第九話:ヨシダ・ノムラ(2)
ミザキという名前の小学校で、あたしとゼルトくんの間に決定的な亀裂が生じてしまった 。その原因を作った張本人は、他でもないあたし自身だ 。
それは小学校最後の年の出来事だった 。あの日以来、ゼルトくんはひどく怒って、あたしに話しかけるどころか、目も合わせてくれなくなった 。一日中、あたしを避けて無視し続けるゼルトくん 。クラスで唯一の、そして一番の親友だった彼に拒絶されたことは、あたしを耐えがたい孤独と悲しみに突き落とした。
けれど、彼を責めることなんてできない 。ゼルトくんをあんな風に変えてしまったのは、全部あたしのせいなのだから 。起きてしまったことはもう変えられないけれど、どうしてあんなことをしてしまったんだろう 。
どうすれば、彼に許してもらえるんだろう? このまま一生、昔みたいに笑い合って遊ぶことはできないのかな 。
「あたし、どうしたらいいの……? あいつが一生懸命書いたライトノベルをあんなにボロクソに言っちゃったから、こんなにこじれちゃったんだよね。どうすればゼルトくんの機嫌を直せるの……?」
一人でぶつぶつと呟きながら、元通りの関係に戻れる方法を必死に考えたけれど、何も思い浮かばなかった。
確かにあたしはやりすぎた。あの時は、あまりにも一方的で、酷い言葉を投げつけてしまったんだ 。
正直に言って、彼が自作したライトノベルを「面白い」と認めることはできなかった 。文章は稚拙だし、ロジックは破綻している。接続詞の使い方は滅茶苦茶で、数えきれないほどの誤字脱字の山 。ストーリーに至っては、まるで子供向けの特撮ヒーローものみたいで、本当につまらなかった 。あらすじをさらっと見ただけで、もう読む気をなくすレベルだったんだから 。
……って、今はゼルトくんのラノベを批評している場合じゃないわ 。大切なのは、どうやって彼と仲直りするか、その一点なのだから 。
彼のプライドを無神経に傷つけてしまったことを、今は心の底から後悔している 。
でも、冷静に思い返してみれば、あいつの書く話にも光るところはあったと思う 。特にキャラクターの造形や台詞回しは素晴らしかったし、アクションシーンの描写だって凄く躍動感があった 。あたしが書いたって、あんな風には書けないだろう 。
悩んだ末、あたしはあの日、ゼルトくんの家まで行って直接謝ることに決めた 。放課後になると同時に、あたしは彼の家へと猛ダッシュした 。
けれど、家の門が見えてきたところで、あたしは足を止めた。そこには、見たこともない金髪の美少女がいて、ゼルトくんと親しげに話していたから 。
あたしは反射的に壁の影に隠れて、二人の様子を伺った 。
あんな女の子、見たことがない。ゼルトくんからも聞いたことがないし 、うちの学校の生徒でもなさそうだ。一体、何者なの?
まさか、ゼルトくんの彼女……? いや、そんなはずない。きっとただの友達か、近所の人よ。深く考えすぎちゃダメだって 。
「……っ、ムカつく! 何をあんなに楽しそうに話してるわけ? 馴れ馴れしいったらありゃしない。あ、ちょっと! 何してんのよ、ゼルト!?」
独り言を漏らしながら様子を見守っていたあたしは、目を見開いた。ゼルトくんがその子を抱き寄せるような仕草をして、家の中に招き入れたのだ 。
女の子は、そのままゼルトくんの家へと消えていった 。
あたしはただ立ち尽くし、風に吹かれながらその光景を見送ることしかできなかった 。
帰り道の足取りは、ひどくおぼつかなかった 。まるで泥酔した人間のように、ふらふらと家路を辿る 。
夕焼けが、じわじわと沈んでいく 。
家に着くなり、あたしはベッドに飛び込んだ。枕に顔を埋めて、足をバタバタと暴れさせる 。
「大っ嫌い、大っ嫌い、大っ嫌い、大っ嫌い、大っ嫌い! なんなのよ、あの女は! ゼルトとどんな関係であんなに親しげにしてるのよ!? ゼルトだって、怒ってるからってあたしの前であんなことしなくてもいいじゃない! 本当に腹が立つ!」
怒りでどうにかなりそうだった 。頭の中はぐちゃぐちゃで、ゼルトとあの女の関係ばかりがぐるぐると駆け巡る。
あの子は何者なの? 本当に彼女なの? それとも、ただの友達なの? ああ、もう頭が割れそう! 考えたくない!
もし、あの子が本当にゼルトくんの彼女だとしたら……あたしは、この残酷な現実を受け入れるしかないんだろう。
恋というのは、なんて複雑な物語なんだろう 。特に初恋なんてものは、ハッピーエンドでは終わらないようにできているのかもしれない 。
「……あたしって、本当にバカね」
仰向けに寝返りを打ち、右手を額に置く。
あの時、あいつを怒らせなければ。あいつを悲しませなければ。時間を巻き戻せるなら、こんな結末にはならなかったはずなのに 。
結局、あたしはいつまで経っても独りぼっちなんだ 。物語の脇役、それ以上でも以下でもない 。
「あーあ、本当に終わっちゃった。自業自得よ、ヨシダ・ノムラ」
――けれど、それは本当の終わりではなかった。
あたしにとっての、新しい「始まり」だったのだ 。
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