53話 兄妹のお勉強(シリウス視点)
「へっくしゅん!」
「おにいちゃん、だいじょうぶ?」
オレが大きなくしゃみをしたせいで隣の席に座っていたルーナが心配そうな顔をする。
ここは村に新しく建てられた教会の中にある部屋だ。
オレ達みたいな子供に読み書きを教えたり、非常時には病人や怪我人を避難させたりするスペースがある。
小さめの机と椅子が並んでいて、部屋の壁には黒板が埋め込まれている。
「ぐあいわるい?」
「大丈夫だよ。きっと誰かがオレの噂話でもしてるんだよ」
鼻を啜ってオレはルーナを安心させるために軽く笑った。
多分、ミサキ姉ちゃんかマリオさん辺りが変なこと考えてるんだろうなと想像できた。
ミサキ姉ちゃんは宿を出発した後もずっとこっちを見ていたし、マリオさんは朝から忘れ物がないか何度も聞いてきてたしな。
心配性なんだよ二人とも。
まぁ、誰かに気にしてもらえるのは嫌な気分がしないけどな。
「えー、では次の問題が解ける子はおるかのぅ?」
新しい問題が出されたのでオレは顔を上げて真っ直ぐ前を見る。
黒板の前に立って話をしているのはアンデルっていう名前の神父だ。
ミサキ姉ちゃんの親代わりだった人の友達で、この村にやってきた神官。
これまで見てきた神官に比べるとだらしない変な格好をしているけど、逆にそれが緩くて厳しくなさそうだから話しかけやすい。
あとは魔族や魔族と人間のハーフに対する偏見がないのかオレ達を前にしても怒鳴りつけたり乱暴な口調になったりしない。
そういう連中に対してはこの村にいる人達は敏感だからアンデル神父が来てよかったなって思える。
「はい! ルーナわかった!」
「では、ルーナちゃん前へ」
元気よく手を上げたルーナが当てられて名前を呼ばれたので黒板の前に立って数字を書く。
「うむ。正解じゃ」
「やったー!」
「よくやった。こんなに小さいのにもう計算ができるなんてえらいのぅ」
問題が解けたのと大人から褒められたことでルーナはスキップしながら元いた席に着いた。
「すげーな」
「ルーナちゃん賢い!」
「ふん。ぼくが本気を出せばあのくらい……」
同じ場所で勉強を教わっている他の子供達も正解したルーナに感心していた。
一部、対抗心を燃やしている子もいるけど競い合って勉強するならむしろ歓迎だ。
負けないようにルーナがやる気を出してくれるなら兄貴として喜ばしい。
「次はちと難しい問題じゃが……シリウスは解けるかのぅ?」
計算の授業が進むとアンデル神父がオレの方を見てウインクしてきた。
あぁ、勉強を教える前にオレだけ呼び出して耳打ちしていたやつだな。
「当たり前だろ? 答えはコレだ」
数の桁が多い問題だったが、オレからしたら簡単な内容だった。
宿で受付やって客を相手に料金のやり取りをしていると自然と計算ができるようになったからな。
「な、なんじゃと!? もうこんな問題が解けるなんて凄いのぅ」
アンデル神父がサングラスを上げ下げしながら大袈裟に褒める。
「ジーニアス」
「ルーナちゃんのお兄さん天才!」
「ぼくだって……!!」
神父はわざとだろうけど、他の奴らは本気でオレに感心していた。
最後のやつは悔しさのあまり唇を噛みしめてるけど、怪我する可能性あるから気をつけろよな。
「ふふん。おにいちゃんがほめられてルーナのはながながい」
「鼻が高いの間違いだな。あと、ルーナが凄くなったわけじゃないから解けるように頑張ろうな」
得意げな顔で待っていた妹に忠告して席に戻る。
こうしてオレ達の勉強会は特に問題もなく順調に進んでいくのだった。
「よし、ゾンビごっこしようぜ。タッチされたやつはゾンビ役な!」
「ルーナはゾンビがいい! ぜんぶかりつくしてやるの!」
「ルーナちゃん物騒!」
勉強会もずっと席に座って話を聞くだけだと退屈だからアンデル神父はちょいちょい休憩を挟んでくれた。
ルーナは友達と追いかけっこをして遊ぶようだけどオレは地面に座り込んでボーッとすることにした。
「おや、みんなに混じって遊ばないのか?」
「ちょっと休憩。あんまり体力使うと帰った後の仕事に影響があるんだよ」
音もなく現れて隣に座り込んだアンデル神父。
耳と鼻がいいオレが気づかなかったくらいだからこの爺さんは只者じゃないなと思った。
「小さいのにご苦労なことじゃのう。ちょっとくらい仕事をサボってもいいんじゃないか?」
「それじゃミサキ姉ちゃん達の役に立てないだろ。ただでさえ勉強教えて貰いに来てるせいで手伝う時間が減ってるし」
竜聖の宿ミサキは従業員の数が少ない。
マリオさんは一人で何でもできるけど、基本的には厨房を全部任されている。
ミサキ姉ちゃんは掃除に洗濯もやるけど今は畑の面倒を見ないといけないし、女将として帳簿をつけたり村人の治療もしてる。
リュウの兄貴は……狩り担当だ。
最初に宿に来た時は客が全然来なかったけど、今はドワーフの職人達が泊まっているしたまに村の外から人が来る。
使節団が来てお貴族様が泊まる時なんて全部屋埋まって大変だった。
「難しいのぅ」
「好きでやってるから放っておいてくれよ」
「いやいや、ワシが子供の頃は毎日朝から晩まで遊び回っておったぞ? 子供は子供らしくのびのび遊ばんとな」
「……いや、そこは家の手伝いしろよ」
ちょっと遊びに行くくらいはいいかもしれないけど、ずっと遊び回るのはダメだろうと気づいた。
「バレたか。ワシは悪ガキじゃったからのぅ。働き者の気持ちがわからんのじゃ」
「よくそれで神父なんてやってるなぁ……」
神様に仕えてる人達だから真面目で自分に厳しいのが当たり前だと思ってた。
でも、このアンデル神父は普通とは違うらしい。
「しかし、遊びも大事じゃよ。大人になると遊んだり休んだりすると文句を言われやすくなる。ちょっと若い娘に会いに夜の酒場に行くだけで教会に苦情が入ってしまうからのぅ」
「子供に聞かせる話かそれ?」
「お前さんは子供の中で一番年上じゃろ。もうすぐそういうのにも興味が出るはずじゃ」
勝手に人のことを決めつけ捲し立てるアンデル神父。
これ、酒に酔って絡んでくる冒険者達並みに厄介だけどまだ昼間だから飲んでないよな?
オレの鼻だと酒の匂いはしないけどシラフでこの絡み方か?
「まぁ、一番年上だけどさぁ……」
教会に子供達が集められたのは勉強会がタダで参加を続けるとお菓子が貰えるのと、子供の面倒を見なくていい間は親が自由になれるっていう利点があるからだ。
この村に住んでいる子供はオレ達を含めて十人にも満たないけど、年齢はバラバラでオレが一番上になる。
「勉強はできない子に合わせておるからお前さんにとっては退屈じゃろ。だからこうして大人がするような話を振っているのじゃ」
「へー、そりゃどうも」
だからって返事が難しい話を聞かされるのも困るな。
これならルーナと一緒にゾンビに参加してた方が気楽だったかもしれねぇ。
「シリウスはこの村が好きか?」
「いきなりなんだよ……」
「ほれ、この村にはやむを得ず集まった者が多いじゃろ? もしも、イーストリアンの国内で魔族を住みやすい町があればそこに移ったりはせんのかと思ってのぅ」
変な質問だ。
オレは一瞬だけ悩んだけど、アンデル神父にすぐ返事をした。
「しないよ。オレはこの村が好きだし、あの宿屋がオレの家なんだ」
「ルーナちゃんと一緒に住める孤児院があったとしてもかのぅ?」
「それでもだよ。ミサキ姉ちゃんがいて、マリオさんがいてリュウの兄貴がいて魔族や人間が集まる場所があるからオレはここが良いんだ。毎日が賑やかでワクワクするだろ?」
格好つけてオレは笑う。
多分、こんなこと昔のオレは言えなかった。
だって人間が大嫌いだったんだから。
ルーナと二人で小さなボロ小屋で暮らしていた時は世界の全てが憎かった。
ルーナが助かるならオレ自身はどんな目に遭ってもいいって思ってた。
それが今じゃ、勉強して読み書きも多少できて、毎日三食食べて布団で寝てる。
仕事もあってお小遣いも貰えて暇な時間は遊んだり昼寝したりできる。
余裕ってやつが出来たんだ。
「生きるってだけなら他の場所でも出来るかもしれないけどさ、目標があってやりたいことのために頑張って楽しく暮らすならオレはこの場所じゃなきゃ嫌だ」
「……なるほどのぅ」
アンデル神父が自慢の白い髭を撫でながら小さく呟く。
サングラスのせいで表情が読み取りにくいけど、なんとなく走り回って遊んでいるルーナ達を見ているような気がした。
もう妹は他の子供と同じように動けている。
村に移ってきた連中も笑ったり、怒ったりしながら遊んでいる。
これからも少しずつ住みやすい場所を探して人がこの村へと集まって来るだろうけど、オレは心配していない。
だって、ここには魔族も人間も関係ない受け入れてくれる人達がいる。
オレ達を守ってくれた頼もしい人達がいる。
だからもし、また村がピンチになった時はオレ達自身の手で村を守っていけるようにならないといけない。
「全部ミサキちゃんの影響かのぅ」
「かもしれないな。少なくともオレとルーナはミサキ姉ちゃんが大好きだぜ」
「……やっぱりまだお子ちゃまみたいじゃのぅ」
何故か嘆息したアンデル神父。
オレは意味がわからなかったけど神父はそれ以上何も言わなかった。
ただ何か納得した様子で満足そうに教会の中に入って行った。
「なんだったんだ?」
子供の中だと一番年上でも、やっぱり大人の考えていることは分かりづらい。
ミサキ姉ちゃんだったらこういう時にどうするんだろうな?
「おにぃちゃぁああああああああん!!」
ボーッと空を見上げているとルーナの精一杯の低い声がした。
「「「シリウス兄ちゃぁあああああああん!」」」
「うおっ、いつの間にか全員ゾンビになってるじゃねーか。……おい、なんでこっちに来るんだよ!」
その後のオレは子供達全員から追いかけ回されて全力で逃げ回った。
流石に包囲されると逃げ道も無くなり捕まってもみくちゃにされてしまった。
「あはははは! もうくすぐるのはやめてくれ!」
結局、その日の夜は体力が尽きていつもより早めに寝てしまった。
やっぱり、もっと鍛えて体力つけないとダメだなとオレは思った。




