第149話・神々のお願いとは(スフレチーズケーキ、季節の果物を添えて)
「グスッ……美味しいです、ご飯がとっても美味しいです……」
三人の女神さまに見守られて、ちっちゃな女神さまが嬉しそうに食事を続けている。
といっても、流石にあれだけの量の料理を一人で平らげることは出来ないようで、ようやく三女神さま達も食事を開始。
この様子だと、あと30分ぐらいは掛かるだろうなぁ。
「さてと、それじゃあ、こっちはデザートの用意でもしますかねぇ。ヘーゼル・ウッド様、この聖域でも俺の恩恵は働きますか?」
「ングング……ん、ええ、ユウヤさんは私の使徒でもありますので、神の聖域でもユニークスキルは発現しますのでご安心ください」
「はは、そいつはありがたい。それじゃあ、この辺りをお借りしますよ」
――シュンッ
さて、一般の人目に付かない場所なら、遠慮なしでやらせてもらっても大丈夫だな。
とはいえ作るものはデザート、俺はそっち方面にはあまり詳しくはないのだが、幸いなことに生前は【従業員のデザート勝負】というイベントをやっていた事があってね。
俺と耕平、あとはアルバイトの田畑さんと山本さんの4人でデザートを作り、それをお客さんに食べて貰って票を入れて貰うといった趣向を凝らしたイベントをやった事がある。
「はは。あの時は俺と耕平がバイト勢に負けたんだよなぁ」
プロの料理人としてそれはどうよと思ったんだが、うちの客層の好みまで考えずにやっちまったからなぁ。その時のバイト勢のレシピは残してあったので、今からそいつを作る事にした。
「ええっと、デザート系は計量がすべて。目分量は禁止……と」
まず、クリームチーズを180g、牛乳が20ccと生クリームを20cc。ここに卵黄を3個分、今日はM玉を使用。卵白はメレンゲにするので別のボウルに入れておくこと。そして薄力粉を30gとレモンの搾り汁を小さじ二つ。
作り方はしっかりと手順を間違わないように……と。
まず、クリームチーズをゆっくりと、練るように混ぜる。
形がなくなるまで練り込めたら、次に卵黄を一つずつ入れてさらに練る。
しっかりと練り終わったら、ここに牛乳と生クリームを混ぜたものを少しずつ入れて更に混ぜていく。牛乳は3回ぐらいに分けて入れると混ぜやすい。
一度に入れて、えらく時間が掛かった事があったよなぁ。
ここにレモンのしぼり汁も加えてさっと混ぜたのち、薄力粉をふるいにかけて混ぜていく。
ここではあまりしつこく混ぜないように、全体的にしっとりと混ざればいい。
「ここで無理して延々と混ぜると、時間だけが掛かって仕方がないからなぁ」
ここで一旦、冷蔵庫へ。
そして卵白の入っているボウルに砂糖を加え、ホイッパーで景気よく混ぜる。
要はメレンゲを作るので、氷水の入ったボウルの中に浮かべるようにして混ぜると案外簡単に混ざっていく。後は軽く持ち上げて角が立つ程度に仕上がるまで根気よく。
まあ、電動のホイッパーがあればそれで楽なんだけれど、どうしても手で混ぜる方が気分的に良くてね。
「よし、角も立った事だし、後はさっき作った生地に混ぜるだけ……と」
メレンゲを生地に混ぜるコツ。
よく、ふんわりと混ぜるという人もいるが、俺は最初はしっかりと混ぜる。
という事で、メレンゲの全体量から1/4を生地に入れると、ホイッパーでしっかりと混ぜ合わせる。
「そして次に、残りのメレンゲの半分を生地に入れて、切るように混ぜ合わせる」
ここではよく言う『切るように混ぜる』ってやつ。
そしてこれが終わったら残りのメレンゲを加え、しっかりと混ぜ合わせることで生地は完成。
メレンゲを混ぜる時も、氷水の入ったボウルに記事の入ったボウルを浮かべるようにしてやると、意外と簡単。効果の程はさておきという事で。
完成した記事をデコ型、俗にいうケーキ用の型枠に流し込むのだが、先にデコ型の内枠と底の部分にサラダ油をさっと引き、クッキングシートを貼っておく事を忘れずに。
それと、敷いた後のクッキングシートの表面にも油を塗る事、後で面倒な事になってしまうからね。
「さて、後はオーブンで焼くだけだが……ちょいとずるをしますかねぇ」
――シュンッ
一度、越境庵に戻ってオーブンを使用。
時間操作でオーブンの温度を一気に上げたのち、120度まで下げる。
そして先ほどのデコ型をオーブンで『湯煎焼き』して完成。焼きあがるまでの時間はおおよそ50分から70分程度、途中で焼きあがり具合を確認してもよい。
竹ぐしを軽く差して、生の生地がくっついて来なくなったらよし。
「ふむ。大体こんな感じか」
本来は焼き上がったスフレチーズケーキをケーキクーラーに乗せて粗熱を取った後、冷蔵庫に入れて一晩程度冷ましておくと美味しく仕上がる。まあ、うちの場合は粗熱取りと冷蔵庫で冷やす時間もすべてコントロールできるから、パティシエには反則過ぎるって怒られそうだけれどね。
「よし、あとはデコレーションだな」
ここからは聖域に戻り作業開始。
季節の果物を飾り切りし、8等分したスフレチーズケーキをさらに取り分けたのち、ホイップクリームとカットフルーツ、冷凍庫にストックしてあったガトーショコラを一口大にカットして一緒に盛り付けて完成。うむ、丁度食事も終わりそうなので、デザートを持っていくには十分。
それじゃあ、提供するとしますかねぇ。
………
……
…
「という事で、お待たせしました。デザートはスフレチーズケーキです。季節の果物とガトーショコラを添えてあります。追加分も用意してありま……あれ?」
「ふふん。ユウヤ殿がデザートを作っていると聞いてな、せっかくやから楽しませて貰う事にしたんや」
あ、どちらの女神かと思ったら、商いの女神タマ=イナリさまでしたか。
まあ、スフレチーズケーキは予備も焼いてあるので、どうぞ楽しんでいってください。
「では、もう一皿ですね。ちなみにですが、他の神々の皆さんは?」
「別件で用事があるやつばかりやからなぁ。うちが留守番代表としてやって来たという所やな。それでジ・マクアレン様、その子が噂の?」
「ええ。詳しい話はまた後程、今はユウヤさんの料理を楽しむ事にしましょう」
そうジ・マクアレン様がおっしゃったので、食事会は再開。
ちっちゃい女神様も交えて、本当に楽しそうに食事を続けていた。
俺も今の内に、スフレチーズケーキをいくつか作り置きして時間停止処理をしておく事にしたのだが、丁度その作業が終わった辺りでジ・マクアレン様が俺の方にやって来た。
「ユウヤ店長、本日はお手数をお掛けしました」
「いえ、神様への供物のようなものですから。俺も、日々見守ってくれている神様にお礼をと思っていたところですので。それで、あのちっちゃい女神様はどちらかの眷属でしょうか?」
そう問いかけたところ、ジ・マクアレン様は頭を左右に振っている。
それに表情も、さっきとは違いどことなく陰りが見えている。
「いえ、そうですね。ユウヤさんには事情を説明しておきましょう。あの子はとある国の第一王女の魂です。邪神の呪いで衰弱死という運命を課せられており、今は清浄なる結界の中でしか生きることはできません。また、食事についても神々の供物に等しいものしか取る事が出来ず、ついに先日、何も食事を取る事が出来ず倒れてしまいました」
そう告げつつ、ちらりと第一王女の方を見るジ・マクアレン様。
何か事情があるとは思っていたが、まさか女神ではなく普通の人間だったとは。
「それで、倒れた後はどうなさったのですか?」
「私と月の女神カタルーニャが彼女を発見し、その魂を一時的に聖域へと避難させました。肉体については冥王リヴザルトが反転の術式にて体力を回復していたのですが、魂の衰弱が激しく。今一度、生きる活力を与えるべく、この聖域にて彼女の魂を癒そうと思いまして」
「それで、俺の料理を……という事でしたか」
そう問い返すと、ジ・マクアレン様が静かに頷いている。
「運命の女神ヘーゼル・ウッドの眷属であるあなたが作った料理。それは魂を癒すためには最適であると思いましたので。おかげで、あの子の魂は生きるための活力を取り戻す事が出来ました」
「それはよかったです。ですが、今の説明から察しますと、一時しのぎにしかならないのではと思いましたが。なにかこう、決定打となるような解決方法はないのでしょうか」
そう問い掛けると、こちらの様子に気が付いた運命の女神ヘーゼル・ウッド様が近寄って来る。
「かの邪神は私たちと同等の力を持つ存在。それに、神域での盟約を破って逃げてしまったゆえ、探し出すにもかなり苦労しました」
「ということは、邪神はすでに捕らえたという事ですか」
「ええ、といっても、ほんの一部。分体と呼ばれているものを捕らえただけに過ぎません。本体はすでに、別世界に逃げ延びてしまいました。私たち神々は盟約により、異世界へと向かう際には神威をほぼゼロにしなくてはならず。そのような状態では、邪神本体を捕まえる事は不可能だったのです」
悲痛な表情を見せるヘーゼル・ウッド様。
その様子にジ・マクアレン様も気が付いたらしく、彼女の肩にそっと手を置いた。
「それらは全て過去の話。今は、あの子に施された衰弱の呪いを解く事が先決です。とはいえ、私の力をもってしても、邪神の呪いを解く事は出来ません。その為に、あの子に生きる活力を与え、呪いに打ち勝つだけの心を取り戻して欲しかったのです」
「要は、気の持ちようというところですか」
「それに近いですね。あの子は月の女神カタルーニャの加護を持つ巫女。ゆえに、定期的に【月光の儀式】を執り行い続ける事が出来れば、いずれは呪いも消滅する筈なのです」
ははぁ、その儀式を執り行う事が出来ない程、あの子は衰弱してしまったという事か。
それをどうにかするために、まずは心を癒し活力を取り戻してもらう為に一席設けたというところだったのか。
そう考えていると、ヘーゼル・ウッド様がこちらを見て頷いている。
「まさにその通りです。ただ、今日一日ではあの子の活力を完全に癒す事が出来ません。また日を改めて、今日のように料理を供していただければと思いまして」
「それなら、俺が直接、彼女のもとで料理を作ってあげる方がいいのでは? そうすれば肉体も精神も同時に癒せるのではないでしょうか」
そう告げると、ジ・マクアレン様もヘーゼル・ウッド様も困ったような顔をして見せた。
「それができない場所にいるのですよ」
「あの子はウルス・バルト王国の第一王女。ウルス・アーラック・リトルミルがあの子の名前です。現在、ウィシュケ・ビャハ王国と国境沿いで紛争を行っている国。ユウヤさんも、かの国の外交使節団とは一度お会いしたことがありますよね?」
なんてこった。
よりにもよって、紛争先の王女様かよ。
そうなると直接向かう事はほぼ不可能っていう事になるし、逆に結界に守られて生きているということは、こちらに来ていただくっていう選択肢も無理か。
「そういう事なのです。ですから優也さんには、こちらの聖域で食事を供していただけるようお願いしたいのです」
「お願いします。邪神の呪いについては、解呪術式を構築しているところです。ですから今しばらくは、彼女に生きる活力を」
そうまで頼まれると、こちらとしても一肌脱ぐしかない。
普段から女神さま達には色々とお世話になっているからね。
「かしこまりました。不肖、この有働優也、女神さまのお力になると誓いましょう」
さて、そうなると王女様の興味を引く料理を供する必要があるか。
見た感じ、まだ小学生かもう少し上っていうところだから、子供に人気のメニューを考えてみますか。




