第4話 また、いっしょに
絨毯の上の散歩道には、積み木のお花がいくつも並んでいた。
オティリエは、一番端の丸い積み木を指さして、自宅の庭に咲いている花の話を少しずつ聞かせてくれた。白い花びらが重なっていることや、朝になると露がつくこと。私はその声をもっと聞きたくて、相槌を打ちながら次の積み木に手を伸ばした。
けれど、箱の中の木片をつまもうとした指が、途中でぴたりと止まった。
「……それで、おひさまが、出ると……」
お嬢さんの声が、なんだか少し遠くで響いているように聞こえる。まぶたが急に重くなり、開けていようとしても、視界がとろりと滲んでしまう。
「……ふあ」
自分の口から、小さなあくびが漏れた。
いけない。せっかく彼女が好きなものの話をしてくれているのに。最後までちゃんと話を聞かなければ、と背筋を伸ばそうとしたけれど、小さな身体はぽかぽかと温かく、絨毯の上でふらりと揺れた。
「あらあら、殿下。たくさん遊んで、眠くなってしまわれましたね」
乳母がすぐそばに膝をつき、私の背中を優しく支えてくれた。
「まだ、おはなし、きく……」
「ええ、よく聞いていらっしゃいましたよ。少しだけ、お目を休めましょうね」
母と付き添いの大人が静かに言葉を交わし、部屋の隅にある柔らかな長椅子が整えられた。乳母に抱き上げられると、抗う力はもう残っていなくて、私はそのまま長椅子へ寝かされた。
薄れゆく意識の中で、小さな足音が近づいてくるのが分かった。
お嬢さんが、侍女から受け取った軽いひざ掛けを両手で持ち、私の胸元へそっと乗せてくれたのだ。乳母がそれを整えてくれる中、私は「ごめんね」と言う前に、深い眠りへと落ちていった。
どのくらい眠っていたのか、目を覚ましたときには、窓から差す日差しが少しだけ傾いていた。
長椅子の上でぱちりと目を開けると、そばにいた母が「アシェル、よく眠れた?」と私の髪を撫でてくれた。部屋の向こうでは、大人たちが帰り支度を整えている。
私は慌てて体を起こしてもらった。床に足をつくと、お嬢さんが帽子を手にして、ちょうどこちらへ歩いてくるところだった。
私は自分の胸元を押さえて、彼女を見つめた。
「……ごめんね。ぼく、途中で、ねちゃった」
せっかくのお茶会だったのに、最後まで起きていられなかった。嫌な思いをさせてしまったのではないかと胸がきゅっと縮む。
けれど、お嬢さんは首を横に振った。
「いいえ。あの……おひるね、あたたかそうでした」
それから彼女は、持っていた帽子をぎゅっと握り直して、私の目を見た。
「おはなしの続きは、起きてからで、よかったんです。……また、べつのときに」
帽子を握っていた指がほどけ、彼女は絨毯のほうを指さした。積み木の道は、私が眠る前と同じ場所にある。私は胸元から手を下ろした。
「……また、きてくれる?」
「はい。つぎは、おにわのおはなしも、まだあります」
「うん。ぼくも、またいっしょに、あそびたい」
お嬢さんはうなずき、積み木の道へ近づいた。私も母に手を支えてもらいながら、隣へ行く。
「これ、つぎまで、ありますか?」
小さな指が、広げ直した門の前で止まった。私は残しておきたいと言いかけて、母を見上げた。
「このままに、できる?」
「このお部屋は、ほかの方も使うの。今日は一度、お片付けをしましょうね」
彼女が門の積み木を拾い、箱のほうへ持っていく。私は屋根を外そうとして、まだ少し眠い指から落としかけた。乳母が箱を手元へ寄せてくれる。
「つぎは、もういちど、つくれる?」
私が尋ねると、お嬢さんは持っていた二つの木を見せた。
「ここを、ひろくするんです」
「うん。ぼくのおしろは、ひくいの」
「すぐ、かえれるほうですね」
私はうなずき、四角い木を箱へ置いた。今度は二段で止めることを、きっと覚えていられると思った。
「つぎも、ここで、あそべる?」
母は公爵家の大人とうなずき合った。
「ええ。また来ていただける日を、ご相談しましょう。お庭のお話も、続きを聞けるといいわね」
お嬢さんがこちらへ向き直る。
「こんどは、みちを、もっと、ながくして」
門のあった場所で、二本の指をそっと立ててみせた。
「つぎは、ふたりで、おさんぽしたいです」
「ぼくも、いく」
私も二本の指を立てようとしたけれど、薬指まで一緒についてきた。お嬢さんが三本の指と私の顔を見比べたので、私は慌てて一本をたたむ。
「……ふたり」
彼女が声を立てて笑った。
お別れの時間になり、私たちは扉の前でもう一度向き合った。
「さようなら。……またね」
「……はい。また」
お嬢さんは丁寧に一礼してから、最後は少しだけ名残惜しそうにこちらを振り返り、大人に手を引かれて部屋を出ていった。
扉が閉まり、私はひざ掛けを抱えていたことに気づいた。端を握り直すと、眠る前に彼女が乗せてくれたときのことを思い出した。
次に会うときには、今日のお礼を何か伝えたい。さっき話してくれた、綺麗なお花はどうだろうか。
私は母の手を握り直し、窓の外の明るい庭へ目を向けた。彼女の家の庭には、ほかにどんな花が咲くのだろう。話の続きが、少し気になった。




