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56話 女将さん、収穫をする


 外を歩くだけで汗が止まらなくなるような日差しも落ち着き、朝晩に若干の冷え込みを感じるようになった。

 竜聖の宿ミサキの裏庭とは別にある開拓村の農業用の畑にも実りの季節がやって来る。


「ミサキ姉ちゃん! この芋ってどこに運べばいいかな?」

「芋はあっち! カボチャは向こう!」


 籠いっぱいのジャガイモを特に重たそうな様子もなく運ぶシリウスの姿を見て、私は男の子って凄いなと思った。

 だって私なら籠を背負った瞬間に地面に倒れ込む未来しか見えない。


「ミサキおねぇちゃん! ルーナのかおとおなじ大きさのカボチャだよ!」

「よく獲れたね〜って、二つ持ち!?」


 さっきのシリウスの評価を訂正します。

 あれは多分、男の子っていうのと魔族のハーフだから身体能力が高いのだと思う。

 そうでなきゃルーナちゃんが重たそうなカボチャを両脇に抱えて走れないからね。


「調子はいかがかのぅ」

「お疲れ様です。アンデル神父」


 私達が収穫作業をしていると長い白髭のお爺ちゃんが近づいてきた。

 今日はツルツルとした頭には白い頭巾が巻かれていて、農作業用の長袖長ズボンだから後ろ姿だけなら農家のお爺ちゃんにしか見えない。

 しかし、顔を合わせればトレードマークのサングラスがキラーンと光る。


「子供達と一緒に手伝ってくれてありがとうございます」

「これくらいなんの。いつも教会の敷地を走り回って騒いでおるから皆んな元気が有り余っておってのぅ。折角の機会だから外で農作業の実習でもしようと思っておったのじゃ」


 幼稚園に通う小さい子が行く芋掘り会を思い出す光景だ。

 収穫に参加していると懐かしい気持ちになるので、多分私も参加したことがあるのだろう。

 シリウスとルーナちゃん以外の子達は普段は畑の土を触らないのかふかふかの地面の感触に驚いたり、中々全部出てこないジャガイモに苦戦している。


「しかしまぁ、植えた時期が遅かったのによくここまで育ったのぅ。流石は聖女様のお力じゃな」

「そうなんです! 私は頑張ったんですよ!!」


 いつもなら褒められると恥ずかしくなって謙遜したくなる私だけど、今年は事情が違う。


「この目に入る範囲全部に【ヒール】を使ったんですよ!」


 宿の裏にある畑とは規模が違う、村人全員が冬を越えられるだけの食糧確保に必要な範囲に魔法をかけて成長を促進した。

 それも早過ぎてもダメ、遅過ぎてもダメの細かい調整をしながらベストな時期に収穫できるよう努力した。

 魔法ありのズルでこの大変さだから毎年普通に畑を管理して育てている農家さんには頭が上がらないと改めて認識した。


「畑の管理にポーションの調合、怪我や病人の治療と大変だったのぅ」

「アンデル神父がいなかったら体が持ちませんでしたよ。本当にありがとうございます」


 毎日魔力切れでフラフラな生活を送っていた私だけど、このお爺ちゃんがいなかったらどこかで倒れていたと思う。

 特にポーションの調合が出来るのが助かった。

 初期の風邪や軽い怪我を治せるので症状が悪化せずに私が大きな怪我や病気だけに専念できたのだ。

 追放される前よりも魔力の量が増えたとはいえ、小娘一人だけでは村一つ支えるのがやっとだった。

 安くないお礼を払えるだけの人に限定して治癒魔法を使うのはケチとかではなく治す側の負担が大きいからだったのだと実感した。


「……いやまぁ、ワシからすれば全部を取りこぼさずにこれたことが奇跡なんじゃがのぅ」

「いやいや、奇跡だなんて言い過ぎですよ」


 アンデル神父を中心に協力してくれた皆んなのおかげで掴めた成果だ。


「ミサキ姉ちゃん。この辺りは全部獲ったから次に行こうぜ」

「はーい」


 話しているうちに近くの芋掘りが終わったようなので次のエリアに移動しなくてはいけない。

 獲れた分は力持ちの大人達に運んでいただきます。子供は一番楽しいところだけやらせてもらっています。

 私はもうほぼ大人なんだけど、非力なので子供達に混ぜてもらいました。

 お姉さんとして監督役としての参加なので別にはしゃいだりはしませんよ。


「うおっ! リュウの兄貴みたいな顔のお化けカボチャ出てきた!」

「おじちゃんよりつよそう!」


 はっはっはっはっ。


「ちょっと私にも見せて見せて!!」


 それはちょっとズルじゃん。


 ◆


「マリオよ。腹が減ったぞ」

『お疲れ様です。竜王様』


 ドワーフ達といつものように森で木を切って運んで積み上げてを繰り返し、昼時になったので我は宿へ帰ってきた。


『住居の完成具合はいかがでしょうか?』

「あー、確か最初に村へ来た者の分はそろそろ完成すると言っていたな」


 我の足元で強気な女ドワーフが満足げな顔でそんなようなことを口にしていた。

 魔王が呼びつけたドワーフ達は本当によく働いている。

 ちまちまと木を積み重ねることの何がいいのか我には理解出来ないが、奴らはそれを楽しいと言っていた。

 思えば昔からドワーフというのは魔族の中でも変な拘りや執着のある種だった。

 酒の趣味がいいのは認めてやるがな。


「おっ、旦那ってば昼からやってるねぇ」

「おいおい。気をつけないと午後は踏み潰されるかもしれねぇぞ」


 マリオの作る食事を待ちながら酒瓶に口をつけていると遅れて戻ったドワーフ達が我を冷かして来た。


「案ずるな。一本だけで終わる」

「いや普通は一杯だけとか一口だけなんだよ」


 そんなもの飲んだうちに入らんではないか。

 我としては心地良くなるくらい飲めば調子も上がって森中の木を全て刈り倒してやってもいいのだが女ドワーフに注意され、ミサキに告げ口されて数日酒抜きにされた。

 やたらむやみに木を伐採してはならんらしい。若い木は将来のために残しておくとべきだとか言っておった。

 若木が育ち切る頃には今の村人は残っていないのに何の意味があるのか。


『お待たせいたしました竜王様』

「うむ。今日の日替わりはなんだ?」


 瓶を空にした頃にマリオが食事を運んできた。

 退屈な仕事もこの時を楽しむためのスパイスと考えれば我慢も出来る。


『本日は採れたて野菜を使ったシチューです』


 テーブルの上に置かれたのは畑に転がっているカボチャだった。

 うん? 野菜をそのまま食えとは我を馬鹿にしているのか?

 野菜は食えないことはないが、草を食ってるのと同じでドラゴンである我には相応しくない。

 一番好きなのは肉だ。たまに魚を食べてさっぱりしたい気分もあるが肉の方がいい。

 次は酒だが、これは他者と関わらねば手に入らないので自然界にいる時は控えていた。今は毎日飲みたい。


「このような粗末なものを我に……」


 食事については信頼していたマリオに裏切られた怒りでテーブルをひっくり返してやろうとする我だったが、カボチャの上部からほんのりと湯気が出ていることに気づいた。


「なんだこれは?」


 カボチャを破壊しないよう慎重に触れてみるとヘタの少し下に切れ目があり、持ち上げるとカボチャが割れた。

「これは蓋か? ……ほほぅ、カボチャの中身に黄色のシチューが入っているのか」


 なんと湯気の正体は熱い汁だった。

 どうやら中身だけをくり抜いてそこにわざわざシチューを注ぐという手の込んだことがしてあった。


「野菜をそのまま器にするとは面白いな」

『これはミサキ様のアイデアですよ』 

「なるほど。マリオにしては頭のおかしい真似をすると思ったがミサキなら納得だな」


 ミサキと魔王はいつも変なことをして我をからかってくるからな。

 最近はシリウスとルーナが真似をして扱いに困っている。

 我は竜王なのにこの宿の住人はマリオ以外敬うことを知らんからな。


「ひでぇや旦那」

「俺らでいうところの親方の奇行みたいなもんだろ」

「なら納得だな」


 ドワーフ達がガヤガヤと喋っているが、今の我の注目はこのシチューに向けられている。

 器のカボチャを持ち上げて中を飲み干したい気もするが、人の姿になっている今は食器を使わんとな。

 これが食事のマナーだと、いつかの昔に口うるさく聞かされた。

 一緒に出されたスプーンを使ってシチューを掬い上げて口に運ぶ。


「ふむ。味はカボチャだな」

『くり抜いた中身をそのまま使用しています』

「いつものシチューよりドロっとしていて味も濃いな」

『力仕事の後ですと、サラサラした滑らかさよりも重たく胃に残る味付けの方が良いのではと考えました』


 マリオは料理の説明をしながら他のドワーフの元へも料理を運ぶ。

 奴らも我と同じようにカボチャのシチューを食べて満足そうに頷いている。


「また腕を上げたなマリオ」

『お褒め頂きありがとうございます。これで新しいメニューが増えました』


 賞賛の言葉をかけると恭しく首を垂れるマリオの姿は従者として見事なものだ。

 アズリカを師として仰いでいたがかなり似て来たな。


『この調子でメニューを増やせば味と珍しさを目当てにやって来る人が増えるかもしれません』

「まだ上を目指すのか? これだけの腕前ならばもうメニューを変える必要もなかろう」

『いいえ。ミサキ様や村の方が頑張っている中でワタシだけ今の立場に甘んじているわけにはいきません。もっと評価していただき、村には価値があると思っていただかねばならないのです』


 人形の筈のマリオの背中から炎が噴き上がるような幻影が見えて目を擦る。

 我、仕事し過ぎて疲れたのかな。


「人間の土地に道を繋げるか……」


 空を飛べば障害物など関係ないというのにご苦労なことだ。

 我からすれば道なんぞ地上に引いてある線にしか見えん。

 稀に空から見ても気持ち悪い線の集合体もあるが地上を生きる者にとっては欠かせぬものらしい。


「ならば我が金を払わない人間のところに飛んで行き話をつけるのは……」

『…………………………』


 悪巧みを思いつき口にしてみると、マリオは無言で我を見つめていた。

 またもや何もない背後に幻影が見える。

 今度は黒くて禍々しいオーラだ。我が以前退治した邪竜に匹敵するかもしれん。


「ジョ、ジョークというやつだ」

『冗談でも止めてください。また同じことをすればミサキ様が悲しみますよ』

「ぐぅ」


 マリオの言葉に我は傷を負った。

 脳裏に浮かぶのは我がちょっと我慢できずに人間の国を滅ぼそうとした時のミサキの顔だ。

 我とミサキの心は複雑な縁で繋がっていて、あの時は胸の奥が張り裂けそうな痛みと息苦しさに襲われた。


『竜王様と同じくワタシもミサキ様との繋がりによる影響を受けます』

「そうだろうな」


 マリオはミサキに魔力を与えられなければ動けない人形だ。

 人形は魔力を与える主人に似るというが、確実にミサキの変な拘りや意地を張るところに似て来たな。


『最悪、ミサキ様が竜王様の側から離れることがあればワタシはミサキ様についていきます』

「その場合の我の食事は?」

『お作りしません』


 ……食堂に沈黙が流れる。


「すまなかった。反省する」

『ご理解いただきありがとうございます。それでは食事のおかわりをお持ちいたします』


 我が謝罪をするとマリオは正確な動作で首を垂れて厨房へ姿を消した。


「なぁ、マリオの旦那が最強じゃないか?」

「俺も嫁さんに胃袋掴まれてるから笑えねぇな」


 その日の午後、我は超真面目に仕事に取り組んだ。


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