第147話・ユウヤの立場と、いつもの日常(ローストビーフ丼と耕平特製牛丼、温泉卵を添えて)
さて。
無事にヴィシュケ・ビャハ王国に帰って来た俺たち。
あのあとすぐにアイリッシュ王女殿下は王城へと帰還。
そして一連の報告を父である国王陛下に行ったところ、即日でフォーティファイド王国へ親書が送り出されたらしく。
それを受けたフォーティファイド王国側の対応については、俺もよく分からない。
ただ、先日の夜にアイリッシュ王女殿下が食事にいらっしゃった時、【危なく国交断絶になるところでしたわ】という報告を受けた。
そして、俺達を誘拐しようとした理由についても定かではないものの、フォーティファイド王国の一部貴族がウルス・バルト王国の外交使節団の者と結託し、隠密裏に俺と王女殿下を誘拐しようとしたという事実だけが伝えられてきたとか。
どうにも外交使節団長とフォーティファイド王国政府関係者の知らないうちに進められていた計画らしく、フォーティファイド王国側の貴族は貴族位剥奪および辺境送りという、あの国で最も重い刑に処されたとか。
なお、ウルス・バルト王国側については定かではないものの、あの国の内情を考えるに処刑もありえるとか。
これに伴い、俺は当面の間は他国へ行かない方が良いというありがたいお言葉を書面で授かりましたよ、国王陛下から。
どうやら俺が精霊の女神から加護を得たという事は各国の大聖堂から公式に告げられる為、俺個人としての他国への旅行はお勧めしないとか。
神の加護を得るというのは、基本的には聖光教会関係者や王族に与えられるのが大半らしく、そういった方々はホイホイと気楽に諸外国へ旅などしないのでそれほど気に病む事はないらしい。
だが、俺は名誉だけとはいえ伯爵位を授かっている、そのような人が加護を得ようものなら、他国からの引き抜きに遭う事が目に見えているとか。
ということで、今しばらくは国内でのんびりとしている方がいいというお達しを貰ったので、今日ものんびりと再開したランチタイムを満喫中。
なお、今日のランチメニューは数量限定で【ローストビーフ丼】、それと普通に牛丼を仕込んである。
まあ、牛丼については俺の弟が研究していたもので、俺も作り方を教わって何度か作っただけ。
耕平がまだ学生だった時代、部活帰りにほぼ毎日のように大手チェーンの牛丼屋に通っていたぐらいの好物だったからなぁ。
ちなみに作り方は結構簡単で、材料は牛バラ肉と玉ねぎ、そして好みで白滝を使用している。
まず、牛バラ肉は厚さ2ミリ程度の薄切りを用意し、軽く酒と少々の塩でもみ洗いしておく。
これを怠ると牛肉特有の『臭み』が残るので、面倒でもやっておくといい。
そして揉み洗いしたのち、流水でさっと塩気を取り除いてザルに上げておく。
次は玉ねぎ。
これは薄めの櫛切りにして置いたのち、手でほぐしておく。
白滝も食べやすい大きさにザク切りにして、熱湯を通しておくといい。
白滝も結構、臭みが出ることがあるからなぁ。
「さて、ここで問題なのは、煮込むための煮汁。これがまた、耕平らしいというかなんというか」
日本酒を鍋に注ぎ、さっと火をつけて軽く沸騰させる。
そののち、少しだけ火元から離して軽く鍋を振るい、鍋肌で蒸発する酒に火をつける。
俗にいう『アルコールを飛ばす』っていう工程で、これが終わり火がつかなくなった時点でかつおだし汁を加え、砂糖と醤油で薄めのあたりを取る。
分量的には出汁500cc:砂糖大匙2:昆布醤油40cc。ここでのカギは、醤油は濃口ではなく昆布醤油というところだな。
和食でいう味付けの際に使う醤油には『昆布醤油』は使用しない。
というセオリーの中で、耕平はあえて昆布醤油を使い昆布の風味を少しだけ出していた。
さて、出汁の割合ができたなら弱火にかけたのち、玉ねぎを加えてさっと火を通す。
ここでの火の通り具合は8割程度、この後牛バラ肉も加えるので、あまり煮過ぎて食感が消えてしまうと駄目だとか。
「ふむ……大体このぐらいだな。ここで牛バラスライス肉をほぐしつつ加えて……」
肉に火が入るように、弱火から中火ぐらいでコトコトと煮込む。決して沸騰させず、アクは丁寧に取ること。まあ、先に塩と酒でもんであるので、それほど大量にアクは出てこないが。
味に曇りが出ることもあるので、アクは取っておいた方がいい。
そして肉に火が通ったあたりで白滝を加え、軽く煮立ちしたら火を止めて完成。
「そして、牛丼は仕込んでからすぐには食べられない……と」
実は、ここから一度、冷ます必要がある。
というのも、煮物に味が染みこむタイミングは冷める工程。
つまり一度冷ましたのち、必要分だけ小鍋に入れて火を通し直すという、実に面倒な手順を踏む必要がある。
特にこの『耕平製牛丼のアタマ』は、冷ます工程を怠ると途端に美味しさが半減するとか。
ということで、ここまでの工程を昨晩のうちに終わらせておいたので、今朝は大量のご飯を炊いたのち、寸胴で仕込んだ牛丼を火に掛けて温めてある。
温玉は盛り付けのタイミングで割る必要があるので手間はかかるものの、今日は20人前限定なのでそれほど手間にはならないだろう。
「ということで、今日のランチのメニューは牛丼だな。まず、使い捨ての耐熱どんぶりにご飯を盛ったのち、少しだけ汁気を切った牛丼のアタマをこう乗せて、仕上げは天に紅しょうがを添えて出来上がりだな」
すでにシャットとマリアンは開店前の掃除を終えて今はスタンバイの真っ最中。
次々と缶ジュースをクーラーボックスに入れているシャットと、俺の近くで手順を確認しているマリアン。しっかりとメモを取るようになっているのは凄いと思うが。
「ユウヤぁ、牛丼の頭っていう事は、尻尾とかもあるのかにゃ?」
「ああ、アタマっていうのはそういう意味じゃなくてね。ご飯の上に掛ける牛丼の具材の事をアタマって呼んでいるんだ」
「ふぅん、なんか面白いにゃ」
「ということはですよ、麻婆豆腐丼のアタマというのも存在するという事ですよね?」
惜しい、それは普通の麻婆豆腐だ。
そう説明すると、マリアンが腕を組んで考え込んでしまった。
日本語がうまく翻訳されているとは思うが、このあたりの感性は翻訳されていないのかもしれないなぁ。
「麻婆豆腐のアタマはないなぁ。そもそも麻婆豆腐という料理があって、それをご飯にかけたものが麻婆豆腐丼というので。この辺りはどっちが先かというイメージで考えてみるといい。ということで、試食タイムだな」
「やったにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、あ、紅ショウガが乗っているにゃ」
「むぅ。何となくは理解出来ましたわ。では、いただきます」
「いただきますにゃ」
ということで、久しぶりの牛丼。
程よくたれがご飯に染み付いているので、掻き込むように食べられる。
温泉卵と紅ショウガのアクセントも実にいい。
これは多少多めに作り置きしておいてもいいかもしれない。
「ユウヤぁ、お代わりが欲しいにゃ。紅しょうがを一杯乗せて食べたいにゃ」
「私はもう大丈夫です。あまり食べ過ぎると、動けなくなってしまいそうですから。それに、これは味見用ですよ?」
「うにゃ……それじゃあ、閉店したらいっぱい食べるにゃ」
はいはい。
相変わらずの健啖家で、なによりだな。
あのフォーティファイド王国での騒動など、もう忘れているようで何よりだな。
さて、今日も忙しくなりそうだ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




