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54話 女将さん、壁にぶつかる


 今日もハンマーを振るう音が村中に響いている。

 トントンカンカンとリズムよく職人が奏でる工事の音を聞きながら私は村役場を訪れていた。

 村の開拓は順調に進んでいて、まず最初に村全体に必要な施設の建設が行われた。

 それが教会と冒険者ギルドと、ここ村役場である。


「ようこそミサキ様」

「こんにちはサンダース村長」


 役場と村長の家を兼ねているためここにはいつも眼鏡をかけた紳士的なクマの見た目をした魔族のサンダース村長がいる。


「お家の完成おめでとうございます」

「ありがとうございます。村人の家がまだなのに一人だけ先に大きな家に住むのは気が引けますよ」


 申し訳なさそうにするサンダース村長だけど、今後は外からのお客さんが訪ねてくることも多くなるので対応する場所として役場は必要だ。

 いつまでもうちの宿の食堂に集まってかしこまった会議をするわけにもいかない。


「ささっ、こちらへどうぞ。まだ机と椅子程度しか揃っていませんが他は順次用意しますので」


 木造の役場の中に入ると受付カウンターがあり、役人が仕事をするオフィススペースと紙の資料が束ねてある棚がいくつも並んでいた。

 そして、カウンターの奥にある扉を開くと広めの会議室があった。


「やぁ、ミサキちゃん」

「あれ? フェイトさん?」


 長い机と椅子しかない部屋で私より先に座って何やら書類と睨めっこしていたのは魔族の王様をやっているフェイトさんだった。

 今日は工事用の作業服ではなく、魔王らしいデザインのマント付きの服を着ている。

 そんな彼を見た私が疑問に思ったのは、まだ今日フェイトさんに会うのが初めてだったからだ。

 魔王でありながら村の開拓にも協力してくれているフェイトさんは忙しい人だ。

 村と魔族の国を行ったり来たりしながら仕事をしている。

 ただ、いつもなら村に到着してすぐに宿の方に顔を出すのだけど今日は見ていなかった。

 だからまだ魔族の国にいるものだと思っていたのに村役場にいたため驚いたのだ。


「実は私の方からお伝えしたいことがありお呼びしたのです」

「そうなんですね」


 サンダース村長には私と同じように緊急でフェイトさんに連絡をとる魔道具が渡されている。

 こちらから魔力を注ぐと魔道具が反応してフェイトさんに信号が伝わり、転移魔法で急いで駆けつけてくれるシステムだ。


「だとしたらかなり急ぎの大事な用ですよね?」

「そうなります」


 村の開拓が始まってからこれまでフェイトさんはかなりの頻度で様子を見に来てくれた。

 その度に村で起きたことや宿の業務日誌と帳簿をまとめた報告書を提出している。

 それでも足りないから来てもらったとなると、心配な気持ちになる。

 私が以前にフェイトさんを呼びつけたのは魔族狩りの集団がやって来て、リュウさんが私達を守るために大暴れしてイーストリアンの王都を滅ぼすために飛んで行った事件の時だ。

 あの時と同じような何かが起きようとしているのかと考えて身構える。


「実は……」


 サンダース村長は重苦しい表情で私とフェイトさんを召集した理由を話し出した。

 窓の外から工事の音と村役場前を通り過ぎる人の声が聞こえる中、サンダース村長の話が終わると私達は椅子の背もたれに体を預けて大きく息を吐いた。


「なるほどねぇ……」

「これは困りましたね……」


 会議室の中に沈黙が訪れる。

 机の上に置かれている手紙が入っていたのはカルディアス辺境伯家の家紋が押されている封筒だった。


「村の産業と特産品を決めないと街道整備の工事って始まらないんですね」

「そりゃあ当然の話だったよね……」


 イーストリアン王国は長い間敵対していた魔族の国との関係を改善するためにこの開拓村を作ることを許可した。

 いずれは魔族と人間が仲良く交流できるようになるのが両種族のトップ同士の考えだ。

 そして、魔族の国からはドワーフの職人集団が派遣されて村づくりに着手。

 魔族の国へと続く道もフェイトさんが指示を出して既に動き出しているそうだ。

 一方でイーストリアン王国側も冒険者ギルドの支部を設立するためキャサリンさんを派遣し、神聖教会はアンデル神父を派遣した。

 イーストリアン王国へと向かうためには魔族に比較的寛容なカルディアス辺境伯領との街道を整備するのがベストな判断で、その調査や予算の計算が行われていたのだが……。


「旦那様……ベイネット・カルディアス辺境伯は合理的な方です。魔族との交易も利益になると判断されて自らロイド陛下に交渉役を名乗り出ました」

「うん。そしてその結果が街道を繋ぐ工事の延期のお知らせだね」


 立派な黒髭を生やした立派な体格のおじさん。

 フェイトさんと政治や権利の話をしていてノリノリだったのに、送られてきた手紙の文字はどこか元気が無かった。


「カルディアス辺境伯が私達のことを嫌いになったとか意地悪をしているわけじゃないんですよね?」

「それは安心していいよ。辺境伯自身は申し訳なさそうに謝罪してくれている」


 手紙を読み直しながらフェイトさんがはっきりと言い切ってくれた。


「どうも予算が承認されないみたいだね」


 苦い顔をしながらフェイトさんがサンダース村長を見る。

 この中でカルディアス辺境伯領について一番詳しい情報を持っているのが彼だ。

 何故なら魔族狩りによって追い出される前は辺境伯の元で文官として働いていた経歴がある。


「カルディアス辺境伯領は優秀な人材を採用して堅実で倹約的な領地経営をしています。その甲斐もあって国境沿いの領地の中では安定した財政状況を維持しているのです」

「それなのに工事にお金を出してくれないんですよね?」

「はい。……その、辺境伯領の文官達が赤字になるかもしれない計画には賛成できないと承認を渋っているようです」

「新しい道の整備ってもの凄くお金がかかるからね。今は黒字でも工事にお金を使うと貯金が減るし、維持するにもお金がかかる。この村と辺境伯領との間でお金になるような目玉商品があればそれ目当てに人が集まるけど、そうじゃなければ得体の知れない魔族が暮らす田舎の村だもんね。人が集まらずに維持費でどんどん赤字になって損をするってわけさ」


 手紙と睨み合いをするフェイトさんと頭をポリポリと掻くサンダース村長。

 村の統治と運営に関わる二人がこうも困った顔をするなんて初めてだ。


「お金についてなら、カルディアス辺境伯だけじゃなくてロイド陛下や神聖教会にお願いできたりしませんか? 魔族との交流をしたいって言ってくれていましたし……」

「ミサキ様、実はですね……」


 足りないながらに頭を捻って私は意見を出してみたけれど、サンダース村長が引き続き重苦しい顔で話してくれた。

 なんと、イーストリアン王国にも神聖教会にも現在お金が無いらしい。


「ゴグワールのせいですよね」

「はい。問題になった魔族狩りの影響で国内に混乱が広がり、どこも経済的な打撃を受けたようです」


 真っ先に思い浮かんだのは、私を追放して養父様に汚名を被せた極悪人だ。

 魔族を嫌い、魔族を全て排除するために不正な手段で教皇の座を奪い、更にイーストリアン王国の玉座まであの男の影響下にあった。


「幸いにもロイド陛下の手腕や教皇代理の呼びかけで建て直しは可能なようですが、この村への資金的な援助までは手が回らないと思われます」


 魔族狩りのせいで国がボロボロになるなんて全く迷惑なやつ!

 リュウさんにお願いして顔の毛という毛を全部むしり取ってやればよかった!


「フェイト様。無理を承知でお聞きしますが、魔族の国側からの支援は……」

「あちら側からこの村までの道を繋げるのが精一杯だね。ボクは確かにお金持ちだけど財源は無限ってわけじゃないし、魔族の国の予算も一度に使える額は決まってる。ボクの夢のために国全体をひっくり返すわけにはいかないんだ」


 残念そうに呟くフェイトさんの横顔に陰りがあった。

 この村も人間との仲直りもフェイトさんにとっては待ち焦がれていた夢だ。

 私が追放されて偶然リュウさんと出会ったことで動き出したのにここでストップしてしまうなんて。


「街道整備計画は廃止ではなく延期ですので改めて時期を待つというのは如何でしょうか」

「厳しいと思うよサンダース村長。村の財政も外から人と金を集めないと立ち行かない。ミサキちゃんの畑のおかげで食糧の調達はできてもそれ以外の物資が集まらずに飢えないだけの難民キャンプ状態が続くだけだ。ボクの資産が尽きればキャンプの維持すら難しくなり、魔族狩りから解放された人達が少しずつこの村にやって来て人口が増えている以上いずれ限界が来る」


 完全沈黙。

 まだ冬になっていないのに会議室の中は吹雪の中にいるみたいに寒い。

 聖女とはいえ、私には魔力と治癒魔法くらいしか取り柄がない。

 お金は全然無いし、頼りたい教会も苦しい状況だ。

 ここで一発逆転の閃きが出ればいいけど、残念ながら頭も良くない。

 難しいからとお金や経営については他の人に丸投げしていたせいで力になれない。

 非力で役立たずの自分が悔しい。


「……うぅっ……」


 泣いても何も解決しないのに、意味がないのに堪えきれない。

 我慢しようと太ももを強く握っても手の甲に雫が落ちて視界が滲む。


「……街道工事についてなんとか予算が降りないかカルディアス辺境伯に再度お願いしてみます。同じ職場にいた元文官のよしみで説得を試みさせてください」

「ボクの方は村の産業や特産品についてイーストリアン王国側の興味が引けないか考えておくよ。平行して冬支度のために作物を作って燃料になる薪の確保もしないといけないね」


 サンダース村長とフェイトさんは今の自分達にとれる選択肢を選んだ。

 三人だと出てこない案もあるかもしれないから村人全員から意見を募集しようという話も出てきた。


「みんなを不安にさせませんか?」

「魔族狩りに追われていた中で我々にとって一番恐ろしかったのは明日の未来がわからないことです。それ比べれば今回のは事前の準備不足と計画が甘かっただけですので、謝れば許してもらえますよ。冬を越える猶予はあるはずです」


 サンダース村長は眼鏡をクイっと持ち上げ、胸を張った。


「フェイトさん。私にも何か出来ることは……」

「うん。ミサキちゃんにお願いしたいことがいっぱいできたよ。しばらくは畑仕事で体力勝負になるから宿の仕事は控えめにね。それと薪の確保のために竜王にはもっと働いてもらいたいから一緒に頭を下げてもらっていいかな? ボクだけだと断られそうだけどミサキと一緒なら甘いところもあるからさ」


 フェイトさんは申し訳なさそうに笑いながら、それでも笑顔を崩さなかった。


「私は未熟で、少ししか役に立てませんけど、それでもこの村のためにお手伝いさせてください!」


 村の代表者として二人が責任を果たそうとするならば、協力者として手を貸した私も最後まで出来る限り足掻いて見せよう。


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