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第五章 ささやかなお願い

ある朝、のり子は朝餉の最中、妖怪の袖をそっと引いた。

少し頰を赤らめ、瞳を輝かせて言った。

「ねえ……花が見たい。

 首飾りを作ってあげたいの。

 きれいな花、どこかにないかな?」

妖怪は椀を持ったまま、一瞬動きを止めた。

花など、彼にとってはただの「色のある現象」でしかなかった。

しばらく黙ったまま朝餉を続けていたが、先日の狩りの道すがら見た花の群生地を思い出していた。

人間の女はああいうものが好きだったような……俺にはわからんが……

のり子の方を見つめると、ただ黙って見つめ返してくる瞳がある。

妖怪はゆっくりと椀を置き、立ち上がった。

そのままのり子の手を引くと、ぶすっと短く言った。

「……ついてこい」

そう言うなり、妖怪はのり子の体を軽々と抱き上げた。

のり子が小さく驚きの声を上げた瞬間、彼は人間の姿のまま風を切って空を駆け始めた。

森の木々が猛烈な速度で後ろに流れていく。

妖怪は太い枝の間を巧みにすり抜け、葉を震わせながら低く滑るように飛んだ。

のり子は妖怪の胸に顔を強く押し付け、細い腕を必死に彼の首に回してしがみついていた。

風が彼女の髪を激しく乱し、着物の裾をはためかせる。

「わっ……!」

のり子が小さく声を上げた瞬間、妖怪は大きな湖の上を一気に飛び越えた。

湖面に朝の光が反射し、銀色の輝きが二人の下を瞬くように通り過ぎる。

さらに速度を上げ、妖怪は森の木々の間を縫うように飛んだ。

高い木のてっぺんを掠め、鳥の群れを驚かせて追い越していく。

やがて、木々の隙間から柔らかな光が差し込む場所に着いた。

そこには、白と淡いピンクの花が一面に群生していた。

風に揺れる花びらが、甘い香りを漂わせている。

妖怪はのり子をそっと地面に下ろした。

のり子は目を輝かせて花に駆け寄り、摘み始めた。

「きれい……! 見て見て、これすごくいいよ!」

彼女は花を器用に編み、淡いピンクの花びらで小さな首飾りを作った。

出来上がると、にこっと笑って妖怪の首にそっとかけた。

「どう? 似合う?」

その瞬間、のり子は今までで一番の笑顔を見せた。

目尻に小さな皺を寄せ、頰を淡く染め、朝の光そのもののような、純粋で輝く笑顔だった。

妖怪は無言でその笑顔を見つめた。

胸の奥が、熱く、疼くような感覚に包まれた。

冷たいはずの体が、ほんの少しだけ温かくなった気がした。

のり子は妖怪の胸にそっと寄りかかり、嬉しそうに呟いた。

「また連れてきてね……

 次はもっとたくさん作ってあげるから」


そのとき、遠く離れた木々の影の中から、もう一つの異形の姿が二人を静かに見つめていた。

暗い霧のような気配をまとったその影は、長い間、微動だにせず、ただ冷たい視線を注いでいた。

やがて、ゆっくりとその姿は森の奥へと溶け込むように消えていった。

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