなんとかしてやりたいよ!」


 「レナちゃんまん!私もマスター・シノブにはごめんなさいするです!だからあの人を……罪人にしないであげてほしいです!」



  「レナちゃんまん」





 その一言が放たれた瞬間、応接室の温度が物理的に数度下がった気がした。


 だが、今の俺とシェリーは、極限の死闘を終えた直後の寝不足だ。脳内麻薬がドバドバ出ている「ハイ」の状態。ブレーキなんて、とうの昔に壊れている。


「頼むよ、レナちゃんまん!」

「レナちゃんまん! ですですー!」

「レナちゃんまん!!」


 気がつけば、俺とシェリーによる怒涛の**「レナちゃんまんコール」**が巻き起こっていた。


「わ、わかった! わかったから!! その『レナちゃんまん』はやめたまえよぉ! えぇ……レナちゃんまんて……何その、すごく弱そうなヒーローみたいな名前……」


 レナは顔を真っ赤にし、両手をブンブンと振り回して悶絶している。


 ギルドマスターとしての威厳は、このふざけた合唱によって完全に粉砕された。だが、彼女は折れた。

「……もういいよぉ。夫人を一度見てみるから、これ以上『ちゃんまん』を連呼されたら、わたしの精神メンタルが死んじゃうよぉ」


 レナは逃げるように立ち上がり、拘束された夫人の元へと足を運んだ。


 そして、傍らで淡々と計算機を弾いていた少年に、ぼそりと言葉を投げる。


「……グリム。あとで覚えといてね」

「レナちゃんまんをですか?」



 そのやり取りを見ていたシェリーも、満面の笑みで手を振った。


「灰かぶりも、ありがとうですよぉ!」




「      はぁ?    」



 ――その瞬間。

 俺の脳内に、強烈な不協和音が響いた。


 喉の奥から、乾いた声が漏れた。

 灰かぶり、たぶん視線や他に人がいないからグリムの事なのだろう。シェリーが本能的に名前を崩して呼んだ響き。



 ……そうだ。前に一度だけ、これと同じ「気配」を感じたことがあった。

 それは、俺がこのギルドでみんなから自己紹介をされた時だ。


 目の前に子供のように戯れる眼鏡をかけた小柄な少年。


 俺は、伝説の悪魔ザタエルを目の前にしても、心は折れなかった。RIKISHIとしての誇りが、恐怖を闘志に変えていたからだ。


 

 だが、この「グリム」という少年と初めて目が合った時。俺の全身の毛穴が逆立ち、魂が「逃げろ」と絶叫したのを覚えている。


 いや、なぜ忘れていたのか。

 たった今思い出したのだ!


 

 それは強さへの恐怖じゃない。

 目の前にいるモノが、**「人間(生命)」の形をした「何か別のナニカ」**であるという、本能的な拒絶反応。


 あまりの恐怖に、俺の脳は防衛本能としてその記憶を「日常の一部」として塗り潰し、忘却させていたのか。



 ガタガタと、膝が震え出す。

 シェリーが本能的に「グリグリム」と呼んだその感性。

 それは、俺が最初に感じた**「正体不明の絶望」**と、同じ根っこから出たものだった。


「……あれ?」


 なんだ? なにか違和感がある……


「グリムってさ、グリグリムって言われるの嫌なの?」


「どうしてですか?むしろ愛嬌があって気に入りましたよ」


「え!?そうなの……んー、グリグリム?こりゃあ徹夜明けでおかしくなってるな」


 周りも不思議そうにこちらを見る。


 

 俺はこの違和感に気づく事が出来なかった。




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