エピローグ
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「そうか、父がそんなことを……」
パストラーレの父親であるセリオーソが、難しい顔をして、そうつぶやいた。
ここはコン・センティメント家の応接室。
実はお迎えの魔導車は三台来て、急なことなのに、俺の両親とマドリガーレの両親、それからパストラーレの父親が迎えに来てくれたのだ。今日は星の曜日。仕事は午後二時頃で終わる日だ。俺達の視察の成果が気になるセリオーソが魔法長官室に訪ねてきたので、雑談をしながら昼食をとり、食後のお茶を飲んでいたところへ、フリオーゾから「マドリガーレ発熱、予定より早く帰還」という連絡が舞い込んだのだ。
慌てた五人は即、自宅に魔導車の手配を頼み、帰りの支度を整え十分以内に正面玄関前に集合という、地位ある者達には考えられない慌ただしい退庁をしたのだ。そしてパストラーレとセリオーソも共に、コン・センティメント家に帰って来た。
家ではやきもきしながら、熱を出した妹を待つアリアがいて、魔導車の音に玄関から飛び出してきた。後ろからスピリトーゾと麗美も走ってくる。
俺に抱えられて車から降りてきたマドリガーレに三人は顔を青ざめたが、毛布にくるまった彼女が眠っているだけだと聞いて、ようやく安心した。マドリガーレが寝室で休むので、そばに付いていたいと言うスピリトーゾと麗美に「マーレをお願いね」とアンティフォナが笑顔で頼み、子供ふたりは今、マドリガーレの寝室で彼女の穏やかな眠りを守っている。
残りのメンバーは、視察の報告がてらお茶を飲もうということになり、そこでパストラーレから父親であるセリオーソに、転移装置の建物内で祖父であるレンタンドに会ったことが、まず報告されたのだ。
セリオーソは苦い顔をして「してやられたな」と言った。
「何かお父上とあったのか?」
父レチタティーヴォがそう聞くと、セリオーソは苦笑しながら答えた。
「なに、ここ最近ずっと『ソラくんに会いたい、ソラくんに会わせてくれ、ソラくんと話がしてみたい』とうるさかったから、ずっと断り続け、ついでに会えそうな機会を、ことごとく邪魔していただけだよ」
「そうか……それが偶然にもここで鉢合わせしてしまったのか。彼にとっては思わぬ幸運だったわけだな」
アルマンド叔父の言葉に、パストラーレが「いいえ」と頭を振った。
「違うと思います。お爺様はソラへ自己紹介する時『きみと仲良くしたいと思って、挨拶に来たんだ』と言いました。もしかしたらフリオーゾさんがなんらかの方法で、早い帰還をテンペストーゾ様に連絡し、それを受けてテンペストーゾ様がお爺様に僕達の帰還時刻を知らせたのかも知れません」
何が何だかよく分からなくなってきた。
テンペストーゾって誰だっけ、と思って首をひねっていると、父レチタティーヴォが教えてくれた。
「奏楽。テンペストーゾ様とは、元老院の議長のことだ。彼は第四家出身で、今回の奏楽達の視察も彼が指示したことだっただろう? フリオーゾさんが指導役を務めるよう決めたのも、彼かも知れない。そして彼は、レンタンド様――パストラーレの祖父でありセリオーソの父親だ――とは幼馴染であり、親友でもある。彼らこそが、元老院を牛耳っている二大人物であり、魔法庁を脅かす存在だと、我らは思っている」
驚いた。
元老院の議長と言えば、ゴールデンウィークの時、レッジェロに案内されて街巡りした時に、会った老人ではないか。あの時、彼に顔を覗き込まれて背筋に震えが走ったのを覚えている。じっと見つめられて、冷や汗が出るほど恐ろしかった。心を見透かされているような、何かを試されているような……まるで自分の深淵を覗き込まれているような気持ちになり、とても、とても怖かったという記憶が一気に吹き上がって来た。
その彼と、先ほど出会ったパストラーレの祖父レンタンドが親友で、元老院を牛耳っている二大人物で、魔法庁を脅かしている――?
俺はレンタンドの、人のよさそうな親しげな笑顔と気やすい言葉遣いを思い浮かべた。
どうもあのふたりの、親しい交流風景が思い浮かばない。
「ソラ、祖父に対して油断しない方が良い。あの人は見た目通りの人じゃない。ふんわりした外見は擬態だから。おいそれと彼の誘いに乗って出かけたり、どこかに付き合って行ったりしないようにね」
「はい……」
パストラーレの言葉に、ためらいながら返事をする。
するとパストラーレの父セリオーソが微笑んで続けた。
「父から何か誘いがあったら、まず断りなさい。それでもと言い募られたら、とりあえずその場は断って、後日、と返事をするように。時間を空けたらこちらで対処できることはするし、どうしてもきみが出向かなければならない場合も、パストラーレを付き添いにすることができる。どうかくれぐれも、きみひとりで父と会わないように気をつけたまえ」
「はい」
「そうだな。ほいほい付いて行った先でテンペストーゾ様が待っていた、なんてことにでもなったら目も当てられない。奏楽、本当に気をつけてくれよ」
父親の言葉に真剣にうなずいた。
とても充実した視察をようやく終えたのに……なんだか不安な気持ちになってしまった。
** ** **
その後は、楽しい楽しい報告会になった。
パストラーレとふたりで、色々なことを皆に説明した。大変だったこと、驚いたこと、面白かったこと、感動したこと――マドリガーレがここにいなくて残念だった。
そしてこの場で、魔法長官になると俺が決めたことも話した。
皆一様にホッとした表情でとても喜んでくれた。
どうして決意したのか理由を聞かれて、説明するのが恥ずかしかったけど、大事なことだからと思って頑張って話した。今こそ、マドリガーレに隣にいて欲しいと、本当に思った。
そんな風に思っていたら顔に出たのか、パストラーレに図星を突かれて一気に血が上った。俺まで熱を出しそうだ。
それからパストラーレはアリアを隣に置いてピタッとくっ付き、自分がいかにこの三日間寂しかったのか、俺とマドリガーレのイチャイチャを横目で見ながら耐えていたのか、とうとうとしゃべり始めた。アリアはあきれた顔をしながらも適当に彼を慰めていて、それを見て大人達四人は大いに笑っていた。
和やかな風景。
しかしセリオーソとパストラーレが帰宅すると席を立った時、マドリガーレの熱が下がったらもう一度集まろうとセリオーソが言い出した。「なんだか嫌な予感がする」と言う彼は、現状をしっかり共通認識とするために、過去、元老院が何をしたのか、そしてアルマンド叔父や父レチタティーヴォがどんな目にあったのか、若い世代にきちんと教えた方が良いと言ったのだ。
確かにそうだと大きくうなずく父達に、俺はなんだか不安になった。
同じようにアリアも不安そうな顔をしている。その肩を抱いてなだめているパストラーレは落ち着いているので、セリオーソから既に聞いているのかも知れない。
とにかく、全ては後日。
マドリガーレの熱が下がってから。
俺が夏休みの間、こちらにいられる日はあともう少し。十日後には学校が始まる。うちの学校は八月最終週から二学期が始まるのだ。
不安な気持ちを抱えたまま、それでも首を横に振って思い直した。
今、やらなきゃならないことをしよう。
勉強と、魔法訓練と、体力づくり。
どうせ何があるのか予想できる訳がないのだから、今はできることをするしかないんだ。
心配したって仕方ない。
自室の窓からテラスに出る。
西の空には朱い空が広がって、オレンジ色の夕陽が沈もうとしていた。
今朝見た風景によく似ているようでいて、それでもどこか似ていないような気もする。
その美しい夕焼けを、俺は見つめ続けた。
どんどん空が暗くなり、天空に星が見えるまで。
山の頂上で見た星空と違って、暗闇にはなり得ない夜空に瞬く星は、山で見たよりも小さい気がした。
第三章 ソラと自然の綺麗な魔流 End
とても素晴らしい体験をした2泊3日でした。
ソラにとって得難い経験になったことでしょう。
ところが最後の最後になって、少しだけ不安な終わり方になってしまいました。
そして第三章はこれで終わります。
次の章は少し日数を空けて、10月8日(月)からです。
エピローグ内で出てきた、マドリガーレの熱が下がったらする話し合い、の話です。
親世代が過去のつらい出来事を語ります。
プロローグと第1話の、2話同時更新します。
楽しみにお待ちいただけたら幸いです。




