49話 女将さん、ギルドへ行く
「うぅ……どっと疲れた……」
『お疲れ様でしたミサキ様』
宿の食堂にあるテーブルに突っ伏している私の前に温かいミルクの入ったコップが置かれた。
「ありがとうございますマリオさん」
お礼を言ってコップを口元へ運ぶ。
火傷しないよう息を吹きかけて慎重に口をつけると濃厚なミルクの味が口いっぱいに広がる。
甘くなるように砂糖も入れてくれたおかげで疲れた脳に糖分補給もできて体も一緒に温まる。
『使節団の方々が満足して帰られたのはミサキ様の頑張りあってのものでした』
「そうですか? どちらかというとカルディアス辺境伯はマリオさんの料理に感激してましたよ」
王国側から派遣された使節団の視察が終わった。
開拓地予定地の下見と魔族狩りに参加していた騎士や神官達の回収がメインだったため滞在期間はたった数日だった。
帰り際に深く頭を下げて謝罪と感謝の言葉を述べる人もいて驚いたけれど、自分たちの行いを顧みて反省してくれたのならもう同じ過ちは起きないと信じてみたい。
それよりも大変だったのは滞在中の短い期間でマリオさんの引き抜きが何度もあったことだ。
丁重なお断りをしたが、アズリカさん直伝の新メニューを習得したマリオさんの腕前が人間の貴族の人に大好評だったのは嬉しい収穫だった。
「ミサキ姉ちゃん。部屋の片付け終わったよ」
「ルーナ、もうシーツたたみたくない……」
マリオさんと雑談しながら脱力しているとフラフラになった姿でシリウスとルーナちゃんの兄妹が現れた。
「二人ともお疲れ様。ホットミルクが用意してあるから飲んでね」
「サンキュー」
「ルーナはね、クッキーたべたい……」
同じテーブルにつく犬耳の兄妹。
ルーナちゃんは小腹も減ったようでいつもより尻尾が元気なく垂れ下がっている。
『お待たせいたしました』
察しと準備がいいマリオさんはすぐにクッキーを運んできてくれた。
こんなこともあろうかと事前に焼いていてくれたようだ。
一緒に添えられている野いちごのジャムをつけて食べるとこれまた美味しい。
「全室埋まった状態で村の開拓を手伝って畑で農作業するってやっぱり大変だったね」
「冒険者は寝泊まりするだけだったり飯の回数も少なかったりしたけど、宿にずっと泊まる客がいるって考えたら手間だよな」
「アズリカおねえさん、かむばっく……」
これまでと違うお客さんの対応に宿の課題が次から次へと出てくる。
ルーナちゃんなんて最強助っ人のアズリカさんが恋しくなってしまっている。
接客の先生であり、マリオさんの料理の師匠でもあるアズリカさんは昨日から不在になっている。
元からアズリカさんとフェイトさんは魔王城と宿を行ったり来たりしているから仕方ない。
いつまでも魔王城を不在にするわけにはいかないのだ。
フェイトさんもサンダース村長とカルディアス辺境伯から指摘された問題点について話し合いをしたら魔王城に一時帰宅するって言ってたっけ。
「人手、募集した方がいいかな?」
「人間と魔族の両方を接客してくれるようなやつが見つかるかな……」
私の提案にシリウスが腕を組んで難しい顔をする。
新たな従業員を募集するとなると、必然的に開拓村から誰か来てもらうことになるけど……未だに村人達の人間への警戒心は消えていない。
カルディアス辺境伯の視察中も仮住まいのテントの中に隠れてしまう人もいた。
まだまだ先は長そうだ。
「私とならみんな話してくれるのにね」
「ミサキ姉ちゃんは恩人だからな。他にはララの姉御達とも話してたぜ」
「ララさん達か……」
避難民が集まるようになってからずっとお世話になっている冒険者のパーティー。
使節団が来るまでは魔族狩り部隊の監視や魔物から村を守る警備まで引き受けてくれた人達だ。
ララさん以外は人間で構成されたパーティーだけど私の理想はあれくらいの距離感で村の人とこの宿のお客さんが仲良くしてくれたら嬉しいなと思っている。
『ララ様御一行で思い出しましたが、ミサキ様は残られた使節団の方に挨拶されに行くご予定ではありませんでしたか?』
「あっ、そうだ。すっかり忘れてた!」
マリオさんからの確認で私はティータイムなんてやってる場合じゃないことを思い出した。
各代表の顔合わせは使節団の到着した日に済ませたけれど、後日に個別でゆっくり挨拶をしようと思っていたんだった。
「ごめん。私ちょっと出かけてくるから、宿のことお願いしておいてもいいかな?」
「うん。ミルク飲んだらすぐ働くよ」
任せてくれよとシリウスは自分胸を叩いた。
「ルーナもクッキー食べ終わったら頑張ろうな」
「おかしたべたらげんきになったからだいじょうぶ!」
口いっぱいにクッキーを頬張るルーナちゃんも耳と尻尾をピン! と立てる。
『いってらしゃいませ』
「いってきます!」
マリオさん達に見送られて私は急いで食堂を後にした。
◆
慣れた道のりを歩き宿から開拓中の村に到着すると建物の建築待ちになってる綺麗に整地された地面が広がっている。
そんな村の中にはいくつか大きめの仮設テントが張ってあり、それぞれわかりやすいよう看板がつけられている。
最初の目的地は冒険者ギルドだ。
「こんにちは。ごめんくださーい」
「は〜い」
簡素なテーブルと木のボードが置いてある入り口から呼びかけると、テントの中から返事があった。
「生憎だけどまだクエストの受付は……って、あらやだミサキちゃんじゃな〜い」
やたらと高いテンションで奥から現れたのはテントの天井スレスレの長身の巨人だった。
リュウさんと同じかそれ以上の高い身長に初めて顔合わせをした時は驚いたけど、やっぱり大きさに圧倒されてしまう。
「ギルドマスターさん、こんにちは」
「ギルドマスターなんて他人行儀な呼び方はよしてよ〜。これから同じ村に住む仲間でしょ? キャサリンって名前で呼んでちょうだい」
ギラギラに仕上がったメイクをした顔でパチンと器用にウインクをするお茶目なこの人は大陸冒険者ギルド組合から開拓村へと派遣された新しい冒険者ギルド支部のギルドマスターだ。
「じゃあ、よろしくお願いしますねキャサリンさん」
「こちらこそよろしくね〜」
三つ編みにされた紫髪を揺らしながら掴んだ私の手をブンブン振るキャサリンさん。
勢いがあり過ぎてちょっと肩が外れそうになる。
なんともパワフルな人だけど、それもそのはず。
キャサリンさんは長身に加えてあらゆる体の筋肉が発達している。
腕の太さなんて私のウエストと同じぐらいで抱き締められたりでもしたら背骨が砕けそうだ。
「そうだミサキちゃん。今度、村中の女の子を集めて女子会しましょうね」
「女子会ですか。楽しそうですね」
ちなみにだけど彼女はれっきとした女性だ。
逞しい肉体だけど立派な膨らみがあって服装はヒラヒラしたスカートの受付嬢スタイルである。
「顔合わせの時にいた犬耳の小さい子や美人のメイドさんも連れてらっしゃいな」
ルーナちゃんとアズリカさんのことを言っているのだろう。
キャサリンさんは人間だけど魔族に対する偏見や差別意識のようなものは微塵も感じられない。
「ギルマス。頼まれてた荷物を運んできたよ」
「ご苦労様、ララ」
仮設冒険者ギルドにフラッと現れたのはいつもお世話になっている冒険者のララさん。
黒い猫耳と尻尾の生えたクールで姉御肌な魔族のハーフだ。
「やけに重たいけど何が入ってたんだいあの荷物」
「ほとんどギルドで使う書類よ。新しい支部の立ち上げには手続きが色々必要なの」
キャサリンさんとララさんは気さくな雰囲気で喋る。
実はこの二人は以前からの知り合いで、ララさん達パーティーが活動拠点にしている冒険者ギルド支部の幹部がキャサリンさんだったそうだ。
使節団の中に見知った顔がいると気づいたララさんが私に話してくれた。
「おや、ミサキさんもいたのかい」
「ララさん、こんにちは」
「こんにちは。シリウスとルーナは一緒じゃないのかい?」
「二人は宿でお手伝い中です。私は村に残った人達のところに挨拶しようと思って」
ララさんはうちの従業員兄妹のことを気にかけてくれている。
同じ魔族の血を引く境遇同士で思うところがあるんだそうだ。
私にはわからない苦労もあるだろうし助かっている。
「ミサキちゃんは女将として立派ね。同じ年の頃のララと比べて随分立派だわ〜」
「何年前の話をしてんだい!」
キャサリンさんがからかうと意外にもララさんが恥ずかしそうに怒った。
「あの頃のララってば一匹狼気取りでソロで冒険者してたのよ〜」
「そうなんですか?」
今じゃ頼れるリーダーって感じだけど、昔のララさんはそうじゃなかったらしい。
「昔の話さ。生きるのにがむしゃらで無謀だった時期のね」
遠くを見つめて呟くララさん。
苦労の数々を乗り越えて今の頼れる彼女があるんだろう。
「何よ偉そうに言って。無茶するのは今も変わらないわよ? ダンジョンに挑んで怪我して帰ってきたのは誰だったかしら〜」
「ぐっ……痛いところつかれた」
キャサリンさんが言ってるのはリュウさんに森で拾われた時のことだろう。
あの時の出会いは衝撃的だったけれど、そのおかげで今の縁が繋がっている。
結果としては私達は大いに助かったのであまりとやかく言えない。
「そうだ。ねぇ、ララ。どうせ村の開拓の手伝いをするならギルドからの依頼を受けてみない?」
「依頼? アタシらは忙しいんだけどね」
「アンタらにしか頼めない内容よ」
嫌そうな態度のララさんの前にキャサリンさんが文字の書かれた紙を置いた。
どうやら依頼書のようで内容が気になったので私も覗いてみる。
「近隣のモンスターの調査依頼?」
「そうよ。この辺りは未開拓で野生のモンスターも多いでから生息地を避けたルートを探したいの」
使節団の中に混じってこの村まで来たキャサリンさんは道中でモンスターとの戦闘があったことを語ってくれた。
「魔族と人間との戦争が終わり緩衝地帯になっている間にこの辺りの生態系は大きく変化したわ。イーストリアン王国の古い記録が全くあてにならなくて困ってるのよ〜」
いくら村が完成しても完全な自給自足で生活するのは難しく、他の地域との交易がないとどうしても不足する物資もでてくる。
宿屋なんて外から人が来ないと仕事にならないので安全な移動経路の確保は急務になるわけだ。
「最近は依頼を受けてないでしょ? 冒険者ライセンスの査定のためにもどうかしら?」
「まぁ、考えとく。仲間にも相談してみるよ」
「そうこなくっちゃ! やっぱりララは頼りになるね〜」
キャサリンさんは依頼書にスタンプを押すとそのままララさんに手渡した。
初めて見る冒険者っぽいやりとりに私は軽く感動を覚える。
こういうクエスト受注みたいなのを私も一度はやってみたいものだ。
「あら? ミサキちゃんも興味ある?」
「やめといた方がいいよ。命がいくつあっても足りないさね」
どうやら私の顔に出ていたようでキャサリンさんが冗談っぽく聞いてくるが、ララさんがすぐに忠告をする。
「そうですよね。私なんてただの女の子ですしモンスター相手に戦えそうにないです」
武器を持って戦場に立つ自分を想像したけど凄く弱そうだ。
それにどちらかと言えばドラゴンや魔王がいるので討伐される側だよね。




