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65話 女将さん、温泉に浸かる

 

「これはいい湯だな」

「旦那様……カルディアス辺境伯にそう言っていただけて村の代表としては満足です」

「まだ文官気分が抜けないとは困ったものだ。いい加減に気持ちを切り替えなければ村人がついてきてくれないぞサンダース村長」

「いやはや失礼。今後も精進してまいります」


 竜聖の宿ミサキに増設された露天の大浴場。

 男女の温泉の間を隔てる壁の向こうから話し声が聞こえてきた。


「豊かな自然と未踏破のダンジョン。そして、効能が飛び抜けたこの温泉があれば大金を払ってでも訪れたいと思う者は多いだろう」

「では、打ち合わせ通りによろしくお願いいたします」

「任せろ。村長と魔王殿が練り上げた新しい計画書で文官達を黙らせてやる。まぁ、連れてきた何人かは既に陥落したので時間の問題だがな!」


 隣の男湯にはダンジョン攻略の知らせを受けたカルディアス辺境伯が入っている。

 不死身のリッチー率いるアンデットの軍勢や広い範囲での土地の魔力減少による汚染などカルディアス辺境伯領にとっても大きく関係のある事件の解決を確認するため辺境伯自らが再度視察に来ていた。

 村役場で各代表達によるとても長い会議も終えて開拓お疲れ様の宴を開くことになり、こうして皆んなで温泉に浸かる流れができたのでした。


「部下の説得と他の貴族達への宣伝は任せましたよ辺境伯」

「魔王殿から直接言われると緊張しますな。辺境の田舎者にそんな大役が務まるだろうか」

「謙遜がお上手だ。この村や魔族の国と人の往来や貿易がスタートすれば大きな利益が出るのは唯一街道を繋ぐカルディアス辺境伯領だけ。温泉の効能とドライアドの贈り物を使った特殊なポーションがあればまず間違いなく人は集まる」

「集まる人間は生きも帰りも我が領地で一泊する必要があり、金を落とす」

「落ちたお金で辺境伯領と他の領地の街道を整備すれば人と物の流れは加速する」

「「笑いが止まらんなぁ!!」」


 ゲラゲラと統治者同士の黒い笑いが大きな声で聞こえてきた。

 嬉しいお金の話ができて喜ばしいことだけど他に入浴しているお客さんのことも考えてほしい。


「あっちは盛り上がってるねぇ」


 ちゃぽん、と音がしてララさんが隣に入ってきた。


「はぁ〜、いい湯だよ」


 気持ちの良さそうなため息を吐いて足を伸ばすララさんは冒険者として働くだけあって全身が引き締まっている。

 体はしなやかな細身で、耳や尻尾の黒い毛並みも美しい。


「……ぶくぶく」

「いきなりお湯の中に顔を突っ込んでどうしたんだい?」


 ちょっと自分との体の違いに勝手にダメージを受けてるだけです。


「あら〜、二人とも先に入ってたのね〜」

「うおっ、ギルマスの相変わらず筋肉凄いね」


 続いて女湯へ来たのはキャサリンさん。

 髪をお団子にして化粧も落としているけど、圧倒的な肉体美の主張が凄まじい。

 肩にメロンを載せた大胸筋が歩いてる……。


「これでも現役引退して鈍っているのよ〜。今は事務処理ばっかりよ」

「それで筋肉維持できてるってどれだけハードな事務処理なのさ」


 キャサリンもお湯に浸かると軽く伸びをした。その度にピクピクと血管が動いていて凄い。

 私も彼女に弟子入りすれば筋肉と体力がつくだろうか?

 うーん、でも変にマッチョになると身長が伸びにくくなるって話を聞いた気がする。


「……ぶくぶくぶく」

「ミサキちゃん? 肺活量の訓練中なの?」


 いえ、これは異世界と現代日本に暮らす人は遺伝子的に大きな違いがあるのではないかという考察中なだけです。


「ミサキおねぇちゃんみつけたー!」


 元気な声と共に勢いよく現れたのはルーナちゃんだ。

 ふわふわな茶髪の頭から生えた耳と尻尾を動かしながらこちらに向かって走ってくる。

 よし、流石にこれくらい小さい子だと私の自尊心にひびは入らない。

 ま、まぁ、元気になった今のルーナちゃんと異世界に来たばかりの私を比べると……なところはあるけど今は私の方がお姉ちゃんだから問題なし!


「いけませんよルーナちゃん。浴場の床は滑りやすいので走ると危険です」

「ごめんなさい。アズリカおねぇちゃん」

「わかっていただけたのなら問題ありません。むしろ、すぐに謝れてえらいですね」


 ルーナちゃんの登場で完全に油断していたところにリーサルウェポンのお出ましだ。

 ララさんがスレンダー系の美人だとすれば、アズリカさんは非常に女性らしいグラマラスボディの持ち主である。

 普段はスマートなメイドさんだが、ふわりとしたメイド服の下にはダイナマイトボディが隠されていた!!

 メロンよりも大きなスイカみたいな大胸筋が歩いてる!


「…………」

「ミサキ様? のぼせてしまったのですか?」


 アズリカさんが垂れた横髪を耳にかけながら心配そうに私の顔を覗き込む。


「いえ、むしろ心の氷河期到来で寒いので肩まで浸かって温まります」

「お気をつけくださいませ?」


 私の身を案じてくれたアズリカさんを困惑させてしまった。

 こんな優しくてスタイルのいい女性をメイドとして侍らせているなんて流石は魔王様だ。

 自分の控えめで慎ましい平野に比べてあちらは世界級山脈。

 広い湯船の中を泳ぎたそうにしているルーナちゃんを抱き締めて捕まえている今の姿なんて仲良し親子にしか見えない。

 私の方が付き合いは長くても、並んでも身長差しかないのでお姉ちゃんにはなれても大人の包容力のあるお母さんにはなれないんだ……。


「ミサキさん、泣きそうな顔してるけど何か悩み事でもあるのかい?」

「私もお母さんになりたいです……」

「ぶっ!?」


 吹き出したララさんがひっくり返って湯船に沈む。

 数秒後に浮上した彼女は顔を赤くしてキャサリンさんに何かを耳打ちした。

 話を聞かされたキャサリンさんは何かを思いついたかのように穏やか笑みでこう言った。


「ミサキちゃん。男と女っていうのはね」

「ギルマス! アンタはいったい何を教えようとしてんだい!」

「だって〜、三児の母としての経験を伝えるには誕生から話す必要が〜」

「無いよ! アタシが頼んだのは話の話題を変えるサポートのことさね!」


 ララさんがキャサリンさんに掴みかかっているが、残念ながら元の筋力量が違うので軽くあしらわれてしまった。


「今、おしべとめしべの話をしましたか?」

「してないよ! アンタも何なのさ!?」


 ぎゃーぎゃーと騒いでいると、露天風呂の端にあって生垣から人の姿が生えてきた。

 長い緑髪におっとりしたタレ目の美人はこれまたスタイルがいい。

 花のようなにひらひらしたドレスが体のラインを強調している。


「どうもイアです。のんびり温泉に浸かっている皆様にこちらをお持ちしました」


 ドライアドのイアさんがそう言うと、どこからともなく緑の蔓が生えてきた。

 うねうねしている蔓の触手の先端にはキラキラ光る何かが握られていた。


「何かしらね?」

「アタシは知らないよ」


 宿の外部の関係者であるキャサリンさんとララさんは渡されたガラス瓶を不思議そうに見ているが、中身が何かを知っている私は正気を取り戻した。


「完成したんですか!?」

「はい。ドライアド特製のフルーツサイダーです」


 森の精霊であるイアさんがこの宿に卸してくれているフルーツは見た目はリンゴのようだが、その味は季節やコンディションによって変化するらしい。

 しかもただの栄養満点のフルーツではなく、生で一つ食べると五日間は疲れを知らない滋養強壮剤になるのだ。

 まぁ、その後の反動や味覚への強すぎる刺激で若干の中毒性があるため生食は禁止。

 代わりに絞ったエキスをポーションで割ったり、料理の味付けに使ってみると好評で、試行錯誤をした結果がこの冷たいサイダーだ。


「しゅわしゅわしていい香りがするね」

「これ、お酒の割材にも使えそうね〜。ギルドの酒場にも入荷しようかしら」


 完成品の味はララさんとキャサリンさんに気に入ってもらえたようだ。

 試作品を飲んだことはある私だけど、この完成品はガラス瓶をキンキンに冷やしてあって温泉で飲むとより感動的な味だ。


「おいしー!」

「容器も可愛らしくていいですね」


 ぷはっ、と飲み干すと最高の気分になった。


「好評みたいで良かったですぅ! 使い道がなくていらないって言われなくてよかった……」


 イアさんが顔をベショベショにして泣きながら喜んでいる。

 まぁ、好意で渡した実が危険薬物扱いされそうになりましたもんね。

 試作品も何度か失敗してその度にイアさんの顔が曇っていた。


「じゃあ、あとはこの瓶にラベルを貼っちゃえば販売開始ですね」


 味は申し分ないのであとは量産体制に入るだけだ。


「冒険者のアタシが言うのもなんだけど、かなり売れると思うよこの商品。やっぱりミサキさんの名前を出すのかい?」


 ララさんが嬉しいことを言ってくれるが、商品名について私は首を振った。


「この商品も温泉も開拓村ができないと誕生しなかったんです。イアさんが来て、ダンジョンを攻略して、そして村の人とも協力して作ったのでそれにちなんだものにします」


 開拓が終わったのだから開拓村という呼び方も変なので、今日の会議で決まった内容の一つが村の名前だ。

 いくつもの案があった中で最終的に多数決で決まった。


「ミストランサイダー。これを商品名にします」


 温泉が湧く魔族や人間の生きる道が交わるミストラン

 これからこのサイダーと共に村の名前が広がって多くの人が遊びに来てくれると嬉しい。


「本当にいい名前よね〜」

「アタシらが作った村か……」

「やっと魔王様の夢が一つ叶いました」


 会議に参加していたキャサリンさんは名前が決まったことに喜び、村の開拓前から手伝っていたララさんは感慨深そうに頷いた。

 アズリカさんは何かが溢れないよう夜空の星を見上げていて、ルーナちゃんはそんな彼女の手を嬉しそうに握っている。


「ミサキさん、わたしから一つお願いがあるんですけどぉ……」


 そして最後にイアさんが私の耳元である提案をしてきた。

 話を聞いた私はすぐに了承し、イアさんのアイデアを実行するため後でアンデル神父に相談しようと決めるのだった。


「ワハハハハハ! 今宵は宴だから風呂で何杯でも飲むぞ!」

「リュウの兄貴! 風呂に入る前にかけ湯しろっていつも言われてるだろ!」

「ミサキみたいにネチネチ言うなシリウス。そんなのでは我のように器の大きい男になれんぞ」


 サイダーも飲み終え、ゆっくり肩まで温泉に浸かろとしたら再び男湯が騒がしくなった。


「おぉ、竜王殿ではないか! 実は貴殿にお願いしたいことがあったのだ!」

「なんだ人間よ。我は今ご機嫌だからちょっとだけなら話を聞いてやる」

「前回の視察の時は都合が合わず見れなかったのだが、是非とも王都を震撼させたという雄々しきドラゴンの姿を拝見したい! 明日の朝にでもーー」

「なんだ。そんなことなら今見れば良いではないか。この風呂の広さならば我の真の姿でも入りきる!」

「ちょ、兄貴!?」


 ピカっと隣の空が光ったかと思えば、ざぶ〜んとお湯が押し流される音と大量の水飛沫が女湯にも降ってきた。


「……皆さんごゆっくりおくつろぎください。私はちょっと用事を思い出しました」

「「「「あっ、お疲れ様です」」」」

「いってらっしゃい。おねえちゃん」


 ルーナちゃんに見送られながら私は男湯へ突撃すべく脱衣所へと駆け出すのだった。


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