第九話 選ばれていない者
選ばれた者に価値がある。
そう、誰もが思っている。
だが――
“選ばれていない者”は、本当に価値がないのか?
光が、乱れていた。
円盤の表面を走る線が、不規則に揺れている。
今までとは明らかに違う。
「予測が合わない……!」
研究員の声が響く。
「分岐が増えている!」
「収束しない!」
混乱が広がる。
だが――
トシノリは、静かだった。
円盤に触れたまま、目を閉じる。
「……見えてるんだろ」
小さく、呟く。
返事はない。
だが。
“いる”。
確かに。
「だったらさ」
ゆっくりと、目を開く。
「ちゃんと見とけよ」
その声は、はっきりしていた。
ルルが、息を呑む。
トシノリの雰囲気が、変わっている。
「俺はな」
一歩、踏み込む。
円盤に、さらに近づく。
「選ばれてねえんだろ?」
光が、大きく揺れる。
まるで、その言葉に反応するように。
「だったら」
拳を握る。
「関係ねえよな」
沈黙。
だが、その沈黙は――
“見ている”沈黙だった。
ルルが、小さく呟く。
「……トシノリ」
その声には、わずかな緊張が混じっている。
トシノリは、振り向かない。
ただ、前を見る。
「今までさ」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「全部、決まってたみたいに感じてた」
一拍。
「でも違うんだろ」
円盤を、強く見据える。
「お前ら、“決めてる”んじゃない」
光が、さらに乱れる。
「見てるだけだ」
その瞬間。
空気が、変わる。
ルルの目が、大きく見開かれる。
研究員たちも、言葉を失う。
トシノリは、続ける。
「だったらさ」
一歩。
さらに踏み込む。
「俺が何を選ぶかは、俺が決める」
光が、弾けるように広がる。
予測不能。
制御不能。
「分岐が……!」
「こんなの、あり得ない!」
叫び声。
だが、トシノリは動じない。
「“選ばれてない”ってことはさ」
一拍。
「枠の外ってことだろ?」
その言葉に。
ルルの表情が、変わる。
理解した。
完全に。
「……そう」
小さく、呟く。
「そういうこと」
トシノリは、ゆっくりと笑った。
「だったらさ」
手に、力を込める。
「好きにやれるってことだ」
その瞬間。
円盤の光が――
完全に“崩れる”。
線が、バラバラに分解される。
形を失う。
まるで。
“理解できない”ものを前にしたかのように。
「……なんだ、これ」
誰かが呟く。
ルルが、静かに言う。
「予測不能状態」
一拍。
「初めてよ」
その言葉に、全員が息を呑む。
トシノリは、円盤から手を離した。
光が、消える。
静寂。
だが、それは――
“今までとは違う沈黙”だった。
「……なあ、ルル」
振り向く。
その顔は、どこか吹っ切れていた。
「これさ」
一拍。
「困ってるよな」
ルルは、少しだけ微笑んだ。
「ええ」
そして。
はっきりと、言う。
「観測できないものは、扱えない」
その言葉に。
トシノリは、深く頷いた。
「じゃあさ」
拳を、軽く握る。
「勝ちじゃね?」
一瞬。
空気が止まる。
そして。
ルルが、くすっと笑った。
「……まだよ」
その目が、少しだけ鋭くなる。
「向こうも、気づいたから」
トシノリの表情が、わずかに変わる。
「……何にだよ」
ルルは、静かに言った。
「あなたに」
その瞬間。
天井の光が、ゆっくりと明滅する。
今までとは違う。
規則的。
まるで――
“合図”のように。




