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肉食と聖女の旅  作者: 夜昊


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肉食と聖女の旅 番外編 11


 早番に当たると日の出とともに起きなければいけないので、慣れるまでは寝ぼけ眼で頑張った。スマホのアラームのおかげで、今のところ遅刻はないが、朝の鐘が鳴る前に起きて身支度を済ませ、食堂に行き朝食の準備をしなければならないのは地味にキツイ。

 はやい人は鐘の音とともに食堂を訪れるため、朝食の半分くらいのメニューは、前日の夜に遅番たちが粗方完成させているのだ。

 

「見てれば、パン担当が一番きついんだよね〜」


 朝は温めるだけの煮込み料理や、すぐできる炒め物がメインたのだが、パンをつくる作業工程にはベンチタイムも含まれるため、いつも鐘が鳴るギリギリ焼きあがる。冬は厨房も寒くて暖まりにくいため、発酵時間はさらに長くなるらしい。


「その点、私は掃除や洗い物が専門だから、苦労はしてないんだけどね」


 だからといって遅刻が許されるわけではないので、椅子をテーブルから下ろして、天板を拭いている。テーブルのセッティングは力仕事なので、わりと新入りが担当するらしい。

 椅子は誤って倒してもそう簡単には壊れないので、朝に弱い私にとってはありがたい仕事である。


「でもまぁ、慣れたらそれほどツライ仕事ではないんだよね」


 この国は電気がないので、基本的に太陽とともに活動している。したがって、勤務時間は日の長さにならい、夏は長く冬は短いのだ。

 いまは春だから六時に鐘が鳴るが、夏場なんて日の出が四時なので、鐘は五時だ。

 驚くべきことに、冬場の勤務時間はたったの六時間だし、シフトは早番と遅番のほかに、昼間三時間だけの日もある。


「まあ、昼間の三時間だから、休みって気はしないか」


 昼間勤務の日は、午前にも午後にも予定が入れにくい。私は外出許可をもらったことがないし、特別な予定がないんだから関係ないけどね。


 対して遅番は昼食後から働き、夕食を提供したあとは食堂の掃除を行い、布系の洗い物をまとめて洗濯場に運ぶ。汚れたキッチンクロスなどは洗濯担当者が洗ってくれるので、その際に、乾いたものを回収するのだ。




 食事をする人々の邪魔にならないように移動し、汚れたテーブルを速やかに片づけていると、耳を澄まさなくてもいろいろな会話が聞こえできた。

 それは城下のおいしいお店の情報だったり、かわいい小物を売る商会、上司への愚痴や仕事が忙しくてデートができない悲しみだったり、他愛もないものがほとんどだ。

 しかし、たった数日で私は自分の能力の危険さに気づき、どうしたらいいのかと悩むことになった。


「なぜただの皿洗いが、そんなことを知らなきゃいけないんだ」


 意識せずに秘密を知ってしまったばかりに、私は日本には帰れないかもしれないと思いはじめていた。

 女神様のギフトは強力で、同僚である下働きの女性たちが心配する結婚相手のことや、天気などの日々の生活の悩み、若い官僚たちが食堂でしていた納税の話題など、私が耳にしただけで正しい答えがわかってしまう。

 天気の話で言うと、いまは曇りだが夕方の16時前から雨が降り出し、19時から夜半まで雷雨になると、アメダスばりにわかったし外れなかった。

 それだからと知り合いでもない女性に、夕方から雨ですよなんて話しかけられるわけがない。

 他人のひとりごとに耳を澄ませていると思われたら、ただでさえアウェイな使用人棟て、過ごしにくくなってしまうじゃないか。


「きょうは夕方から雨なのかー。洗濯は明日にしようと思ってたから、無駄にならなくてよかったなぁー」


 だから、こんなふうに聞こえるよう、ひとりごとで伝えるしかないんだよね。

 恋人となかなか会えなくて浮気を疑っていた女性騎士には、恋人に内緒でプレゼントを買うために副業する男の話を同僚たちに大声で語った。


「知り合いから聞いたんだけど、――――そういうわけで恋人を喜ばせたいから、会えなくてさみしいけど頑張ってたんだって。ても、その大事な恋人に浮気を疑われたから、号泣しながら謝ったらしいよ」


 恥ずかしかった。あいさつする程度の同僚に、私はなにを語っているのだ。しかも、ムダ話をしないで手だけ動かしなさいと注意されてしまった。

 それなりに傷ついたが、ここまでは、なんだか便利な能力だなぁで済んでいたと思う。


 しかし納税の話は困惑と恐怖心を抱くことになった。国一番の穀倉地帯を治める領主が、まわりの貴族たちを巻き込んで脱税していることを知ってしまったのだ。

 これを報告したら、確実に領主たちは罰せられる。その命で償うことになったら、それは私が殺めたことになるのではないだろうか?

 かといって、気づかないふりをしていいのかも悩む。原因がわからなければ、官僚たちが減俸されるのだ。生命の危険がないと思いきや、この官僚の妹が大病を患い、家族は彼の給与をあてにしているらしい。地方に飛ばされ金額を落とされたら、妹さんは治療を続けられずに命を落とすことになりそうなのだ。


「ううっ。胃が痛い」


 そんな悩みを、若い官吏が騎士である友人に相談しているのを小耳にはさんでしまったばかりに、私は胃が縮むくらい苦悩していた。

 私の担当する食堂は、下級使用人の棟や騎士棟、コリエさんの研究室がある塔が近いため、利用する人もそんな感じだ。

 無理難題を押しつけられるのは、異世界でも下っ端と決まっているらしい。


「放っておいたら、誰かは亡くなるよなぁ」

 

 女神様からは、この地で人を殺めてはならないと忠告されていたから無視はできない。

 それが直接的なものを指すのか、それとも原因にすらなってはいけないのかが問題なのだ。

 解決策を知っているのに、なにもしないのは女神様の逆鱗に触れないのか、誰にも確認することができない私には、後者である可能性を排除することができなかった。


「誰かが、間接的でもだめなのかなぁとか呟いてないかな」


 私の能力は、けっして全能ではない。

 女神様は、私が会話で困らないようにしてくれたので、誰かが口に出してくれないと返事のしようがないのだ。つまり何もわからない。だって話してくれないと、加護が発動しないんだもんな。

 かといって、こんな弱点にもなり得る秘密を、誰かに言えるわけがないよ。特に高橋さんには言えないね。あの人には守秘義務なんて、とうてい理解できないだろうし。

 いまだにズルズルと客間に居座っているくらい図太くて、会社のコーヒーサーバーから飲み物を盗んで帰るくらい非常識なんだからね。


「ひとりのほうがまだマシだったわ」


 同郷だとしても、一緒にいてなんの慰めにもならない人っているんだな。


 私は悩んだ末、官僚たちの書類に告発書をこっそりと混ぜることにした。自分が日本へ帰還するためだけに、私は中身をうわさ話にちょっと足す程度に抑え、しっかりと調べないと真実にたどり着けない内容にしておく。

 この国の文字を学んでから日が浅い私が綴る言葉は、期せずして暗号のような見た目になったので、いいカモフラージュになったと思う。字の下手さが筆跡を誤魔化している感じに見えたのが、不幸中の幸いだ。

 微妙なさじ加減を要求されたが、ギフトのおかげで正解がわかっているのだから、ちゃんと容疑者が絞られるヒントを書き残しておいた。


「関係ない人に疑いを向けられたら、申し訳なさすぎるからね」


 そんな密告めいたことをコソコソとしていたせいなのか、持ち場が上級使用人の食堂に変わった。

 寝泊まりは変わらず下級使用人の棟なので、朝は通勤に時間を取られるかと思いきや、こちらは季節を問わず、早番でも朝七時からの六時間労働だった。

 面倒な貴族に絡まれなければ、仕事自体はめっちゃ緩い。そのかわりに、脱税事件の核心に迫る情報をさらに得ることになってしまった。


 ここでもコソコソと密告を続け、うわさにもならず騒ぎも起こらずひと月が経った。

 あの若者の妹は治療がうまくいったのか、それとも諦めてしまったのか。話しを聞かないと私の能力では結果がわからないから、綺麗サッパリ忘れることにする。毎日気にして生活できるほど、余裕もなかったし情もなかったのだ。


 そんな油断しきったある時、まったく話さない明らかに闇属性な男に拉致された。

 誰にも気づかれることなく連れ去られ、無理やり押し込められた部屋には、国王陛下と宰相閣下を含めた五人しかいない。


「詰んだ……」


 平和な生活なんてなかったんや。

 宰相閣下直属の工作員らしき無口な男は、一礼すると去ってしまった。部屋には四人残る。ひとりずついなくなって、そして誰もいなくなった。


「コトブキよ、そこに掛けなさい」


 残念、誰もいなくなってなかった。何度見ても四人のままか。いっそ私が消え去りたいよ。


「はい」


 この国の最高権力に対して、いつまでも無視するわけにもいかず、渋々返事をする。

 真正面のお誕生日席に国王陛下、向かって左側には宰相閣下。右側の男性とは初めましてだが、服装からして神官だろうか? だとしたら、王都本神殿の神官長だろう。

 この場に、国の三権力のトップが集中してしまった。


 心の距離をあらわすかのように、なるべくテーブルから離れて席につく。イスに浅く座り、そっと息を吐いてから覚悟を決めて顔をあげた。

 往生際が悪いので、目を合わせないように視線が胸元に向くのは仕方がないと思う。


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