60話 女将さん、お着替えする
開拓村の端にある教会。
子供達が勉強するために通っている部屋で私は姿見の前に立つ。
頭の上からつま先までチェックしながらその場で一回転してみる。
「ほぅ、以外と様になっているではないか」
「誰目線ですかリュウさん……」
鏡に背を向けると、そこには人を値踏みするような失礼な目線を送ってくる大男が立っていた。
「竜王殿の言いたいことはわかります。ワシも初めて見る姿じゃから感慨深いのぅ。こんなに立派になって……」
「アンデル神父まで……」
嬉し涙を流すアンデル神父はまるで娘のウエディングドレスを初めて見た父親みたいな反応だ。
「あの、言っておきますけどちょっと前まで普段着だったんですよこの格好!」
二人揃って珍しいものを見るような感想だけど鏡に映っている私は聖女時代の制服だ。
白い布地に金の刺繍が入ったシスター服っぽいものに被ると頭が蒸れやすい仰々しい帽子。
久々に袖を通しても窮屈さを感じないのは私が成長していない証拠か、元から大きめに仕立て上げられていたのか。
「ミサキちゃん。靴は今までのショートブーツよりロングブーツの方がワシはいいと思うぞい。ダンジョンの中で脱げたりしたら大変だからのぅ」
「わかりました」
助言に従って靴を履き替える。
アンデル神父はダンジョンの中と言った。
そう、私はこれからダンジョンの中へ入るのだ。
「別に気にしなくともいいだろう。ミサキは我が抱えて進むのだからな」
「私は荷物か何かですか?」
「聖女様を荷物だなんてとんでもない。ミサキちゃんはダンジョン攻略の切り札じゃよ」
どうして私がダンジョンの攻略班に入っているのかというと、それはアンデル神父のせいだったりする。
ララさん達がリュウさんを誘った直後、ダンジョンに挑む冒険者のためにアンデル神父が山盛りのポーションを餞別に持ってきた。
そして、作戦の書かれた紙を見てひと言。
『アンデッド系が相手なら聖女の魔法が有効じゃ。ミサキちゃんも連れて行くといい』
この鶴の一声で私はキャサリンさんやララさんから頭を下げて懇願されて同行することになった。
「ポーションを手渡して皆さんの帰りを祈りながら待っています……ってお見送りをする流れじゃありませんでしたっけ?」
「アンデッドやゴーストの浄化も神官の立派な役割じゃ。迷える死者の魂を導く義務もあるぞい」
確かに聖女時代に養父様からそんな話もあった。
ロッテンバーヤさんも教会本部にある墓地の掃除をして祈っていた気がする。
でも、私が聖女としてやっていたのは式典に参加してお人形みたいに笑顔でじっとしていること。怪我や病気の人を治癒魔法で治すことだ。
「浄化魔法の使い方はポーションの調合と一緒に教えた通りじゃ。ミサキちゃんなら問題ないじゃろ」
「もしかしてアンデル神父って養父様やロッテンバーヤさんよりスパルタですか?」
「本部で会議や会食ばかりの幹部連中と違って下っ端はなんでもせんといかんからのぅ。特に地方や田舎は代わりがおらんのじゃ。この開拓村もワシやミサキちゃんがいなければ冠婚葬祭すら出来んからのぅ」
代わりがいない。
確かにこの村に神官の資格があるのは私とアンデル神父だけだ。
だったら若くて元気のある私が頑張らないといけないか。
私を頼って集まり、村の開拓を一緒に手伝ってくれた人達のためにも。
「そろそろいいか? 我とミサキは上からダンジョンに挑む。準備が長くて戦いに遅れたとなればララ達に笑われる」
「リュウさんは早く暴れたいだけでしょ」
せっかちなドラゴンが貧乏ゆすりを始めそうなので忘れ物がないかチェックする。
まぁ、冒険者の経験もない私はポーションと携帯食料を腰のポーチに入れるだけで、他は全部ララさん達に任せてある。
「おっと、最後に一番大事なものを渡さねばな」
準備完了かと思いきや、アンデル神父は部屋の隅に立てかけてあった木箱を開いて白い布に包まれた何かを持ってきた。
「もしも聖女が女神に祈りを捧げるならこれは必ず必要じゃ」
布を外して私に手渡されたのは年季の入った木製の杖だった。
長さは私の身長と同じか少し長いくらいで杖の先端には透明な結晶で作られた球体が取り付けられている。
「神聖教会に代々伝わる聖杖じゃ。国宝級の品だから無くしたりはせんでくれ」
「はい……」
国宝級と言われてドキリとする。
聖女になる儀式で一度触れたことがあるけど、ここまで貴重で高価なものだとは思わないじゃん!
それと杖に付いている結晶にも見覚えがあるけれど、もしかして……。
「よし、準備が出来たな。いくぞ!」
「ま、待ってよリュウさん! そんな乱暴に運ばれたらぶつけちゃうから!」
考えに浸る暇もなく、私は待ての限界を迎えたリュウさんの小脇に抱えられて教会を飛び出すように後にするのでした。
「慈悲深き女神よ。どうかあの娘にご加護を与えたまえ」
◆
曇天の空。
太陽の日差しが隠れているせいか地上から離れた空は少し肌寒い。
「まさか戦いに行くのに乗るなんて……」
銀色のドラゴンの背に跨った状態で私は風を切る音を聞く。
最初に乗った時は世界の広さや自分のちっぽけさに感動を覚えた空の旅だったが、今は戦場への片道切符だ。
足元に広がる森は命を弱らせ、見えない大地の下にはダンジョンが待ち構えていると思うと聖杖を握り締める手にも力が入る。
「見えてきたぞ。降下する」
《騎乗》と《風除け》の魔法のおかげで手綱なしでも落ちはしないが、急降下をするとお腹の辺りがキュッとなる。
地上では既に戦闘が始まっているようで、金属同士がぶつかる音や魔法による爆発音がする。
「こっちだよリュウの旦那!」
騒々しい空間でも張り上げられたララさんの声はよく通って聞こえた。
「降りろ、ミサキ」
「う、うん」
軽薄さもない真剣な声色で命じられ、私は銀色のドラゴンの背から飛び降りた。
少し高さはあったけれども着地点にはララさんがいて倒れないように受け止めてくれた。
「なんだい。ミサキさん見違えるくらい綺麗な格好じゃないか」
「リーダー! そういうのは後でいいから俺ら突撃するぞ!」
ララさんが綺麗なんて褒めてくれたけど、剣を抜いて構えているアメロさんに早くしろと急かされる。
「ミサキの運搬は我がやる。ダンジョンの入り口はどこだ」
どっちに進めばいいのか悩んでると人間態になったリュウさんに出発する時と同じように小脇に抱えられる。
「あの洞窟だよ。アタシらが突入したら別のパーティーの魔法使いが壁を生やして入り口を塞ぐ。帰り道はリュウの旦那に任せる作戦でいいんだよね」
「任せろ。岩盤だろうが結界だろうが我がぶち抜く」
ダンジョンから溢れ出たアンデッドの数はかなりのもので、開拓村の人口と同じかそれ以上かもしれない。
三桁はいるアンデッドは全員が鎧を着て武器を持っているため迂闊に近づくのは危険だ。
それを相手にする冒険者ギルドの作戦参加メンバーは両手両足で数え切れるのだから恐ろしい。
「お前たち、リュウの旦那に続きな!」
「「「了解だぜリーダー!!」」」
耳を塞ぎたくなる人の悲鳴が聞こえたような気がしたけれど、運ばれるだけの私には何もしてあげられなくて戦場を突っ切る。
「邪魔だ」
洞窟の入り口を守っていたと思われる盾を持ったスケルトンだが、拳ひとつで地面をひっくり返す怪力男には遠く及ばす、タックルを受けてバラバラに砕け散った。
「触れただけで死んだぞ」
「へへっ……酒の場で絡むのやめよう」
こうして私達ダンジョン攻略班は引きつけ役の囮班のおかげで難なくダンジョンへと侵入することに成功したのだった。




