序章 神奈川 2072年5月
複数の足音が、砂を踏んでいた。
微かだが、確かな気配。
火の明かりが届かない闇の向こうに、いくつかの人影が浮かび上がる。
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2072年5月 神奈川
私は柚、18歳。来月、高校の卒業式の後、中国に卒業旅行に行くことになっていた。
近年、中国では治安が悪化していて、中国政府は外国人観光客の護身用武器の持ち込みと携行を黙認し、日本の外務省もそれを推奨していた。
先月、「低出力光線銃(携帯)」のライセンスを取って、今日は、両親と三人で、銃を買いに行くことになっていた。具体的な機種は決めてないけど、レーザーガンを店で実物を見てから選びたいって思ってる。旅行から帰ったら、災害時の持ち出しバッグに入れておくのにちょうどいいやつがいいな。
朝、リビングでトーストを頰張りながら、父さんが新聞を畳んで言った。
「柚、危ない世の中だから、ちゃんと性能のいいやつにしようぜ」
母さんがフォローしてくれる。
「危ないものを持つのは気になるけど、柚のこれからのこと考えたら、仕方ないわよね。大学でも山岳部に入るなら海外遠征なんてこともあるかもしれないものね。去年の京都の大学の強盗被害騒ぎ以来、私たちも心配だし。」
私はへへっと笑って、コーヒーを一口飲んだ。
「うんうん、大丈夫だよ! 私、運動神経いいし。好奇心旺盛だけど、でもだからこそ、ちゃんと準備しとかないとね。将来、もっと本格的な冒険に出たいんだ。知らない山とか、遠い場所とか……。店で実際に触ってみて、一番しっくりくる子を選ぶよ!」
朝食後、自動運転のシェアリングカーで、家族三人は近所のショッピングモールにある「セーフティガジェット専門店」へ向かった。空は青くて、街並みがキラキラしてる。父さんがオペレーター席に座り、母さんが助手席で「今日はゆっくり選ぼうね」と微笑む。私は後部座席で、窓の外を眺めながらワクワクしてた。家ではあえて機種を絞らなかったから、どんな子が待ってるんだろう?
店に着くと、ガラス張りの明るい店内が迎えてくれた。壁一面に各種護身用の武器が並んでる。店員のお姉さんが笑顔で近づいてきた。
「いらっしゃいませ! 護身・災害用をお探しですか? 女性向けモデルもたくさんありますよ」
早速、展示台をぐるぐる回った。父さんがすぐに本格的なモデルに目をつけた。
「ほら、こっちはどうだ? オプティカルサイト付きのやつ。安定して狙えるぞ。軍用を民生化したモデルで、信頼性が高いんだ」
私は展示モデルを手に取ってみた。確かにかっこいいけど……。
「オプ……なに? うーん、確かに狙いやすそうだけど、重いね」
父さんがさらに別のモデルを指差す。
「こっちはピカニティレール付きだ。ギザギザしたところにいろいろ拡張パーツを付けられる。災害時にも便利だろ?」
私はそれを握ってみて、思わず苦笑い。
「ギザギザしたところ……かっこいいけど、なんかごついよ。長さも高さも結構あるし……」
母さんが心配そうに私の肩を叩く。
「柚、性能は大事だけど、毎日持ち歩くんだから軽いのがいいんじゃない?」
私も頷きながら、店内をさらに奥まで進んだ。すると、女性向けをセレクトしたコーナーに一際可愛い子が光ってた。白いボディにライトブルーとピンクの柔らかいライン、銅色のアクセント。手に取ってみると、軽いボディが驚くほどしっくりくる。グリップには淡いピンクの渦巻き模様が入ってる。まるで私のために作られたみたい!
店員さんが微笑みながら説明してくれる。
「それが『コンパクト・レーザー・ピストル Safe Angel mini Mk.IIILw』。通称ポケット・エンジェルです。Lwは女性向けホワイトカラー、レーザーサイト付モデルですよ。有効射程は25メートル、1充電で最大15発。高さ13.5センチ、長さ12センチ、厚さわずか2センチ、185グラムに、専用ワイヤレス充電器42グラムが付いて総重量230グラム。バッグの同じポケットに入れておけば自然に充電されます」
トリガーに指を近づけると、赤いレーザーサイトがポッと点灯した。後部にはバッテリー残量表示もあり、親指スライド式の安全装置付きで誤射防止もバッチリ。
父さんが少し顔をしかめて言った。
「確かにコンパクトだけど……さっきのオプティカルサイト付きやピカニティレール付きの軍用民生化モデルの方が、万一の時に安心じゃないか?」
私は展示モデルをぎゅっと握りしめて、首を振った。
「ううん、これがいい! お気に入りのバッグからはみだしちゃうから、他の子は無理なんだよ。ポケットにもスッと入るし、服の下から素早く抜けるサイズだし。山道で突然の野生動物とか、災害時の不審者とか……逃げながらの一撃にぴったり! これならいつも一緒にいられるよ」
母さんがくすっと笑った。
「柚らしいわね。実用性を一番に考えるなんて」
店員さんが試射室に連れて行ってくれた。的を狙ってトリガーを引くと、トリガー時に「ピッ」という可愛いビープ音が鳴り、シュッという小さな蒸発音だけで的に穴が開いた。15だったバッテリー残量表示が14になる。安心感がすごい。
父さんも結局折れてくれた。
「わかったよ。柚が毎日持ち歩くんだから、サイズが命だな。安全装置もしっかりしてるし……買おう」
支払いを済ませ、私は袋を抱えて店を出た。230グラムの軽さが、なんだか心強い味方みたい。
帰りの車中、説明動画を見る。専用充電器を本体に密着させておけば自動的に充電されて、残量0からおよそ3日間で満充電。充電器の原子力電池の寿命は50年もあるって。
窓から流れる景色を眺めながら呟いた。
「これで、もっと遠くに行っても安心かな。へへ、よろしくね、ポケット・エンジェル」
家に帰ると、早速自分の部屋で開封。充電器は使用していないときは少し暖かくなるって説明通り、優しい熱を感じる。充電器を本体と一緒に置いてみた。夕飯前にトリガーに指を当てると、お店で試射したために「0」だったバッテリー残量表示が「1」になっていた。
夕食の席で、父さんが「万一の時は、絶対に無茶するなよ」と言い、母さんが「柚の笑顔を守ってあげてね」と銃に語りかける。
夜、ベッドに横になりながら、天井を見つめた。あの小さな白い相棒があれば、旅行に行っても安心だね。でも、できれば使う時が来ないと良いな。
序章 了
お読みいただきありがとうございました。
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