2.セリオーソの指摘と助言
「あの時は、本当に驚いたよ」
「そうね……まさに青天の霹靂という感じだったわ」
「アル、フォーナ、ごめんなさいね……当時は本当に迷惑をかけたわ……」
「あら、ララのせいではないわよ」
「そうだ、全て兄さんが悪い」
「まぁまぁ、そうレーヴォを責めないでやってくれよ。伴侶と決めた人を手放すという選択肢は、普通はないだろう? 仕方がないことだよ」
「セリオ……第一家の執着と一緒にしないでくれないか? 第一家の狂った資質は第三家にはないんだから」
「む。アル、なんだか酷い言われようだな。でもあの時のレーヴォの様子は、第一家の者だと言ってもおかしくないくらいだったよ。なまじ第三家本家の者だという固定観念があったからこそ、あれほど反対されたのだと思う。レーヴォが第一家の出身だったら、きっとあっと言う間に許可が出たよ。どうせ反対したって聞かないに決まっているからね、第一家とはそういう血なのだから。だがあの時のレーヴォの瞳は、第一家の男達と同種のものだった。だからわたしは、愛しい人を手放せないレーヴォの味方をしたし『どうせ第一家ではないのだから、強く反対すれば良い、なんとかなる』と判断した父を許せないのだ」
大人達が昔語りをして、思い出に花を咲かせている。
俺達は顔を見合わせた後、アリアが話の続きを催促してくれた。
「それで、お母さまが副長官をお引き受けになったのね?」
「いやいや、そうは簡単にはいかないさ。そこにいくまでも、かなり色々大変だったんだよ……」
続きはアルマンド叔父が話してくれるようだった。
** ** **
そこにいくまでもかなり色々大変だったんだよ。
なにせアンティフォナを副長官にするなんて、それまで考えもしなかったからね。
わたしとアンティフォナの出会いは初等部入学時で、中等部に入る頃にはお付き合いをしていたし、高等部に入る時には婚約もした。でも婚約にこぎつけるまでの長い間、アンティフォナのご両親からは大変反対されたんだ。「うちの娘では、きみの魔力と釣り合わない、実力不足だ。きみは魔法長官候補筆頭であろう。悪いことは言わない、もっと優秀な娘さんを選んだ方が良い」と。それでも「副長官には兄がなってくれる予定です、補佐官も従妹が務めます、お嬢さんに迷惑も苦労もかけないとお約束します!」と言い続けてようやく説得に成功し、婚約にこぎつけたんだ。
それなのに、兄が日本へ移住するとなると、副長官をしてくれる人がいなくなる、という訳だ。補佐官候補の従妹は異性だから副長官にはなれない。あとは末の弟のデクラマンドか従弟に頼むしか無い。ところがデクラマンドも従弟も、副長官になるには少しだけ実力が足りなかったんだよなぁ。これならアンティフォナと変わらない、という程度だった。しかもデクラマンドは当時十七歳、彼はすっかり、ふたりの兄に代わり領地経営をするつもりになっていた。その上、都会よりも領地ののんびりとした田舎暮らしの方が性に合っていると常から言っていた。毎年、父について領地を訪れるたびに生き生きとした表情を見せる弟に対して、領地へ戻るのをあきらめてくれとも言いづらかった。そして血の繋がりが少し離れる上に実力が足りない従弟では……大魔術遂行に不安がある。
兄から頭を下げられてそこまで一瞬で考え、バッとアンティフォナの顔を振り返ると、彼女も同じことを考えたのか、顔面蒼白だったんだ。
あまりに混乱したのかアンティフォナは「婚約を破棄してもっと優秀な女性と結婚した方が良い」と早口で言い出すし、兄は泣きながら「すまない、許してくれ」と土下座を続けるし、本当にもうどうして良いのか分からず、困りまくってしまったね。
自室にアンティフォナを引っ張り込んで、三日三晩腕の中に閉じ込め続けた。そしてその間、ずっと考えていたんだ、どうしたらアンティフォナとこれからも共にいられるのか、と。
けれどもうまい考えが浮かばない。
どうしたら良いのか分からない。
それで出した結論が、ひとりでぐじぐじ考えるから良い案が浮かばないのだ、三人寄れば文殊の知恵、兄とセリオーソと三人で相談し合おう、だった。
部屋から出て兄を探すと、兄は領地へ行って従弟達と相談をしているとのことだった。セリオーソにすぐさま連絡し翌日の約束を取り付けると、兄の帰宅を待った。兄は憔悴しながら帰って来たよ、従弟達から「自分では魔法副長官は務まらないと思う」と断られたと言って。
そして翌日から、わたし達男三人とアンティフォナで話し合いが始まった。私とアンティフォナは学校があったし、セリオーソは仕事があったから、平日は夜だけの話し合いだったが、何日も、何日もかけて話し合いをした。
そうして出した結論は。
まず副長官はアンティフォナに務めてもらう。そしてわたしと彼女が成人したらすぐさま結婚をし、できるだけ早く子供をふたり設ける。見習いになって五年後には見習い期間を終え、長官と副長官に就任するはずなので、それまでにはアンティフォナがふたりの子を産み、わたしの魔力に極力近付くようにさせる。
そして補佐官には兄になってもらい、アンティフォナの魔力的実力不足を補ってもらう。大魔術以外で副長官に必要な部分は、兄ができるだけアンティフォナの肩代わりをする。
そのために、ゲート完成までは兄に日本移住を待ってもらい、ゲートが完成したら日本とこちらの二重生活をしてもらう。
そんな流れだ。
……本当は兄に副長官を務めて欲しかったけれど、魔力合わせの時期に半年も帰らなかったら困ると兄から言われたんだ。こちらの人間はそういうものだと分かっているから家族も理解を示すけれど、日本人の彼女を半年もひとりではいさせられない、捨てられたら困る、と。ただでさえ異世界結婚なのだから、日々相互理解に努め、協力をし合って結婚生活を送らなければ、あっという間に婚姻関係は破綻してしまうだろう、と。だからそれはあきらめて、なんとか補佐官だけでもと引き受けてもらったんだ。
そのような訳でアンティフォナが副長官を務めることになったのだけど、彼女はそれを了承しながらも顔色は依然として青ざめていた。
いざ父に報告へ行き、その話を元老院会議へ持って行ってもらった時、早速元老院からの呼び出しに対して、彼女は“青ざめる”を通り越して“蒼白”だった。
我ら三人の呼び出しに、セリオーソは「見届け人になる」とごり押しして付いてきて、我らをずっと後ろで支えていてくれた。今でも感謝しているよ、セリオ。
だが我らの必死の訴えも、懸命な説得も、まったく聞いてもらえなかった。
「異世界をまたいだ結婚だなんて」
「一例でも認めれば今後も認めないわけにはいかない」
「将来的に異世界婚が可能になるとしても、現段階では時期尚早としか言えない」
「子供ができたとしたら、きちんと人が生まれてくるのかどうかも分からない」
「もう少し、日本という国を見極めてからでないと、許可など出せない」
……そんな風に、突然現れた得体の知れない隣国に対して慎重論を唱える者たちと、
「魔法副長官見習いが国を捨てるなど、正気の沙汰ではない」
「次の副長官候補者は明らかに実力不足の者ばかりではないか」
「他の魔法長官候補や副長官候補の次席以降の者達は、そなたが魔法副長官見習いになった時点で候補を外れ、他の道へ既に進んでいたり婚姻をしていたりしている。無責任に立場を投げ出すな」
……という、兄を責める者達とが混在し、会議は喧騒の嵐となってしまった。
悄然として帰宅したが、父もこれには「どうしようもない」と落胆しきりだった。「ただ、そなたたちの言い分が通らなかった理由は分かる。そなたらには覚悟が足りておらなかった」と。
その時、セリオーソが「きみ達のお父上の言うことは分かる気がする。元老院が許可しなかった理由が」と言い出した。驚いた我ら三人に、セリオーソは厳しかったな。
「レーヴォは、ただただ、彼女が好きだから、離れたくないから日本へ行く、という主張を繰り返すだけ。アルはレーヴォとフォーナをかばうだけ。フォーナはふたりの後ろで震えているだけ。とまぁ、そんな風に見えなくもないということだ。きみらの懸命の訴えは、彼らの心に届いていないね。それを変えなければ許可は決して出ないだろう」
** ** **
夫が話す、あの時のセリオーソの言葉を聞いて、わたくし――アンティフォナは、当時のことを思い浮かべていた。
~~~~~~~~
『セリオ、変えるってどういう……第一、おれは今だって精一杯やっているつもりだ。兄上やフォーナをかばうだけだなんて、そんなつもりはない』
『きみにそんなつもりがあろうがなかろうが、周囲の大人達からはそういう風に見えている、ということだよ。良いかい、アル。きみは魔法長官になるんだ。それはこの国を背負うということだ。きみが背負うのは国であり、国民であり、国民の生活だ。身内のふたりばかりを気遣うきみを、老人達が“考えが甘い”と思うのは当然だろう。それから』
セリオーソはアルマンドに向かって言い放った後、今度はレチタティーヴォに向き直った。
『レーヴォ。きみは今、初めての恋で何も見えなくなっているんだな。自分の言動が周囲にどれだけ迷惑をかけ、混乱を起こしているのか、分かっているかい? きみに必要なのは、日本へ移住しようとも、この国を愛し、この国を支える決意を持っている、という意志と誠意を見せることだ。副長官の地位は他者に譲ろうとも、補佐官としてこの国をきっと支えてみせるというプレゼン力が足りなかったんだよ。愛だ恋だの主張ばかりでなく、その辺をよく考えて話す方向性を見つめ直した方が良い。そして』
セリオーソは、今度こそあたしの方へ向き直り、鋭い視線を投げかけてきた。
『一番の問題点はきみだ、フォーナ。きみがそんなだから、許可なんか出るわけ無いんだ』
『そ、“そんな”……?』
『そう、それだよ。言葉だけは、頑張る、精一杯やる、やり遂げてみせます、と口にしているけど、完全に目が泳いでいるし、態度もおどおどしている。きみは本当に魔法副長官になって良いのかい?』
『そ、それは……』
『きみ自身が納得していないのなら、他人を納得させることなんてできやしない。きみ自身が不安なら、話を聞く側だって不安だろう。実はレーヴォやアルに遠慮して副長官を引き受けただけなのかい? それともふたりに拝み倒されて仕方なく? あるいは話の流れで引き受けざるを得なかった? ……いずれにしても今のきみには、自ら望んで魔法副長官への道を進もうとしているという気概は感じられない。まだ迷っているならこのふたりとは一時的に離れて、じっくり自分の気持ちと向き合った方が良い』
返答に詰まる。
図星を指された気がした。
あたしには未だ魔法副長官になるという覚悟が足りない。
そうなのね……だから元老院を説得できなかったのね。
うなだれているとアルが気遣わしげにそっと後ろからあたしに腕を回してきた。そしてそのまま首筋に顔を埋める。
『ごめん、ごめんよフォーナ……どうやったら解決できるのかということばかりに気を取られ、きみの気持ちに寄り添えていなかった……でもお願いだから、またあの時のように“自分とは別れて他の女性と一緒になって欲しい”とだけは言わないでくれ……おれはきみと離れることだけは耐えられない……』
それを聞いたレチタティーヴォがポツンとつぶやいた。
『俺のせいだ……俺が焦りのあまり先走ってしまい、アルの心を追い詰めた。だから結果としてフォーナの気持ちが置き去りになってしまったんだ……ああ、本当に不甲斐ないな、俺は』
『いいや、兄さんだけのせいじゃない。おれこそが彼女の気持ちを一番理解していなきゃいけなかったんだ。フォーナに見捨てられても仕方ないくらいだよ。でも……でも、フォーナ、きみを離したくない』
ふたりの後悔を聞いて、あたしは我慢できなくて大声を出した。
『違うの、違うのよ、ふたりとも! あたし、あたし……!』
涙があふれて、胸がいっぱいで、声が出せない。
ああ、本当にあたし、ダメな人間だ。
『とりあえず、ね』
その時、兄弟の父親であるアモソーゾが穏やかに会話に割って入った。
『とりあえず、ね。お昼ご飯を食べようか。お腹が空いてると、人間碌なことを考えないって決まってる。そして午後からまた話し合えば良い。先ほどセリオはフォーナに“ふたりとは一時的に離れて、じっくり自分の気持ちと向き合った方が良い”と言ったけど、それには反対だな。うちの息子たちは我がままだから決して自分の望みを手放さないし、幸せになる道をなんとかして探し出すだろうけれど、フォーナは自分を後回しにし過ぎる。自分が身を引くのか、周囲の意見に合わせるのが一番だと思うのか……どんな選択をするにしろ、希望を持つ選び方をするのが難しいのではないかな。だからきみは、独りで悩んではいけないと思う。どうか陽の当たる部屋で、セリオの助言を聞きながら、愚息どものあがいている姿をしっかり見て、そして最良の道を選びなさい。きっと良い選択ができるから』
ああ。
アモソーゾは本当に優しい人だ。
明るくて、穏やかで、一緒にいて癒される人だ。
彼の言葉にそれだけで励まされ、彼が振舞ってくれた昼食を取った後、皆でサンルームへ移動し、ゆったりとお茶を飲みながら相談を再開した。
落ち着いて考えれば、あたしが魔法副長官になるしか、皆が幸せになる道はない。
だとしたらあたしがするべきことは、覚悟を決めること。
誰に無理だと言われても“絶対にできる”と言い切る強さを身につけること。
誰に反対されても“必ずやり遂げる”と説得する根気強さを身につけること。
誰に分不相応だと言われても“決してこの男性と離れない”としがみつく根性を身につけること。
そうしてようやく、あたし達はしっかり腹を決めて元老院会議に臨む決意をし、兄弟の父アモソーゾに頼んで、ひと月後の会議でもう一度訴える機会を設けてもらったのだ。
もう負けない。
誰にも、そして自分自身にも。
この恋を捨てられない、だからもう迷わない。
そう決意したの。
当時、ソラの父は22歳、マーレの両親は19歳で未成年です。(学年的には4学年差です)
ちなみに、セリオは22歳、ソラの父レーヴォと同学年、ララは21歳です。
セリオはレーヴォとずっと親友で、この頃からアルと親しくなり始め、今では3人で親友同士、という裏話的設定があります。
今回は、社会人的にはまだまだ未熟な彼らが、幸福を掴もうとあがいている様子を書いています。
兄弟の父親(ソラの父方の祖父)、アモソーゾが登場しました。
最終章でキーマンになるので、覚えておいていただけると嬉しいです。
次回更新は10月12日(金)です。




