第150話・子供の飽きないメニューとは(子供たち大好きベスト3)
第三城塞の聖光教会を後にして、俺は急ぎユウヤの酒場へと戻った。
ちょいと遅れたが、今からなら夜営業に間に合う。
まあ、あのちっちゃな王女さまの事について色々と検討をしてみたいという事もあったので、仕事がてら色々と試すことにした。
「呪いによって衰弱してしまう。それを取り除く為の儀式を続けるためには、あの子にとって生きる為の力というか、そういった強い意志を持ってもらう必要がある。という事は、定期的に俺の食事を取ってもらうという事と、食べる事に喜びを持ってもらわなくてはならないという事か」
課題は難題、だが、人の命が掛かっている以上、適当な事をしてはいけない。
グッドよりはベター。そして求めるものはベスト。
食べた人に笑顔を届けるのは、料理人にとって最高の課題であり目標。
俺も親方衆から、嫌っていうぐらいに教え込まれた。
おかげで、人に楽しんで貰う事、食べて笑顔になってもらうっていう喜びについてはしっかりと自分の中の基礎として構築されつつある。
いつまでも修行、この気持ちも忘れずに。
「はぁ、こりゃあこっちの世界に来て初めての難題だなぁ。とはいえ、食べてもらう喜びについては、持てるレシピの全てをさらけ出してでもどうにかしなくてはならないということか」
――ガチャッ
そんなことを独り言ちっている内に、ふと気が付くと店の前。
さて、仕込みでも始めようかと店内に入ると、ちょうどマリアンとシャットの二人が店内掃除の真っ最中だった。
「あ、おかえりだにゃ」
「あ、夜営業ギリギリでしたね。このまま帰って来ないのなら、本日休業の看板を出そうかとシャットと話していたところでした」
「ああ、そいつは済まなかったな。ちょいと遅れたが、いつも通りに店は開くのでよろしく。それで、今日は二人とも従業員でいいのか?」
マリアンとシャット、二人の夜営業時の仕事についてはある程度自由にしてもらっている。
とはいえ、当初の契約では月に10日ほどは夜の仕事の手伝いもしなくてはならないので、どういうシフトで仕事をするかは任せている。
「今日は私が出番でシャットは休みです。まあ、シャットはお客として飲んでいるそうで、忙しくなって来たら手伝うという事ですよね?」
「そういうこと。それで、今日の賄いは何が出るのかにゃ?」
「はは、まだ賄い飯には早いんじゃないか? とりあえず、期待して待っていろって」
ということで【営業中】の看板を出して夜営業を開始。
今の時期は日が落ちるのが遅く、周囲が暗くなり始めるのは夜の7時ごろ。
その辺りで常連さんたちがぽつりぽつりと顔を出してくるので、定番メニューである焼き鳥や豚の角煮、日替わりのおすすめなどを作ってのんびりと営業を続ける。
その合間合間に、リトルミル王女の為の料理を考える必要もある。
「さてと、確か、以前ケーブルテレビのバラエティ番組でやっていた子供の好きなメニューランキングでは……」
確かメモがあったはずと思い、一旦裏の倉庫に向かうふりをしてそのまま越境庵の事務室へ。
そこにあるファイルを一つ手に取って店に戻ると、その中からいくつかの料理を仕込み始める。
まあ、一つ目は簡単なやつで。
俺の得意料理の一つである【ザンギ】である。
作り方についてはさんざんやって来たので敢えて割愛……と行きたいが、今回は店に出せないオリジナルのレシピなど。
普通に作る場合は、肉を漬け込むときの割合は【醤油3:酒5:オレンジジュース2】、ここに中華スープの素と塩を少々。だが、今回の割合は【醤油3:酒1:オレンジジュース6】、それもオレンジジュースは果汁100%のものではなく炭酸飲料のやつ。
ほら、3年〇組○○先生っていうCMで評判のあのオレンジ、あれを使用。
あとは作り方はすべて同じなので、いったんは厨房倉庫経由で低温で時間加速処理。
この間に、子供の好きなメニューのナンバー2を仕込む。
「さて、次は……と、その前に鶏のモモ焼きを二人前と氷下魚、開きホッケ一つとつくねのタレが4人前と……」
ちょうどマリアンがオーダーを持ってきたので、先にそれに取り掛かる。
気が付くとカウンターの向こうにはグレンガイルさんとアベルの二人も座って酒を酌み交わしている。あ、ミーシャはシャットと一緒に飲んでいるのか。今日は別の冒険者も同行しているのね、了解さん。
――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
肉が焼けて零れる肉汁、それが炭の上に落ちてジュッと脂が火に爆ぜる。
香ばしい煙が立ち込め、店内に美味しそうな匂いが漂い始めると、誰となく焼き鳥の追加を叫び始める。
うん、焼鳥屋ってこういう感じで追加注文が入るよなぁと、厨房倉庫から焼き鳥の並べられているバットを取り出して焼き台の上に串を並べていく。
そしてある程度オーダーを回してから、次の仕込みの開始。
「子供の大好きなメニューその2。そういえば、越境庵や露店では殆ど作ったことがなかったなぁ」
という事で仕込むのはハンバーグ。
確か以前、持ち込まれたウサギやドラゴンの肉で作ったことはあったけれど、完全オリジナルで作るのは初めてかもしれない。とはいえ、このレシピも実は耕平の研究ノートから拝借したもの。
俺と違って、耕平は和食だけではなくあちこちで修行をしていたから、洋食のレシピも豊富にある。
まあ、その中で俺がしっかりと再現できるものはそれほど多くはなく、大抵は【なんちゃって洋食】の域を出ることはない。
まあ、そういったことは棚に置いておくとして、さっそく仕込みを始めるとしますか。
必要な材料は挽肉、今回は牛豚合い挽きを使用。あとは玉ねぎとパン粉、卵、マヨネーズ、白味噌。
そして作り方は、以前ここで作ったウサギ肉のハンバーグとほぼ同じ。
みじん切りにした玉ねぎを炒めて飴色玉ねぎを作り、よく冷ましておくところとかは一緒だな。
あとはひき肉と玉ねぎ、全卵、パン粉と牛乳、マヨネーズと白味噌を加えてよく練り込む。
今回はしっかりと混ぜ合わせた後、いったん冷蔵庫に入れてタネを冷やしておく。
大人向けではなく、子供の好きなハンバーグという事を忘れずに。
肉を粗みじんにして食感を楽しむのではなく、ハンバーグのバランスの取れた味わいを楽しんで貰う。
ということで、ソースもデミグラスソースを使った簡単なもの。
「さて、時間加速してあったので、いい感じに冷めてきたな」
ちょいと冷蔵庫からハンバーグタネの入っているボウルを取り出して温度の確認。
しっかりと冷えているため、タネもまとまっていてやや硬い。
ちなみに調味料の比率については今回も内緒だが、肉にしっかりと味をつけるのではないと言っておけば、ある程度は予測はできるだろう。
あと、臭み消しにナツメグを少しだけ加えてもいいかもしれない。
「後は小判型に成形して焼くだけだが……ちょいと待てよ」
ここで終わってしまうのも面白みがない。
それなら、もう少し仕込んでみますか。
今日の分はあくまでも試食……と思っていたのだが、ちょいと悪い癖でいつものように多めに作り込んでしまった。それならそれで、今日の賄いにでも回してみてもいいかもしれない。
「続いてスパゲティナポリタン。パスタじゃなくスパゲティな」
ナポリにないけれどナポリタンとは如何に、というネタがあるぐらいの、お子様大好きスパゲティ。とはいえ、こっちで作るのはやはり初めてかもしれない。
とはいえ、誰でも知っている通り、ナポリタンはそれほど難しいメニューではない。
「使う材料は……と、その前に、お待たせしました、鳥串のタレと塩、あとは追加の枝豆です。グレンガイルさんには冷奴に搾菜のみじん切りを添えて……あとは、これでしたか?」
小皿に少しだけ『食べる辣油』を添えて出す。
こいつはうちのオリジナルで、作り方についてはまた後日。
「おおお、そうそう、このビリッと辛い奴がなくてはなぁ。アベルもたまには、大人の料理というものを勉強したほうがよいぞ」
「そんな辛いだけの食べ物よりも、俺はこの焼き鳥のたれがあるから結構。ほんと、どうしてドワーフって、辛い物や酒が好きなんだろうねぇ。ユウヤ店長もそう思わないかい?」
「はは。酒飲みの好みっていうのは千差万別。辛い物やしょっぱいものは確かに酒が進みますけれど、酒に甘いものを合わせる人だっていますからねぇ」
この辺り、語り始めるととめどなくなってしまうのだが、たまにはいいかもしれない。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・【隠れ居酒屋・越境庵~】一巻が6月10日、ツギクルブックスより発売です。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




