肉食と聖女の旅 番外編 12
私は紆余曲折あって、国王陛下の間諜のようなものとして働きはじめた。まあ、王族とは頻繁に会うことがないから、直接の上司は宰相閣下であるが。
ありがたいことに、あの日私を連行した無口男が連絡係としてあいだにいるので、それほど緊張感はないし、誰かの秘密を嗅ぎまわれとかはないから、危険なことはなにもない。
食堂の下働きも辞めずに続けており、基本的には他人の会話の中から知った犯罪行為などを、上司に告げ口するだけのお仕事です。
「でも、なるべく権力者には近づかないで、平穏に暮らしたかったなぁ」
あの強制的に圧迫面接が行われた日までは、上級使用人食堂の厨房の端っこしか立ち入りを許可されていなかった。日中はひたすら皿を洗っていたし、ホールに出るのは掃除のためで、利用者がいない時だけだったのだ。
マナーも知らない移民が、上級貴族もくつろぐ空間をウロウロするなということらしいが、それについては異論がない。私だって、たったひと月のつけ焼き刃で、どうにかなると思うほど楽天家ではないのだ。
しかし、あの後からは積極的にホールに出されるし、官吏用の食堂になんか配属されたこともなかったのに、やたらとシフトが入れられている。
「間違いなく、宰相閣下(上司)の策略でしょ。こんなの、有益な情報をたっぷり集めろってことでしかないわ」
ホールに出るからか、紺色の制服と胸当てつきのエプロンを二枚ずつ支給された。エプロンは真っ白だし、制服は柔らかい綿素材のものと、ハーフリネンのワンピースだ。
これから夏に向かって着るにはちょうどよく、手持ちが厚手で最近は暑苦しかったのでありがたい。
その感謝を目に見えるカタチで返そうと、エプロンのポケットには常にシャーペンとメモ帳を忍ばせている。ハンカチを忘れても、これを持たずに出勤はできない。
着るもののローテーションに幅ができたのはありがたいが、私服にエプロンでモップを片手に持っていたときの方が気楽だった。
上級使用人の食堂担当者は、シフトによって官吏食堂に配置される日もある。本日は、私も官吏用の食堂に配置されているのだ。
こちらは昼のみの営業なので楽勝かと思いきや、はじめて担当した日は気を遣いすぎて、いつもの倍は疲れてしまった。
王城で働く官吏はほぼ貴族なので、食事のメニューが違った。
「ステーキのプレートなんか、舌がとろけるほどおいしかったなぁ。牛系の肉だけど、話に聞くとジビエらしいんだよね」
私は調理に関われないから、そこはいいんだ。だって賄いが豪華だし。
問題なのは、ここはほかとは違い、給仕を担当するメイドがいることだ。彼女たちも下級貴族のご令嬢たちで、激レアで侯爵家の四女とかがまざっていたりする。
つまり、同僚であるはずのメイドさんたちにも配慮が必要なのだ。王城にお勤めの官吏は玉の輿をねらうお嬢様たちにとって格好の獲物で、ここは狩場なのである。
「ふーん。また汚職かぁ」
壁際に近いテーブルのふたりが、辻褄が合わないふたつの書類について愚痴をこぼしている。
勤務中にメモを取るのはむずかしいが、下級使用人の食堂とは比べものならないくらい、ここの利用者はお行儀がいいので、モップの出番はほとんどない。
私は食堂内を見渡して、なんの問題もないことを確認し、衝立の後ろでこっそりと私腹を肥やしている伯爵の詳細を記入する。
こんなときは日本語を使うので、誰から見られても困らないのだ。
もちろん同業の高橋さんは読めるが、この食堂を利用することができないため心配は無用だ。
トレーをぶちまける人もおらず、そのせいで苦情を言いに来る人もいない。私の生活はまあまあ平穏と言ってもいいが、たまに面倒なことが起こってしまう。
「ねえ、彼の担当はわたくしなのよ?」
(キドニー・バルロンは、寿春菜を目障りだと感じています。しかし、格下すぎてライバルだとは思っていません)
ほら始まった。配膳途中でメイドのひとりから呼び止められ、嫌な顔をするのを気合でこらえる。
彼女たちにはそれぞれ目当ての官吏がいて、その人が食事に来るときはチャンスタイムとばかりに沸き立つのだ。だからそのイベントを潰されると、一気にヘイトが高まる。
特に彼女は侯爵家のお嬢様で、やたらと気位が高く、すばやく注文を受けて食事を提供するのは、盛りのついたメス犬のようで、非常にはしたないという考えなのだ。
お目当ての男性には完璧な装いで、優雅に振る舞いたいと望んでいるので、彼の姿が見えたら身だしなみを整え始めてしまう。
まわりの下級貴族のお嬢様たちは、彼に話しかけたら家ごと潰されると思っているのか、絶対に給仕しないのだ。
かわいそうに、彼だけ注文ができないという嫌がらせ状態である。つまり逆効果。
「申し訳ありません。お目に触れぬよう、洗い場に控えさせていただきます」
彼女に助言してやる義理はないので、早々に立ち去りたい。
深く腰を落とし頭を垂れることで、溜飲を下げたようだ。私に時間を費やすよりは、愛する彼につきまとう方を選んだらしい。
金の巻き毛と碧眼という、とても美しい見た目に反して、わりと勝ち気で猪突猛進なところがある彼女は、私は嫌いではない。
「どう見ても高校生って歳だもんな」
侯爵家の娘といえど四女だもんな。若いのに婚活しないと将来が不安なんだろう。貴族って大変だね。邪魔はしないから頑張れよ、といった気持ちしかない。つまり興味がない。
「私自身は、いまだに同僚たちと挨拶しかしないし」
挨拶を無視されることはないけれど、あきらかに自国民とは身体的特徴が異なるからね。
街には外国人もいるらしいけど、さすがに王城では珍しいようだ。だからちょっとだけ敬遠されてる感じなんだよなぁ。
忙しい職場だし利用者の目があるから、世間話をしている余裕はない分、孤立している気持ちにはなりにくいけどね。
この国に来てから三か月近いのに、いまだにお友だちはゼロなのである。
あの日、王と宰相、神官長といった国の中心人物たちに囲まれ、私の能力について自白させられた。
適当に誤魔化そうかと一瞬だけ言い訳が頭によぎったが、いきなりトップが集まっているあたり、すでに証拠はそろっていた模様。
あっさりと白状した後は検証に移り、失せ物探しや食欲不振な飼い犬の気持ちなど、わりとどうでもいいことを解決に導いた。
こんなことでいいのかとは思ったが、口には一切出さずに耐え忍ぶ。口ごたえなんかてきる雰囲気じゃなかったから、私は一生分の忍耐力を使い切ったね。次に我慢するのは来世だと心に決めた。
しかし相手は組織のトップであるだ。オジさん三人に能力を称賛されて終わりではなかった。
「君の同行者のことなんだけどね」
(同行者とは、高橋杏子のことです)
宰相閣下が手元の書類から視線をあげて、鋭い眼差しをこちらに向ける。
「問題を追及するたび、コトブキの後輩だと言って、責任転嫁しているのだよ」
(高橋杏子は年齢を詐称しているが、寿春菜よりも後から勤めはじめたため、後輩なのは嘘ではない)
やめて! 高橋さんとはもう無関係だよ。誰なんだ、そんな情報を神官長と陛下まで伝えた奴は! それに補足情報がイラつくんだよ。
「職場でも、雑用しかできない無能だったと」
(この噂をブレスト・タンドロンは信じていませんが、高橋杏子の信奉者は信じきっています)
閣下のお耳にも入るほど、そんな嘘が広まってるんですか…………。あいつマジ! 清水課長の奥さんから全財産むしり取られろ!
「しかも、わが国の王子に対し、非常に馴れ馴れしく接している」
(王子が住む白鷺宮に入り浸っていますが、別に構わないてしょう。彼は身代わりで、本物は玲瓏宮に匿われているんだから)
「…………えっ?」
ちょっ、女神鎌? なんか副音声がいつもと違ったような?
「側近も数人まとめて、たぶらかされておる」
(王子の身代わりだけじゃなく側仕えも堕落しているから、ついでにまとめて処分するつもりなのよ)
ふぁっ! いやいや、こんなことを知ったからって、これに返事はムリでしょ。女神様ってば、赤の他人になんてこと教えてくんの。
「コトブキ」
(ブリスケット・アントルコートは、面白がってるわね。まあ、とくに問題はないから頑張りなさいな)
正面の男性がこちらを見据え、ニヤリと口を歪ませた。
やめて! 聞かないで!
「それで? 何がわかった?」「なにを知ったのですか?」
(知ったことを素直に吐いて、協力せよと言っています)
始終、胡散臭い微笑みを浮かべていた神官長が被せてきた。自国の王様への敬意はどうしたんでしょうかね? 私のギフトに興味がありすぎでは?
先ほどまでの検証時も、庭に来る猫に主人はいるのか? とか、聖樹とされるシンボルツリーに花が咲かないのはなぜか? とか、なぜ副神官は融通がきかないのか? とか! 絶対に面白がってるよね。
その後も最高機密を織りこみつつ、ギフトで知った様々な話を暴露させられた。
王妃様が黒幕の、謀反の企てなんて知りたくなかった! 本物の王子は他にいて、高橋さんが落とそうとしている子が、本当は侯爵家の庶子とかやめてくれ。
便利だと思われているうちはいい。だけど、そのうち脅威だからと、排除されるかもしれないから不安なんだよ。
あの日はこんな感じで、貴重な休日を終了したのだった。




