66話 竜王と聖女の住む村の話
開拓村改めて《ミストラン》と名付けられた村の端には立派な教会がある。
宴の翌日、私は教会に用事があったので宿のことをマリオさん達に任せて太陽の下を歩いていた。
「おい、どうして我が荷物持ちとして付き合わされねばならんのだ」
冬が訪れて気温が低いので暖かいもこもこした厚手の白いケープを羽織り、手袋と耳当てもして防寒対策をとる私の横でいつも通りの着流しスタイルのリュウさんが不満を口にした。
「昨日悪いことをした罰です」
「あれはあの男が我の真の姿を見たいと言ったからだ!」
「ちゃんと聞こえていましたからね。シリウスの注意も聞かずにはしゃいで他の人に迷惑をかけるなんて女将として見過ごせません」
宴の場だからお酒が沢山飲めると気分が良くなった結果が昨日の騒ぎだ。
リュウさんが調子に乗って羽目を外しすぎないよう禁酒を言い渡そうとしたら辺境伯や村長といった大人達からそれはあまりに可哀想だと宥められ、量を減らすのと私の手伝いをすることで許すことになった。
「今日は一日中ゴロゴロして休もうとしておったのに」
「リュウさんがゴロゴロするのはいつもの……じゃなかったですね」
私と出会った最初の頃はグータラしながら自分の気が向いた時にしか働いてくれなかった。
でも、村の開拓が始まってからは木の伐採や資材運搬などを手伝ってくれるようになり、最近ではドワーフの職人達や村人とも距離が縮まって仲良くやっている。
「我だって成長しているのだ。今までは壊すことが楽しいと思っていたが、このところは何かを作ることも楽しいと感じるようになった」
「あの家もあの建物もリュウさんが手伝って完成したんですもんね」
目に入る村の建造物の多くにリュウさんが関わっている。
毎日文句を言いながらも汗を流して働いていた姿は頼りになってカッコよかったのは認めてあげてもいい。
でも、褒め過ぎると調子に乗ってトラブルを起こすので言ってあげない。
せいぜい心の中で感謝するくらいだ。
「おやおや、こんな寒い日にお客さんが見えたかと思ったらミサキちゃんと竜王殿か」
「おはようございます。アンデル神父」
完成した村の様子を見回りながらお喋りを続けているうちに教会にたどり着いた。
教会の中から私達の姿が見えたのでわざわざ出迎えてくれたアンデル神父に挨拶をしてリュウさんに運んでもらった荷物を渡す。
「こんなに貰って悪いのぅ」
「いつもお世話になっていますから、ほんの気持ちです」
アンデル神父に渡した荷物の中には宿の裏の畑で採れた野菜やドライアドのイアさんから渡されたポーションの材料になる実、それからカルディアス辺境伯がプレゼントしてくれた本が入っている。
「辺境の英雄譚を集めた本か。子供達が喜びそうじゃのぅ」
「同じものを宿にも貰いましたけど、シリウスもルーナちゃんも最初は友達と一緒に読むんだって我慢していましたよ」
「それは読み聞かせのやりがいがありますなぁ」
村が無事に完成したことでシリウスとルーナちゃんは教会で一緒に勉強する友達と離れ離れにならずに済んだ。
「アンデル神父のおかげで子供達は楽しそうだし、ポーション作りや浄化魔法の指導ありがとうございました」
「いいや、感謝するのはワシの方じゃ。技術を教えたとはいえ、その力を正しく行使して村を救ったのはミサキちゃん自身。聖女様のおかげで大きな災害が防がれたことが伝わり村や近隣の領地における教会への信頼度回復にも繋がった」
魔族狩りによって信者の数が減った神聖教会は苦労をしていると聞いた。
寄付が減り孤児院の経営が苦しくなっている部分もあると噂を耳にしている。
「ペトラが作り上げ守りたかったものをミサキちゃんが取り戻してくれたのじゃ。本当にありがとう」
養父様の名前が出てハッとする私の手を取りお礼を言うアンデル神父。
震える手の力強さにどれだけの思いが込められているのか養父様とたった三年の付き合いしかなかった私にはわからない。
だけど、私に手を差し伸べ娘として拾ってくれた恩が少しでも返せたのならこれ以上に幸せなことはない。
その後アンデル神父にイアさんから提案された内容を伝え、無事に許可をもらえたので私はリュウさんと教会裏に管理されている墓地を訪ねた。
「この石もリュウさんが運んだんですか?」
「そうだ。イアの本体を運ぶ時に木の根元に埋まっていてな。大きさも申し分なかったためここへ持ってきた」
まだ名前の刻まれていない墓が並ぶ中、目立っていたひときわ大きな黒い石。
ドラゴンの姿になったリュウさんと同じくらいの高さの石には特定の個人の名前は刻まれていない。
「名もなき英雄の鎮魂を祈る石碑か」
「はい。あのダンジョンにいたリッチーのデックの他にアンデッドにされていた人やまだ土の下にいる人達のための慰霊碑です」
これからどんどん村が発展して豊かになっても、かつてこの地で起きた出来事を忘れることがないようにするための記録でもある。
「今後はアンデル神父や私が定期的に祈りを捧げて浄化するつもりです。そしたら今回みたいな異変も防げるかもしれません」
イアさんが森中に張り巡らせている木の根を介して浄化魔法の力を広く伝えようという試み。
今日はそのための準備に来たのだ。
私はケープのポケットの中から小袋を取り出して慰霊碑の周辺に種を植える。
さらにミストランサイダーを上から撒くと最後に手を組んで祈りと共に魔法を唱える。
「慈悲深き女神よ、聖女の名の下に眠れぬ魂に安らぎを与えたまえ……【ヒール】」
ダンジョン攻略ではあまり活躍場面のなかった治癒魔法だけど、こういう場面で便利な魔法だ。
淡い光が降り注ぐと急成長をした植物が地面から芽を出す。
更に魔法をかけ続けると芽は葉になり、蕾をつけて美しい色の鎮魂花を咲かせた。
この花を目印にしてイアさんの根が伸びてくる計画だ。
「真冬でも咲く花か」
「イアさんが用意してくれた種です。魔力を与え続ければ長い時間咲いたまま保つそうですよ」
「寒さに耐えながら辛抱強く咲き誇るのはこの村の者達のようだな」
リュウさんの言う通りだ。
ミストランに住む人達は苦しい環境でも諦めずに足掻いて一人一人が自分に出来ることで村に貢献してくれた。
お互いに辛い状態でも他人を思いやり、生きるために手を取り合って村を完成させた。
村の開拓に関わった時間は私が日本にいた時間よりも、王都の教会で聖女として過ごしていた時間よりもずっと短い。
それでも、私が一番充実した生活を送っているのは今だ。
「リュウさん。私、この村が凄く好きになったみたいです」
「奇遇だな。我も今までの棲家の中では特に居心地がいいぞ」
だから決めた。
これからも私の新しい居場所になったこの村を守ってもっと賑やかにしたい。
最初は成り行きだった女将と聖女だけど、今は私のやりたい事になった。
両方とももっと勉強して、多くの人が笑顔になる姿を見届けたい。
「じゃあ、村のためにもっともっと頑張って働きましょう!」
「断る! 我はもう十分に働いている。ドワーフ達に聞いたが働く者には労働基準時間というのがあるそうではないか」
「リュウさんの場合は宿に同居している自営業のドラゴンって扱いだから時間制限はありませんよ?」
「ぐぬぅ……だがしかし、この誇り高き竜王が他人の下につくなど認めたくない……」
働き方について葛藤する世界最強のドラゴン。
ちょっと面白い絵面なのでこのままにしておこう。
「だいたいミサキは働き過ぎなのだ! そんなのではいつか体を崩して後悔するぞ!」
「えー、でも今の仕事は気に入ってますし、働きがいがあって楽しいですよ」
「いいやダメだ。もっと休め。仕事以外にもやりたいことはないのか?」
「それなら……泳ぎの練習をしたいですね。海でも川でもいいですけど、私カナヅチなのを思い出したので」
「よし、我が教えてやろう。さっさと帰って森の川に行く支度をするぞ!」
「ちょっと待って今真冬なんですけど!? せめて人のいない温泉とかにしませんか? あっ、人を荷物みたいに運ぶな話を聞けーー!!」
人間と魔族を繋ぐ《ミストラン》へようこそ。
この村へ来たら是非温かい温泉と美味しい食事を提供する《竜聖の宿ミサキ》へお越しください。
ちょっと騒がしく、個性豊かな従業員がお出迎えしてあなたの疲れを癒してくれるでしょう。
皆様のご宿泊を心からお待ちしております。
2章《完》
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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