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ソラと異国と綺麗な魔法  作者: みんみん
第三章 ソラと自然の綺麗な魔流
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9.あきらめない

 少し早いがお昼ご飯を食べようと見晴らしの良い場所で敷物を広げて座った。既に一時間以上、登り道を進んでいる。物質軽量化魔術を使って自身の身体と荷物を軽くしているとは言え、足元の石や土のでこぼこに気を付けて登らねばならないし、マドリガーレがうっかりこけないかを気にして手を繋ぎ、かばいながら登っているので、座って休憩できるのがありがたかった。

 夕べの宿泊所で作ってもらったお弁当に舌鼓を打っていると、パストラーレがフリオーゾに質問をする。


「そう言えばさっきのクゥーマですけど……黒い魔素が見えてとっさに逃げてしまったんですが、攻撃しても良かったんじゃないですか? でもフリオーゾさんは浄化の炎を使ったり、進行方向に土壁を作ったりしただけだったし……と思って」


「うむ。攻撃して良い場合とそうでない場合は線引きが難しい。だがおおよそのところ、黒い魔素で覆われている時は祓いが優先。黒い魔流が渦を巻き、魔力暴走を起こしている状態では殺処分一択、となっておる。黒い魔素が無関係である場合の対処法は多種多様で、子供や巣を守ろうとする威嚇(いかく)行動などは決して攻撃してはならぬ。彼らの居住地に踏み込んだのはこちらだからだ。見極めが必要なのは、大型野獣がこちらを餌として見ている場合。その時はこちらの生命を守るために攻撃は必須。だがしかし、それがなわばりを守ろうとしている場合となかなか見分けがつかぬ。ギリギリまで耐えて攻撃を控えねばならぬので、まずは逃げるところから始めるという訳だ」


「野生の動物に襲われたらすぐ攻撃して良いわけじゃなんですね……って、さっきは驚き怖がるばかりで攻撃するなんて思いもよらなかったけれど……」


 マドリガーレがぽつりとこぼした。先ほどの恐怖を思い出してぶるっと震えている。「マーレ」と声をかけるとこちらを見て小さく笑い「さっきは本当にありがとう、ソラ」と言ってくれた。


「うむ……我らは自然の調和を保つために日々活動しておるのだ。自然の営みを排しながら往くわけにはいかん。生き物の命を奪うのは最終手段……先ほどのソラ殿の雷魔法、お見事であった。あれだけ狂ったように興奮しきったクゥーマを一瞬で気絶させ、我らがじゅうぶん逃げるだけの時間を稼げたのだ。本当に感謝しておる」


 皆から頭を下げられてなんだかすごく面はゆい。

 するとイントラーダが「でも」と言い出した。


「でも、クゥーマがあんな風に興奮状態をずっと続けていたのが普通じゃないと思ったわ。昨日のイシノシもなんだか様子がおかしかったし」


「そうなんですか?」


「ええ。イシノシは普通、母子で一緒にいるか、単体行動をするか、なの。あんな風に群れでいて突進してくるなんて、ちょっと変だわと思って」


「そうさな……この視察を終えたら捜査隊に探ってもらわなければならぬ事案かも知れぬ。事前に見回ってもらい、安全を確認できたからこそ今回の視察を決行したにもかかわらず、このような例外が二件もあったのだから」


「事前に見回ってもらったのですか?」


「そうさの。見学者を三人も連れて行くのだ。自然の中では何が起きるか分からぬ。事前に視察隊が数人で今回の行程場所付近を探り、問題なしと判断されたからこそこの場所にそなた達を連れてこられたのだ。何かが起きる方が本来ならばおかしいのだ」


「そうですか……俺達のためにそんなにたくさんの人が動いてくださっていたんですね……宿泊所の方々にもいっぱいお世話になったし、これから行く所にもいるんでしょう? なんだか第四家の人達にはずいぶん迷惑をかけちゃってるな……」


 俺がそう言うと、フリオーゾは(いわお)のような顔をほころばせた。


「なんの。魔法長官候補の案内は二十年から三十年に一度程度だが、第四家の学生は毎年連れて行っておる。慣れておるから大丈夫じゃぞ」


「そうなんですか」


「うぬ。しかし、今回、(わし)がそなたらを連れて行くことになるとは、まるで思わなんだ。学生を連れて行くチームは大体決まっておって、儂はその中に入ってはおらぬのだ。普段は新人から脱し始めようとする者を、より高度な祓いをさせるために指導する役目を担っておるからの。イントラーダは今後、自然の奥深くまで入り込み、ベテラン達と共により危険な祓いをしていくことになる。そのための指導を儂が引き受けたのだが、そのついでのようにそなたらを連れて行くよう命じられるとは、夢にも思わなんだのだよ」


「そうだったんですか……ご迷惑ではなかったですか?」


「なんの。新しい発見がごろごろ出てきて驚いておる。これも何かの導きじゃろう。儂も一皮()けよとの思し召しかも知れぬなと思うておる……感謝しておるぞ、ソラ殿、マドリガーレ嬢、パストラーレ殿」


 自然に対して敬虔(けいけん)な気持ちを持ち続けているフリオーゾは、人に対しても真摯(しんし)だ。自然を敬い、何事にも冷静に対処し、熱く強い心に信念を持ち、朴訥(ぼくとつ)に人を指導する……こんな凄い人に出会えて、俺の方こそ何かに感謝したい気持ちになった。

 フリオーゾの言うところの「何かの導き、思し召し」かも知れないな。




** ** **




 頭の大きさくらいの岩がごろごろした場所を歩いたり、急勾配(きゅうこうばい)の斜面を何度も折り返しながら登ったり、ロープが張られた山肌を慎重に進んだりしながらどんどん歩みを進める。


 物質軽量化魔術を使っているので心臓がバクバクするほどの負担は体にかからないけど、五分に一度の魔術掛け直しのための短い休憩がありがたかった。足を踏み外さないようにとか、滑らないようにとか、気を付けていると案外気疲れする。

 しかもマドリガーレを気にしながら登るので、すごく大変だ。


 俺は別に登山経験者ではないが、それでも小学生の時は毎年遠足で山登りをしたので、まったくの未経験という訳でもない。でもマドリガーレはお貴族様で箱入りお嬢様だ。歩け歩け大会で十五キロメートル歩いても平気だとか、三キロメートルとか余裕で走る俺なんかとは違って、道路ではない場所を進むだけで疲れるみたいだ。登山道を歩くのも二日目になってだいぶ慣れてはきているようだが、それでも生来の“うっかり”もあってこけやすいし、五分ごとの休憩では毎回ぐったりとしている。可哀想だと思うけど、危なそうな場所で手を繋ぐ以外にできることがなくて心苦しい。それでもほんの短い休憩が終わると、強い光を瞳に宿らせて再び歩き始めるのだから、彼女の強さには心打たれるばかりだ。


 ふと気づくと、少しずつ周囲の景色が変わってきたような気がする。朝、出発した時は身長の何倍もありそうな樹々の中を進み、足元の太い根っこに足を取られないように気を付けて歩いていたのだが、なんとなくそこまで高い木がなくなってきたような気がする。朝の木漏れ日がちらつく中を進んだり、沢の涼やかな流れの音を聞きながら歩いたりするのは楽しかったけれど、今はもう、山側の斜面に沿って人の身長ほどの高さの木が生えているだけで、崖側の木は日光を(さえぎ)る高さがなく、太陽が容赦(ようしゃ)なく全身を照らして熱気が凄い。

 この辺りはそろそろ標高二千メートルをとうに超えているはずなのに、やはり歩くと暑いのだな、と思う。


「ここらで少し休憩にしよう」


 先頭を行くフリオーゾが少し開けた場所で歩みを止めて振り返った。

 皆、道端や岩に腰を掛け、コップを取り出し、水を作って飲む。パストラーレは物質軽量化魔術を解く際に洗浄魔術を体にかけていた。俺も同じようにすると、汗が一瞬で消えて爽やかになる。

 魔法、マジ便利。


「マーレ、大丈夫?」


 心配して聞いてみると、彼女は洗浄魔術を掛け終えたところで振り向き「ええ、ありがとう」にっこりと笑みをくれた。


 そこでおもむろにフリオーゾが俺達三人に声を掛けた。


「ここから先は、登山道でも難所と呼ばれる場所になる。岩場に鎖がついていて、その鎖を頼りに登ったり、急斜面に掛かった梯子(はしご)を延々と登っていったりする。本日の宿泊所の手前では、岩場ばかりで樹木が生えていない場所がある。そこを越えるとしばらく稜線上で下るのだが、そこがまた右も左も崖で下を覗くと目が回りそうな場所だ。そして最後の上り急斜面を経て、ようやく宿泊所に到着となる。どうかな、体験者にはここいらはつらい行程となるであろう。大変なようなら、敷物を硬化し結界を張って、そこに座って風魔法で移動するという手段もあるが……」


 フリオーゾのこちらを(うかが)うような言葉に、三人で顔を見合わせる。

 するとパストラーレはすぐさま「僕は普通に登ります」と答えた。


「パストさん、大丈夫なんですか? なんか普段、研究ばっかしてて、体力ある感じ、全然しないんですけど」


 しかも着替えすらひとりでしないじゃないか、と心の中でつぶやいてみる。もしかしたら入浴もひとりじゃなくて、使用人に体を洗ってもらっているのかも知れない、とこっそり疑っている。なぜならこちらに来てすぐの頃「お湯浴みのお手伝いをさせていただきます」と言われたことがあって、慌てて断った記憶があるから。そんなお貴族様が、夏山登山なんてできるのかと危ぶむ。


「うーん、大丈夫かどうかは、やってみないと分からないから。とりあえず、どんなことでも自分で体験して試してみたいんだよねぇ、この経験がこの先、どんなことに役立つか分からないから。ま、ダメそうだったら、その時点で大人しく結界張って、座って移動するよ」


「なるほど」


「ソラはどうするの?」


「え、俺は別に、このまま普通に登ろうと思ってます。ここまでも特に困ってなかったから、これからの難所と呼ばれる所も、頑張ればいけるんじゃないかと思って」


 パストラーレの質問にそう答えると、隣にいたマドリガーレから、妙な迫力のオーラが迫ってきた。


 うっ、なんかヤバイ!


「マ、マーレは結界利用するよね……?」


「あら、私には無理だって言うの、ソラ?」


「いや、あの、別にそういう訳じゃないけど! や、でも心配って言うか、えっとその……!」


「見てなさい! 絶対にソラより先にあきらめたりなんか、しないんだから!」


 腰に両手を当てて仁王立ち、決意の炎をメラメラと瞳に浮かべるマドリガーレは……こうなってしまっては、もう誰にも止められない。

 そう言えば彼女は、五歳時の俺の魔力診断テストの結果を知ってから十年間、俺に対してライバル心を沸々(ふつふつ)と育て続けた女だった。俺にだけは負けたくないという気持ちは、根に染みついたものなのだろう……。


 イントラーダに気遣われても、優しく諭されても、頑として首を縦に振らないマドリガーレに、フリオーゾもパストラーレも「いよいよとなったらその時に考えよう」と思考を放棄したようだった。




** ** **




 出発して、ほどなく道は目に見えて急勾配(こうばい)となってきた。


 登る順番は変わって、先頭がイントラーダ、二番目がマドリガーレ、その後ろをフリオーゾ、そして俺、パストラーレと続く。イントラーダが掴んだ所に手をかけ、足を置いた場所を歩くよう言われ、マドリガーレは必死になってそれを守っていた。後ろでそれをフリオーゾが見守り、彼がもう駄目だと判断した時は大人しく結界に乗って移動することを約束し、マドリガーレは皆と同じように登ることにしたのだ。


 イントラーダが何度も振り向いて、マドリガーレが離れすぎないように気を付けている。自分の進む場所がマドリガーレの指標になるのだから、いちいち確認しながら登らなければならないのだ。

 一方、フリオーゾは常にマドリガーレに声を掛けながら登っている。もう少し右側に右足を乗せてとか、鎖を両手でしっかり掴んで体を上に引き寄せてとか、足を外向きに開いて体重をしっかり乗せてとか、落ち着いて的確なアドバイスをずっと続けている。


 (いわお)のような大きい後ろ姿のフリオーゾの向こう側に、ちらちら見えるマドリガーレの細い背中が必死な様子を伝えていて、心配でならない。この辺りではマントは邪魔だと言われ収納してしまっているので、頼りなくも決意を浮かべた背中が全て確認できる。五メートルほど前を行く彼女を下から眺め、見えづらい時は横から覗き込むようにして、俺は何度目かのため息をついた。


「マーレが心配でならない、というため息かな?」


「……パストさん」


「ねぇ、ソラ。きみは日本からこちらへ来た時、朝から晩までずっと頑張っていたらしいね。午前中は僕と魔術訓練、午後は勉強してから体力作り、その後は再び勉強して、夕食後にはまた運動。遊ぶ暇なんて無かったみたいじゃないか。アリィがこっそり教えてくれたよ……きみのその姿を見て、マーレが焦ってるって」


「え?」


「日本での勉強と、体力作りと、こちらでの生活のための魔術訓練、どれも手抜き無しで頑張るきみは、マーレの及ばないところまでどんどん進んでいってしまっている。ひとつの世界だけで手一杯なはずなのに、きみは二重生活をしながらどちらも高い場所まで行こうとしているんだ。この国の誰もできない、教わったこともない魔法まで自在に操ってしまうその才能……そこへきて更にきみは手を抜かず努力も重ねている。それをただ横で見ているだけのマーレは、自分にはできない、自分はソラにとって必要ないのではないかと悩んでいたらしい。そうアリィが教えてくれたんだ」


 驚いた。

 足を止めてパストラーレの言葉を聞く。


「ソラ。マーレを心配するのでなく、応援をしてやって欲しい。彼女は副長官になると決めた。ソラの隣を歩くと決意したんだ。きみと共に進むのだから、きみと同じことをすると決心したのだろう。副長官は長官の足りない部分を補うのが仕事で、かばわれ、守られる地位ではない。マーレはきみに助けてもらいたいわけではないんだ。きみが彼女を心配してオロオロすればするだけ、マーレは頑なになるだろう。信じて、応援してやって……もしも完遂できたなら『さすが俺のマーレだ』と褒めてやれば良い」


 パストラーレの言葉を噛みしめ、ゆっくり頭の中で反芻(はんすう)して振り仰ぐ。


 先を進み続け、既に少し離れてしまったフリオーゾの向こうに、マドリガーレの帽子と背中が見えた。少しだけ危なげな様子で、それでも一歩一歩、確実に歩みを進めている。岩がごろごろした道のような道でないような場所を、懸命に登ろうとしている。普段、楚々(そそ)として優雅に歩く彼女は、あんな風に岩を乗り越えようと大股開いたことなどないだろう。あんなに高い段差を登ろうとして足を高く上げたこともないだろう。


 滑り止めのついた手袋をはめて慎重に鎖へ手を掛け、岩場を()うように進み続けるマドリガーレからは、緑に輝く生命力そのもののような魔力がちらちらとこぼれていた。

 彼女の必死な心が、見えるようだった。

若い頃に登った山の記憶を元に書いてみました。

子供ができてからは登っていませんが、山は本当にステキですよね。

ソラもマーレも、頑張らなくちゃ、と思い込み過ぎています。

頑張る子は大好きなのですが、ちょっと息を抜いた方が良いと思います。


次回更新日は9月17日(月)です。

皆様、良い週末をお過ごしください。

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