第八話:計画開始
翌朝、午前六時。
窓から差し込む朝日が部屋の隅々まで広がり、温かな風がそっと頬をなでる。なんとも清々しく、最高の目覚めだ。
ようやく、俺の新しい一日が始まった。願わくば、今日は昨日みたいな災難続きの一日にならないことを祈るばかりだ。
よし、この素晴らしい一日のスタートを切るために、俺とカズコの分まで、とびきり豪華な朝食を作るとしよう。
「さて、腕を振るうか!」
だが、待てど暮らせど、いつもなら真っ先に食卓につくはずのカズコがやってこない。
……まだ昨日のことを怒っているんだろうか。ったく、女の子の執念深さってのは、どうしてこうも手強いんだ。
仕方ない、ここは諦めるか。一人で食べる朝食も、意外と優雅で楽しいかもしれないしな。
――なんて思ったのが、大きな間違いだった。
結局、俺は食事の間ずっと、泣きながら一人でブツブツと独り言を漏らす羽目になった。考えてみれば、一人で朝飯を食うなんて初めてかもしれない。それなのに、どうしてこんなに涙が止まらないんだ。……ああ、そうか。俺、猛烈に寂しいんだな。
「カズコ……。頼むから一緒に食べてくれよ。寂しすぎて死ぬ……」
食事を終え、後片付けをしてから学校へと向かった。道中、やはりカズコの姿はどこにもない。どうやら本格的に避けられているらしい。自業自得だぞ、ササキ・ゼルト。
教室に足を踏み入れると、そこにはヨシダが一人で座っていた。まだ教室には、俺と彼女の二人きりだ。
昨日のあの提案は、正直に言って魅力的すぎる。未だに夢でも見ているんじゃないかって気分だ。
そう、今日から俺は、ヨシダ――いや、「リン」のマネージャーになったんだ。
「おはよう、ヨシダさん」
「……誰が挨拶していいって言ったのよ。この変態」
まだ昨日のハプニングを根に持っているのか。本当に記憶力のいいやつだ。
しばらくすると、パラパラと生徒たちが登校してきた。その中に、親友のコムロの姿を見つける。よ
し、計画開始だ。
「おいコムロ、ちょっとこっちに来い」
「ん? なんだよ」
俺はコムロの耳元で、手短に指示を囁いた。
「なるほど、把握した」
「頼んだぞ」
言い終えるなり、あいつは俺の指示通りに教室を飛び出していった。当然、これは絶対機密。俺の描いた壮大な計画の一部だ。
さて、第一段階はクリア。次は……。
「なあ、ヨシダさん」
「……また何よ?」
「放課後、屋上に来てくれないか? 君に話したいことがあるんだ」
「はあ? 話があるなら、今ここで言えばいいじゃない」
「いや、ここではちょっとマズいんだよ。……来てくれるか?」
「……全く、今回だけ特別よ。付き合ってあげるわ」
「本当か! ありがとう!」
すべては計算通り。
目的は、放課後の屋上でクラスのみんなのために「夜のコンサート」を開催すること。そして歌うのは、他でもないヨシダ・ノムラだ。
俺のこの行動が、彼女とクラスメイトたちの距離を縮めるきっかけになればいい。……ふふっ、俺ってば、こういう分野に関しては天才的だな。
だが、まだ油断はできない。これは計画のほんの一部に過ぎない。スムーズに完結できるかどうかも未知数だ。何より重要なのは「観客」を集めること。クラスの連中が参加してくれるか、そしてあの厳格な用務員さんの目をどう盗むか……。
あ、名案。
俺はサオリのところへ歩み寄った。
「サオリ、一つ頼まれてくれないか?」
「はい、何なりと」
「ああ、実はな……」
俺は再び、サオリの耳元でプランを呟いた。
「承知いたしました。どうぞご安心を、私にお任せください」
「助かるよ」
さあ、最後の仕上げはチケットの配布だ。 それから約二時間後、チケットは一枚残らず完売(完売といっても無料だが)した。素晴らしい、今のところすべてが順調だ。あとは今夜、学校の屋上で時を待つだけ。
すべては、あの日の「約束」を果たすために。
***
ったく、あのゼルとの奴。こんな時間に呼び出したりして、一体何を考えてるのよ。おまけに「大事な話がある」なんて、もったいぶっちゃって。
本当、何のつもりなのよ、ササキ・ゼルト。
でも、あいつが話しかけてきた時のあの仕草、あの態度……どう思い出しても、冗談を言っているようには見えなかった。まさか、あいつが言っていた「大事な話」って、あたしへの告白だったりするわけ?
……いやいや、ないない。絶対にあるわけないじゃない。あいつは二次元の女の子しか愛せない重度のオタクなんだから。あたしみたいな三次元の女子に興味を持つなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないわ。
それに、昨日の今日よ? あいつの耳元で、あんなにひどい言葉で脅してやったんだから。告白しようなんてバカな真似、あの臆病者がするはずないもの。
っていうか、なんであたしがこんなにあいつの言葉を気にしてるわけ? どうせいつものように、支離滅裂な独り言を聞かされるだけでしょ。そこに「感情」なんてこれっぽっちも入り込む余地はないはずよ。
……それなのに、どうしてあいつのことを考えるたびに、胸が締め付けられるみたいに苦しくなるの? 心臓がうるさいくらいに脈打って、体が熱くて、なんだか落ち着かない。
まるで、好きな人を想う女の子がよく言う、あの「恋の病」みたいな――
これが、テレパシーを通じて結晶化した愛だって言うの?
ちょっと、それじゃあ、あたしが本当にゼルトのことを好きになっちゃったみたいじゃない。嫌よ、そんなの絶対認めない。あんな変態男を好きになるなんて、一生あり得ないんだから!
だいたい、あたしは今でもあいつを恨んでるのよ。どうして忘れてるのよ。あたしがあいつを、八年間も待っていたっていうのに。
きっと、あいつは一生思い出さない。待っていたって、結局は無駄だったのよ。
「ふぅ……。もう、終わりね」
絶望に打ちひしがれて、ため息が漏れる。今にもこぼれ落ちそうな涙を堪えながら、一歩ずつ階段を上っていく。
そして、屋上の重い扉を開けた、その瞬間――。
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