真名
お待たせしました。大事な場面な為、結構時間がかかってしまいました。すみませぬ。
「よく来たな。嬉しいぞ。紅葉は元気にしておるか?」
「はい。長老様。」
大人しくこいつに…俺と紅葉を引き裂いて、散々紅葉を傷つけて、都合の良いように皆を調教して、俺の居場所を抹消して、紅葉から両親を取り上げて、そんな、そんな酷い奴に従わなくちゃいけない現実に反吐が出そうだ。
…長老はもはや忘れ去られた俺の真名を呼んだ。
「ケン坊…いや、マツ。お前にこれを。」
そういって彼が差し出したのは一振りの剣。
「長老…?」
意図が分からない。何を企んでいる…?
「これが何のために用いられたか知っておるか?」
「ご…護身用でしょうか…?」
「いいや。あの妖を退治するためじゃ。」
俺は固まった。
「これをお前に授ける。妖の半身であるお前にな。」
「半身…」
知らない。俺はちょっと妖の血を引く所以、人と違うところがあったんじゃ…
半身、なんて…だったらみんなは何なんだ?
「紅葉とマツ、2人とも儀式に出ねばならんのはそれ故じゃ。紅葉は他者を癒す力、お前は不老不死。2人合わせれば元の妖となる。」
俺はぎっと音を立てて拳を握る。
なんで気づかなかったんだろう。よく考えたら分かったはずなのに。
急に成長をやめた身体。
紅葉と一緒に居たいと思う気持ち。
彼女と距離をおかさせられた理由。
いくら毒矢が当たろうといくら斬られようとすぐに消えてく傷口。
なんてことだ。答えはすぐそこに転がっていたというのに…!
爪が皮膚に食い込んでぬるっとした感触がした。
「半身を神へ捧げ、残った方は神殿を守る決意を述べる。その際、この刀が必要となる。」
長老はガリッと髭の中に埋もれた唇を噛んだ。
「今日でお前に…マツに会えるのは最後かもしれんからな。無理矢理来てもらったんじゃよ。すまないな。」
ふいに彼は淀んだ空を見上げた。眉間に皺を寄せてからまたこちらに視線を戻した。
「時が経ち、民が命を繋ぎ、代替わりを繰り返して人に近づいてゆくほど、終焉を恐れるようになった。いつしか、自分の身さえ無事でいられるなら、自分の幸せを得られるのなら、他人の不幸も、他人の死もいくら払われようが構わないという思考に変わってきた。時にはそれらをも自分らの欲求を満たすものとして喰らおうと。そう、わしらの先祖を殺めた者たちに似てきたのじゃよ。」
長老は一つ息を吐いた。
「まるで終焉の歯車が回りだしたかと思われたあの日以降、民は壊れた獣のように贄を求めた。死なないために誰かを犠牲にする。神への捧げ物で終わりを引き延ばし、束の間のなんの変哲もない日常を味わう。誰かの不幸で自分の幸せを得る。そのために。わしは狂ってしまった皆を、正しい方向に導くべき立場でありながら、止めてやることができなかった。悔やんでも悔やみきれん。」
ああ。そうか。この人は…。
「マツ、お前はわしとは違う。頼むからそうであってくれ。お前は神殿を守るために、皆を守るために、紅葉を守るために生まれてきたんじゃ。」
長老…?
「わしは、道を違えてしまった。民を正しい方向に導けなかった。あとは神からの裁きを待つのみじゃ。神が未だ十三の紅葉を贄にせねばならんことに怒り、例え、村が滅びたしても。お前だけは生きて、神に連れてゆかれた紅葉の魂が残る場所の、神殿を、守ってくれ。いつか、彼女がここへ帰ってくるまで『待つ』。それがお前の課せられた使命じゃ。」
俺はようやっとのことで口を開いた。
「長老も、もしかして俺と…。」
「ああ。」
ならば。聞かなければならない。
紅葉の目は何故、他所の人に見られてはならないのかを。
残酷な終わり方を避ける方法を…
「聞きたいことがあります。教えてください!」
ケン坊ーーー!




