61話 女将さん、はじめてのダンジョン攻略をする
ザクッ、ザクッ、と地面をしっかりと踏み締めながら薄暗い洞窟の中を進む。
「壁はあまり触らないようにするんだよ。罠が発動したり毒性の生き物がいるかもしれない」
「は、はい!」
杖を手放さないよう両手で掴んだままランタンを腰に下げたララさんについていく。
「へへっ……後ろは俺に任せな」
「最後尾は僕が殿を務めます!」
背後からも頼もしい声が聞こえて少し緊張が解れたような気がした。
「俺も何か言いたいんだけど、なんて言えばいいっすかねリーダー」
「松明と荷物持ちは任せろとかじゃないか?」
私達ダンジョン攻略班は何があってもいいように一列になって行動していた。
最後尾はジュウドーさん。
次にカミーヨさん。
次に私。
次にララさん。
次にアメロさん。
先頭はリュウさんだ。
「おい、この先は少し下り坂になっているぞ。足元に気をつけろ」
「なんで旦那は灯りも無しにズンズン進めるんですかねぇ」
灯りを持っているのはアメロさんとララさんとジュウドーさんだけだ。
冒険者は必ず暗い空間でも動けるように光源の準備を忘れてはいけないのが常識だという。
「我は最強なドラゴンだからな。昼も夜も関係なく見える。雲の上でも水の底でも変わらん」
アンデッドモンスターがうじゃうじゃいるとされるダンジョンを散歩するかのような足取りで進むリュウさん。
耳も鼻もいいのでどこにも死角は無いかもしれない。
「普段はアタシが先頭だけど、流石に同じ真似はできないね」
「ララさんが一番前なんですか?」
「そうだよ。ご覧の通り魔族の血が入っているから多少暗くてもハッキリ見えるし、重さで作動する罠もすり抜けて、短い崖も飛び渡れる」
黒い猫耳と尻尾をピクピクと動かすララさん。
スラリとした体形だし、動きが軽やかで女怪盗っぽさがある。
「凄いですね。カッコ良さそうです!」
「はっ、便利なだけだよ。新人の頃はロープで繋がれた罠避け扱いされていたからその経験を活かしてるだけさ」
自虐気味に笑うララさん。
囮扱いするそんな酷い人達がいたなんて許せない。
「へへっ……でも、おかげ俺らは助かってる」
「違いないな。リーダーいないと死んでた場面が何度もあった」
「リーダーが重傷になったのも僕の不注意でしたもん」
「お前たち……」
ララさんの暗い過去は消えないけれど、そこで身につけたものは全部無駄にはならない。
命懸けでダンジョンを攻略する仲間なんて厚い信頼関係がないと続いていかないだろう。
今のパーティーメンバーに出会えたララさんならきっと未来は明るく楽しいものになるに違いない。
「アタシを慕ってくれるのは嬉しいけど、日頃から迷惑かけないようもっと慎重に行動しろよ」
「「「そりゃないぜリーダー」」」
がっくりと肩を落として落ち込む男性三人。
パーティーをまとめて引っ張るリーダーとして厳しいことを言うララさんだけど、私の位置からだと頬が緩んで優しく微笑む姿がよく見えた。
種族も性別も違うのに息の合ったやり取りができる仲間との関係性は私にも見習うところがある。
「おい、止まれ」
ダンジョンの中を登ったり降ったりしながらぐるぐる進んでいると先頭のリュウさんが足を止めた。
「この先に小部屋らしき空間がある。一度そこで休憩するぞ」
「侵入者を嗅ぎつけてアンデッドがアタシらを探してる可能性もある。攻略は順調だし、休む必要はあるのかい?」
「貴様らはそれでいいだろうが、ミサキがもたん」
リュウさんの言葉を聞いてララさん達が私に注目する。
「私は大丈夫です」
薄暗い場所がずっと続いていて時間の感覚が分からなくなってきたけれど、まだ足は動く。
杖を握っている手もまだ力が入る。
一刻も早く事態を解決するためにもこんなところで足踏みしてる暇はない。
「大丈夫なわけがあるか馬鹿者。我を前に気丈に振る舞うなら心に蓋をしておけ」
そう言ってリュウさんは自分の胸をトントンと叩いた。
お前が何を考えていても筒抜けなんだと示すように。
どうやら私はこの人に隠し事ができないようだ。
「ララさん、少しだけ水分補給と装備を確認する時間をもらってもいいですか?」
「構わないよ。まぁ、考えてみればアタシら基準の体力で計算してたからね。急ぎ過ぎて間違いを見落とすところだったよ」
痩せ我慢を許してもらえないので、私は素直に休憩申し出て脇道にある小部屋の床に座り込んだ。
自分で思っていたよりも消耗していたらしく足が痛いし重い。
「ダンジョンは足元が安定しないからね。軽く揉んで血の巡りを助けてやると疲れが和らぐよ」
「へへっ……水も飲まないと足を攣るぜ」
ララさんがおすすめのツボを教えてくれて、カミーヨさんが水筒を渡してくれた。
「我は腹が減ったが、誰か食い物は持っておらんか?」
「リュウの旦那の分はダンジョンに入ってすぐに渡さなかったか?」
「歩きながら食った」
「「「え〜……」」」
あまりに無計画な栄養補給に全員が引いた。
「そういや、最初の方はずっと無言だったな」
リュウさんのすぐ後ろにいたアメロさんは心当たりがあったらしく、苦笑いしながら呆れていた。
「はい。リュウさんには私の分をあげますから」
腹ペコドラゴンは食べ物をご所望のようなので、私は腰のポーチから紙に包まれた携帯食料を差し出した。
「貴様の分はいいのか?」
「水は飲めましたけど、お腹の方はちょっと……」
ずっとお腹の奥が締め付けられるような不快感があって食事どころじゃない。
「なら、これだけでも咥えていろ。幾分かマシだろう」
「むぐっ」
食欲が無いって言ったのにリュウさんは包み紙の中から何かを取り出して私の口に押し込んだ。
怪力の大男に抵抗できるわけもなく、無理矢理食べさせられたものを舐めてみる。
「……甘い。飴ですね」
フルーツの味がする。
さっぱりとした酸味も感じるので柑橘系かな?
「飴といえば保存食作りでアタシらも駆り出されて大量の砂糖を煮詰めたねぇ」
「へへっ……リンゴ飴美味しかったな」
「僕はミントの飴が好きでした」
「ガキんちょ達が喜んでましたっけ?」
村での思い出話が始まり、精神的にも緊張感が緩まっていく。
またこの飴を食べるためにも今は体を少しでも休ませて回復しなくちゃいけない。
「うむ。美味かった」
私が味わうように口内で飴を転がすのとは正反対にリュウさんは包み紙の中身を全部口に放り込むと、バキバキガリガリと噛み砕いて食べてしまった。
このペースで消費しているなら、そりゃあ残っていないよね。
「そんじゃまぁ、今のうちにダンジョンのボス部屋攻略について確認しようかね」
全員が水筒を回して喉を潤したところでララさんがランタンを中央に置き、腰から抜いた携帯用ナイフの先端で地面に絵を描く。
「大抵のダンジョンは最深部にダンジョンの主人であるボスモンスターがいる。外敵から襲われにくい場所で体を休めるために寝床を作ったり、宝を守る最後の番人を配置している」
デフォルメされたモンスターを見ながら私は相槌を打つ。
「このダンジョンの場合はアンデッドを操って指揮している親玉がいるはずだよ。なんてったって、自分が倒されたら魔法が解けちまうからね」
ボスのつもりなのか王冠を被ったドクロのマークを描くララさんは「しかし、」と付け加えてボスの周りに沢山の丸を増やした。
「軍隊のつもりならボスの周囲には護衛が控えているだろうさね。自分の身を守るための戦力は多い方がいいし」
私はリュウさんが王城に乗り込んだ時のことを思い出した。
あの時も王様を守るために騎士達が集まって壁になっていた。
「ふん。そんなもの我の咆哮でボスごと葬ってくれよう」
「いや、旦那の大技は禁止だよ。ドラゴンの姿に戻るのもダメだからね」
「なんだと!?」
一撃必殺技をお見舞いしてやろうと考えていたリュウさんが驚愕する。
「ここは地面の下だよ。それもかなり深くまで潜ってきたんだ。派手な大技で天井が崩落したらアタシら全員生き埋めになっちまう」
リュウさんの魔力が込められた咆哮は王城の頑丈な門すら吹き飛ばし、空に放てば天候を変えてしまうような威力がある。
ダンジョンとはいえ洞窟である以上は崩れ落ちる危険性は非常に高い。
「だから普通は近接戦闘で武器を使って倒したり、貫通系や拘束系の魔法で対応するんだよ」
冒険者としてボスモンスターへの定石を教えてくれるララさん。
もしも経験者である彼女達がいなければリュウさんが張り切って大暴れしていた。
味方の攻撃でうっかり潰れて死んじゃいましたというのは嫌過ぎる結末だ。
「なら、我が直接殴って倒すか」
「たどり着くまでが難しいよ。旦那単騎なら行けるかもしれないけどアタシらが耐えられる保障はないし、何かしらのトラップがあって旦那が動けなくなればそこで終わりさね」
「ならばどうするつもりだ?」
あの手この手を考えて、それでも万が一の最悪の事態も想定して動くのがプロだ。
この場で私が口を挟めるわけもなく黙って作戦を聞くしかない。
普通のダンジョンなら攻略できないと判断したら撤退して再度チャレンジすればいいが、今回は特殊なケースだ。
相手を警戒させてダンジョンの入り口周辺をもっと固められると侵入すら出来なくなってしまう。
この一度のチャレンジで攻略するために何をすればいいのかリーダーの意見を聞こう。
「決まってるさね。アタシらには対アンデッドに特化した秘密兵器がある」
ララさんはとびっきり悪い顔でコチラを見ながら笑った。
……あっ、これ私が死ぬほど大変なやつっぽい。




