第三話 沈黙する円盤
それは、壊れているわけではなかった。
“動く必要がないだけ”だった。
白い光が、視界を覆っていた。
気づいた時には、そこにいた。
無機質な空間。
壁も、床も、天井も。
すべてが同じ色で塗りつぶされている。
「……ここ」
トシノリは、ゆっくりと身を起こした。
記憶が、少し遅れて戻ってくる。
円盤。
兵士。
包囲。
「……捕まった、のか」
隣を見る。
ルルがいる。
座ったまま、動かない。
だが――
その目は、閉じていなかった。
「ルル?」
呼びかける。
「……いるわ」
静かな声。
だが、その声にはわずかな違和感があった。
“注意している”声。
トシノリは、周囲を見回す。
扉は一つ。
窓はない。
完全な隔離。
「……やばいな、これ」
軽く言ってみる。
だが、冗談にはならなかった。
その時。
カチッ。
扉が開く。
男が一人、入ってくる。
白衣。
無表情。
「目覚めたか」
抑揚のない声。
トシノリは、眉をひそめる。
「ここ、どこだよ」
男は答えない。
ただ、タブレットのような装置を見ている。
「質問に答えろ」
「そっちだろ」
一瞬、沈黙。
男は、ゆっくりと顔を上げた。
「お前たちは、なぜあの地点にいた」
“あの地点”。
トシノリは、答えに詰まる。
偶然。
そう言えばいいのか。
だが。
ルルが、先に口を開いた。
「見つけたからよ」
男の動きが、止まる。
ほんのわずか。
だが、確実に。
「……何をだ」
「あなたたちが、見つけた“つもりのもの”」
空気が、変わる。
トシノリは、ルルを見る。
その表情は、いつもより冷たかった。
男は、しばらく黙ったあと――
「検査を行う」
それだけ言って、振り返る。
「来い」
拒否権はなかった。
通路を歩く。
白い。
長い。
終わりが見えない。
「……なあ」
トシノリが小さく言う。
「さっきの、どういう意味だよ」
ルルは、少しだけ間を置いてから答えた。
「まだ、確定じゃない」
「でも?」
「……“違う”」
それだけ。
それ以上は言わない。
やがて。
大きな扉の前で止まる。
重い音を立てて、開く。
その先にあったのは――
円盤だった。
クレーターで見たものと同じ。
だが今は、無数の装置に囲まれている。
光。
ケーブル。
解析機器。
完全に“研究対象”になっている。
トシノリは、息を呑んだ。
「……やっぱり、本物か」
だが。
ルルは、何も言わない。
ただ、じっと見ている。
男が言う。
「これは、起動しない」
「は?」
「どれだけのエネルギーを与えても、反応しない」
トシノリは、眉をひそめる。
「でも昨日――」
言いかけて、止まる。
“昨日”。
反応した。
確かに。
男が続ける。
「だが、例外がある」
その視線が、ゆっくりと動く。
トシノリに向く。
「……お前だ」
空気が、凍る。
「は?」
「接触しろ」
短い命令。
トシノリは、思わずルルを見る。
ルルは――
止めなかった。
ただ、小さく頷いた。
「……やって」
その声は、静かだった。
トシノリは、ゆっくりと歩き出す。
一歩。
また一歩。
円盤に近づく。
心臓の音が、大きくなる。
「……なんなんだよ、これ」
手を伸ばす。
触れる。
その瞬間。
――反応した。
光が走る。
昨日と同じ。
いや、それ以上。
円盤全体に、線が広がる。
呼吸するように。
生きているように。
装置の数値が、一斉に跳ね上がる。
「……なんだこれは」
誰かが呟く。
男の目が、見開かれる。
だが。
トシノリの耳には、別の音が届いていた。
“声”。
言葉ではない。
意味でもない。
だが、確かに――
“呼ばれている”。
トシノリは、息を呑む。
「……ルル」
振り向く。
ルルは、すでに理解していた。
その目が、静かに揺れる。
「やっぱり」
小さく、呟く。
「これ……」
一拍。
そして。
「待ってたのよ」
「……え?」
トシノリが固まる。
その瞬間。
光が、止まる。
円盤は、再び沈黙する。
何事もなかったかのように。
装置の数値も、ゼロに戻る。
沈黙。
誰も動かない。
ただ一人。
ルルだけが、確信していた。
「……違う」
誰にともなく、呟く。
「これは、動かないんじゃない」
その瞳が、わずかに細くなる。
「“必要な時しか動かない”のよ」




