第146話・各国の事情あれこれと、暗躍したものたちの顛末(越境庵の裏口の秘密・完結編)
――時間・少し戻る
ユウヤ達が宿で話し合いをしている少し前。
王城にある閣議室では、国王であるハントリー・テイラー・フォーティファイドをはじめ、宰相のエステリー・ウェアハウス、国務大臣を務めるウイリアム・アバティーン、その他法務大臣や伯爵位以上の貴族と各組合関係者が集まっていた。
当然ながら、その中にはウルス・バルト王国の外交使節団団長であるサムソン・グレイウーズ卿をはじめとしたフォーティファイド王国関係者『以外』の者の姿はない。
「……やはり、精霊の女神ターシュラー様の加護を持つユウヤ・ウドウをフォーティファイド王国より外に出すことは反対です。この国にとって精霊の女神の加護というものがどれほど大切なのか、国王陛下は知らない筈がないと思いますが」
淡々と告げるのは、ユウヤが精霊の加護を得たことについて異議を唱えている伯爵家当主。
そしてそれに賛同するかのように、他家の貴族たちも手を挙げて発言を行う。
この場での発言は公式記録として残るものの、どの貴族家も一歩も引くことはない。
その下心は努めて単純。
『どの貴族家も、ターシュラー様の加護を持つユウヤを欲しているから』
これが自国の民であったなら、貴族の権限により婚姻なり養子縁組なりもっと簡単な手段を使うことができたのであるが、他国の貴族であるユウヤ・ウドウを自国内に引き留めるためには、やはり国家レベルでの圧力なり外交手段を必要とするのだが。
当然ながら、ハントリー国王はその程度の浅はかなたくらみなど重々承知。
「では、アイリッシュ王女殿下もその手を使って引き留めろと申すのか? 他国の王家の女性を? まさかユウヤ・ウドウだけを欲しての発言ということもあるまい。そのところ、どう考えるかね?」
そう横で待機しているウェアハウス宰相に問いかけると、宰相は努めて冷静に一言。
「むしろ、そのようなことは精霊の女神さまの怒りに触れる可能性も十分に考えられます。先の国王陛下のお触れの通り、アイリッシュ王女殿下並びにユウヤ・ウドウ伯爵には、気持ちよくヴィシュケ・ビャハ王国へ帰還していただくというのが外交として当然かと」
「ですが宰相殿、そうなるとヴィシュケ・ビャハ王国にターシュラー様の加護を持つものが二人も存在するという事になりますぞ。かたや我が国には、ルーチェ・デ・ラ・ヴィーテ枢機卿一人のみ。通例では加護を得られる3名のうち一人は勇者であり、残りの2名は我が国の貴族、および枢機卿から選ばれるというのが慣例ですぞ。それを、今度のような結果となってしまっては、我が国のメンツというものが崩れてしまいます」
その意見を皮切りに、あーだこーだと好き勝手な『自分なりの意見』を言い始める貴族たち。
もっとも、侯爵位より上位貴族は努めて静観。
彼らは『聖霊の女神ターシュラー様の言葉は絶対』という信念を持っているので、このあとの展開も分かっている。
「……では、貴公たちはそのメンツを、他国に対しての対面を守るために愚行をおこない、精霊の女神ターシュラー様の怒りを買うことが国益というのだな……」
「え、ええ、その通りです。しかし我々の言葉が愚行であるなどと……精霊の女神ターシュラー様は、私たちの言葉を聞き入れてくれるに違いありません。我々は崇高なる血を持つエルフです。ターシュラー様の巫女である我々の言葉を、母たるターシュラー様が聞き入れない筈はありません」
「……その言葉は……ブルイック・タンネージ男爵か。そもそも、貴様の息子が仕出かした件については、まだ結論は出ていないのだがな」
ギロリとタンネージ男爵を睨みつけるハントリー国王。
その剣幕にそれまで騒々しかった閣議室が沈黙する。
「では、今度の件、わが国としてはアイリッシュ王女殿下並びにユウヤ・ウドウ伯爵両名に対して一切の手出し無用とする。外交使節団でありターシュラー様の加護を得た方々だ、敬意をもって対応するよう。このあとの元老院での閣議においても、そう念を押して置け」
それだけを告げて、ハントリー国王は退室する。
そして宰相や国務大臣、上位貴族といった重鎮たちが退室した後。
その場には、加護を得ているユウヤを引き留めたいと画策する貴族だけが残っていた。
………
……
…
――ウルス・バルト王国控室
先日の晩餐会で供された料理、サムソン・グレイウーズ卿にとってはまさかの出来事であった。
ユウヤ・ウドウが退室したのち、グレイウーズ卿はアイリッシュ王女殿下に謁見を申し立てると、あてがわれた謁見室でこのあとのスケジュールの確認を行っていた。
もしも可能であれば、ユウヤ・ウドウを自国に招き入れたい、宮廷料理人として存分に腕を振るって欲しいということを付け加えたものの、アイリッシュ王女殿下としての答えはNo。
彼は我が国の貴族であり、王家が懇意にしている料理人でもあるということを淡々と説明すると、グレイウース卿としてはそれ以上は踏み込むことはなく、いつか外交使節団としてウルス・バルト王国にいらして欲しいという事だけを告げて引き下がった。
なお、ヴィシュケ・ビャハ王国とウルス・バルト王国は北方の地においてはいまだ領土問題での小競り合いが続いている。そのような状況で外交使節団を送り出したり、また受け入れるといったことは不可能であるので、グレイウース卿の言葉はあくまでも社交辞令という事でアイリッシュ王女殿下も受け入れたのである。
これにはグレイウース卿も納得し、またいつかユウヤ・ウドウの料理を食べたいという思いで帰国の準備をしていたのだが。
功を焦った部下というものは、えてして碌な事を考えない。
彼の部下のうち二人がこの謁見の内容をブルイック・タンネージ男爵のもとに届けると、翌日の閣議の最中に、ひそかにユウヤ・ウドウ並びにアイリッシュ王女殿下を拉致しようと画策。
ユウヤの身柄はウルス・バルト王国へと受け渡し、アイリッシュ王女殿下にはタンネージ男爵の子と婚姻し子をなしてもらおうと企んだのである。
ここでタンネージ男爵の役割は、『朝の閣議においての時間稼ぎ』と『午後からの元老院の場にグレイウース卿を招き、挨拶をお願いしたい』ということ。
当然、二人を拉致監禁するための策であり、他の貴族並びにグレイウース卿にはばれないように極秘裏に進めなくてはならなかったのだが。
このような下策が成功するはずもなく。
朝一番の閣議の最中にアイリッシュ王女殿下がユウヤの宿舎に向かったのを契機に作戦を開始したものの、彼の部屋には誰もいなかったという。
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――そして・現在
ユウヤ・ウドウの部屋に押し入ったウルス・バルト王国の外交員は警備の騎士に囚われてしまい、今は両手に枷をはめられた状態でウルス・バルト王国控室に転がっている。
「……なるほどなぁ。お前達、ウルス・バルト王国のメンツをよくも潰してくれたな。確かに俺としてはユウヤ・ウドウの料理の腕が欲しい。だからと言って、力任せに連れて帰るなど、どこの誰が頼んだ?」
そう鋭い剣幕で問いかけるグレイウース卿に、一人の外交員が口を開いた。
「か、彼の腕があれば、病で臥せっているリトルミル王女の病も治療できるのではと思いまして」
「ええ、一切の食事を受け付ける事が出来ず、ただ弱っていくだけの王女に活力を与えられるのは、彼しかいません。どうか、今一度彼の者を捉えて連れて帰る算段を」
好き勝手な事をと、思わずため息をつくグレイウース卿。
確かに本国の第二王女であるリトルミル皇女は長患いの結果、今では食事を取る事が出来ない。
魔法により体力は温存しているものの、清浄なる結界にて包まれた自室から外に出る事は出来ないという。
それを知っているからこそ、そのようなことを告げられるとグレイウース卿としても心が揺れる。
だが、それとこれとは話は別。
「確かに、ユウヤ・ウドウの料理ならば受け付けてくれるかもしれぬが……それとこれとは話が別だ。もしも貴様たちの気持ちを汲むとすれば、正式に外交としてヴィシュケ・ビャハ王国に頭を下げるぐらいはするべきだ。お前たちは、目的と手段を間違えた……国に戻ったら、犯罪奴隷として鉱山送りだ」
他国の貴族を拉致しようとしたのだから、もっと重い刑罰でもあって然るべき。
ただ、彼らの心情も理解したのだから、この程度で済む事になったのだろう。
もっとも、何年間、鉱山奴隷として働く事になるのかは本国に戻ってからの話であるか……。
〇 〇 〇 〇 〇
――ヴィシュケ・ビャハ王国・ユウヤの酒場裏
何者かが部屋に押し入ろうとしていたので、慌てて越境庵に逃げてきた。
それはいい、ここは確実に安全地帯として機能しているからな。
ということで、このまま正面入り口を開いたとしても、またあの部屋に戻ることになるのは目に見えている。だから一度も開けたことのない倉庫裏口を開いてみたのだが、そこにはヴィシュケ・ビャハ王国のユウヤの酒場の裏口外、つまり井戸端の光景が広がっていた。
「あ、あれれ、ユウヤさまじゃないですか。いつ、お戻りになったのですか?」
確か、俺たちが留守にしている間の掃除などを引き受けてくれた侍女さんだったな。
ちょうど掃除が終わり、水を捨てに来ていたのだろう。
そこで俺が裏口を開いたのだから、驚いてこっちを見ているっていうところか。
「んん、ユウヤ店長、何かあったのですか?」
「ん~、外の光だにゃ、どこに繋がっていたにゃ」
「あの、ユウヤ店長、何かあったのでしょうか?」
俺の後ろからアイリッシュ王女殿下やシャット、マリアンといった面々がやって来てひょいひょいと顔を出してくる。その後の反応はおおよそ想像がつくだろう、全員が言葉を失っている。
「まあ、こういう事だ。ちょいと全員、越境庵から出てきてくれるか?」
店の中で待っている侍女や護衛騎士たちにも声をかけて、一度全員を井戸端に呼び出す。
まあ、出てきたのがアイリッシュ王女殿下だったものだから、侍女は端っこに移動して頭を下げている状態。
「さて、一体何が起こっているのか俺にも見当が付かない。という事で、これで全員が井戸端に出て来たので、一度扉を閉める」
――カチャッ
すると、扉の鍵が掛かる音が聞こえてくるのだが。
どう考えても、シリンダー錠の音。
この扉のカギは中から閂を下ろし南京錠を掛けるタイプなので、そんな音がするはずがない。
つまり、越境庵の裏側から繋がっている扉の鍵が閉じたのだろう。
そう考えて恐る恐る扉を開くと、ユウヤの酒場の店に繋がる廊下が見えていた。
「ふぅ。アイリッシュ王女殿下、どうやら我々は、ヴィシュケ・ビャハ王国に帰って来たようですが……どうしましょうか?」
この『どうしましょうか』は、精霊の旅路を使用しないで勝手に帰ってきたことについて。
すると俺の言葉の意図を察したのか、王女殿下がにっこりとほほ笑んで。
「私達は、独自の帰還方法で帰って来ただけですわ。すぐ王城に戻った後、親書を持たせて外交官を派遣します。では、私もそろそろ王城へと戻る事にしましょう。此度の件、ユウヤ店長には改めてお礼を伝えますので」
それだけを告げ、アイリッシュ王女殿下は店を掃除している侍女達にも帰還の指示を出している。
その後、迎えの馬車に乗って王城まで戻っていったのだが、あの馬車はいつの間にここにやって来たんだ? 誰か伝令でも走らせたのか?
「ふぅ……何はともあれ、これでようやく人心地つける事が出来たな」
「まったくだにゃ……でも、色々と楽しかったにゃ」
「シャットの場合は、珍しいものがいっぱい食べられたから、ですよね?」
「にゃははははは。それも間違いないにゃ」
などなど、店内に二人の笑い声が聞こえてくる。
ま、後は王城の方でいろいろと手を回してくれるだろうさ。
今日の所は、うまい物でも食べてゆっくりと休む事にしますか。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




