肉食と聖女の旅 番外編 8
「うっっ」
食堂の扉をあけて思わずこぼれたのは、食堂の混み具合に対するアレルギーのようなものだ。
さすがは王が住む城の使用人たちが利用する食堂だが、私は休日のデパートのフードコートを知っているのだ。あの混雑を経験していれば、この広さなら乗りきれそうだ。
「はぁ」
乗りきれるとか言ったのは撤回する。
この食堂の広さは、フードコートとは比べものにならないが、利用者は同じくらいだと思う。だが、利用している人たちの体格が違う。
私を両側から押さえつけた警備員みたいな屈強でデカいお兄さんたちが、集団で食事をしているので、圧迫感がすごい。
扉の正面、突きあたりの位置に厨房があり、カウンターが広くとられている。ホールの真ん中が通路で、六人用のテーブルが通路をはさんで左右に七セットずつ並んでいた。
あんなところでラガーマンに挟まれて、のんびり食事などできるか。
おひとり様の席を探すと、左右の壁に密着した長テーブルがセッティングされている。ならんだイスは八脚で、左右にあるから先着十六名は、ひとりでも気兼ねなく食べられそうだ。
『気兼ねなく食べられそうと言ったが、あれは嘘だ』
私はあきらかに人種が異なるため、まわりから浮いていたが、だからといって排除されたりはしなかった。
だが、誰ひとり席取りをしていないなかで、自分の荷物をイスに置いて食事をとりにいくなんてできなかったのだ。
見よう見まねでトレーを持って前の人に続いて列にならぶと、どうやらここではカウンターから自分の食べたいおかずを選ぶシステムらしい。
子どもの頃から学校給食に慣れているので、セルフサービスに忌避感はなかった。
カウンターの上に並べられた皿に盛られたおかずは、ふつうの量と半分の小皿がある。それが二種類と、カンパーニュみたいな大きな丸いパンを一センチ幅でスライスして、両面焼いたものがつぎつぎと準備されていた。
これは端を選べば小さいし、真ん中を選べば大きいものが食べられる。こっそりと見ていれば、少食な人ばかりが端を選ぶわけではなく、端ばかりを三枚選ぶお兄さんもいた。
『私も、パリパリに焼いた外側の方が好きだな』
見るからに体力勝負な体型のおじさんが、まるまる一個分を食べていたから、何枚までといった上限はないのだろう。
スープは、盛りつけ担当のおばさんに多めか少なめかを言えば、量を調整してくれる。なにも言わなければ、だいたい七分目まで注ぐようだ。
『ふ~ん。自分の好きなだけよそうのはダメなんだね』
もちろん私は声をかけられず、ふつうの量を受け取った。
スープがふつう盛りになったので、おかずは両方とも半量にする。ひとつは、いろんな葉野菜と正体不明の肉がとろみのあるタレと一緒になった、八宝菜のような食べ物で、もうひとつはカリカリに揚がった肉団子とポテトサラダだと思う。
おかずの皿も、片方だけ選ぶのも両方ともふつうの量でも構わないし、どちらも食べたくなければ、おかずを取らずにパンとスープをおかわりしたらいい。
トレーに皿を乗せて壁際のテーブルを目指したところ、残念ながら席は空いていなかった。
どうしようかと見まわせば、すぐ目の前の六人掛けの真ん中が空いている。
「ここ、あいてますか?」
「ドーゾ」「ああ」
壁際の席は待てば座れたかもしれないが、ただでさえエコバッグを持っていて目立つのだ。私はいちおう両隣の人に確認してから、とられる前にすばやく座った。
『それじゃ、いただきます』
まわりのだれもが、なにも言わずにフォークを刺していたので、心のなかで手を合わせる。
この世界での初めての食事は、ライ麦パンのような酸味がある、ぎっしり詰まったかためのパンと、塩と香草とバターの味がする、あまり馴染みがない根菜のスープだ。
副菜は八宝菜に似た食べ物で、生姜のような辛味のある味つけに、パプリカのような甘みのある野菜が混ざっていた。これはおいしいと感じたので、ふつうの量でもよかったと思う。
肉団子だと思ったものは、マッシュポテトの中にねっとりとした餅のようなペーストが入っていて、たぶん乳製品系だと思う。それはちょっとクセがあって、私の苦手な味だった。
餅も牛乳も嫌いなので、二個でも飲み込むのに苦労したが、残すようなもったいない真似はしない。
だから、横に添えてあったポテトサラダを口に含むのは、かなりの勇気を要したが、結論としてこれが一番口にあった。
たぶん粗めにつぶした豆のペーストに、歯ごたえのある野菜を混ぜているのだが、あっさりとした味つけが白和えに近くてホッとする。
パンにディップして食べるのが定番らしいので、私もそれに倣ってほおばると、パンのかたさや酸味がやわらぐことがわかった。
『ごちそうさまでした』
パンが端から二番目サイズだったからか、腹八分
目までまだ余裕があるが、胃薬の数は限られているのだ。もしものために、数日間は食べ過ぎないようにしたい。
テーブルまわりが汚れていないか確認したあと、使ったトレーを返却口に返すために立ちあがる。
弁当箱を洗いたかったが、とてもじゃないが腹ペコたちの戦場で奮闘中のおばさんたちにむかって、洗い場を貸してくれと頼める雰囲気ではなかった。
それにここは人が多すぎて、会話と副音声が混ざり、うまく聞き取ることができなかった。
私に話しかけてきたら違ったのかもしれないが、そんな知り合いはいない。むしろ唯一の知り合いは、一生話しかけてこないといいんだけど。
できることがない私は、すごすごとこの場から立ち去った。
「十万オースって、ひと月かふた月働けば返せるんじゃないの?」
自室の机に向かいながらメモを確認していると、そんな言葉がこぼれた。
とりあえず、ひと月は家賃も食費もかからないんだし、節約できるときに稼ぎたいよね。この国が最低なクズの集まりだったら、とっとと身ぐるみ剥がされて、強制労働施設や風俗店に売っぱらわれてそうだけど、いまのところの待遇はまったく違う。
さすがは賢王が治める国。女神様のお墨つきだ。
スケジュール帳の八月のカレンダーのページを開き、十九日に誤召喚され借金十万オースを負ったと記入した。忘れないように、金額は赤ペンで囲む。
そしてウイークリーのページには、夕方に食べたメニューと量をメモする。もしも体調不良になったら、説明できるようにするためだ。
「奇跡的に時計があってたとしたら、八時になる前にシャワーを浴びないと」
そろそろ浴室に行こう。混んでいて順番待ちなら、すぐに消灯時間になってしまう。
タオルハンカチと圧縮タオルの大きい方、歯ブラシセットとコーム、それにクサいけどしかたなく買った石けん、着替えのブラレットと紐パンをエコバッグに詰める。そこにさっき脱いだシャツを足したのは、汗を吸った衣類を一日たりとも放置したくないからだ。
洗濯後の衣類をいれるために、防水加工がされた巾着を使おう。ゴミ袋でもいいけど、黄色いから目立つし中身がうっすら透けて見えてしまうのだ。
もちろん食器類は机の上に出した。トイレの手洗い場や浴室にある洗面台では洗いたくない。その場に居合わせた人たちも、側で食器を洗われたらイヤな気持ちになるだろう。
食堂に向かったときと同じ行動をして鍵をかける。こんどはティッシュの角をちぎって、ドアのすき間に挟んでおく。
今回は貴重品をエコバッグに入れて持っていくから、ハンガーにかけて隠す必要がなくなった。
「廊下の明かりは、だれが管理してるんだろ」
夕食後に灯っていた廊下の明かりは、六、七メートルごとに壁に設置してあった。位置は背伸びをしなくても届く高さなので、ニメートルくらいだろう。
ホテルのベッドサイドにあるランプ並みの照度なので、真下にいると明るいが三メートル進めば暗すぎる。経費削減中の役所並みに薄暗い。たいまつを持って、まっ暗な洞くつを探検しているイメージだろうか。
部屋に固定の電灯がなくて、態々ランプを持ち込んでいることを踏まえると、この明かりが自動的に点いているとは思えない。
この広い城じゅうの明かりをひとつひとつ手作業で点灯しているのなら、途方もない労力を必要とするうえに、どうしようもなく不便なことだろう。
これを仕事にしている人は、単調な作業に心を病んだりしないんだろうか。
正直に言えば、灰色の石とレンガの壁が続く廊下は、薄暗くて気味が悪いし、昼白色の電灯に慣れている身からすると、電球色では明るさが足りない。
「なんていうか、コンセプト系のお化け屋敷っぽさがあるよね」
あの辺りの壁なんて、大きなハンマーで壊せば、生きたまま閉じ込められた哀れな囚人の白骨が発掘されそうだ。
ここに立つと影が斜めにのびていて、悲しげにうつむく人のかたちに見えるんだもん。しかもそれが、一歩前に進めば恨めしげにこちらをうかがっているように変わるし。
夜になったからか、よけいに寒さを感じるようになった。湯船がないのは案内されたから知っているけど、熱いお湯でじっくりと温まりたいよ。
文中から
『ふ~ん。自分の好きなだけよそうのはダメなんだね』
よそう……春菜が住む地方の方言で、盛りつけるという意味です
たとえば、『ご飯を茶碗によそう』などと言います




