3.予定が狂ってゆく
「へぇ、その大事な局面に、父上がそんなに関わっていたとは知らなかったな」
「実はそうだったんだよ、パスト。セリオがいなかったら我らは今、こうして幸せを掴んでいなかったはずだ。本当に感謝している。やはり持つべきものは親友だな」
「なぁに、大したことはしていないよ。第一家としては、情報集めも事前準備も裏工作もせず、ただただ自分の気持ちを押し通そうとするきみ達を、当時は不甲斐なく思っただけさ。これはもうきみ達に任せてはいられない、わたしが手を出すしかないと思ったのさ」
「そうなんですか。では父上はその時、何か裏から手を回されたのですね?」
「いや、元老院にいる祖父様に頼んで味方してくださるようお願いしたくらいだよ。あとは彼らの言葉の選び方や態度、話す事柄の順番決めなど、第一家の知識を伝授した程度かな」
「なるほど……ちなみに、レンタンドお爺様はその時、ご協力くださらなかったのですか? それとももう、その頃は既に父上と仲違いをされて……?」
「そうだな……まだその頃はわたしと父はそう険悪な関係でもなかった。ただ、この件に関しては協力できないとはっきり言われたのだ。テンペストーゾ様が何かおっしゃったのだろうと思う」
「テンペストーゾ様か……あの時も、彼には苦しめられたなぁ」
「レチタティーヴォさん、どんな感じだったのかお聞きしても良いでしょうか?」
「そうだな……蘭々との結婚を望んでから元老院に許可を得るまで、何度かお会いして『副長官見習いを辞任したい、代わりに補佐官見習いとさせて欲しい』と訴えたけれど……」
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「副長官見習いを辞任したい、代わりに補佐官見習いとさせて欲しい」と訴えたけれど、何度言っても頭を下げても、テンペストーゾ様が承諾してくださることはなかった。
そしてとうとう元老院から蘭々との結婚を認めてもらえた日。
わたしは魔法長官室を訪ね、元老院から許可が出たと報告をしたのだ。
元老院から出された許可の条件はよっつ。
ひとつ目は、魔法副長官見習いを辞した後、魔法長官補佐官見習いとなること。
ふたつ目は、互いの国を行き来できるゲートが完成するまでは、居住地をコントラルト国にすること。
みっつ目は、日本と関係が悪くなり国交断絶となった場合、またはゲート穴が不安定で互いの行き来が難しくなった場合、もしくはそれに類する行き来が絶たれるような恐れのある事態になった場合、コントラルト国を選び、この国に戻ること。
よっつ目は、決して子供を設けないこと。
このみっつ目とよっつ目は、まだ日本との関係がどうなるか分からないという時代だったからね。異世界人がいつ牙を剥いて襲ってくるか分からないのに、国で二番目の実力を持つ若者を異世界にくれてやるわけにはいかない、ということだ。
ありていに言うと、日本はわたしを狙ったのではないか、わたしを確保するために、あるいはコントラルト国に対して有利な立場に立つために、恋という手段を用いて近付いたのではないか、と懸念していたらしい。
ここでもセリオが活躍してくれた。日本との外交責任者である叔父上殿に、蘭々が有利になる証言をして欲しいと頼んでくれたんだ。その甲斐あって翌月の元老院会議では、蘭々との交際及びゲート完成後の婚姻を認めてもらえた。
そこで意気揚々と魔法長官室を訪ねたという訳さ。いくら魔法長官であるテンペストーゾ様と言えど、元老院からの許可が出たのに反対はしないだろうと。
ところがそうではなかった。
彼はわたしが執務室へ入った途端、あの恐ろしい視線を向けてきた。恐らくここには、彼のあの視線を浴びたことがない者はいないであろう……背筋が凍るような恐怖。わたしは何も言えないまま、扉の前で立ちすくんだ。
そして彼は言ったのだ。「元老院から許可が出たのか」と。わたしはなんとか意思の力を振り絞って「はい」とだけ答えた。すると彼はわたしをじっと見つめたまま「子供は生んではならぬ」と言った。「子供を決して作ってはならぬ。それだけは必ず守るように。たとえまかり間違ってできてしまったとしても、生まぬと約束をせねば許しはせぬ。約束せぬなら、そなたの配置換えの許可は出せぬ。我が許可せねば、そなたはずっと副長官見習いのままだ。さあ、どうする」と。
――当時、わたしの身体は、まだ性行為ができるほどではなかったし、それを既に彼女にも伝えていた。彼女の両親には伝えていなかったが、蘭々は「子供のできない夫婦などこの世にいくらでもいる、だから敢えて両親に伝える必要はない」と言ってくれていた。それで、どうせ子供は最初からできるはずが無いのだから……と、元老院会議でも魔法長官室でも、安易に約束をしてしまったのだ。
……後悔した。
奏楽が蘭々のお腹にいると分かった時、我が身に歓喜と絶望が一度に襲った。
あんな約束をしなければ良かったと、何十回、何百回、どんなに悔やんだことだろう。
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私――蘭々は、妊娠が分かった当時のことを振り返っていた。
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結婚前には既に彼から“人並みの性行為はできない”と言われていた。けれども私は愛情を確かめ合うのに、体の交わりだけが全てだとは思わなかった。彼とは心が繋がればじゅうぶんだと思っていたし、抱きしめ合うだけで満たされていたのだ。私たちは幸せな夫婦生活を送っていた。
ところが数年経つうちに、夫の身体に少しずつ変化が見られてきたのだ。彼は「セリオの開発した薬が良かったのか、それとも治療し始めて十数年、ようやく効果が出てきたのか、いずれにしても良い経過だ」と喜んだ。それはそうだろう、私も共に喜びを分かち合った。
そうして彼の職場の繁忙期が終わり、長い休みがあり、その少し後。春の終わり頃、私は体調の変化に気付いたのだ。体がだるく微熱が引かない感じ。自分の月の計算をし、まさかと思いつつ、軽率な行動をして、己の身体にコンプレックスを持つ夫をがっかりさせるわけにはいかないと、慎重な行動を心掛けた。それでも月のものが四週間遅れたことにより、思い切って薬局で検査薬を購入し、夫に隠れてこっそりと使用してみたところ、なんと陽性反応が出たのだ。
その時の私の喜びときたら。
その日は仕事の休みの日だったので、すぐさま病院へ行き、どんなご馳走にしようか考えながら買い物をして、悪阻が始まったら碌な物が食べられないだろうと思い、今のうちに食べておけ、と思ってあれこれ買い揃えていった。
夕方からどんどんと準備を始めた。先に帰宅したのは父で「なんで今日はこんなにご馳走なんだ?」と聞かれたけれど「あの人が帰って来るまでは内緒」と答えたら何かを察したようで、目を見開いた後「着替えてくる」と慌てて自室に戻って行った。父はこの時、六十三歳。定年後、五年間の再雇用契約で働いていて、まだまだ若い者には負けんと常に言っていた。そんな父はいつもなら五分ほどでのんびりとリビングに来るのに、その日はなかなか自室から出て来なかった。母と話しているのかも知れない。
母は数か月前の冬に亡くなった。ずっと長患いしていたが、その年の秋から冬にかけては不思議と元気そうでたくさんおしゃべりをした。ところがあっという間に急変したかと思うと、十日ほど生死の境をさまよった挙げ句、逝ってしまった。父の落胆は大きかったけれど、長い間に覚悟を既に決めていたようで、変わらず仕事に行くことができていた。
父の寝室に置いてある仏壇と、その前にいるであろう父に向かって『お父さん、お母さん、私、母親になるよ』と心の中で語りかけた。
その後の、帰宅して私からの告白を聞いた夫の反応を見るまでは、私は世界で一番幸せな妊婦であった。
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「それじゃ、子供ができたって分かってからも、産むなって反対したのはテンペストーゾ様ってわけだね?」
俺が聞くと、父親は「それもあるけど……実はもっと重大な問題があったんだ。反対されるとかされないとか、それ以前の問題だった」と苦悩の表情を見せた。
「それが、ソラの出生の秘密、というわけですか?」
「そうだよ、パスト。みんな……これから話すことは、誰にも言ってはいけないことだ。漏らしたらどうなってしまうか分からない。とても危険な話なんだ。だから心して聞いて欲しい」
アルマンド叔父は目をつむり、眉間に皺を寄せて大きくため息をついた。
父レチタティーヴォもソファに深く腰掛け、腕を組んで苦悩の表情を見せている。
アンティフォナ叔母が沈痛な顔をして目を伏せた。
誰も口を開かない。大人達の深刻な雰囲気を感じ取り、マドリガーレが俺の手をギュッと握ってきた。
「あれは十八年前……わたしとフォーナが二十六歳になる年の夏の終わり、マーレが生まれた。その前年の秋に妊娠が判明し、これでようやくふたり目が生まれ、フォーナが名実共にわたしの魔力に染まって副長官の任務を果たせる……そう思った。魔法長官へ就任できると喜び勇んで次の春を待ち望んだ。周囲からはもう一年待ってからの就任の方が良いのではないかと助言されたこともあったが、わたしはそれを嫌がり、父や元老院の反対を押し切って、翌春に魔法長官になったのだ」
アルマンド叔父の言葉に、俺は混乱して思わず質問をしてしまった。
「え、ちょっと待って、アル叔父さん。よく分かんない……マーレが生まれて、それで?」
するとアルマンド叔父は苦笑しながら詳しく説明をし直してくれた。
「ごめんよ、ソラ。説明が難しかったね……時系列で順を追って説明しよう。まず、二十歳の誕生日で成人し、次の春に高等部を卒業して魔法長官見習いになった。同時にフォーナも魔法副長官見習いになった。その時、兄は既に魔法長官補佐官になっていたが、兄のことはいったんここでは置いておこう。そして私とフォーナが二十四歳になる年の秋、ようやくひとり目の子、アリィが生まれた。わたしは焦っていた。見習い期間は五年。予定ではそれが過ぎるまでに子供をふたり以上作り、産んでいなければならなかったのに、二十四歳の秋でようやくひとり目とは……このままではわたしとフォーナで大魔術を行うことができず、五年以上経ってもテンペストーゾ様に魔法長官を続けていただかなくてはならない。だが奇跡的に、二十五歳の冬、フォーナにふたり目妊娠の兆候が表れた。医師に見せると予定日は夏の終わりに差し掛かる頃だと言う。となれば秋からの魔力合わせに間に合う、そう思い、次の春に魔法長官へ就任しようと決めたのだ」
「え、それって、産後ふた月そこそこで魔力合わせを始めるってこと? 大丈夫だったの、お母さま?」
「結果的に大丈夫ではなかったんだよ、マーレ……実はフォーナに無理をさせてしまったんだよ、わたしは。だが、ぜひとも丸五年で魔法長官になりたかった……これ以上、テンペストーゾ様の下で働きたくなかったし……何より、副長官のアジタート様から、フォーナが“実力不足”と毎日のように突き付けられている感じでいたたまれなくて、可哀想で見ていられなかったんだ……わたしは一日も早く、このふたりの下から解放されたくて仕方なかったんだ……それで『無謀ではないか』『無理せず一年先にすれば良いのでは』という周囲の声を無視して、フォーナが妊娠五か月の終わり、ようやく安定期に入ったという春、ふたりで魔法長官と副長官に就任したんだ」
「なるほど、そういうことか。時間軸が繋がったよ、アル叔父さん。それで、ふたり目の子供、マーレを産めば、フォーナ叔母さんの魔力がアル叔父さんの魔力に近付くから、ふたりで魔力を合わせて大魔術をすることができるってことなんだね。だから妊娠中だったけど、春に魔法長官と副長官になった、と」
「そういうことだ。良かった、分かってもらえて。それでは続きを話そう。わたし達が魔法長官と副長官になったということは、同時にテンペストーゾ様と、フォーナに何かとつらく当たっていたアジタート様が、元老院へと移られたということ。わたしはこのふたりが側にいることの方が母体に良くないと判断し、決行したんだ。それが合っていたのは確かだ。フォーナは安定期に入った春から、メキメキ体調が良くなった。わたしはフォーナの明るい顔を見てホッとしたよ。日々、幸せな暮らしに感謝しながら生活していた。また、兄も一緒にその春、魔法長官補佐官に就任したため、フォーナの身体に無理がかからないよう気を遣い、仕事をどんどん肩代わりしてくれていた。兄にも心から感謝し、わたし達三人は協力し合って魔法長官の仕事をこなしていた」
穏やかに、そして笑顔で話していたアルマンド叔父が、ここで少し間を置いた。口元を引き締め、眉を寄せ、何かつらいことでも思い返しているような表情だ。
叔父はひとつ大きく息を吐くと、再び話を続けた。
「そして夏の終わりにマーレが生まれた。予定日より少し遅かったせいか、マーレは少しだけ大きめに生まれてきた。そのせいで出産時、フォーナの身体に負担がかかり、ほんの少しだけ産後の回復が遅れたんだ。本来ならそんなに気にならないほどの体調の崩れ……たった十日くらいの回復の遅れが、魔力合わせにとっては致命的なダメージとなったのだ。フォーナが産後、魔法庁に出勤できたのは魔力合わせが始まる予定日の五日前……周囲からは不安と気遣いの声が多く出たが、それをすべて『じゅうぶん回復できるよう、長めに自宅で静養生活を送っていただけ。彼女が副長官の職務を遂行するのになんの心配も要らない』と笑顔で躱した。だが実際、フォーナの身体には、魔力合わせに耐えられるだけの体力が無かった……それで兄と、それからセリオと四人で相談し合い、本来ならばやってはならないことをしてしまったんだ」
「やってはならないこと?」
「そう……セリオに薬作成の調整を周囲に内緒で行ってもらい、魔力合わせを、わたしと兄で行ったんだ。フォーナが魔力合わせをしているように見せかけて、実際の魔力合わせは兄弟でやったんだ」
前回の間章と同じように、今回も説明が多くて難しいですかね。
以下に概要をまとめます。
・レーヴォの結婚は条件付きで元老院から認められた。
・テンペストーゾ(当時魔法長官、現元老院議長)から強硬に「子供を作るな」と言われた。
・レーヴォとララは日本でララの父親と同居している。
・ソラがララのお腹に宿った数か月前の冬、ララの母親は亡くなった。
・その前の春、アルは丸5年で見習い期間を終えたくて、フォーナがマーレを妊娠中にもかかわらず長官に就任した。
・夏の終わり頃、マーレ出産日が遅れ、秋からの魔力合わせ開始時期にフォーナの体調回復が間に合わなかった。
・魔力合わせと大魔術施行を、内緒で、アルとレーヴォでやってしまうことにした。
……こんな感じです。
分からないことがあったら感想欄で質問してください。
次回更新は10月15日(月)です。
皆様、良い週末をお過ごしください。




