14.終わりの儀式を終えて
本日は2話同時更新しています。
その1話目です。
理由など分からない。
とにかく、俺の手のひらからぐんぐんと魔力が吸いだされていき。
魔法陣があり得ないくらい輝きを放ち、目を開けているのがつらいくらいになった時。
その光がドンと天へと向かって打ち上がった。
打ち上げ花火のように空へと真っ直ぐ昇り、高い、高い場所でパンと弾けて四方八方へと、まるで柳花火のように、あるいは流星群のように、光が流れ落ちていく。虹色に輝くたくさんの光の糸は銀粉をまぶしたようにチラチラと瞬き、見渡す限りの山々へと降り注ぐ。そして舞い降りた場所から大地が息を吹き返したように生まれ変わっていった。
目を凝らして視ると、山も谷も、木も岩も土も、川も滝も、全てが生命力あふれた魔流を放っていた。生き生きとした魔流がゆったりと立ち上り、美しい流水紋のような流れを作って揺らめいている。
なんて綺麗な魔流だろう。
大自然の息吹を感じる。
生命に満ち溢れ、喜びの声をあげているようだ。
見とれていると「ソラ……」とマドリガーレが俺を呼ぶ声がした。
慌てて振り向き、彼女の元へと走る。
「マーレ」
「ソラ、あなた、なんて凄いことをしたの……これは、大魔術ではない? 魔法長官が半年かけて副長官と共に魔力合わせしながら準備して、一年に一度、力を振り絞って行う大魔術ではないの? あなたがひとりで大魔術を行えるなら、私……あなたにとって必要ないのかも……」
泣きそうな顔をするマドリガーレに、俺は慌てて言い募る。
「そんなことない! これが大魔術かどうかなんて知らない、やろうと思ってやった訳じゃないし、次にできるかも分からない! これがたとえどんなものであろうと、俺にマーレが必要じゃないなんてこと、絶対にないから! マーレは俺の隣にいてくんなきゃダメだからね! いないなんて絶対許さないから!」
「ソラ……」
ぐすっと鼻をすするマドリガーレに、俺が強く迫ると、フリオーゾがゆっくりと近寄ってきて「これは大魔術の縮小版だと思われる」と言った。
「縮小版?」
「左様。大魔術とはコントラルト国全土を潤すものであり、今回のソラ殿の魔術はそこまで広範囲ではないと思われる。ここいら一帯を染めることはできたであろうが、それは一地域限定の効果であろう。隣国グリオ…王妃様の故国のグリオ国では、年に一度の大魔術だけではじゅうぶんに国土を潤し祓うことができず、夏場にも各地を王族が数十人単位で回って小規模な祓いをすると言う。ソラ殿の今回の魔術は、グリオ国の夏の祓いと同じものであろう。我が国では夏の祓いは行われていない。よって大魔術を行う場合に、マドリガーレ嬢のお力が必要ない訳ではないと、儂は思う」
「……そうですか。ありがとうございます、フリオーゾさん」
納得したようにマドリガーレが大きくため息をつき、体の力をふっと抜いた。
「だが、見よ、皆の者。ソラ殿のお力は本当に凄い。自然がこんなにも、歓びに満ちておる。あの美しい魔流、素晴らしいではないか。白、深緑、水色、黄色……全ての自然の色があんなにも綺麗に渦を巻き、紋を作っておる」
「本当に……綺麗。こんなの初めて見たわ……」
踊り疲れて魔法陣の上で倒れ込んでいたイントラーダも、なんとか上半身を起こし夢見心地の様子で周囲を見回している。
フリオーゾは、マドリガーレの側で膝をついている俺の隣に来て、そっとしゃがみ込み、俺に話しかけた。
「ソラ殿、ここへ最初に到着した折、あの山の下の方に黒い魔流があったのを覚えておるだろう。あそこへは後日、熟練者ばかりのチームで祓いに行かねばならぬと言っておったが……もう黒い魔流は存在せぬ。そなたがあれを祓ったのだ」
驚いて山を視てみると、確かにあの方角にあった黒い魔流がすべて消え、代わりに綺麗な自然の魔流がゆったりと紋を作っていた。
「何度でも言おう。そなたは誰よりも魔法長官に相応しい。だがそれは、多大な魔力があり、大きな魔術を苦も無く操るからではない。人に対して、自然に対して、世界のすべてに対して、敬い、愛する心を持っているからなのだ。それを忘れてはならぬ。どうか、この国の未来を守ってくだされ。我らの子々孫々まで続くこの国を、どうかお願いいたしまする」
「……はい」
「マドリガーレ嬢。ソラ殿は、類稀な才能を持ち生まれてこられた。他者より抜きんでた才能を持つ者は、人とは違う人生を歩み、人に理解されぬという悩みを抱えると言う。そなたが理解者となり、必ずやソラ殿の心を護ってやっていただきたい。彼の心が黒く染まらぬよう、闇に囚われぬよう、どうかお願いいたしまするぞ」
「はい。必ずや」
フリオーゾの手を取り、俺達は誓った。
決して闇に囚われたりしない。
明るい道を歩き続け、この国に光を届け続けようと。
大丈夫。
隣でマドリガーレが並んで歩いてくれるなら、笑顔を向けてくれるなら。
俺はきっと、光の中を往けるはずだ。
** ** **
本来ならば、昼食の開始時間は三十分遅かったはず。そしてマドリガーレを少しでも早く帰宅させるため、食後のティータイムも割愛した。終わりの儀式を首尾よく終えた後は、踊り役のイントラーダの魔力と体調が整ってから全員で転移装置に乗り帰還するという予定だったのだが、イントラーダだけ残して先に俺達三人だけフリオーゾが転移装置で王都に戻してくれるということになった。
都合一時間半以上も予定より早い帰還となるが、熱を出したマドリガーレを早く家へ帰してやりたいから、イントラーダには悪いけれど先に帰ることにした。
本当なら帰還予定時間に間に合うように、魔導車が魔法庁前の転移装置まで来てくれる予定になっていたが、予定よりもずいぶん早い帰還のため、迎えは当然まだ来ていない。転移装置を抜けてからフリオーゾが魔伝話で連絡を付けてくれるから、転移装置が設置されている建物の中でマドリガーレは迎えが来るまで横になって待つということになった。
イントラーダと世話人達にお礼と別れを言い、転移装置に乗り込む。彼らからの祈りの歌に見送られ、俺はまたもやマドリガーレを毛布ごと抱えた。そして、ゆらり、と装置が作動して到着すると。そこはもう魔法庁前。
終わったのだ。
視察が、旅が、終わったのだ。
ようやく帰って来た。
達成感にちょっとだけ感動しながら転移装置を降りると。
そこには見知らぬ老人がいた。
こちらをじっと見つめ、口元には微かに穏やかな笑みをはいている。
そして俺と目が合うと、好々爺(こうこうや)然としてにっこり笑った。
「きみがソラくんだね」
ふいに後ろにいるパストラーレから緊張した様子が伝わってきた。
彼の顔を振り返ると、パストラーレが親しげな笑みを浮かべて相手に近寄っていこうとしているのが見えた。
「お爺様、どうしてここへ」
パストラーレが老人の手を握り「お久しぶりです。お爺様、お元気でいらっしゃいましたか?」と挨拶をしている。相手の老人も気さくに答えていて、気楽な関係に一見、見えるのだが……なんとなく、ぎこちないような気がするのは気のせいなのだろうか。
フリオーゾが老人に軽く挨拶をした後、すぐにコン・センティメント家に魔伝話をして状況説明をしてくれた。十分ほどで魔導車が迎えに来ると言われてホッとする。
すると老人が「ソラくんと少し話させてくれ」とパストラーレに言った。
「お爺様、ソラとは初対面でしょう? 何を話すことがあるんですか?」
「お前に間を取り持ってもらおうとは思ってないよ。良いからそこをどきなさい、時間があまりない……ソラくん、はじめまして、ぼくはレンタンド・コン・エスプレッシオーネ。パストラーレの祖父だよ。きみと仲良くしたいと思って、挨拶に来たんだ」
パストラーレの言葉から想像はついていたが、この老人は彼の祖父だったらしい。老人と言うと、穏やかな人か気難しい人のどちらかかと思っていたけれど、この人はずいぶん気さくで親しげな感じだ。人のよさそうな印象を受ける。
「はじめまして。宍戸奏楽と申します。コン・センティメント家に連なる者で、レチタティーヴォ・コン・センティメントの息子です。よろしくお願いします」
ソファにマドリガーレを寝かせてから老人に向き合い、体育会系のノリでビシッと頭を下げると、レンタンドは「良いね」と、ころころと笑った。
「良いね、良いね。なかなか見どころのある少年だ。礼儀正しいし、何より良い目をしている……うん、会えて良かったよ、本当に」
ひとり満足げな様子に、俺は首をひねる。
俺に会いたかったのは分かる。
理由は知らないけれど、会ってみたかったと言われれば、そうなのかとしか思わない。
分からないのは「仲良くしたいと思って、挨拶に来た」という点だ。
だって俺達は、予定よりも一時間半以上も早く帰還してきてしまったのに。
どうして会いに来られるのか。
「ソラくん、今回の視察はどうだった? きみにとって良い経験になったかい?」
胸にわいた疑問を深く掘り下げようとしたけれど、レンタンドに話しかけられて思考が散ってしまった。
「あ、はい。とても良い体験をさせてもらいました」
「そう、たとえばどんな?」
「えーと、黒い魔素を祓わせてもらったし、ものすごい岩場を登ったし、野生の動物をいくつも見たし、黒い魔素をまとった動物に追いかけられたし……それから、見たこともないような綺麗な景色や自然現象をたくさん見ました。とにかく凄かったです」
「そうか……良かった。きみがたった十五歳で視察についていくことになったと聞いて、早すぎるのではないかと思ったけれど、素晴らしい体験をしたようで良かった……とにかく無事に終えて、帰って来てくれて良かった。ホッとしたよ」
「ありがとうございます。でもパストさんも一緒だったし、フリオーゾさんがしっかり指導してくださったので、安心でした」
「そうかい。うちの孫は役に立ったかい?」
「はい、すごく支えてもらったし、助けてもらいました」
「そうか、それは良かった。孫のことも心配だったんだ、安心したよ。それにしても、こうしてきみと話せるなんて嬉しいな。本当はずっと前から、きみと話をしたかったんだけどね、できなかったんだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。息子のセリオーソがきみに会わせてくれなくてね。息子はどうもなんだか、ぼくがきみに会うことによって、きみを元老院に取られると思ってるみたいなんだよね。取るとか取らないとか、そういう問題じゃないんだけどね……と、そろそろ時間かな。もう退散しないと面倒なことになる。ではソラくん、皆さん、ごきげんよう。ソラくん、今度また、ゆっくりお話ししようね」
「は、はい、さようなら」
何が何やら分からないうちにレンタンドとの会話を終え、彼はするっと転移装置の中に入って姿を消してしまった。あっという間のできごとに、ぽかんと口を開ける。
「何だったんだろう……」
その時、建物の外で魔導車が到着した音が聞こえた。
今回のお話では、自然の雄大で美しい景色をたくさん書きました。
こういう時にカラーイラストでお見せできたら……と何度も思いました。
私のつたない描写文で、少しでもお伝えすることができていたら良いのですが。
さて、好々爺然としたパストラーレの祖父と初顔合わせです。
彼も最終章のキーパーソンですから、覚えておいていただけると嬉しいです。
このまま続けてエピローグをお楽しみください。




