第五話:秋葉原に出発しよう
「帰ったよ。ごめん、待たせちゃった?」
「遅いよ、ゼル」
同じ屋根の下で暮らしていなくても、カズコの行動や態度はまるで俺の彼女が一緒に暮らしているかのようだ。
「すまないな、今夜はサオリさんが一緒に食事をするんだ」
「え! 名前を呼び捨てにするなんて。二人ってどれだけ親しいの?」
しまった、口が滑った。
「俺もカズコって呼んでるよ。別にどうってことないのに、なんでそんなに嫉妬するんだ?」
「別に嫉妬なんかしてないわよ」
「はいはい」
状況がますます深刻になってきたな。オリビアはただ立ち尽くして、何が起こっているのかわからない様子だ。
カズコの怒りを鎮めないといけないな。
「それより、今夜は何を食べたい?」
「仕返しに、今夜はおいしいカレーを作ってもらうからね」
「わかった、問題ない。それと、明日は日曜日だし、一緒に秋葉原に行かないか?」
「つまり私をデートに誘っているってこと?」
「まあ、そんな感じだ。で、行きたい?」
「私は、」
カズコの顔が赤くなっている。体調でも悪いのかな?
「わ、わかったわよ。仕方ないから、行ってあげる」
「じゃあ、それで決まりだな。あ、それからサオリさん、お前も一緒に行く?」
「えっ! わたしは、」
「それってどういう意味よ、ゼル?」
カズコの声が急に変わった。
「人数が多い方が楽しいだろ?」
「ゼル、このバカ」
「急にどうしたんだ」
なんだか、急に不吉な予感がするな。
「バカバカバカバカバカ! このオオバカ」
「えっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
パチン。
またあいつのわざを食らってしまった。俺、何か間違ったことを言ったのかな?女の子って、本当にわからないな。
そして、俺は明日まで気を失っていた。
* * *
さあ、秋葉原に出発しよう。
昨日、カズコを怒らせてしまって、あいつが行きたくないって言い出したんだ。
なぜそんなに怒ったんだろう、俺、何か間違ったことを言ったわけじゃないのに。ただ楽しむためにもう一人誘いたかっただけなのに。
ため息をついた。もう考えすぎても仕方ない。オリビアは用事があるから一緒に行けないし、今は一人で行くしかない。
秋葉原、到着だ。
電車でしばらく移動した後、ようやく秋葉原、いわゆるオタクの街に到着した。本当はコムロも誘うべきだったんだけど、まあ一人で楽しむことにしよう。
まずは、いくつかのライトノベルを買わなきゃ。それで、本屋に向かった。
ここは本当に人が多いな。まだ朝の八時なのに、こんなに混んでいるとは……。買い物が難しくなりそうだけど、仕方ない。ライトノベルの情熱のために、頑張らないと。
「前進だ」
わあ、すごい、これまで読んだことのない名作ばかりだ。全部買って帰らなきゃ。
一度に持って帰ることはできないので、配送サービスを利用して、全部家に送ってもらうことにした。
よっ、次は……
一時間ほどして、ようやく必要な買い物をすべて済ませた。一人での買い物は気楽でいい。もしここにコムロがいたらもっと賑やかだっただろうが、あいつのことだ、きっと余計なトラブルを連れてきたに違いない。そう考えると、一人のほうが正解だったと言える。
「ん? なんだ、あの人だかりは……」
ふと見ると、ホテルの前にある小さな特設ステージに、異様なほどの人だかりができていた。一体何が起きているんだ? 気になった俺は、吸い寄せられるように野次馬の列に加わった。
ああ、そうだ。思い出してきたぞ。今日は確か、新進気鋭のアイドル「リン」のライブパフォーマンスがある日だった。二ヶ月ほど前から活動を始めた彼女の歌は、俺も何度か聴いたことがある。その澄んだ歌声は驚くほど心地よく、聴く者を一瞬で惹きつける魔力を持っていた。
ただ、一つだけ問題がある。俺は彼女の熱狂的なファン――いわゆる「ガチ勢」を自負しているにもかかわらず、実は一度もその素顔を拝んだことがないのだ。ファンを公言しておきながら顔を知らないなんて、オタク失格もいいところだが……。
だが、そんな屈辱も今日で終わりだ。あと数分もすれば、憧れの彼女の素顔をこの目で見ることができる。ついでにサインまで貰えたら最高だ。今日はなんてツイてる日なんだ。
『――それでは皆様、お待たせいたしました! アイドル「リン」によるスペシャルライブ、その甘く切ない歌声を心ゆくまでお楽しみください!』
ついに開演の合図が響き渡った。
ステージを真っ白なスモークが覆い尽くし、観客のボルテージは一気に最高潮に達する。誰もが声を枯らして彼女の名を叫び、ペンライトを振っている。もちろん、俺もその狂乱の渦に加わった。
やがてスモークが晴れ、ステージの中央から一人の少女が姿を現した。真っ赤なドレスを身にまとい、背中には可愛らしい天使の羽をあしらっている。
さあ、拝ませてもらおうじゃないか。俺が憧れ続けたアイドルの正体を!
「…………え?」
嘘だろ。
そんなはずがない。
見間違いか? いや、そんな馬鹿な。今日は別に日差しが強いわけじゃないし、熱中症で幻覚を見ているわけでもない。視界はいたってクリアだ。
ということは、今俺の目の前でスポットライトを浴びているのは――。
「ありえない……。なんで、あのアイドルが……。
……クラスのヨシダ・ノムラなんだよっ!?」
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