50話 女将さん、教会へ行く
時刻は夕方。
空がすっかり茜色に染まった頃に私は息を切らしながら村の中を走っていた。
もう! 私の馬鹿!!
自分への悪口を心の中で叫ぶのには理由があった。
ギルドマスターであるキャサリンさんに軽い挨拶をするつもりで会いに行ったのにお喋りが楽しくてあっという間に時間が経ってしまっていたのだ。
長話をしていたのはお前が悪いんじゃないかって?
それはその通りなんだけれど逆にあの見た目のインパクトの凄いキャサリンさんの武勇伝を聞き始めてしまったら続きが聞きたくてたまらなくなる。
実は幼少期は深窓の令嬢で病弱だったのに火事で屋敷が燃えてから貧乏になってしまい、借金返済のために冒険者になった序章。
次にパーティー内での恋愛事情が拗れて流血沙汰になり涙の解散。新しい仲間と数々のダンジョンを攻略した矢先に有力な権力者のお家騒動に巻き込まれての大立ち回り。
ここまでがかなり濃いのに、他には旦那さんとの壮絶な恋愛駆け引きや義実家での嫁姑戦争に三つ子の男児の育児日記とネタに事欠かないキャサリン伝説。
本人曰く、多少話を控えめにしているとの発言で私のわくわく度は天井知らずになっていたのだけど、キャサリンさんに来客があって偶然空を見上げたら太陽が隠れ始めていた。
これはいけないと駆け出してみたはいいものの、やっぱり出直した方がいいんじゃないかと心配になってきた。
目的地があるのは村の端の方で、整地された地面と草花の生い茂る原っぱとの境界線が残っている。
途中で疲れた様子の村人数名とすれ違う。
彼らが今日の作業を終えて帰宅する中、私は一人で村の中心から離れていく。
次第に人の気配はなくなり、静寂が満ちる空の下でたどり着いた場所は明かりが灯っていなかった。
もう薄暗くなり始めているのに光源がないのは留守にしているか眠りについているかだ。
挨拶しようと思っていた相手のことを考えれば後者の確率の方が高そう。
やっぱり出直した方がよかったなと結論を出し、宿に帰るために後ろに振り向いた。
「へい、彼女。時間ある?」
私の背後にサングラスをかけたツルピカ禿頭のファンキーなお爺ちゃんが立っていた。
「よっこらしょっと」
年寄りらしいかけ声を出しながらお爺ちゃんが背負っていた籠を下ろした。
「いやー、日中は村の周りを散歩していて留守にしていたからこの時間に来てくれて助かったわい」
留守か就寝中かでまさか前者だとは思っていなかった。
この世界では太陽の動きと同じリズムで生活している人が多いので、てっきりお年寄りは寝ているものだと勘違いしていた。
「随分と沢山入っていますけど、これ何の草なんですか?」
お爺ちゃんが置いた籠の中にはギュウギュウに緑色の草が詰め込まれており、気になったので聞いてみる。
「おや、教会にいる時に教わらなかったのかい?」
教会というワードが出てきて私は自分の頭の中の記憶を辿る。
あっちの世界の記憶は飛んでしまったけれど、養父様に拾われてからの時間のことは忘れていないし忘れるつもりはない。
だというのに中々答えが出てこなくてむず痒い。
「ヒント。この草はよく絞って乾燥させることで本体と汁の二種類の素材になる」
「あっ、回復ポーション用の薬草!」
「正解じゃ」
頭から煙が出そうなくらい考え悩んでいた私を見かねて出してくれたヒントのおかげで答えが出てきた。
「これが元の薬草なんですね。私ってば加工された後のものしか触ったことなかったんですよ」
「本部のお偉いさん方からすれば薬草は自らの手で摘むものではなく、取り寄せて買うものじゃからのぅ」
そう言うとお爺ちゃんは床に布を敷いて座り込むと慣れた手つきで薬草を選別し始めた。
痛んでいるものやゴミなどの不純物を一つ一つ丁寧取り除いていくのだが、早過ぎて隣に座って見ていた私の目では追えないくらいのスピードで籠の中身が減っていく。
「流石の手際の良さですね。アンデル神父」
ファンキーな見た目をしたお爺ちゃんの首には銀色の十字架がぶら下げられている。
このアンデル神父は以前に王都に行った時に神聖教会側との話し合いで出てきた開拓村の教会を運営する神官だ。
表向きの責任者や代表は私だけど、派遣されたアンデル神父が取り仕切ったりサポートしてくれる。
条件付きの雇われ聖女になった私にとって再び付き合うことになった教会側との窓口担当でもある。
「あちこちの村を回っているとこうした地味な作業をする機会が多くてのぅ。嫌でも慣れてしまったわい」
使節団と一緒にやって来て顔合わせで紹介された時にアンデル神父の経歴は簡単に聞いている。
このお爺ちゃんはこれまでイーストリアンをはじめ、神聖教会の影響力のある地域を端から端まで移動して女神様の教えを広め、伝えて来た。学校で習ったことのある宣教師という役目を果たしてきた凄い人だ。
「今度、時間がある時にミサキちゃんにも教えてあげようか」
「是非、お願いします!」
ベテラン神父の仕事ぶりに興味が湧いた私はありがたい申し出を受ける。
聖女としては治癒魔法で怪我や病気を直接治すのが主な役割だけど、私が不在の時や魔力切れて魔法が使えない時に村のみんなを助けられるのがポーションだ。
採れたての素材からの作り方を覚えて量産しておけばいざという時の備えになる。
「ミサキちゃんは話に聞いていた通り、素直で真面目な子だのぅ」
「誰から聞いたんですか?」
私がアンデル神父と会ったのはこの村が初めてのはずだ。
王都にある教会の本部で顔を見た記憶はないし、この前の王城での会議の場にもいなかった。
そんな人が誰から私の話を聞かされていたのか気になる。
「その鍵を君に託した男じゃよ」
私が首からぶら下げていた宿の鍵が指された。
「養父様ですか!?」
思い当たったのは記憶喪失の私を拾い、義理の娘として受け入れて面倒を見てくれたペトラ教皇。
もう会えない、亡くなった人の名前が出て驚いた。
「そうじゃ。ミサキちゃんの保護者だったペトラとはよく文通をしていてのぅ。最後の三年間は君についての話題ばかりだった」
「私の話題ですか?」
「うむ。子供の教育だとか躾の仕方について聞かれたり、あれができるようになったこれができるようになったと自慢してきたのぅ」
養父様……。
私のことをそんな風に人に伝えていたなんて恥ずかしいですよ!
「アンデル神父は養父様と仲が良かったんですか?」
「あぁ。ペトラとは同じ時期に教会の新入りになってのぅ。お互いに喧嘩したり競い合ったりして下積み時代を過ごしたもんじゃ」
昔を懐かしむように髭を撫でるアンデル神父。
きっとこの人が思い浮かべているのはまだ若い頃の養父様なのだろう。
私が初めて出会った時にはもうかなりのお爺ちゃんだったからなぁ。
「あの男は融通の効かない真面目を通り越した堅物頑固男での、人がちょっと掃除をサボっただけで先輩に告げ口するような男じゃ」
アンデル神父から聞かされる養父様の話は初めてのものだった。
私の知ってる養父様は誰にでも優しいけど教皇としと振る舞う時は威厳と責任感が溢れていて、だけど夜中にお腹が減って私と一緒にこっそりお菓子を食べてロッテンバーヤさんに注意されてしまうようなお茶目な一面もあった。
「意外でした。私の前じゃそんな姿見えませんでしたよ」
「まぁ、ペトラも出世して教皇になったりする内に少しは丸くなった。特に態度が軟化したのはミサキちゃんを保護してからかのぅ」
「私を保護してから?」
「そうじゃ。きっと、ミサキちゃんに出会ったことでペトラにも何か変化があったのじゃろう」
私の知る人物が私と会う以前は様子が違っていたのだと聞かされる。
知らない一面を知ってワクワクするような、ちょっとドキドキする気持ちだ。
「だからまぁ、この村に誰を派遣するかの話を聞いた時に立候補したんじゃ。ペトラが自慢してきた聖女がどんな子だろうかと気になってのぅ」
アンデル神父のサングラスの奥にある見えない瞳が私の頭のてっぺんからつま先までを見ているような気がした。
素直で真面目な子とは言われたけれど、それはこの人のお眼鏡にかなったのか。
ごくり、と唾を飲む。
「想像よりもずっといい子じゃった。ペトラのやつも最後にいい仕事をしていったのぅ」
「えへへ……」
褒められて照れくさい気持ちと同時に養父様のことを褒められたようで誇らしい気持ちになる。
「あの、アンデル神父」
「なにかのぅ?」
「これからもちょくちょくここに来ます。聖女の仕事としてさっきのポーションの作り方とか私の勉強が足りないところを教わりたいので」
それと、と付け加えながら私は我儘を一つ口にした。
「もしよければ養父様のことをもっと教えてもらえませんか? 私の知らないあの人との思い出話を聞かせてください」
私はもう養父様に会えない。
ずっと面倒を見てくれた大切な人なのに知らないことの方がずっと多い。
この首から下げている鍵のことについても、あの日私を拾ってくれた理由についても。
だけど、そんな養父様が縁を紡いでくれたからこそアンデル神父との出会いがあった。
きっとこれはチャンスだ。
「いいじゃろう。こちらも色々と話を聞かせてもらいたいと思っておったしのぅ。残り少ない人生最後の仕事としてミサキちゃんを立派に育て上げてペトラへの土産話にしてやりたいのぅ」
「いやいや、重いし気が早いですよ。アンデル神父には養父様よりもずーっと長生きしてもらいますからね!」
「そうじゃな。土産話は多い方がペトラが悔しがりそうじゃ。かーっかっかっ」
見たところ元気そうなお爺ちゃんの縁起でもない発言を注意すると、アンデル神父は口を大きく開いて愉快そうに笑った。
こうして私は聖女の仕事とはあんまり関係ない約束を取り付け、アンデル神父との会話を楽しんだ。
色んな地方や辺境を旅してきたアンデル神父の話はためになるし面白かったけれど、そんな時間は途中で打ち切られてしまうことになった。
「おや、いつの間にかお迎えが来たようじゃな」
「えっ?」
作業していた手を止め、アンデル神父がふと入り口の方を見ると声が聞こえてきた。
「こんばんは。ミサキちゃんいるかい?」
「フェイトさん!」
声の主は私のよく知る人物で、アンデル神父から許可をもらった私がテントの入り口を開けるとそこには魔王のフェイトさんが立っていた。
「どうしてフェイトさんがここに?」
「いや、すっかり暗くなったのにミサキちゃんが戻らないから心配になってね」
「あっ!」
フェイトさんの後ろにある空は黒く染まっていてお月様が輝いていた。
冒険者ギルドを遅れて出発したのが夕暮れで、アンデル神父に挨拶だけするつもりだったのに養父様のことで話し込んでしまった。
宿泊しているお客さんの夕食の後に従業員の食事が出されるのにいつまでも私が帰らないから心配をかけてしまった。
「ごめんなさい。すぐ帰る準備しますから」
私は慌てて仕分けを手伝っていた薬草を片付け、いくつか渡された荷物をまとめる。
「うちのミサキちゃんがお世話になったね、アンデル神父」
「いえいえ。お迎えご苦労様ですなぁ魔王殿」
私が準備をしている間、二人はニコニコと笑顔で会話していた。
「かの高名な神父に会えるなんて光栄だよ」
「このようなか弱い年寄りをからかわないでいただきたいのぅ。魔王殿が直接やって来るなんて心臓に悪いことこの上ない」
わざとらしく胸元に手を置いて息を吐くアンデル神父。
芝居がかった仕草にフェイトさんが笑う。
「ふふっ。その割には汗のひとつもかいていないようだけど?」
「年寄りは体がしわしわでしてのぅ。枯れて何も出ませんのじゃ。かーっかっかっ」
お爺ちゃんジョークに私が思わず笑ってしまいそうになったところで時間切れだ。
「おやすみなさい。アンデル神父」
「あぁ、おやすみ。気をつけて帰るんじゃよ」
お見送りをしてくれたファンキーな見た目なお爺ちゃんに手を振りながら私はフェイトさんと一緒に夜道を歩き出した。
「随分と楽しかったみたいだね」
「はい。とっても勉強になりましたよ」
「流石はベテランの神父だね」
「そうなんですよ。しかも、私の養父様の友達だったみたいで〜」
夜空の下、二人で並んで歩きながらお喋りをする。
まだまだ開拓途中の村は夜になると月明かりがあるとはいえ暗くて自分の足元すらぼんやりとしか見えない。
そんな中でフェイトさんは調子良くスタスタと歩けていて凄いなぁと思った時だった。
「あっ」
「おっと危ない」
少し地面に凹凸があったせいで私が躓いて転けそうになった。
しかし、隣にいたフェイトさんがすぐ腕を伸ばして支えるように受け止めてくれたおかげで転倒せずに済んだ。
「ありがとうございます」
「ボクの方こそゴメンね。さっきまで夜目が利くドワーフ達や竜王と一緒だったから忘れていたよ」
体勢を立て直した私へフェイトさんが申し訳なさそうに謝る。
「リュウさんはまぁ、論外なのでわかりますけどドワーフの人達も暗いところに強いんですか?」
「そうだよ。昔のドワーフ達は鉱山に住み込んでた種族だからね。洞窟の中で鉱石を掘っているうちに闇の中でも見えるようになったのさ」
フェイトさんの得意げな解説を聞きながらツルハシを持って作業するドワーフの姿を思い浮かべる。
確かに。人間でもずっと暗い場所にいると目が慣れて明かりがなくても動けるようになるし、それが魔族となれば私とは比べ物にならないだろう。
じゃあ、と新たな疑問が湧く。
フェイトさんが平気な理由ってなんだろう?
魔王だから凄いのは理解できるけど、リュウさんはドラゴンだし親方達はドワーフだ。シリウスやルーナちゃんは私に比べて音や匂いに敏感なのは犬っぽい魔族の血が流れているから。
フェイトさんは魔族だけどなんの魔族なのかわからない。
白い長髪に赤い瞳。病人のような肌の白さ……でも凄く元気で活気に溢れている。
「ミサキちゃん?」
私が考え込んでいるのに気づいたフェイトさんが顔を覗き込んできた。
「何か気になることでもあったかな?」
宝石のルビーのような真っ赤な瞳。
妖しい輝きを放つ目には見た者を惹きつけて離さない力がある。
今は見えないけれど、星が瞳の中に浮かび上がると魔眼としての効果が発揮されることを私は身をもって知っている。
「フェイトさんってどういう魔族なんですか?」
月下でも目立つ瞳の魔力に逆らえず、私は素直な疑問を口にした。
「急にどうしたんだい?」
「えっと……アンデル神父と話している時に私の知らない養父様の話を聞いたんです。それで、私ってば自分のことばかりで身近にいる人のことを全然知らないんだなって気づいたんです」
まだまだこの異世界について知らないことが多い。
魔族のことも、人間と仲が悪いことも、歴史のことも知らないことばかりだ。
聖女として教会にいる時は必要最低限の知識と治癒魔法さえ使えればそれでよかった。身の回りのことは神官達に任せておけば問題なかった。
でも、今の私は竜聖の宿の女将でオーナーである魔王フェイトの夢に協力する立場でもある。
何も知らない箱入り娘から自分で考えて動ける大人の女性に成長しなくちゃダメだ。
「だから知りたいって思ったんです」
ジーッとこちらを見下ろすフェイトさん。
赤い瞳は細められ、垂れ下がった白い髪が私の頬にかかる。
吐息の熱を感じるような距離でフェイトさんは何かを口に出した。
「えっ? なんですか?」
だけど何と言ったのか声量が小さくて私の耳には聞こえなかった。
「うん。やっぱりまだ秘密にしておこうかな」
「えーっ!?」
聞き直した後、少し逡巡した彼は一歩離れるといつもの含みのありそうな笑みを浮かべていた。
「今のは答えを教えてくれる流れでしたよね?」
「ボクも悩んだんだけど、どうせならババーンと大きくてインパクトのある場面で知った方が面白いかなって」
「面白さ基準なんですか!?」
「謎のある男性って魅力的に見えるでしょ。アレだよ」
フェイトさんの場合は魅力よりも胡散臭さの方が強い印象があるけど、口に出すと面倒臭くなりそうだから黙っておこう。
「今はまだ語るべきではない……ってね。いずれ場所とタイミングを見計らってミサキちゃんに話すよ」
「約束ですからね。嘘ついたらリュウさん専用サンドバッグの罰ゲームです」
「一般人相手なら極刑だからね、それ」
教えてくれない意地の悪さに唇を尖らせる私。
こんな会話をしながら私とフェイトさんはみんなの待つ宿へと帰った。
そうそう。結局、私が転ばないようにと魔法で小さな火球を作って宙に浮かべてくれたフェイトさんだったが、ふよふよ浮いてる姿が人魂にしか見えなくて私の帰りを待っていたシリウスとルーナちゃんからお化けと間違えられて怖がられてしまいショックを受けてしまいましたとさ。




