肉食と聖女の旅 番外編 10
明日からではないが、使用人棟に移るのは間違いない。
教師の誰かが高橋さんのやる気を起こそうと、就職先が決まった私を引き合いに出し、たきつけるように話したのだろうが、彼女の士気は上がらなかったようだ。
彼女はあいかわらず淡い色合いの、フリフリで可愛さ全振りの服装をしている。自分のスタイルを曲げないのはすごいと思うが、私とは合わないので絡みにこないでほしい。
「そうてすね。早めに引っ越す予定なので、高橋さんとは帰る日まで会わないかもしれませんね」
むしろ、もう二度と会いたくないから、私の職場には顔を見せないでほしいわ。まあ、食事をしないわけにはいかないから、避けることはできそうにないけど。
この一か月、彼女の態度には手を焼かされた。
友人と話したいからスマホを貸せと何度もせがまれ、そのたびに電波がはいらないと断り、そのせいで口汚くののしられた。
国際ローミングとか、異世界なんだから関係あるか!
それなのに、暴言をはいたことすら忘れたのか、次の日には化粧品を持っていたらわけてと強請られたときには、さすがに頭の病気を疑ってしまったよ。もちろん持っていないと、速攻で断った。
お金を貸してと、たかられたこともあるし、豪遊ができないとグチられたのはかわいい方だ。
半月ほど経って顔見知りが増えると、不倫していたことを暴露されたらマズいと考えたのか、私には虚言癖があり、嘘つきだと身近な人たちに吹聴しだしたのだ。
『まあ、友人関係にまで進んだ人もいなかったし、そこまでの打撃ではなかったけど』
あきらかにお姫様っぽいドレスを着た貴族女性に因縁をつけ、金品をゆすろうとした際には、私が原因だと濡れ衣を着せてきたので、城にいる兵士たちに囲まれたうえで役人から事情聴取を受けた。
私の部屋付近ではドレス姿の貴族女性が歩き回ることがほとんどないし、私が居住区から勝手に出たこともない。無実だと解放されてからも、まわりからの白い目が痛かった。
やっぱり見た目が高橋さんと同じ人種だから、同一視されたのだと思う。その迷惑な行動の根拠にいつもならべるのは『あたしは聖女なのよ』である。
高橋さんはそれが免罪符かのように、どんなときでも聖女だからと口にした。
もちろん教師陣からの評価は最低。比較して私の評価を上げる人もいたが、同列の人間だとして最低限の接触に抑えて、話しもしない人の方が圧倒的に多かったのだ。
「それにしても、けっこう世渡り上手なんだよなぁ」
貴族女性とトラブったとき、高橋さんは賠償金の支払いを求められた。いちおう国王が身元保証人になっているが、そこまで肩代わりはしないとして、高橋さんの持ち物を質草にしたようだ。
その際に、貴族女性でもほしいと思えるアクセサリーやメイク道具などがあったことから、貴族女性や商人のパトロンができたらしい。
いまは高橋がプロデュースした、つけまつげを開発中なのだという。
「ドレスのデザインも人気みたいだねぇ」
貴族といっても若い世代や、平民とかわらないような下級貴族から後押しされているようで、古くからのしきたりを重んじる世代からは忌避されているようだ。
この国の法律、いやそこまでかたい話ではないか。最低限のルールを教えてくれた年配の女性教師など、プリントを用意して『読みなさい』『書きなさい』『次までに覚えなさい』だけで、授業を二十日で終えたのだ。
はじめての顔合わせで、高橋さんがこの国のルールを守る気がないことを察したのだと思うが、とばっちりで私にも塩対応だったのには納得がいかない。
けれど何度か質問するうちに、その教師の娘さんが高橋さんから被害を受けていたと知り、関係の改善を諦めた。
女神様の加護のおかげだが、恨みを忘れず蓄積するタイプだと教えられては、逆らわず意見も言わず、授業を無難に乗り切る方が賢明だと判断するしかない。
幸いにして、教師としてのプライドが高いのか、嘘を教えることはなかったから、情報を得るためだとわりきることができた。
『だれも知らない城下町で暮らしたほうが、先入観を持たれなくて済むんだけどね』
住み込みで働くと、家賃と食費は勝手に引かれる。食べないのは自由だが、その分引かれないとかはない、給与計算は住み込みか通いかだけで、引かれる金額が決まっていたのだ。
それでも城での仕事は賃金が高めだ。私は少ない荷物をまとめ、使わせてもらっていた部屋の掃除を済ませると、二日後には下級の使用人たちが暮らす棟に移り新生活をはじめた。
「コトブキてす。よろしくお願いします」
そう挨拶してから一週間が経った。
この国の偉い人たちは、私たちが異世界人だということを認知しているが、下働きをしている同僚らには知らされていない。
まわりは、嫁の貰い手が見つからず田舎から出てきた、かなり運がいい移民の出稼ぎ労働者という認識だった。
そのため、この国の言葉には苦労しなかったが、なかなか信用されず、いまだに食材に触れる仕事からは隔離されている。
「なんか危険な病原菌とか持ってるかもだもんね」
手荷物検査はされたけど、私自身は検疫されていない。けれど厨房の入り口には、出入りするだけで雑菌や汚れを排除する魔術が組まれている。
「便利だけど、食堂の入り口にはないんだよな」
魔術は便利だが、発動させるための魔石には限りがある。城全体になんでも便利な魔術をかけることは、技術的にも財政的にも難しい。
「経済をまわすには、雇用がそれなりに必要だもんな」
だから、使ったあとの調理器具や食器を洗うのは手作業でおこなう。トレーは水をきるだけでも重労働なので、カートに乗せて出入り口に置いておけばいいと思うが、そんなことをする者はひとりもいない。だから私も素直に従い、重いトレーを濡れ布巾で拭き、一枚ずつ乾かしてから収納している。
それでも改良が必要になるときが来るかもしれないから、便利だと思うことは書き留めておいた。
いつか仲良くなった人との会話で、なにが経費削減になるのか答え合わせをしたいと思っている。
「きゃ~! イヤだわ。ごめんなさい、ぶつかっちゃった。おわびに、あたしと一緒に街へ食事に行きませんか?」
(高橋杏子は、イケメン相手に逆ハーしないと、聖女になった意味がないと考えています)
食堂の床は汚れるたびに、すぐ掃除しなければならないから、ほぼ立ちっぱなしで半日を過ごす。
食堂の返却口で待機していると、数日おきに高橋さんが問題を起こすのだ。きょうは若い騎士のグループにからみ、トレーをひっくり返したらしい。
「失礼します。片づけますから場所をあけてください」
高橋さんは、ほとんど食べ終わってから席を移動しようとしたらしく、こぼした範囲もそれほどひろくない。
「やだ~! 先輩ってこんなことしてるんですかぁ〜?」
(高橋杏子は、寿春菜がダサい格好であくせく働く姿をバカにするのが楽しみなので、飽きるまで問題を起こすつもりです)
かなりうっとうしいが、ナンパ兼、私への嫌がらせをすることで、高橋さんはストレスを解消しているらしい。
目ぼしい男性が見つからない日は、汁物を私に掛けることをルーティンにしているのだか、持っている着替えは少ないし乾くのも遅いので、なるべく躱すようにしている。
足もとを狙われると、支給されているエプロンでは防げないし、下手をすると靴まで汚れてしまうのだ。
「みなさん忙しいなかでの、貴重なな食事の時間ですので、十分気をつけて行動してくださいね。片づけはこちらでしておきますので、お食事が済んだ方は、ご退室願います」
つまり、うろちょろして他人に迷惑かけんな。食べたらさっさと部屋に帰れという意味だ。
高橋さんは騎士たちに甘えたことを言っては、親しくなろうと奮闘してはいるが、すべて逆効果である。王城勤めの騎士が、団体行動を乱す存在に心を引かれることはほぼない。
高橋さんより若くてかわいくて、身元もしっかりしたお嬢さんは、視界の範囲内に両手の指では足りないくらいいるのだ。
わざわざ不良債権をほしがる者はいない。
「あたし、聖女なんだから! あとで後悔してもしらないんだからね!」
(高橋杏子は、イケメンが引き留めるなら、許してあげてもいいと考えています)
高橋さんがお得意の捨て台詞で食堂を去ると、やっと落ち着いて食べられると、まわりの雰囲気が緩むのを感じた。
こんなことが何度か続くと、必然的に高橋さんの対応係として、まわりから認識されるようになってしまった。高橋さんが食堂にはいった瞬間、なにかあったらお前がなんとかしろという視線が集まるのだ。
不本意ながらこの一週間で、完全に高橋さん専門のクレーム担当者として、私の立場は固まってしまったのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました
評価・リアクション・感想などいただけると励みになりますので、よろしくお願いします
誤字にお気づきの際は、報告してくださるととても助かります




