第3話 お嬢さんの「したいこと」
窓辺の席に着くと、大人たちが私たちの前に、小さな取っ手のついた器と焼き菓子の皿を並べてくれた。
器の中は、子どもでもすぐに飲めるよう、ほんのり温かく冷ました甘い香りのミルクだ。熱い茶器や重い皿は、少し離れた大人の卓に置かれている。
私は器の取っ手に指をかけようとして、小さく首をかしげた。前世のように片手で上品に持ち上げたいのに、三歳の短い指では心もとない。結局、両手で器を包み込むようにして持ち、一口飲んだ。
隣の席を見ると、オティリエも同じように両手で器を持っていた。背筋を伸ばして一口飲むと、膝の上へ綺麗に手を戻す。
卓の上のお皿には、丸いクッキーと、白い砂糖のかかった細長い焼き菓子が並んでいた。母が「アシェル、オティリエさん。どうぞ、好きなものを召し上がってね」と声をかけると、お嬢さんはお皿を見てから、ちらりと大人たちの顔をうかがった。
私はお皿のほうへ少し身を乗り出して、彼女に尋ねた。
「どれが、すき?」
お嬢さんは私を見て、少し考えるように瞬きをした。それから、小さな指で、白い砂糖のかかった細長いお菓子を指さした。
「……この、しろいの」
「ぼくはね、こっちのまるいの」
私が丸いクッキーを指さすと、乳母がそれぞれの小皿へお菓子を取り分けてくれた。同じものを選ばなくても、お互いのお皿に好きなものが乗っているだけで、なんだか楽しい。
お嬢さんは白いお菓子を一口かじり、頬に手を当てて、とても小さな声で「おいしい」と言った。
お茶とお菓子がひと段落すると、絨毯の上に、角を丸く削った木の積み木が用意された。大人たちはすぐ手が届く長椅子で見守りながら、私たち二人の場所を作ってくれる。
「いっしょに、あそぼう」
「はい」
絨毯の上に並んで座り、私は木の箱から四角い積み木を取り出した。せっかくなら、彼女が喜ぶような立派なお城を作ってあげたい。
頭の中では、左右の整った高い塔が思い浮かんでいる。ところが、いざ三歳の指先で積んでみると、三段目で端がずれ、四段目を乗せたところで、ことんと前に崩れてしまった。
「……あれ」
もう一度同じように積んでみるが、やっぱり途中で傾いてしまう。少し焦った私の横で、お嬢さんが三角や細長い積み木をじっと見ていた。
「つぎ、なにを、つくる?」
私が尋ねると、彼女は自分の膝の上で指先を合わせてから、箱の中の低い積み木をそっと取り出した。
「……たかいのより、よこにながいの、いいですか?」
「よこにながいの?」
「はい。おにわの、おさんぽみち」
彼女は、四角い積み木を積むのではなく、絨毯の上に並べて置いてみせた。
「うん、そうしよう」
私が塔の積み木を箱へ戻しかけると、彼女の手が止まった。
「おしろは、もう、つくらないのですか?」
「……おしろも、つくりたい」
言ってから、せっかくの提案を断ったように聞こえなかったかと、私は手元の四角い木を見た。
お嬢さんは並べた二つの積み木の端を、指でなぞった。
「では、おしろまで、つなぐのは?」
私は床の上に残っていた塔の土台と、彼女の道を見比べた。
「ここに、おしろ。こっちが、おにわ?」
「はい。ここを、とおって、いくんです」
彼女の指が二つの場所を行き来する。私はもう一度、土台の上に四角い木を乗せた。三つ目を持ち上げると、隣から小さな声がした。
「また、たおれませんか?」
「……ちょっと、たかすぎるかな」
二つで止めて三角の屋根を置くと、今度は倒れなかった。壮麗な王城のつもりが、ずいぶんこぢんまりした。
「これなら、おさんぽから、すぐ、かえれますね」
お嬢さんが言うので、私は小さなお城を少しだけ道へ近づけた。
「ねむくなっても、すぐだね」
彼女がうなずき、残りの積み木を私のほうにも寄せてくれる。
「どこに、ならべる?」
「ここから、あっちまで」
私たちは二人で、四角い積み木を横へ横へとつなげていった。高い塔と違って、並べるだけなら小さな手でもしっかり置ける。道の途中に、お嬢さんが三角の積み木を門のように置いた。
そのとき、彼女の袖口が端の積み木に触れて、門がことりと倒れた。
お嬢さんが、はっと息を呑んで肩をすくめた。すぐに大人たちのほうを見る。
母も付き添いの大人も、叱ったり注意したりせず、穏やかに見守っていた。乳母が「大丈夫ですよ。壊れていませんから」と声をかける。
私は倒れた積み木に手を出さず、お嬢さんの顔を見た。
「もういっかい、おなじにする? それとも、べつのにする?」
お嬢さんは倒れた三角の積み木を見つめ、少ししてから、自分でそれを拾い上げた。そして、今度は少しだけ間隔を広げて、道の両側に二つ並べて置いた。
「……こうすると、とおれます」
「ほんとだ。ひろくなったね」
私が指先をトコトコと歩かせて、その門の間を通してみせると、お嬢さんの目元がふわりと細まった。
「ふふっ」
さっきまでの礼儀正しい微笑みではなく、思わずこぼれたような、柔らかな笑い声だった。
彼女はもう一つ、丸い積み木を手に取ると、私のほうを見て言った。
「つぎは、ここにおはなを、おいてもいいですか?」
「うん。どこに、おく?」
お嬢さんが花を置き、私はお城から続く道をもう一つ延ばした。彼女の指が、その道をたどって門までやってくる。私も隣に指を置いて、一緒に庭へ入った。




