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63話 女将さん、祈りを捧げる

 

「つまり、アンタは昔の魔王軍の兵士だったわけだね」

『あぁ、そうだ。最前線のこの地で人間達と戦っていた』


 勝敗は決着し、胸の中心に大きな穴が空いたアンデッド軍団の首領のリッチーであるデックは地面に膝をついていた。


『当時の吾輩は新米の隊長で兵を率いるのではなく、兵に支えられて戦場に挑んだ』


 射程範囲を狭くして効果を引き上げた浄化魔法によって不死身だった肉体は少しずつ崩れていく。

 魔法使い用ローブのフードを下ろした素顔の半分は浅黒い肌で耳長の痩せこけた男性だった。

 残りの顔の半分は骨が露出しているけれど、こうして観察してみるとどこにでもいる普通の人の雰囲気がした。


『平凡な魔法使いだった自分の実力が見出されて指揮官に抜擢されたと喜んでいたが、今思うと減った兵の数合わせだったのだろう。似たような立場の者が他にもいたが気づかなかった』


 静かに語る男には先程までの好戦的な姿勢はなく、まるで今までが狂気に呑まれていたかのように落ち着いている。


『そして、数だけを揃えた集団で攻め込もうとしていた所を人間達に嗅ぎつけられ、数倍の戦力差で囲まれた。 ……だか、それこそが魔王軍の真の狙いだったのだ』


 ゆっくり息を吐いてデックは崩れかけの手で顔を覆った。


『吾輩達を囮に集まった人間の軍勢を魔王様が大地の下に沈めた……友軍の吾輩達諸共だ。知らなかったし、聞かされていれば逃げ出していた!』


 アンデッド達の中でデックの近くにだけ魔族の兵士がいたのはそういうことなのだろう。


『裂けた大地の割れ目に飲み込まれ、生き埋めにされて死んだと思った。事実一度死んだが気づいた時にはリッチーとして覚醒していた』


 生前はただの魔法使いだった彼の才能は死後百五十年以上経って開花した。


『力はあった。足りない魔力は土地から利用すればいい。兵士の器もそこら中に埋まっている。これはチャンスだと思った』


 徐々に言葉の隅に熱が入っていく。


『リッチーになった吾輩の力で魔王すら返り討ちにして全てに復讐するつもりだった!!』


 だからこそ元隊長と名乗り、人間ではなく地上の全てを支配することを掲げた。


『吾輩だけじゃない。この地には種族を問わず多くの死者の怨念が眠っていた。その未練を晴らそうとしたのだ!』


 これが森で起きていた異変の正体とその始まりについての全てだった。


『……だが、もういい。吾輩は疲れた』


 顔を覆っていた手の指が崩れ落ち、放心した様子の虚な顔が現れた。


『ふっ、地上は人間に支配されたのだろう。魔族が人間に使役されて肉壁なっているお前達を見ればわかる』


 微かに鼻で笑いながらデックは嘆いた。


『人間の英雄によって戦の天秤は傾いていた。こうなる前に目覚めていれば魔族の未来は明るくなっただろうか……』


「いや、アンタはさっきから何を勘違いしてんだい」


 ララさんのツッコミに全員が頷いた。


「戦争は引き分けに終わって魔族も人間も普通に暮らしているよ。それどころかやっと手を取り合おうって寸前まで行ったのに、アンタが台無しにしてくれてるんだよ!」

『魔族と人間が? あれだけ憎しみ殺し合っていたのにか?』


 信じられないとデックはララさんの話した内容に首を傾げる。


「今の魔族はデックさんの知らない新しい魔王様がまとめているんですよ。その魔王様の夢は人間と魔族の仲直りなんです」

『そんな魔王が存在するのか。吾輩の生前とは時代が変わっている……では、お前達の関係は一体なんだ?』

「「「「「「仲間だ!!」」」」」」


 ダンジョン攻略班全員の意見が重なった。

 人間もドラゴンも魔族もハーフも関係ない。

 ただ、自分達の居場所を守るために助け合って協力する関係。それを私達は仲間という。


『そうか、仲間か……。吾輩もアンデッド達を兵士として使役せずに仲間として扱えばよかったな』


 ダンジョンにはもう武器を持ったアンデッドはいない。

 デックが負けた時点で彼らの体は崩壊して元の骸に戻っている。


『魔族も人間も全員ここから出て帰ればよかったのか』


 怨念を抱く意思が折れたからなのか、胸の支えが取れて本当の願いを思い出したからなのか、デックの胸の穴は急激に広がり両手は静かに崩れ落ちた。


『もう一度故郷を見たかった。家族に会って謝りたかったな』

「デックさん……」


 顔の一部も崩壊が始まり、ポロポロと涙を流しているように見えた。

 故郷への強い未練は私にもよく理解できる。

 家に帰れるのならいつだって帰りたいと思って生きていたからだ。

 でも、その家と家族すら覚えていない、思い出せない私には家路が見つからない。

 だから、だったらせめて同じ気持ちの人には導きがあってもいいじゃないか。


「私に祈らせてください」

『……あぁ、頼む。吾輩は暗い場所は嫌いなんだ』


 聖杖を両手で握りしめ、天に届くように掲げて祈りを捧げる。


「慈悲深き女神よ。聖女の名の下に迷える魂を導きたまえ……【ピュリファイ】」


 最後の魔力で浄化魔法を唱えると、聖なる光がデックの体を包み込んでパッと消えた。


『ありがとう』


 感謝の言葉を最後に念話が途絶えた。

 もう、ダンジョンのどこにもリッチーの気配はなかった。

 こうしてアンデッド軍団が支配していたダンジョンは攻略されたのです。


「くーっ、お疲れさん!」


 体を大きく伸ばしてララさんが声をかけてきた。


「いや〜、途中で誰か脱落するんじゃないかと思ってたのに全員で生き残れるなんてね」

「皆さんの力が合わさったからこそですよ。一人でも欠けたら最後は勝てませんでした」


 これはお世辞でもなんでもなく、ただの事実だ。

 リュウさんやララさんがいなければ道中の戦闘が怪しく、アメロさんとカミーヨさんとジュウドーさんがいなかったらアンデッドに私は襲われていた。

 ボス部屋までの道中だって同じだ。


「それを言うならミサキさんの貢献度が一番じゃないかい?」

「リーダーの言う通りだ。俺らだけじゃ物量に押し負けてたな」

「へへっ……怪我しても回復役がいないと詰む」

「僕らの方こそミサキさんの足手纏いにならずに終わったよかったです」


 ララさん達がそれぞれ私を褒めてくれる。

 初めての冒険がこの人達と一緒で良かった。


「リュウさんもお疲れ様でした。……って、リュウさん?」


 目立った活躍といえば、戦闘面で攻防一体の大暴れをしたリュウさんを褒めてあげないと後で拗ねそうだと思って声をかけたのに、当の本人は天井をジーッと見つめていた。

 まるで何もない場所を見る猫みたいな行動に私は微笑ましい気持ちになった。


「何を見ているんですか?」

「いや、ダンジョンに満ちていた穢れが消えてな。それは良かったのだが、同時にリッチーがかけていたダンジョンを維持する魔法も消えたぞ」

「へー、ダンジョンを維持する魔法が消えたらどうなるんですか?」

「知らんのか? ダンジョンは消滅する」


 あっさりと不安になる事を言ったリュウさん。

 ダンジョンが消滅するなんて、だったら中にいる私達はどうなるんですか?

 そう質問をしようとした時だった。

 ガキーン! と大きな音がしてボス部屋の入り口が塞がった。


「ララさん! リュウさんがダンジョンは消滅するって言ったんですけど!!」

「さて、唯一の出入り口が消えたわけだがどうしよう?」


 慌ててリーダーに報告をするが、さっきまで頼りになっていたララさんが頭を抱えている。


「「「うわぁああああああああああっ!!」」」


 パーティーメンバーの男性三人組がパニックになった。


「アタシの知る普通のダンジョンなら攻略後もしばらく残るのにどうして……」

「あのリッチーが急ごしらえで作ったからだろう。内装より兵士を揃えるのを優先していたためダンジョンの強度が弱いと見た」

「チクショウ! 長話を聞かずにさっさと脱出すれば良かった!」


 リュウさんの解析した情報を聞いてララさんが近くにあった石を蹴飛ばした。

 入り口を塞いだ落石は始まりに過ぎず、グラグラと地面が揺れて天井から砂埃が落ちてくる。

 ガラガラと壁から石ころや岩が転がり落ちてボス部屋内は阿鼻叫喚の地獄になりかける。

 私達が次の生き埋めの被害者になりそうだなんて。


「リュウさん!」

「やるしかあるまい。全員我の周りに集まれ」


 そう言ってリュウさんの近くに全員が近づくとリュウさんの体が光に包まれて元の大きな銀色ドラゴンに戻った。


「何をするつもりですか?」

「我の咆哮で天井を穿つ。あとはそのまま飛んで外を目指すぞ」


 落ちてくる岩を翼で払い除けながらリュウさんは口の中に魔力を集中させる。


「グォオオオオオオ!」


 ビリビリを空気を揺らして放たれる閃光。

 一拍遅れて地上まで貫いた衝撃波と爆発音が私の体を揺らす。


「しっかり掴まれ!」


 道は作られたけれど、代わりにダンジョンの崩落は加速して脱出が先か生き埋めになるのが先かのデスレースが始まる。

 握り潰さないよう慎重に、だけど余裕もないので素早く前足で私を掴んだリュウさんが飛翔する。

 地上へ向けて高度をぐんぐん上昇させながら狭い穴を通り抜けるジェットコースターよりもスリルのある体験に私は怖くなって身を丸めた。

 ララさん達の悲鳴も聞こえる中、さっきまで地上から差し込んでいた光が急に消えた。


「くそっ!」


 頭の上からリュウさんの悪態が聞こえると、岩が砕けるダンジョンの崩壊音とは別の大きな音が押し寄せてきた。


「全員息を止めろ!」


 ドドドドドッ!!

 ザバーッ!!

 どこからか流れ込んだ地下水が滝のように降り注ぎ私達は濁流に呑み込まれた。

 魔力も体力も尽きかけていた私は水の勢いの強さと呼吸できない息苦しさに意識を失った。


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