第十二話:約束を守る
午後七時。それは太陽が深い眠りにつき、周囲の賑やかで混雑した人々の喧騒とともに、情緒あふれる夜が幕を開ける時間帯。
東京、渋谷の街並み。今、一人の少年が足の全力を振り絞り、辺りを見回しながら必死に駆け抜けていた。
どれほど足が棒になろうとも、いつの間にかシャツがびしょ濡れになるほど汗が流れ落ちようとも、彼はそんな些細なことには目もくれず、ただ全力で走り続けている。
なぜ、彼はそこまでしているのか? 目的は、幼馴染を捜すため。彼がすっかり忘れてしまっていた、彼にとって非常に大切で、子供っぽくも純粋で、胸を打つ思い出を共有するあの少女を。
それなのに、今の彼は彼女と過ごした楽しかった日々を忘れてしまっていた。 彼女と再会した時、彼は冷淡に、まるで他人のような態度を取り、ここ数年間、彼女との間で交わした最も重要な約束さえも、無情に忘れてしまっていたのだ。
彼女をもう一度泣かせてしまうなんて、彼は本当に救いようのない大馬鹿野郎だ。
では、彼は一体誰なのか? ゆか高校の制服を身にまとい、必死の形相で周囲をうかがいながら、死に物狂いで走っているその男は、一体誰なのか?
そう、それこそが俺、ササキ・ゼルトだ。
「クソッ、ヨシダ・ノムラは一体どこにいるんだ!?」
ヨシダが一番よく行く場所には行ってみたが、あいつの姿はどこにもなかった。 なぜ俺がここまで必死になって彼女を捜さなければならないのか、その理由はきっと誰もが知っているだろう。
ヨシダがクラスのみんなと親しくなり、お互いを理解し合えるようにと、俺はゆか高校の屋上でゲリラライブを企画した。そこで歌うのは、他でもないヨシダ――秋葉原の誰もが知るアイドル、通称『リン』だ。
いや、これは俺の勝手な推測にすぎない。あいつが秋葉原だけで歌っているのか、それとも他の場所でも歌っているのかは、俺には分からない。 ただ、俺があまりにも突然このライブを企画し、あいつに何も話していなかったせいで、ヨシダを怒らせ、飛び出させてしまった。だからこそ、俺は今こうして責任を持って彼女を捜し回っているのだ。
だが、事情はそう単純なものではなかった。 本当のところ、あいつが今にも泣き出しそうなほど激怒したのには、もう一つ原因がある。それは、俺がヨシダと幼い頃に交わした約束を、冷酷にも忘れてしまっていたからだ。
必ず果たすと誓った、とても、とても大切な約束だったのに、俺はあっさりと忘れてしまっていた。
結局のところ、俺は最低な男だよな? まあ、昔から俺はこういう奴だったから、今さら何を言っても始まらない。
余計なことを考えるのはもうやめだ。今はヨシダを見つけることに集中しないと。
そうは言っても、あいつがどこにいるのか見当もつかない。 ヨシダは一体どこへ行けるって言うんだ? 捜すべき場所はもう全部捜し尽くした。
一体どこなんだ? 考えろ、考えるんだ。
ヨシダが行きそうな場所なんて、あそこくらいしか……待てよ、まさかあの場所か?
ふと、頭の中に一つの景色が浮かんだ。 そこは、俺とヨシダが一緒に花火を見た場所であり、あいつが俺に自分の本当の気持ちをすべて打ち明けてくれた場所だ。
過去の記憶が濁流のように脳裏に蘇り、当時の出来事が鮮明に思い出されていく。
そうだ、どうして俺はあんなにも冷酷に忘れ去ることができたんだ? あいつの笑顔も、あいつの本当の感情も、ヨシダが俺に向けてくれた想いも、そしてあの幸せに満ちた言葉さえも。
どうして俺は、こんな恐ろしいほど綺麗さっぱり忘れていられたんだ?
俺は両手で頭を抱え、激しい自己嫌悪に陥った。その姿に、周囲の通行人が怪訝な視線を向けてくる。
クソッ、俺は本当にヨシダに対して申し訳ないことをした。今すぐあいつに謝りたい。 それに、あいつのあの問いかけにも、ちゃんと答えなきゃならない。
俺は自分を落ち着かせ、すぐに冷静さを取り戻すと、かつてヨシダとデートしたあの場所へと向かって一気に加速した。
ヨシダがそこにいてくれることを願う。いや、願いじゃない。絶対にあそこにいるはずだ。
なぜそこまで確信できるのか、自分でも理由は分からない。だけど、あいつの性格は痛いほどよく知っている。 きっとあいつは、俺が当時の思い出をすべて忘れてしまったと思い込んで、今頃あの場所で一人
で泣いているに違いない。
俺は本当に人間のクズだ。一刻も早くあそこへ行かないと。
そして俺は、風を切るように、弾かれたようにその場所へと突っ走った。
***
「バカ、バカ、バカ、ゼルトのバカ。あの男、なんで何一つ覚えてないのよ。せめてうっすらとだけでも記憶に残ってりゃいいものを……。それにあいつ、なんでいきなりライブなんて企画してんのよ? あたし、そんなこと一言も頼んでないし! しかも、あたしにステージに上がって歌えだなんて。本当に、あいつ自分を何様だと思ってんのよ? ムカつく!」
「――やっと見つけたぞ、ノムラ」
「えっ!?」
たどり着いた時、彼女は川沿いに佇んでいた 。両手をぎゅっと握りしめ、辺りを見つめる彼女の髪が、微風に吹かれてふわりと舞い上がっている 。
かなり不機嫌そうだな、と俺は思った 。 もっとも、俺はノムラの背後に立っているから、彼女が今どんな表情をしているのか正確には分からないけれど 。
独り言を呟いている彼女を見かねて、俺はわざと明るい声を出し、芝生をゆっくりと踏み締めながら声をかけた 。
「な、何よ? なんであたしがここにいるって分かったのよ?」 彼女は驚愕に目を見開き、俺の方へと振り返った 。
「分からないわけないだろ。ここは、俺たちの子供の頃の思い出が詰まった場所なんだからな」
「な……な……何言ってるのよ? あたし、さっぱり意味が分からないわ」 彼女はぷいっと顔を背け、俺の視線から逃れようとする 。
「とぼけるなよ。俺はもう全部思い出したんだ。俺たち、本当に子供の頃の友達だったんだろ?」
「だったら何よ? そうじゃないなら何だって言うの? あんたに教えたところで、もう何の意味もないわよ」
俺は薄く笑みを浮かべ、彼女の元へとさらに一歩歩み寄った 。
「関係ないわけないだろ。それにしても、しばらく見ないうちにずいぶんと変わったな。髪型も変えたんだろ? すごく似合ってる。いつ日本に戻ってきたんだ? なんで最初から言ってくれなかったんだよ。それから、お前、覚……」
「もういい!」 彼女は俺の言葉を遮るように大声で叫んだ。俺はビクッとして、思わず言葉を呑み込む。
「急に全部思い出しましたって顔して、今まで忘れてた相手に馴れ馴れしくしないでよ。ゾッとするわ」
俺たちの間に、突然の沈黙が訪れた 。 周囲の空間がしんと静まり返る。数秒間、お互いを見つめ合った
後、俺は重い口を開いた 。
「……悪かった」 俺は声を落とし、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした 。
「えっ、何よ? 自分がいま何言ったか分かってんの!?」
俺の謝罪を聞いた瞬間、ノムラはいきなり俺に飛びかかってきた 。そのまま押し倒され、俺は青々とした芝生の上に仰向けにひっくり返る 。
――痛ってぇ 。
「あんたに分かる!? 自分が一番大切だと思ってた相手に、存在ごと忘れ去られる人間の気持ちがさあ!?」
「……」
俺の上に馬乗りになり、涙を流しながら訴えるノムラの姿を見て、俺は言葉を失った 。
「あたしはね、あんたが一番の親友になってくれるって信じてたの。それなのに、数年ぶりに再会したら、あたしのことなんて綺麗さっぱり忘れて、ただの他人みたいに扱って……。あの時のあたしの気持ちが、あんたに分かる!? 心臓を一千本の刃で突き刺されたみたいに痛かったんだから! なんで、なんで、なんで、なんでよ!? 答えなさいよ! あの約束も忘れちゃったんでしょう!? 答えなさいよ!」
「……」
「やっぱりそうよね。最初からあんたに出会わなければ、こんなことにならなかったのに。あんたみたいな奴を信じたあたしが、本当のバカだったわ。他人の感情を弄ぶなんて、あんた最低のクズよ。あたしのこと、本当に友達だと思ってた? それとも、ただの暇つぶしの道具にでもしてたの!? 何とか言いなさいよ、なんで黙って寝そべってんのよ! あんたはあたしの最初の友達だった……退屈で、地獄みたいで、大嫌いだったあたしの世界を救い出してくれたの。それなのに……それなのに、結局……あたし……あたしはそこから抜け出せなかった。死ね……死ね、死ねぇっ……!」
取り乱す彼女の姿を前に、俺の身体は完全に硬直していた 。
俺は、彼女をここまで苦しめていたのか? 俺は彼女の気持ちを弄んでいたのか?
クソッ、俺は一体何なんだ? 誰か教えてくれよ 。 俺の正体は何だ? 人間なのか、それとも人間に不幸を振り撒き、その絶望を自らの力に変えるただの悪魔なのか 。 俺は結局、何者なんだ? 本当に人間なのか?
今の俺は、あの頃と何一つ変わっていない 。 やっぱり俺は魔王のままだ 。一度死んで人間に転生したところで、根底にある本質は何も変わっちゃいないんだ 。
最初から……俺なんて存在しない方がよかったのかもしれない 。
俺はずっと、人間と共に生き、彼らを理解したいと願ってきた 。 それなのに、人間はいつも俺を遠ざけ、排斥する 。理由はなぜか? 単純な話だ。ここが、俺の居るべき場所じゃないからだ 。
……なんて孤独で、惨めなんだろうな 。
悪かったな、レイ 。俺はまた、同じ過ちを繰り返してしまった 。 二人の約束を守れなくて、お前を守れなくて、そして俺の身勝手にお前を付き合わせてしまって、本当にすまない 。
結局のところ、俺はどこまでいっても無力な魔王のままだよな、レイ 。
――だが、今回は前と同じにはさせない 。 俺はヨシダ・ノムラを変えてみせる 。彼女の、彼女自身の本当の笑顔をもう一度見たいから 。そして、ノムラに対して犯してしまったすべての過ちを、俺の手で償いたいからだ 。
俺は必死に昂る感情を抑え込み、冷静さを取り戻すと、妹をあやす兄のように、彼女の頭の上に手を置いて優しく撫でた 。
「……もういい、何も言うな。お前のことを忘れてしまっていて、本当にすまなかった。お前が海外に行っている間、俺は本当はすごく怖かったんだ」
「……え?」
「お前がこのまま消えてしまうんじゃないか、二度と戻ってこないんじゃないかって。あの期間、俺はもの凄く孤独だった。だから、少しでもその苦痛を紛らわそうとして、お前が帰ってくる日を待ちながら、狂ったようにアニメを観て、ライトノベルや漫画を読み漁った。だけど、自分でも気づかないうちに、俺は本当にお前のことを忘れてしまっていたんだ。でも、完全にってわけじゃない。お前がクラスに転校してきて、最初に話しかけてくれた時、俺は『この子とどこかで会った気がする』って直感してた。ただ、名前が思い出せなかったんだ。話しかけて確かめる勇気もなくて、結局はただの気のせいだって思い込もうとしてた。だけど、お前の歌を聴いて、お前と言葉を交わすうちに、俺の記憶のピースはほとんど繋がったんだ」
そうだ。それは、ホテルにある彼女の部屋を後にした、まさにあの瞬間のことだった 。 突然、彼女に関するすべての記憶が脳内に溢れ出してきたのだ 。
そのおかげで、俺はすべてを思い出すことができた。俺とヨシダ・ノムラが、まだほんの子供だった頃に出会っていたこと 。そしてその当時、俺にはまだ魔王としての能力が覚醒していなかったことも 。
「だからお願いだ……俺を許してくれ。お前にしたことのすべてを、俺に償わせてほしい。本当に、本当に、本当に申し訳なかった」
再び、静寂がその場を支配した 。いまや吹き抜ける夜風だけが、周囲の草木をざわざわと揺らしている。
彼女は俺の胸に顔を埋めたまま、ぴくりとも動かず、言葉を発しない 。
……やっぱり、ダメだよな 。自分をここまで泣かせ、苦しめた相手を、そう簡単に「許す」なんて言う人間がいるはずがない 。 フィクションじゃあるまいし、俺は諦めて、彼女の前から消えるべきなのかもしれない 。 そう、それが今の状況を丸く収めるための、一番の方法だ 。
そう結論づけた俺は、彼女を身体からのけて起き上がろうと、急いで手を伸ばした。しかし、その動きは彼女の両手によって強引に制止される 。
「誰が起き上がっていいって言ったのよ!? あたし、そんなこと一言も許してないわよ!」
「えっ」
どこかツンデレのニュアンスを含んだその可愛い声音は、聴いているだけでまるで異世界にでもトリップしてしまいそうな錯覚を覚えさせる 。 そう、間違いなくヨシダ・ノムラの声だ。どうやら、少しは冷静さを取り戻してくれたらしい 。
というか、今のセリフはどういう意味だ? まさか彼女は……
ノムラがゆっくりと顔を上げ、俺たちの視線が正面から交錯した 。
「女の子をここまで泣かせて、傷つけておいて、簡単に許してもらえると思ってんの? あんた、本当にバカね」
だよな、知ってた 。そんな都合のいい展開があるわけない 。俺の思い上がりもいいところだ 。
……いや、待てよ? この言い回し、どこかで聞き覚えがあるような……
「だから、どうしてもあたしに許してほしいなら――あたしが子供の頃にあんたにした『あの質問』に、今すぐはっきりと答えなさいよ」
はっきりと答える? 何のことだ? ――あ、思い出した 。あの質問のことか 。 やれやれ、あいつ、なんて記憶力がいいんだ 。
「ああ、あの質問か。えっと……それは、その……」俺は困惑気味に、指先で頬をポリポリと掻いた 。
「早く答えなさい!」 彼女が俺の頭のすぐ横の地面を力任せにドンッと叩き、俺は心臓が飛び跳ねるほど驚いた 。
どうやら、もう逃げ道はなさそうだ 。ここで答えない限り、この修羅場はいつまで経っても終わりそうにない 。腹を括るしかないか 。 俺だって、これ以上話を長引かせるのは本意じゃない 。いっそのこと、彼女に対する俺の本心をすべてぶちまけた方が、お互いのためになるかもしれない 。
よし、言ってやる 。
俺は深く息を吸い込み、真剣な表情を作って声を絞り出した 。
「ノムラ……」
「……なによ」
「すまない、俺はお前の彼氏になることはできない。許してくれ」
あ、べらべらと言葉が勝手に滑り落ちてしまった 。でも、この切り出し方はちょっとニュアンスが違いすぎるというか、大失敗した気がする 。
「……最低」
うぐっ、鋭く尖った不可視の矢が、俺の心臓に思いきり突き刺さるような衝撃を覚えた 。 痛すぎる。誰かに普通にフラれるよりも、よっぽど精神的ダメージデカいぞこれ 。
「あたしを何年も待たせておいて、いきなりそんなストレートに拒絶するなんて、あんた本当に救いようのない大馬鹿野郎よ。なんでよ? あたしのこと、そんなに嫌いなの!?」
「違う、むしろその逆だ。俺はお前のことが本当に好きだよ。だけどそれは、あくまで『大親友』としてなんだ」
「なんでよ!?」
「すまない。でも、やっぱり俺はお前には釣り合わないんだ。お前が俺の傍にいたら、今よりもっと苦しむことになる。俺はお前が泣く姿をもう二度と見たくない。だから……俺なんかよりずっといい男を、他に見つけてくれ。な?」
「……」 彼女はしばらくの間沈黙し、やがて呆れたようにため息をついた 。
「まったく、あんたって本当にちっとも変わらないわね、ゼルト」
「お前だってそうだろ」
「いいわ、今回のそのお断り、ひとまず受け入れてあげる 。でも、今のうちに安心しておかないことね。絶対にいつか、あんたのそのひねくれた決定を覆させてみせるんだから」
彼女のその言葉が、ただの冗談であることを切に願う 。 あいつが本気で俺に惚れてるなんて、そんな大それた話、あるわけがないんだから 。
「……じゃあ、もう一つの件はどうするんだ?」
「今回は大目に見てあげるわ。だけど、これで帳消しになったとは思わないことね。あんたは、あたしのピュアな乙女心をここまで傷つけた責任を、きっちり取らなきゃいけないんだから」
そうだな、責任は取らないと 。そうじゃなきゃ人道に外れる 。 せめて、お仕置きの手加減が少しでも緩いことを祈るばかりだ 。
「分かった、覚悟はできてる。いつでも来い」 俺は拳が飛んでくるのを身構え、ギュッと目を閉じた 。しかし――
ちゅっ 。
突然、マシュマロのように信じられないほど柔らかい何かが、俺の唇に触れた 。 ……何だこれ、もの凄く心地よくて脳が溶けそうだ 。一体何が起きてるんだ?
俺が慌てて目を開けると――そこには、我が目を疑うような光景が広がっていた 。
ノ、ノ、ノムラが、俺の唇にキスをしていたのだ。あまりの現実味のなさに、一瞬これが夢の中の出来事なのかと錯覚したほどだ 。
な、な、なんでこんなことになってんだ!?
直後、彼女は俺の身体から退いてすっと立ち上がり、どこか艶っぽく、それでいてこの上なく温かい笑みを浮かべた 。
あ、これだ。これこそが、俺が一番見たかった笑顔だ 。
俺はようやく冷静さを取り戻し、ドギマギしながら同じように立ち上がった 。
「お、おい! ノ、ノムラ、これは一体どういうことだ? なんでお前がいきなり……」
彼女は人差し指を俺の唇にそっと当てて、言葉を制した 。
「これはあたしからのプレゼントってことで。俺たちが、ようやくお互いを見つけられた記念よ」
この瞬間、俺は初めてノムラの本当の「可愛さ」というものを突きつけられた気がした 。 なるほど、これは世の男たちがこぞって嫁に貰いたがるわけだ 。
「ゼルトくん。あたしたち、これからもずっと友達でいようね」
「当然だ。お前がそれを望むなら、俺は喜んで受け入れるよ」
「うんっ」
これでようやく、すべてが丸く収まった――そう思ったのも束の間 。 俺は、自分がすっかり忘れていた致命的な問題にようやく気がついた 。
「やべえ! あと5分で、お前のゲリラライブが始まっちゃうじゃないか! 急いで学校に戻るぞ!」
「ちょっと、何をそんなに慌ててんのよ。あのライブ、あんたがあたしのために勝手に企画したものでしょ? なら、多少遅れたって別にいいじゃない」
理屈はそうかもしれないけれど、見に来てくれた観客を待たせるわけにはいかないだろ 。まったく…… 。
俺は彼女の手をギュッと握りしめ、学校に向かってノンストップで駆け抜けたが、結局5分の遅刻となってしまった 。
到着するや否や、彼女は即座にステージへと飛び乗り、甘く、そして人々を魅了する歌声を響かせた 。 ノムラの歌声は、何度聴いても決して飽きることがない 。聴く者を一瞬で陶酔させる、不思議な魔力が秘められているかのようだ 。 本当に、心地いい歌声だ 。
こうして、その夜のゲリラライブは大盛況のうちに幕を閉じた 。誰もがノムラを、今までとは全く異なる、リスペクトの眼差しで見つめていた 。
一方で俺のほうはといえば……正直、疲労困憊でぶっ倒れそうだった 。 けれど、俺の立てた計画がこれ以上ない形で大成功を収めたのだから、疲れなんて大した問題じゃない 。 それどころか、胸の奥からは止めどない喜びが湧き上がってくる 。何せ、俺とノムラは無事に仲直りを果たし、また昔のような、かけがえのない関係に戻れたのだから 。
***
ライブが終わると、俺はすぐさま家へと向かった。
そう言えば、カズコの夕食の準備もあるから急いで戻らないとな。
早くしないと。
だけど、あいつがこっちに食べに来るのをただ待っているっていうのも、なんだか落ち着かないな。よし、俺が直接あいつの家に誘いに行くとしよう。
その後、午後九時にカズコの家の前に到着した。あまり遠くないんだ、実は彼女の家はうちの隣にあるから、便利だな。
俺はすぐに門を開けて庭に入った。しかし、入った瞬間に何かおかしいことに気づいた。ここにはどうやら激しい争いがあったような跡が残っている。慌てて家の中に駆け込むと、玄関の鍵も誰かに壊されていた。
一体、何が起こったんだ?
家の中に入ると、信じられない光景が広がっていた。家具がめちゃくちゃに散らかっている。誰がこんなことをしたんだ? まさか、ジュリア……なのか? いや、今は冷静にならなければ。
「カズコ。どこにいるか?」
声をかけても反応がなかった。周りを見回して怪しいものが残っていないか確認していると、右手の壁に魔法で刻まれた奇妙な文字を見つけた。それはこの世界の文字ではなく、プリシアの文字で、俺は以前のように読める。
《今、あなたの友達は廃屋に閉じ込めてあるわ。もし彼女に再び会いたいのなら、早くここに来てね。私は待ってるから》
そんなばかな、カズコが捕まったのか? そんなこと、信じられない。
「カズコ!」
俺はすぐに家を飛び出し、近くの廃屋へと向かって全速力で走った。くそ、こうなるとは分かっていたのに、
なぜカズコを狙うんだ、彼女には何の罪もないのに。くそ、くそ、くそ、くそ、ジュリアめ。
待ってるカズコ、今、救ってあげる。
最後までお読みいただきありがとうございます!
もし気になった点や「ここを直した方がいい」という箇所がございましたら、ぜひご意見をいただけますと嬉しいです。皆様のフィードバックをお待ちしております。




