表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/25

第23話  魔法の条件



 サバエル。数百年前に英雄ヤン・キと渡り合ったとされる、伝説の悪魔。


 彼が纏う魔力は、もはや質量を持った絶望そのものだった。一息に街を飲み込み、空を永遠の夜に変えるほどの、魔王直系の「ことわり」。本来なら、存在しているだけで周囲の生命を枯渇させるはずの、絶対的な力の奔流である。


 ――はずだった。


「な……ッ!? ぬうぅ……何だ、何が起きておるのだ!!」


 サバエルは狼狽していた。



 放とうとした黒雷こくらいが、編もうとした破滅の呪詞が、霧散する。それは抵抗されたというより、**「最初からやり方を知らなかった」**かのように、滑稽なほど呆気なく消えていく。昨日まで当たり前に行えていた呼吸を、不意に忘れてしまったかのような――理不尽なまでの「当たり前さ」を伴った無能化。


 そこは、魔王の理(魔法)が届かない、一点の穢れもない**「聖域(土俵)」**だった。


 当たり前だ。土俵の上に雷など落ちない。

 不思議な事など起きない。

 当たり前の、常識の範疇の勝負事しか起きない。


「そんなわけ……そんなわけがあるかぁぁ!!」


 必死に自身の欠落を払拭しようと、サバエルが虚空を掻く。

 だが、その隙を「RIKISHI」は見逃さない。


 どすん、どすん!!


 空気を震わせる重低音と共に、ジェイクの巨大な掌が、サバエルの顔面を、胸元を、立て続けに捉えた。



「ぐっ……お、おのれ……この、卑俗な打撃が……っ!!」


 ただの張り手ではない。塩で清められ、土俵の加護を受けたジェイクの一撃は、悪魔の頑強な肉体のみならず、その本質である「魂」をも紙縒こよりのように削り取っていく。

 

 絶叫し、逃げ場を失う悪魔。その懐に、ジェイクはスッと音もなく潜り込み、耳元で密かに囁いた。


「なぁ、お前……さっきから散々強そうなこと言ってたよな? ヤン・キの時代の悪魔なら、当然これ(この戦い)魔王が見てんだろ?」



「ぐぬぅぅう!! な、何が言いたい……ッ!?」


「単刀直入に聞くぜ。お前をどうやって殺したら、魔王様は俺に魔法を授けてくれるんだ? ……ぶっちゃけ、その条件次第じゃ、今ここでお前を軽くうっちゃって見逃してやってもいいと思ってるんだが」


 ジェイクの、あまりにふざけた――しかし本気で「魔法」を欲しがっている純粋な提案に、サバエルは全身を震わせ、顔を真っ赤にして憤慨した。


「貴様ぁぁ!! 我を……このサバエルを、出世の道具にするつもりかぁぁ!!」


 激昂したサバエルは、なりふり構わずジェイクの脇腹――シェリーが突き立てたままの、あの毒ナイフに手を伸ばした。


「グハハハ!! 魔法だと!? 貴様にはこの毒の刃がお似合いだ! これさえあれば……え?」



 サバエルがナイフを抜き、ジェイクへ突き立てようとした、その瞬間。

 

 周囲の空気が、真空にでもなったかのようにピタリと止まり、凄まじい「圧」となってサバエルを締め付けた。


 それはかつて、彼が経験した「絶対的な敗北」の予兆。


「……てめぇ。**『露払い』**以外が、土俵で武器を持ったな?」


 ジェイクの瞳から、それまでの「魔法欲しさ」の緩みが一切消え去った。


 深淵から響くような、無慈悲な声。



「あ、あ、ああ……お前、お前まさかッ!? その立ち居振る舞い、そのいき……まさか、まさか**『鬼無双おにむそう』**か!!!??? 生きていたのか!! 我……私だ!サバエルだ!」



「さっき自己紹介聞いたから知ってるよ!俺はジェイクだ。そしてアバよ!」


「バカな……なぜだ」



 サバエルが恐怖に顔を歪め、何かを叫ぼうとしたが――その言葉は、爆音にかき消された。

 ドォォォォォン!!!

 ジェイクの全身のバネが解放され、一歩の踏み込みが爆発となってサバエルの胸板を粉砕した。

 渾身の**【ぶちかまし】**。

 

 悪魔サバエルの悲鳴は、物理法則を突き抜けた衝撃波と共に次元の狭間へと飲み込まれ、霧散した。

 後に残ったのは、静まり返った廃屋の跡地と、脇腹の痛みをこらえながら、ふぅ、と息を吐く一人の男。


「……ふぅ。なんだかよくわからん意味深な悪魔だったな……」

 ジェイクは、霧散していく黒い塵を見つめ、ポツリと呟いた。


「結局、魔法の条件聞きそびれちまった。……まぁいいか。ごっつあんです!!」





 夜明け前の冷たい空気が、戦いの熱を帯びた大地を撫でていく。


 ジェイクは脇腹の傷を布で強く縛り、拘束した夫人と、気を失ったままの黒装束の男たちを太い縄でひとまとめにして引きずっていた。


 その背後を、体力を回復したものの、どこか所在なさげで杖を支えにシェリーがトボトボとついてくる。


 縄の先で、力なく足を引きずるローア夫人の瞳は、もはや焦点が合っていない。


 彼女がなぜ、あれほどまでに「魔王」に縋り、「魔法」という名の劇薬を飲み干してしまったのか。その発端は、10日ほど前のある「不運」な午後にあった。




 ――かつて、彼女は夫のベントを誰よりも愛していた。


 商会の荷運びで大陸を横断していた頃、若かった二人は、貧しくとも夢を語り合っていた。老いぼれた今のベントからは想像もつかない、情熱的な恋だったのだ。


 転機は、小さな小さな野盗の一団に襲われたあの日だ。本来護衛につくはずの冒険者は急な武具の塩害により同行できなくなってしまった。


 緊急で護衛を依頼するもどこも件の塩害の被害により老夫婦の護衛よりも金を積んだ依頼に殺到した。


 仕方なしに老夫婦は二人きりで運搬を始める。今まで野盗に襲われた事などないのだ。だから今回もきっと、今回だけ、


 今回だけ……


 奪われた荷物。そして、口封じのために夫であるベントの喉元に刃が突き立てられた瞬間、彼女の脳内に「声」が響いた。


『汝は望むかえ? 奪われるだけの今を、奪い返すだけの力に変えることを』


 「はい」と答えた瞬間、彼女のレベル1の体から、半径50メートルを焼き尽くす**【サンダークラウド】**が放たれた。野盗は叫ぶ暇もなく消し炭となり、彼女は生き残った。


 だが、その代償は等価交換ですらない。一方的な強奪だ。雷光が消えた時、彼女の心からは「過去」が削り取られていた。


 目の前で泣きながら自分を抱きしめる男――ベント。

 その男が誰であるかは知識として知っている。夫だ。愛しているはずの人だ。

 だが、「なぜ自分がこの男を愛していたのか」という感情の記憶が、記憶の断片ごと根こそぎ消失していた。


 かつての思い出、二人が見つめ合った夕陽、交わした誓い。それらがすべて、色のない無機質な記録へと書き換えられた。


 隣にいるのは、ただの「老いぼれた、自分を必要とする男」に過ぎなくなった。

(愛せない……。どうしても、思い出せない……!違う!愛している!)

 その空虚感こそが、彼女を二度目の魔法へと駆り立てた。


 魔王信仰にポイントを振り「もう一度魔法が発現すれば、大きな偉業を成し遂げ、失った過去を上書きするほどの幸福スキルが手に入る」という悪魔の囁きを信じた。


 夫を供物(生贄)に捧げれば、魔王が自分を見てくれる。愛せなくなった夫を殺すことで、自分の中に「愛していた自分」を再構築しようとする、あまりにも歪で、理屈の通らない悲劇。



「……ベント。ごめんなさい……。私、あんなに……貴方を愛していた。愛していた」


 引きずられながら、ローアが小さく呟く。


 今の彼女は、自分が何をしでかしたのかという現実感すら希薄になっている。


 ジェイクは黙って前を見据え、縄を引く。

 RIKISHIにできるのは、土俵の上で相手を倒すことだけだ。土俵の外で、魔法という毒に侵された人生を救ってやる術を、彼は持っていない。



 


 朝日が昇り始める。

 街の入り口が見えてきたが、ジェイクの背中はいつもより少しだけ、重く見えた。





「えぇ〜。それで面倒ごと押し付けに来ちゃったのぉ〜?ジェイ君帰ってこないから朝まで徹夜で待ってたわたしに労いの言葉もなく〜?」




 開口一番レナに嫌味を言われた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ