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46話 女将さん、話し合う


「よし、それじゃあ作戦会議を始めようか」


 真紅の瞳を輝かせ、真っ白な長髪を揺らしながらフェイトさんが黒板を叩く。

 《竜聖の宿ミサキ》と魔王兼宿のオーナーである彼の権限で命名されたこの宿で一番広い空間の食堂。そこに集められた関係者の視線が黒板へと向く。

 イーストリアン王国の王都に竜王と呼ばれる巨大なドラゴンが突撃訪問した大事件から半月ほどが経ち、ようやく避難してきた魔族の人達全員に説明が終わって少し落ち着いてきたタイミングで召集がかけられた。


「今日みんなに集まってもらったのは他でもないこの宿を含んだ周辺の開拓についてだよ」


 会議を慣れた様子で取り仕切るフェイトさんは流石は魔族を統べる魔王様というだけはある。

 そんなフェイトさんの横に立ち、書記係として黒板に文字を書いていくのはメイド服に身を包んだ大人な女性のアズリカさん。

 真面目な顔をして淡々と仕事をこなしているけど、黒板の四隅に描かれたゆるいタッチの犬の落書きをしたのも彼女だ。

 遊び心なのか会議参加者の緊張をほぐすための配慮なのかは後で聞いてみよう。


「避難民全員と面談をしてこの土地に移り住むことを決めた人々で開拓をして村を作ることになった。それはみんな知っているね」


 フェイトさんの確認にみんなが頷く。

 全体の方針を決めるこの会議が少し遅れた理由の一つが開拓村に残るかどうかを慎重に決断してもらうための時間を取った結果だ。

 魔族の国へ移住を決意した人、イーストリアン王国の元いた場所に戻る人もいた。

 どの選択肢を選んだとしても苦労しないようにそれぞれの国からできる限りの支援を受けられるとはいえ多くの避難民が村の開拓に参加を決意した。


「開拓した土地は開拓をした人達のものになる。誰にも奪われない自分達の居場所を自分の手で作って守りたいという意見が多かった。魔族にも人間にも不信感が高まっている人がほとんどなのが現状だ。……でも、いつかこの開拓村が二つの種族を繋ぐような場所にしたいとボクは願うよ」


 最後に熱意のこもった夢を口にしたフェイトさん。

 先はまだ長いけれど、いつかそうなればいいなと私も思う。


「とても素晴らしい願いです。村人を代表しまして私も是非協力させていただきたい」

「キミにそう言ってもらえて嬉しいよサンダース村長」


 フェイトさんの話を聞いてパチパチと拍手をして立ち上がった人物がいた。

 サンダース村長と呼ばれたのは大柄で眼鏡をかけた魔族の人で、見た目は服を着たクマそのものだ。

 避難してきた人達の中でまとめ役をしていたサンダースさんは村づくりが決まった時点で自然と村長に選ばれていて反対する人はいなかった。

 面談の時も避難民達が緊張しないように一緒に参加してくれたりと気配りのできる人格者だ。


「魔族の血を引く者と人間が良き友になれるのは私自身がよく知っています。そこにいる幼い兄妹とミサキ様のような関係を作れるように我々大人が率先して交流を図りたいと思います」


 急に名前を出されて思わずシリウスとルーナちゃんと目を合わせ照れ笑いする。

 私達の場合はちょっと特殊な出会いだったとはいえ今では従業員兼家族みたいなものだ。


「うん。そうしてくれると助かるよ」


 サンダース村長の心強い申し出にフェイトさんが柔らかい笑みを浮かべ、会議は次の内容に移る。


「次に実際の村の開拓についてだけど職人の手配はこちらでしておいたよ。ミサキちゃんは知ってると思うけどドワーフの親方がまた来るよ」

「久しぶりに会えるが楽しみです」


 以前、この建物を立派な宿へと改築してくれた親方達なら腕前の信用が出来る。

 職人の手配を巡ってはイーストリアン王国側からも申し出があったのだが、どうしても魔族やその血が流れている人達は一般的な人間と違って容姿に特徴があって建築の規格が複雑になるため経験が豊富なドワーフ達に任せようとなった。


「資材も近場で調達できないものはボクの方で用意しておく。追加で必要なものがあったら紙にまとめてボクかアズリカに渡して欲しい」

「何から何までありがとうございます。村長として魔王様には頭が上がりませんな」

「はははっ。そんなに申し訳なさそうにしなくていいよサンダース村長。開拓の費用についてはイーストリアン王国と折半になっているからね。税金の優遇や免除についても色々と得するように話はつけてあるし」

「ほぅ……それは費用の計算し甲斐がありますね」


 さっきとは正反対の黒い笑みを浮かべるフェイトさんと眼鏡をクイっと持ち上げて考え込むサンダース村長。

 現在二人の頭の中では高速でそろばんが弾かれているのだろう。

 私も宿屋の女将としてフェイトさんへ提出する帳簿をつけるようになってからお金の計算は大事だと知った。


「なぁ、難しいつまらん話ばかりで退屈だ。我がいる必要あったか?」


 チャリンチャリンとお金の話が進む中、ちょっと痛いくらいの強さで私の肩が叩かれる。

 文句を言いながら大きく口を開けてあくびをするのはここまで無言で空気に徹していたリュウさんだ。

 銀髪の頭からツノが生えた強面の大男だけどその正体は竜王と呼ばれる世界最強のドラゴン……なのだけど、今は先生の話を真面目に聞かない小学生男児みたいな態度である。

 シリウスでメモをとってルーナちゃんもジュースを飲みながらだけど黙ってお利口に話を聞いているのにこのダメなドラゴン略してダメゴンは……。


「おい。何か我に対して失礼なことを考えたな」

「勝手に人の心を読まないでください」

「今のは心を読むまでもなく顔に出ていたぞ!」


 ぷりぷり怒り出したダメゴンと私の間には血を媒介にした奇妙なパスが繋がっている。

 それはお互いの強い感情が相手に伝わるという効果のものだ。

 たとえどんなに離れていても相手の身の危険がわかるといえば便利なように思えるが、実際は使い勝手がよくない。

 オンオフの切り替えが出来ないし、細かい調節も効かない。

 漫画やアニメのテレパシー超能力者みたいな使い方が出来れば面白そうなのに……いや、ダメか。数時間毎にご飯の催促をされるだけだ。

 自分がしつこく絡まれるオチが見えてしまい私は落ち込んだ。

 リュウさんと私が騒いでいたのに気づいたのかフェイトさんはこちらに話を振ってきた。


「キミにぴったりな仕事もあるよ」

「我は働くつもりはないぞ。ただでさえミサキにこき使われいるのに……」


 誰がこき使っているですって!?

 リュウさんってば目を離したら食べるか寝るか飲むかしかしないくせに!

 宿に居候しているのに手伝いもしないなら家賃を請求してあげましょうか?

 お客さんがいない時にリュウさんが飲むお酒が経営をどれくらい圧迫しているか数時間かけて教えてあげてもいいんですよ?

 この場でお説教をしたくなった私だけど、それより先にアズリカさんが大きなため息をついた。


「はぁ……。残念でございます竜王様」

「む? 何が残念なのだ?」

「開拓に関わる皆様の英気を養うため、魔王様から思う存分に腕を振えと申しつけられておりましたのに……」


 困りましたと頬に手を当てるアズリカさん。


「マリオ様に教える新メニューの試食会もお忙しい竜王様には関わりないことのようでございますね」

「そんなことではないぞ!! そういえば王都では暴れ足りなかったから力が有り余っていたな。体を動かなさねば鈍ってしまうし、何か運動したい気分だったのを思い出した!」


 袖を捲り上げ、腕をブンブンと回してやる気アピールをするリュウさん。

 魔族でトップクラスの料理の腕前を持つアズリカさんの新メニューならば私もなんでもやりますと言ってしまいたくなる魅力がある。

 とはいえ、いくらなんでも変わり身早すぎるでしょうこのチョロいドラゴン略してチョロゴンめ。


「じゃあ、木の伐採や重い資材運びはキミにお願いするとしよう」

「仕方がないな。我の圧倒的なパワーにひれ伏すがいい」


 すっかりその気になってるリュウさん。

 とはいえ、この屋敷を宿にリフォームしている時の力持ちっぷりを私は目撃しているので頼もしい意気込みではある。


「森なぞ我の咆哮(ブレス)で焼き払ってくれるわ!」

「それやっちゃダメなやつ!!」


 私は腕をクロスさせてバツ印を突きつけた。

 あ、危なかった。

 危うく村の建設予定地が跡形もなく消滅するところだった。

 何もないただの荒野になんて誰も観光に来てくれなくなっちゃう。


「頼りにしているけど程々にね。あとは最後にミサキちゃん達にお願いしたいことがいくつかあるんだけどいいかな?」


 リュウさんの発言に苦笑いしながらフェイトさんが私と幼い兄妹とみんなのお茶汲み係をしていたマリオさんを見る。


「はい。任せてください!」


 私は《竜聖の宿ミサキ》を代表して元気よく返事をした。

 しかし、のちに私はこの勢いで軽率に引き受けたことを後悔することになった。

 だってあんなことになるなんて予想できるわけなかったのだから……。


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