52話 女将さん、お見送りをする
「ミサキおねえちゃん、いってきま〜す!」
「いってらっしゃい」
宿の玄関を出て元気いっぱいに手を振るルーナちゃんを私は笑顔で見送る。
「じゃあ、オレも行くから」
「うん。シリウスも気をつけていってらっしゃい」
「ミサキ姉ちゃんの方こそ気をつけてくれよな。わかんないことがあったらすぐにマリオさんに聞くんだぞ」
「いや、私の方がお姉さんだし。この宿の女将だし。もう、シリウスは心配性なんだから」
「そうだけどさぁ……」
何か言いたげなシリウスだったが、いつまでもぐだぐだしていると遅刻してしまうので私は彼の背中を押して外へと送り出した。
「おにいちゃん、はやく!」
「あーもう、わかったよ。走ると転ぶぞ!」
先に出たルーナちゃんが待ちきれないといった様子で走り出したのでシリウスも置いていかれないよう駆け出した。
「シリウスもいってらっしゃい」
もう聞こえてないだろうが、私は忘れずに手を振る。
姿が遠くなる二人は鞄を持っていて、そのうちルーナちゃんが背負っているのは使い古された赤色のランドセルだ。
私が異世界に持ち込んだ数少ない私物だけど、日本基準で中学生の年齢な私が今更ランドセルを使うことはない。まだ背負えるけど、それをやると小学生に見えなくもないから嫌だ。
王都に行った際にロッテンバーヤさんから渡された私の荷物の中にあったランドセル。思い出の品として保存しておくことも考えたけれど、どうせなら誰かに使われた方がランドセルを作った人も喜ぶだろうとルーナちゃんにプレゼントした。
日本製だから頑丈だし、詰め込めばまぁまぁ荷物が入って便利だもんね。
それにこれから勉強を教えてもらうルーナちゃんにはピッタリだと思った。
この異世界にも学校は存在する。
ただし、通えるのは貴族の子供や見習い魔法使いといった一部の人達だけで一般的な住民は入れない。
とはいえ読み書きや計算ができないと社会的にも損をするし、悪い人に騙されてしまうこともある。
そこで登場するのが、神聖教会の神官だ。
イーストリアン王国内であれば大抵の町や村には教会があって神官が駐在している。
彼らが時間を見つけては子供達に神話を読み聞かせしたり、お布施を数えさせて計算を教えたりするのだ。
「教材が全部教会関連で覚え終わる頃には立派な信者になる流れを最初に考えた人って凄いなぁ」
国が学校を運営していた私からすると慣れないシステムだけど、かくいう私もお世話になっていたのでよく出来ていると思う。
やっぱり自分と同じくらいの子供で集まって一緒に何かをやるのは賑やかなものだ。
孤児院でロッテンバーヤさんに怒られたりしながら昼食後にみんなで遊ぶのは楽しかったしね。
ルーナちゃんとシリウスには沢山友達ができて欲しいと願っている。
これまで苦労した分、これからの人生は明るく楽しく過ごしてもらいたい。
『二人がいなくなると静かになりますね』
兄妹が見えなくなるまで見送りをしていると声が頭に響いた。
いつの間にか隣に立っていたのは頭巾を被って箒を持っていたマリオさんだ。
「そうですね」
『あの二人には元気を沢山貰っていましたので、日中の僅かな時間とはいえ、離れ離れになるのは寂しく思います』
少しだけ肩が下がるマリオさん。
のっぺりとした頭で顔がないのに感情が伝わってくるから不思議だ。
「私よりも一緒にいる時間が長かったですもんね」
王都に行ったり村人達の元を訪ねたりしてちょくちょく宿を不在にしていた私と違い、マリオさんは兄妹に仕事や料理を教えていた。
おかげで厨房のどこに何があるのかはルーナちゃんの方が詳しいし、シリウスは野菜の皮剥きが私より遥かに上手になった。
『そうですね。だからこそあの二人の長所や短所を目にしてきたので不安なところがあるといいますか……』
「不安なところですか?」
『はい。シリウスは面倒見がいいのですが、その分自分のことが疎かになって我慢をする傾向があります。正義感も強くて頼りになりますが、そのせいで喧嘩っ早くなり同年代の子と揉めそうな気がします。ルーナは明るく元気ですが好奇心旺盛で興味があることに集中してしまい周囲の声が聞こえなくなる時があります。それから寂しがり屋で甘えん坊なのでもしも同年代の子から冷たく接されると泣いてしまう可能性が……』
次から次へと頭の中に流れてくる兄妹の情報。
これだけ二人のことを観察して理解しているマリオさんが凄いなって気持ちと、さっきから箒を持ったままウロウロしている姿に心配し過ぎでは? という気持ちになる。
「マリオさん、まるでお母さんみたいです」
『お母さんですか。ワタシは母親というものが理解できませんが、そんなに似ているのでしょうか?』
「えーっと私も詳しくわないんですけど……」
記憶喪失なせいで実の両親のことは思い出せない私だけど、大まかなイメージ像はある。
この世界に来てからだと、父親役は養父様で母親役はロッテンバーヤさんになるのかな?
「子供自身はもう大丈夫だって思っているのに何かと細かいところまで心配してくれて、何か嫌なことがあったらまず抱きしめて側に寄り添ってくれるところ……とかですかね」
あれこれと世話を焼いてくれて帰りを待ってくれている。
養父様がしっかりとした頼もしさがあるならロッテンバーヤさんは柔らかい包容力があった。
「うん。やっぱりマリオさんはお母さんっぽいですよ」
『そうですか。では、今日からママを名乗るべきですね』
「どうしてそうなるんですか!?」
突如として頭に流れるマママリオの文字。
そういうモードチェンジとか変身とかありそう。
「いや、そうじゃなくてマリオさんはマリオさんなんですからママになる必要はないですよ。あの子達のママはもう既にいるんですから」
生真面目なマリオさんのことだからここで訂正しておかないと『うふ〜ん。ワタシがママよ〜』なんて言いかねない。
そしたらあの子達が混乱すること間違いなしだ。
『そうでしたね。二人には既に立派な母親がいたのでした。ワタシなどがママを名乗るなんておこがましい真似を……』
「いや、そこまで落ち込まなくてもいいですよ」
膝をついて崩れ落ちるマリオさん。
目があったら泣いてそうなくらいの勢いだけど自動人形って全部こんなに感情的なのかな。
「とにかく! マリオさんは心配し過ぎです。そんなにお母さんみたいに心配しなくてもシリウスとルーナちゃんなら大丈夫ですよ!」
『そうですね……取り乱してしまい申し訳ございませんでした』
とりあえず立ち上がって膝についた埃を払い落とすマリオさん。
「この村であの二人にちょっかい出す人なんていませんよ。喧嘩やイジメなんてもってのほかです」
『ミサキ様は冷静ですね』
「当たり前ですよ! だってもしそんな事になってシリウスとルーナちゃんが泣いたら私はリュウさんとフェイトさんと一緒に相手の家までお話に行きますから……」
突撃訪問ドラゴンが行く! 〜魔王と聖女を添えて〜。
ちょっとドラゴンの姿をしたリュウさんに吠えてもらうだけで乱暴な真似はしないし、うっかり怪我をしても私が治癒魔法を使えばいいし、邪魔する人はフェイトさんの魔眼でぐっすり眠ってもらうだけだから。
『自分より取り乱しそうな方を見るとかえって落ち着くというのは本当のようですね』
隣でマリオさんが何かを喋っていたけれど、私は頭の中で対いじめっ子作戦を立案するのに忙しくて聞こえなかったのだった。




