62話 女将さん、ボス戦に挑む
小部屋での休憩と作戦会議を済ませた後、ダンジョンの攻略は再開された。
頼もしいことにこちらには索敵能力が高いリュウさんとララさんの二人がいたので敵に見つかるより先に攻撃して仲間を呼ばれないよう立ち回った。
アンデッドは光や音に敏感なので光源に集まって来る性質があるが、暗闇で静かに動けるララさんと一撃で敵を粉砕するリュウさんのコンビは無法だ。
「かなり奥まで進んだし、そろそろボス部屋があってもおかしくないね」
「敵との遭遇も増えてきたし、リーダーの言う通りラストバトルに備えないとな」
「へへっ……ポーションにはまだ余裕があるぜ」
「僕もまだ魔力は残ってますよ」
私にとっては初めてのダンジョン攻略だけど、ララさん曰く普通はもっと疲弊してダンジョン内でキャンプをすることもあるらしい。
「じゃあ、攻略は順調なんですね」
「過去最速だよ。初見で踏破なんて次の冒険から調子が狂いそうさ。リュウの旦那は頼もしいし、ミサキさんのおかげで怪我もすぐに治るからね」
「お役に立てるのは嬉しいですけど、治癒魔法があるからって無茶や無理はしないでください」
「ミサキ、お前がそれを言うなんて冗談か何かか?」
リュウさんが何か言いたげな不満そうな顔で見てくる。
えっ、なんだろう……全然わからない。
「わかってるよミサキさん。ダンジョンで油断したらどうなるか痛い目に遭って学んだからね」
ララさんの言葉にパーティーメンバーが頷く。
程よい緊張感と休憩で回復した集中力のおかげで私も息を整えられる。
「……おい、死臭が強くなったぞ」
「風と一緒に騒がしそうな音も聞こえた。この先に広い空間がありそうだよ」
鼻をヒクヒクと動かすリュウさんと耳をピクッと立てたララさんがほぼ同時に足を止めた。
「覚悟を決めな。ボス部屋に殴り込むよ」
リーダーの号令でそれぞれが武器を構えて戦闘態勢をとる。
私も聖杖を握り直して深呼吸をした。
『おやおや。どうやらネズミが来たようであるな』
これまで低い洞窟とは違って天井がかなり高い位置にある開けた空間に私達は雪崩れ込む。
すると、不気味な声が頭に直接流れてきた。
マリオさんと同じ念話だ。
『何やら上の方が騒がしいと思えば、無謀にもダンジョンに挑むとはな』
ボス部屋の奥、ぎっしりと並んでいるアンデッドの軍勢の中にふわふわと浮いている影がある。
目を凝らしてよく見ると、顔の半分が腐って骨が剥き出しになっている魔法使い風の男がいた。
『吾輩を魔王軍の最高幹部である《十魔将》直属の精鋭魔法使い部隊の元隊長デックと知りながら戦おうとは愚かな!』
魔王軍と聞いて動揺するけど、《十魔将》なんて聞いたこともないし、肩書きが長い。
「ようは現場の部隊長クラスだろ! 偉そうに名乗るんじゃ無いよ!」
ララさんも同じことを思ったようで、一緒にいる仲間達も頷く。
『吾輩を知らないの? そう……』
ガックリと肩を下げて落ち込んだ素ぶりを見せるデック隊長。
『まぁ、いいだろう。何故ならこれから吾輩の名前は世界に轟くのだから! 一度死んでリッチーとして復活した吾輩のアンデッド軍団が地上の全てを支配してくれる!』
ショックを受けた様子だったが、立ち直りが早く、自己紹介と野望を告げた。
リッチーというのは黒魔法に長けた死者を操るモンスターだと冒険者ギルドでの打ち合わせの時に聞いた気がする。
つまり、あのデックという名前のリッチーを倒せばダンジョン攻略だ。
『侵入者達よ。これからお前達には吾輩の軍団の恐ろしさを味わって新しい兵になってもらう! ワハハハハハ!!』
デックが指揮者のように腕を振ると、ゾンビやスケルトンによって構成された軍勢が武器を構える。
「ミサキさん」
「任せてください」
デックが高笑いして余裕をアピールしていると、ララさんから肩を叩かれた。
上手い具合にリュウさんの背中に隠れていたおかげで私に気づいていないっぽい。
「すぅーー。【ピュリファイ】」
先制のチャンスを見逃すわけにはいかない。
私はありったけの魔力を込めて新しく習得した魔法を唱えた。
ポーションの調合と一緒にアンデル神父から教わった浄化魔法だ。
『ん? 何の光だ?』
デックが魔法に気付いたのと同時に私の持つ聖杖を中心に光の円が広がる。
どうやらこの聖杖には持ち主の魔法を手助けしてくれる効果があるようで、杖の先端の結晶が眩しく光ると練習の時より魔法の発動速度と効果範囲の広さが上がった。
「【ピュリファイ】【ピュリファイ】【ピュリファイ】」
一度で指定できる範囲は限りがあるので連続して魔法を唱える。
およそ空間の八割が光の円の中に入ったところで浄化の光に触れたアンデッドがキラキラと光の粒になって消えた。
『な、なんだと!? 何が起きた!?』
自慢の兵が次々と浄化されていく光景にデックは狼狽えた。
これが休憩中にララさんが言ってた秘密兵器、開幕ぶっ放しの浄化魔法乱れ打ちだ。
「ひゅー! 流石だぜミサキさん!」
「へへっ……効果抜群だ」
「僕と全然威力が違うけど魔法だよな?」
仲間達からも歓声の声が上がるけど、あまり使い慣れていない魔法だから結構しんどい!
『くっ、神官が紛れていたか。浄化魔法とは小賢しいぞ!』
肩書きは長いけど、魔王軍の隊長なだけあってすぐに状況を把握したデック。
作戦としては上々な結果だけどこれで終わりじゃない。
「お前達、敵はミサキさんを狙ってくる。全力で守るよ!」
「「「任せろリーダー!」」」
アンデッドの軍団は浄化魔法の光に触れると危険だと学んだようで、石を投げたり矢を放ってくる。
ララさん達の役目は飛来物を叩き落として私を守ることだ。
『生意気な! これでも食らえ!』
狙いがわかっているため守りやすいはずだが、リッチーのデックは魔法で大きな火球を生成して撃ち込んできた。
触れれば間違いなく全身大火傷になるような火の塊だ。
すぐに今いる場所から離れて避けなくてはいけないが、浄化魔法を使っているので私は動けない。
ララさん達は鎧を着ているとはいえ、正面から受け止めようとすれば大きなダメージを負う。
「させんわ!」
だから火の魔法なんて全く怖くない最強のアタッカーでタンクの出番だ。
『なにぃ!? そんなのありなのか!?』
デックが驚くのも無理ない。
私を守るため一歩前に出たリュウさんは腕だけをドラゴンの状態にして腕を大きく振った。
勢いよく腕を振り下ろし、火球を触れずに風圧だけで軌道を逸らして地面に叩きつけたのだ。
「リュウさんありがとう!」
「あの程度の魔法など我に効かんわ!」
頼もしいことを力強く言ってくれるリュウさん。
一方でデックの方は変化したリュウさんの腕を見て悔しさに顔を歪ませていた。
『その腕、その魔力、吾輩は知っているぞ……。ツノの生えた男よ、お前はただの魔族ではないな!』
「我のことを知らんのか? ならば教えてやろう。我が名は竜王だ!」
石も、矢も、魔法すらもリュウさんが腕を振るだけで薙ぎ払われる。
うーん、ドラゴンの姿で暴れている時は大怪獣だったのに人間の姿でも怪人みたいに暴れてる。
「フハハハハハッ!!」
豪快に笑いながらあらゆる攻撃を無効化している光景はヒーローよりもヴィラン寄りだ。
こちらがダンジョン攻略をしている側なのに悪いことをしているように思えてしまうから不思議だ。
「リュウさん、一度魔法を解除して移動します」
「よし、わかった」
奇襲じみたアンデッド浄化作戦で数を削いだとはいえ、魔法が届かない位置に退いた個体がいる。
アンデッド達を操るデック本人にも浄化魔法は当たっていないので移動して近づく必要があった。
「ミサキさん、あと何発いける?」
息が荒くなっている私を気にしてララさんが声をかけてきた。
まだまだ頑張れます! という声を飲み込んで私は渋い顔で返事をする。
「広い範囲ならニ回で、相手を絞れば四回はいけます」
ここでリーダーである彼女が知りたいのは私のやる気や意気込みではなく、正確な魔法の使用回数だと気付いた。
気合いや根性で限界を越える無茶や無理無謀はプロの仕事にはいらない。
限られた手札でどこまで最大の成果を得られる選択肢を選べるかがリーダーに必要なんだ。
「上等だね。あのリッチーは魔法使いとしてもかなり強そうだからミサキさんを中心に戦いたい。アンデッド兵が相手ならアタシらも時間稼ぎしつつ数を減らせると思う」
「リュウさんはどうしますか?」
「旦那にはこのまま目立って注意を引いてもらおうか。魔法相手に正面から壁になれるのは旦那くらいしかいないからね」
「それで行きましょう」
提案された作戦に賛成して私は魔法を止める。
杖から光が消え、足元の光の円も見えなくなった。
『魔力切れか? いや、罠という可能性も……』
次から次へと予想外な私達の動きに惑わされてデックの動きが止まる。
デックの思考には複数の選択肢が現れていて絞り切れないようだ。
「あのリッチーが直接指揮をしないとアンデッド達の動きはトロいみたいだね」
「そうらしいっすね。でも、近づくにはちょっと厳しそうだぜ、リーダー」
相手の弱味が見つかって表情が明るくなるララさんだったが、アメロさんが剣で指した相手を見て苦い顔で舌打ちをした。
「チッ、オークにサイクロプスのアンデッドまでいるってのかい」
最初の私の浄化魔法が届かなかった範囲、つまりデックがいた場所よりも後ろの空間にいたアンデッド兵がゆっくり進撃してくる。
体の大きさが人間の姿のリュウさんよりも大きい巨漢な魔族のアンデッドだ。
「へへっ……攻撃範囲が広い」
「僕らがあの棍棒で殴られたら骨折じゃ済まないですよね」
遠近法で気づかなかっただけか、デックの近くにいるのは魔族のアンデッド兵が多い。
パワーもあるらしく、リュウさんの拳の風圧だけではビクともしない。
「そういう相手は直接殴るに限る」
相手の投擲物を薙ぎ払うための防御から活動停止にするための攻撃。
ドラゴンの姿になったリュウさんに近い大きさの一つ目の巨人は顔にドラゴンパンチを受けて他のアンデッドを下敷きしながら後ろに倒れた。
「今だから言えるけど、お前達がミサキさんを襲った時に旦那がいなくてよかったね」
「へへっ……多分、リーダーより先に死んでる」
邪魔をしてくるアンデッド達を牽制しながらララさん達は顔を引き攣らせた。
リュウさんが巨大な敵を殴り飛ばすとボウリングみたいに転がってアンデッドの軍団が崩壊する。
「……って、眺めてる場合じゃない。【ピュリファイ】」
倒れて動けなくなっているのは都合が良く、私は浄化魔法を唱える。
地面に倒れたアンデッド達は立ち上がることなくそのまま成仏した。
『おのれ! ここまで吾輩をコケにするとは許せん! 吾輩が直接あの世へ送ってくれる!!』
すっかり頭に血が上ったデックは近くの兵士の武器を奪うと、大鎌を振り回しなから近づいてきた。
「好機だな」
敵の首領が自ら間合いに入ってきたのを確認したリュウさんは腰を落として渾身の一撃を放つ。
畑をひっくり返して土の中に隠れていたドライアドさんを見つけ出したのと同じドラゴンパンチ。
「滅べっ!」
物騒なかけ声と共に鱗を纏った拳がデックの顔を捉えて床に叩き落とす。
バコン!! という破壊音が聞こえ、デックは地面に埋まった。
誰もが決着がついたと思ってしまうような光景だったが、リュウさんだけは目を細めていた。
『残念だが、吾輩は不死身のリッチーなのだよ!』
小さなクレーターを作り、首が変な方向に曲がったまま素早く起き上がって大鎌を振るった。
咄嗟にリュウさんは腕を交差させてガードしたのに鮮血が飛び散った。
「手応えがなかったな。それに、どうやらかなりの業物のようだな」
『怨嗟の声によって復活した吾輩を舐めてもらっては困る。お前がどれだけ規格外の化け物であっても怨念の集合体である吾輩は死なない。死者は殺せないのだからぁ!』
傷口を冷静に観察して凶器を警戒するリュウさん。
初めてダメージを負わせたことで優越感に浸るデックは口を大きく広げて笑う。
「くっ、まさかリュウの旦那でも倒しきれないなんて想定外だよ。ここまで来てピンチなるなんてアタシらの考えが足りなかった」
『それは仕方のないことだ。お前達はそのまま嘆き、恐れ、絶望し、吾輩の軍団に加わるのだ! ワハハハハハ!!』
俯いて武器を持つ手を下ろすララさん。
戦意を失い諦めたのだと勘違いした不死身のリッチーは冒険者一行の後ろに隠れていた伏兵の姿を見失ってしまった。
「ったく、神父の助言ってのはありがたいもんさね。 ーーミサキさん!」
「【ピュリファイ】っ!!」
ありったけを込めて背伸びをする私。
掲げた杖の先端が眩い光を放ち、アンデッドの首領は聖なる光に貫かれた。




